2019/04/20

“無意識の力”を使うったって、そんな「相手に無意識が働いている」と唱えただけで、相手の結果が変えられるわけがない!と意識で思ってしまいます。

 

そりゃ、そうだ!

 

最近、テニスの大坂なおみ選手が優勝をして話題になりました。

 

テニスって「メンタルが重要」と言われています。

 

もちろん練習もとっても大切ですけど。

 

私は、大学の時にテニスの授業をとって「これ面白い!」と三度の飯よりもテニスが好き、となったことがあったのですが「そんなにうまくない」ですね。

 

一生懸命にボールを追いすぎちゃう。

まあ、ちゃんと習ったわけじゃないですから。

 

これは、本のどこかに書きましたが「高校の時にテニスでインターハイに出ました!」という方と試合をやらせていただくことになりました。

 

私は「心理職」ですから「テニスの技術」よりも「メンタル」を使います。

 

試合前に、インターハイに出場したことがある方に「あれ?靴紐気にならない?」と言います。

 

そして、その方が、靴紐を直している時に「靴紐に引っかかって転んでしまったら危ないですから、気をつけてください」と言います(優しいでしょ!)。

 

すると、その方は「あれ?」というような感じでボールに追いつけない。

 

踏ん張ってボールを打つことができない。

 

もちろん、私の方は、頭の中で「ほら!靴紐が気になって、思い切って走れないでしょ!」とツッコミを入れながら、ニヤニヤしている。

 

そして、試合は接戦で「私が勝った!」となって「わーい!インターハイに出たことがある人に勝った!」と目の前で飛び跳ねて喜んで見せて悔しがらせます(性格わる!)。

 

今度は、偉い精神科医の先生と「接待テニス」をすることになりました。

 

うまい具合にテニスで打ち合いになって、そしていい汗をかいて、最後は先生に勝ってもらって「大嶋君、君はまだまだだね!仕事を紹介してあげよう!」という流れとなる、というわけのわからない妄想をします。

 

ところが、この精神科医の先生は足が悪くて、そして普段運動を全くやらないから「う〜ん、ちっとも打ち合いにならない」という感じで、先生がイライラしてくるのが伝わってきます。

 

「もう、こんなのやってられるか!」とラケットを投げ出すイメージが浮かんできて「やばい!」と焦ってくるわけです。

 

そんな時に「先生の無意識が働いている!」と先生が失敗するたびに頭の中で唱えます。

 

「先生の無意識が働いている」と唱えて、無意識の力を使ってみると「おー!無意識がちゃんと玉の高さを自動的に調節してきた!」という感じで、ネットにあたって、こちらのコートに入って、先生の点数!になります。

 

そして、次の玉はネットをかすって、こちらのコートに飛んできて「ナイスショット!」となっていきます。

 

「先生の無意識が働いている」と唱えていると、今度はネットギリギリじゃなくて「ちゃんと打ち合いができている」となって、チャンスボールを決めた時の先生の嬉しそうな笑顔が。

 

飛距離についても同じで「あー!コートの外に出ちゃった!」というのが繰り返された時に「先生の無意識が働いている!」と頭の中で唱えていると、次のショットはラインギリギリアウトになります。

そして、次のショットはライン上で「先生の点数になってしまった!」となって、やがて「おー!先生と打ち合いができるようになった!」という感じで楽しくテニスができるようになります。

 

見事に先生に勝っていただいて、そして先生が休んでいる間に、私は次の相手と試合をします。

 

今度は無意識の力じゃなくて、意識の力を使います。

 

相手がミスをしたら「あー!もうちょっと思い切って打てばいいのに!」と頭の中でツッコミを入れていきます。コツは「口に出さないで頭の中で突っ込みまくるだけ」です。

 

すると相手は、また同じ失敗を繰り返します。

 

「あ!またネットに引っ掛けるぞ!」と頭の中で突っ込んでいると「ほら!」という感じで、どんどん私に点数が入っていく、という感じになるんです。

 

そして、早めに私が勝って「先生、すごいです!ぜんぜん私は先生に勝てませんでしたから!」と笑顔で言うと「おー!そうか!もうひと試合やろうか!」となって、私は私の無意識の力を使います。

 

「先生の無意識の力が働いている!」と唱えているとどんどん球筋が鋭くなってきて「追い付けない!」となります。手加減をしているのではなくて、本気で追いつけなくなってきます。先生も調子に乗って、鋭いショットを繰り出して私のことを右に左に揺さぶって私の体力を奪い、そして最後は「スマッシュ!」という感じで決められてしまいます。私は「悔しいです!」となって、先生はものすごく嬉しそうで「大嶋君はまだまだだね!」と不敵な笑みを浮かべています。

 

ここまでは筋書き通り。

 

私は、心の中で「先生!ここまでやったんだから、仕事の紹介は?」と思っていたら、先生は「あー!いい運動になった!」とさっさと車に乗って帰ってしまったんです。

 

あ!しまった!「大嶋君はまだまだだね」と言われた瞬間に「先生の無意識が働いている!」と唱えておけばよかった!と後になって後悔したのでした。

 

相手に無意識の力を使ってみると面白いことになります。

 

相手に働いている無意識の力を信じてあげることで、相手の無意識が起動して限界がなくなるんです。

 

そんな時に、自分の持つ無意識の力のすごさをジワジワっと実感していくことができるんです。

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 


2019/04/19

子供の頃に「あー!超能力があったらいいのにな〜」と思っていたことがありました。

 

自分が念じたら、人が自分の思い通りに動く、とか。

 

相手の考えが読めて「お〜!こんなことを考えていたんだ!」とピタリと当てて尊敬されちゃう、みたいな感じ。

 

子供の頃は、夢があって「もしかしたら、できるのかも!」と一生懸命に念じて練習をしたけど「やっぱりダメだ!」となっていました。

 

自分の思うように動くものなんて何もない!と大人になればなるほど「現実」というものを実感します。

 

現実とは自分が意識的に考えたことが何一つうまくいかないこと。

 

うまく行きそうになっても、必ず何かが起こってしまって「え〜!せっかくうまくいっていたのに」と失望することになってしまう。

 

ある女性は、旦那さんが「あれ?結婚した当初は結構お金を稼いできていたけど、最近、全然稼いでこなくなってしまった!」という現実に直面します。

 

最初は「まあ、こんな時は、温かい目で旦那さんのことを見てあげなきゃね!」と思って何も言わないでいたのですが、だんだんイライラしてきて「こいつ!ちょっとはもっと努力をしろよ!」と怒りたくなります。

 

趣味の音楽やゲームばかりやっていて、もっと仕事のことをちゃんと考えたらいいのに、どうしてあんたはちゃんと向き合わないの!とイライラしてきます。

 

週末は、友達のところにゲームをしに行ってしまうので、女性は「この人は、現実から逃げていてちっとも向き合おうとしない!」と思ってしまいます。

 

家に帰ってきてからも、ちっともお金にならない音楽の練習ばかりしていて「マザコンだから、何歳になってもちっとも成長しない駄目夫!」と質素な夕食の片付けをしながら手がプルプルと怒りで震えてきてしまう(プルプル!)。

 

いい加減に女性は、そんな旦那に切れてしまって「あんた!一体、何を考えているのよ!」と突然、怒鳴ってしまった。

 

すると旦那は「ポカン!」として「なんでそんなに怒っているの?」と全くこっちの怒りを理解していない。

 

あんたが稼いでこないことで家族がどんなに苦しんでいるのかわかっているの?と聞いてみると「はい、わかっています」とその時だけ真面目な顔をして反省したフリをするのですが、「こいつ、絶対にわかっていないだろ!」と女性にはわかってしまいます。

 

案の定、それから1日2日は「お!ちょっとは真面目に働くようになったかな?」と思ったら「やっぱりお客さんが来ない!」と他力本願な駄目夫がそこにいて「こいつは駄目だ!」となってしまう。

 

お客さんが来ないんだったら、来るようにあんたが努力をすればいいのに、どうしてしないの?と散々これまで言ってきたのに「ちっともわかっていない!」と悲しくなってしまう。

 

「なんでこんな人と一緒になってしまったのだろう?」と後悔します。

 

結婚した当初はあんなにやる気があって、収入も良かったのに、私が悪かったのかな?と反省してしまって、苦しくなってしまうのでした。

 

そんな女性が「無意識の力!」と使ってみます。

 

「そんなのであのだらしがない夫が変わるわけがない!」と思うのですが「無意識の力」をやってみるしかないか!と挑戦しちゃう。

 

誰か一人でも私のことを信じてわかってくれたら、私は救われるのに!」という「誰か」になる。その相手が夫である、と思ったら思わず「げ〜!」と女性は言ってしまいます。

 

「なんで私があの人のことを信じなきゃいけないのよ!」とつっこみたくなります。

 

でも「無意識の力」がどんなものか知りたくなって「とりあえずやってみるか!」と思って、夫が家に帰ってきて、性懲りも無く楽器の練習を始めたら「また!家族のことを真剣に考えないで現実から逃げようとしている!」という現実が見えるのですが「その背後には夫の無意識が働いている」と女性は自分の中で唱えてみます。

 

楽器を演奏している音を聞きながら「現実から逃避している」と思うのですが「その背後には夫の無意識が働いている」と自分の中で思ってみたら「あれ?」と女性の中で何かが違ってくる感覚になります。

 

一生懸命に家事を女性がやっているのにちっとも夫は手伝ってくれない、と怒りが湧いてきたときに「そんな夫の背後には無意識が働いている」と自分の中で唱えてみます。すると女性の中でいつもとはちょっと違った風に夫が見えてきます。

 

女性がトイレに入ったときに、夫が入った後で「あいつまた便座を上げっぱなしにしやがって!」とイライラっとしたら「夫の背後には無意識が働いている」と女性がつぶやいてみると、なんだか夫がやることなすこと、もしかして無意識が働いているのかもしれない、と思い始めたんです。

 

夫が風呂に入った時に「稼ぎも少ないのに先に風呂に入りやがって!」とイラッとした時に「夫の背後には無意識が働いている!」と唱えみてると、いつもだったらゆっくりと風呂に浸かれなかった女性がゆったりと風呂に入れるようになります。

 

「あれ?もしかして私って無意識の力が使えるようになってきたかも?」と風呂に入りながら頭に浮かんできて、可笑しくなります。

 

すると、夫に対してそんなことを繰り返してたら、夫が嬉しそうに仕事から帰ってきて「え?どうしたの?」と聞いてみたら「仕事で嫌だった人間関係を整理することができたんだ!」と話してくれました。

 

ちっとも仕事をしない社員がいたのですが、偉そうにしていて夫にいろんなことをズケズケ言ってきて、ものすごく不快だったのですが「いい人」の夫は相手にはっきりと自分の気持ちを切り出すことができず、ズルズルと逃げられないでこれまできてしまってた。

 

そんななよなよしていた夫が「はっきり相手に自分の気持ちを伝えることができて、人間関係を整理することができちゃたんだよ!」とまるで「自分のことを褒めて!」と言っているような感じだったので、「夫の無意識が働いている」と思って、夫の無意識を褒めるような感じで「あなたってすごいね!最近変わってきたよね!」と女性は伝えます。

 

女性は内心「フッフッフ!私の無意識の力ってすげ〜!あの夫がこんなことができるようにしちゃった!」と嬉しくなります。

 

「私のおかげ〜!」と本当は踊り回りたくなっていました。

 

そして「夫の無意識が働いている」と唱え続けていたら「おー!夫が以前のように稼げるようになった!」とだんだん昔の精悍な顔に変わっていった夫を見て「私の無意識の力ってすげ〜!」と感動します。

 

夫は女性をしっかり見つめてくれるようになって、夫はある時「ねえ、あなた、僕になんかした?」と聞いてきた時に「お〜!夫の無意識が働いている!」とびっくりしちゃったのでした。

 

「無意識の力って面白い!」と女性は、今度は外に出てその威力を試してみたくなっていたのでした。

 

(つづく)

 

「本当の友達がいなくてさびしい」と思ったとき読む本 のアマゾンのレビューを書いてくださってありがとうございます。

 

意識的なものを手放すと、無意識で繋がれるようになれる、と私も最近気づかされました。正直な話、この本を通じてなんですけど。

この本を読もうとする時に抵抗を感じた、というのが「それだけ重要な本」と思われたのはすごいです。そして意識でそれに対して抵抗をするのをやめて、無意識に任せた、というのがカッコイイな〜。無意識に任せてこの本を読んでみると、面白いですね。思ったこと、感じたことをその時に表現できるようになった、ってすごいことです!!ストレスホルモンの動き方を見ていると、本当にそのように変わるのってめちゃくちゃ難易度が高いことがわかります。それができたのはすごいです。意識的な世界から解き放たれると、無意識の世界に入って、面白いことになるんですね。なんだか嬉しいな〜。だから、無意識の世界のことを書くことになったんだ!

 

感謝!!

 

大嶋 信頼

 

 

 

 


2019/04/18

誰か一人でも私のことを信じてわかってくれたら、私は救われるのに!」という「誰か」に、読んでくださっているあなたがなる。

 

瞬間的に「え!私が?そんなの無理!」と思うでしょ!

でも「そんなの無理!」と思う、その感覚の背後にも無意識が働いていて「もしかしたら、できるかも」という思いがむくむくと湧いてきます。「もしかしたら、もうすでにしているかも?」という感覚がそこにあるかもしれません。

 

「誰か一人でも私のことを信じてわかってくれたら、私は救われるのに!」の「誰か」は「その人に働いている無意識さん」を信じること。

 

その人に働いている無意識が、その人を幸せな方向に必ず導いてくれる、と思って、その人を見守るのが「誰か一人でも私のことを信じてわかってくれたら、私は救われるのに!」なんです。

 

その人がどんなことをしようと「そこに無意識が働いている」と信じて見守るだけ。

 

「何のためにそれをするの?」というのは「私が無意識の力を使うため」です。

 

相手を助けるためではありません。

 

相手を幸せにするためでもない。

 

そう!それは、自分の無意識の力を使うため。

 

方法は簡単です。

 

誰かターゲットを決めて、その人の行動に注目を決めて、その人がどんなことをしようが「そこに無意識が働いている」と思ってあげるだけでいい。

 

多分、一般的なわかりやすい言葉に変えちゃうと「その人のやっていることに意味がある」という感じになります。

「すべてのものはみんな意味を持って存在していて、意味のないものは何一つない!」という考えに基づいた言葉です。

 

それでもいいのですが「意味がある or 意味がない」というのも意識的な判断になってしまうから「そこに無意識が働いている」の方が「誰か一人でも私のことを信じてわかってくれたら、私は救われるのに!」に対してグサッときます。

 

意味があろうとなかろうと、無意識には関係がありません

 

その人の無意識はすっごいことをしている!というのが「そこに無意識が働いている」と思って見守った時に、スイッチが入ります。

 

多分、みなさんの中にもあると思いますが「自分には価値も力もない」という意識と「ものすごい力があるんじゃないか」という無意識の感覚。

 

自分が相手の行動に注目して「そこに無意識が働いてる」と思ってあげただけで「私ってすごい力があるかも!」と思うのは、相手の無意識の力が発揮されて面白い展開になっていくから。

 

要するに「私が相手を思っただけで相手は幸せになる」というすごい力。

 

それがどんどん使えるようになります。

 

え?それじゃあ、相手が幸せになって、自分が幸せになれるわけじゃないの?と不安になります。

それじゃあ、これまでみたいに他人の幸せのために自分を犠牲にしてきた人生と一緒じゃない!と思ってしまうわけです。

 

相手の行動を見て「そこに無意識が働いている」と思っているだけだから、これまでのように相手のために自分を犠牲にすることは一切ありません。

信じて見守るだけで、相手の無意識が勝手に起動して、相手の人生がうまくいくので、相手は「やった!自分のおかげでうまくいった!」と喜ぶだけ。

 

自己犠牲をはらって相手のためにやってあげた時は、相手は感謝するどころか、こちらを蔑み、そして攻撃してきてダメージを与えられちゃいます。「無意識」にはそれが一切ございません。

 

ただ、感謝されないだけ。

どんどん自分の無意識の力が発揮されて、相手がすごいことになっていくのですが「誰からも感謝されない」という虚しさがあります。

 

この虚しさこそが意識的な感覚なのですが、その背後には無意識さんがちゃんと働いています。虚しくなれば、心の乾きが増します。そして、その渇きに任せて、無意識の力を振るっていると「あれ?いつのまにか自分がすごいことになっているぞ!」というポジションにいることになってしまう。

 

「誰か一人でも私のことを信じてわかってくれたら、私は救われるのに!」の「誰か」になって、相手の無意識が存分に発揮できるようになって幸せになる姿を見てきただけなのに、自分の無意識の力が磨かれて、心の渇きに任せて、無意識の力を発揮し続けていったら、自分が求めていたものがいつのまにか手に入っている。

 

それは、私の無意識の力が磨かれたから手に入ったの?それとも「誰か一人でも私のことを信じてわかってくれたら、私は救われるのに!」の誰かが私の周りに現れたから?

 

面白いことになります。

 

「本当の友達がいなくてさびしい」と思ったとき読む本 のアマゾンのレビューを書いてくださってありがとうございます。

 

人との関係性の中に希望を見つけられる、と書いてくださってありがとうございます。人に期待をして、そして裏切られ、傷つけられて、どんどん無力になっていく、という体験を私も繰り返していて「あー!本当に人間関係って嫌だな!」と心底思っていました。「一人でなにかに挑戦していく人生もいいのでは?」と私も感じていました。私もこの本を読んで「そうだったんだ!アプローチを間違えていただけ!」と気がつくことができたので「おー!一緒だ!」とレビューを読んでいて嬉しくなりました。自己犠牲は本当にこじれますよね!知らずにずっとやっていました。パーソナル数値はいいですよね!世界がアップサイドダウンになっていたから行きずらかった、というのが見えてきます。そして、自分が慕われていたことも見えてきたのは嬉しいです!!一人でやっているんじゃなくて、心の中では繋がり続けていてみんな友達!これってすごく心強くて、怯えが消えた、というのは最高です。そして、私の脳は繋がって、今ブログでは次の展開に進んでいますね。皆さんに引っ張られているのがわかります。皆さんが私の「誰か」になってくださって「無意識の力」を引き出してくださって、すごいことになっています。私も負けじと「無意識の力」で「誰か」になって無意識の力を発揮していきます。皆さんの無意識とともに。

 

感謝!!

 

大嶋 信頼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2019/04/17

光を両手で受け止める人。

 

新しい職場環境だったり、学校やお母さんたちの人間関係があったりします。

 

意識では「あ!みんなが仲よさそうに話をしていて、自分だけ孤立しちゃう!」と不安になってしまう。

 

「なんとか、みんなの会話に入っていかなきゃ!」と意識では焦ってしまう。

 

「でも、会話に入っていかない人もいるぞ!」と意識では、できるだけ冷静に状況を判断して、うまくその場に適応しようとします。

 

そして意識で「え〜い!会話の中に入っていこう!」と判断して「この職場って、みんながやる気があって、とっても良い環境ですよね!」と笑顔で話題を振ってみます。

 

すると「シーン」としてしまって「あ!またやっちゃった!」と意識は「また、人間関係で訳のわからないことを言ってしまって失敗を犯した」と判断する。

 

いっつもそう!私が会話に入っていこうとすると、うまく喋れなくて、場の空気を凍り付かせしまう。

 

そうなって、喋るのが怖くなって、孤独になってしまう。

 

自分の会話の下手さに自分でも呆れてしまい「これまで本を読んでこなかったからだ!」とか「親がちゃんと会話をしてくれなかったからこうなった」と意識は分析します。

 

こんな時に「誰か一人でも私のことをわかってくれる人がいたら」と思うんです。

 

誰か、一人でも私のことを信じてわかってくれる人がいたら、自分は救われるのかもしれない、と。

 

その感覚って「無意識」からの感覚で「誰かが一人でも自分のことをわかってくれたら、ものすごい能力を発揮するのに!」ということを心の底から訴えている。

 

そんな人の相談を受けた意識的な専門家は「あなたは自己愛性パーソナリティ障害ですね!」と診断しちゃう。

「全て、あなたの思い込みよ!」として、ちゃんと現実を見つめなさい!ってね。

妄想じゃなくて、現実の世界を生きなさいよ!と専門家は教えてくださる。

 

専門家じゃなくても、親に相談したって「あんた!ちゃんと場の空気を読まなきゃ!」と注意されます。

「あんたっていっつもそう!すぐに先走るから、そんなことになるんだよ!」と言われて「あ、もっとちゃんと場の空気を読めるように努力しなきゃいけないんだ!」と反省することになります。

 

友達に相談すると「別にあんたはおかしなことを言っていないけど!」と味方をしてくれます。

「でも、あんた、たまにちょっと天然なところがあるから、それはあなたのキャラクターだから気にしなくて良いじゃない!」と言われた時は「あ!そうか!」と思うのですが、なんかモヤモヤする、と後になって、嫌な感覚が襲ってきます。

 

「無意識」の力を知っている人が、その方の話を聞いた時に、ご本人は「意識的にやってしまって失敗した」と思っているけど、そこにちゃんと無意識が宿っていることが感じられる。

 

それが、その人が思っていた「自分を信じてわかってくれる」ということになる。

「自分のことを信じてくれる」というのは「自分の無意識の力を信じてくれる」ということ。

たとえ、それがどんな状態であっても、無意識の力がそこに働いていることを信じてくれる人。

 

「無意識の人」とは、否定的と捉えられる状況を勝手に肯定的に解釈する人ではないのかもしれません。

 

意識的に行動して間違ったことをしているようで、そこに無意識が働いていて、その人を一番ベストの方向に導いてくれる、ということを信じてくれる人。

 

そんな人に触れたときに、職場環境で孤立してしまう、と思っていたら、「あ!自分と同じような人が寄ってきてくれた!」と孤立してしまったと思っていた矢先に「お!」ということが起きます。

 

周りのみんなが自分から離れていかなければ、出会えなかったかもしれないその人と出会うことができる。

 

「無意識の人」はそんな姿を見て「無意識のすることってやっぱり美しいな〜!」と感動するんです。

 

職場の中で孤立してしまった人が、専門家に相談したことも、親に愚痴ったことも、友達に共感を求めたことも全てそこには無意識が働いていて、その一つ一つから自由になることで、本物に出会うことができる、という美しいプロセスがそこにあった。

 

多分、ここで読んでくださっている方は「自分でその無意識の力が使える方法が欲しいんだけど!」と思うんです。

 

だって、そんな無意識の力を信じてくれる人を探し出すのって面倒臭いし「それが本物かどうかもわからないじゃない!」とこれまでの数々の失敗から学習しているから。

人を信じて失望する、ということを繰り返してきてしまったから。

 

実は、自分で無意識さんの力を使う方法は、今のこの流れで書いているんです。

 

自分で無意識さんの力を使う方法は、自分以外の人の無意識の力に触れて、その美しさを体験すること。

 

そう!「無意識の人」とはこれを読んでくださっているあなたのことです。

 

「私にはそんなの無理!」と思うかもしれない。

 

「そんな、人を幸せにするなんてことはムカつくからしたくない!」と感じるかもしれません。

 

そんなことを感じることにも「無意識」が働いていることを、これを読んでくださっている方は感じるんです。

 

そう、人の無意識の美しさに触れたときに、自分の無意識の輝きが増すんです。

 

そして、求めていたものがいつの間にか得られている。

 

(つづく)

 

「本当の友達がいなくてさびしい」と思ったとき読む本 のアマゾンのレビューを書いてくださってありがとうございます。

 

未来の本当の友達に出会う勇気をもらいました、と書いてくださってありがとうございます。「この本だけは、なぜかなかなか手が出せませんでした」というのはものすごくわかります。そこに気がついてくださったのは嬉しいです!!さすがです!パーソナル数値が違う人から好かれようとするってやっちゃいますよね。だって、違いがわからないし「違いがあっちゃいけない!」というようなことを言われ続けてきたから。完全に異文化です。異文化間交流をしてみると本当によく見えてきて「う!一体感!」となるから面白いです。だって金魚とだって一体感を感じられるんですから。「夫から見張られている」というのが本を読んで消えた、ということは「嫉妬の呪縛からは解放された」ということが考えられます。「職場で」ということだったら、予測できるのは「女性的な魅力の否定の呪縛」ですか。母親の嫉妬のトラウマによって女性性が封印されている可能性。職場だから「能力に対しての呪縛があり、そこに嫉妬されていると監視されている」という可能性も疑いますが、そこは「夫からの監視」がクリアされていることから「女性性」が浮かんできます。遺伝子コードもいろいろありますが「監視されている」と思った時は「自分の魅力を認める」と唱えて無意識さんにゆだねるという方法がオススメです。

 

感謝!!

 

大嶋 信頼

 

 

 

 

 


2019/04/16

私は、自分で決めて、自分一人で歩んできた、と思っていました。

 

だから、全ての責任は私にある、って数々の失敗を抱えて苦しんでいた。

 

「なんであんなことをしちゃったんだろう?」とか「どうしてあの時ちゃんとやらなかったんだろう?」などいつも過去を振り返って後悔して自分を責めています。

 

でも、自分の意識で決めていることなんてほとんどなくて、自分の無意識が導いてくれている、ということを知ります。

 

自分の頑固な意識で意地を張って生きてきた、と思っていたけど「それも無意識だった」という面白さ。

 

それを知っていながらも、アホな私は「自分の意識でなんとかするんだい!」と自分の人生を好転させるために頑張ります。

 

そうして頑張ってしまうのも、実は意識じゃなくて、私の無意識がそうさせていた、というのは信じ難いのですが、振り返ってみたら、確かにそう。

 

「みんな無意識が働いているんだったら、こんなことを書く必要がないじゃないか!」とツッコミが入ります。

 

最近、AI(人工知能のことです)がすごいことになるかもしれない、となったら「AIが発達したらなくなる職業は」という話になって「え?この職業がなくなっちゃうかもしれないの?」といろんな人を不安にさせました。

 

それと同じように「無意識」が完璧だったら、カウンセリングも本もブログも必要がないのでは?となってしまう(ギャ〜!失業じゃ〜!)。講演会なども聞く意味がない!となってしまう。

 

本当にそうなの?

 

無意識さん!

 

ねえ!答えてよ!

 

・・・

 

無意識さんはお茶目だから、いたずらをする。

 

頭の中が急に「し〜ん」となって何も浮かばなくなって「おい!おい!」と私の無意識にツッコミを入れたくなる。

 

そしたら「あなたが催眠のお師匠さんに出会っていなかったらどうなっていたと思う?」と恐ろしい質問が浮かんできた。

 

「お〜!それを考えてみたら怖くなってきたぞ!」と無意識が出してきた一手にビビる。

 

アメリカの催眠療法の大家のミルトン・エリクソン先生は必要なかったの?というのが浮かんできて「なるほど!」となってきた。

 

学生時代にミルトン・エリクソン先生の治療風景を弟子たちが書いているのを読んで「美しい!」と感動して涙が出てきたことがあった。

 

催眠のお師匠さんが治療したケースは、部屋にその方が入ってきた瞬間「あ!お師匠さんの治療の跡がある!」と一発でわかってしまったことがあった。

 

誰にでも、どこにでも無意識は働いているはずなのに、その美しさを知っている方に触れたときに、その輝きは増す、という性質を無意識は持っていた。

 

そして、いつまでも輝き続ける。

 

でも、待てよ!無意識の美しさを知っている人にたくさん触れてきたはずの私は「ちっとも輝いていないぞ!」と私の意識が反発したい気持ち満々で登場してきます。

 

みんな無意識の美しさに触れたときに、美しく輝いていくその様をこれまでたくさん見てきた。

 

その姿を思い出すだけでも、涙が溢れてくる。

 

この涙は、自分だけが変わっていない、という惨めさの涙だと思っていた。

 

自分が取り残されていく、という悲しみの涙だと。

 

それは違っていた。

 

試験で思うように点数が取れなくて、悔しい思いをしていて、私は学生時代に車を2時間以上走らせてシンシナティー美術館に行きます。

 

私は、悔し涙で真っ赤になった目をこすりながら、ボーッと「これでもか!」という感じで並べてある絵画を眺めていました。

 

一枚、一枚の絵がものすごい!

 

日本の美術館みたいにガラスケースに入っていなくて、手を伸ばせばその絵の凸凹に触れることができる近さで眺められます。

 

ある一枚の絵の前に行ったときに、私の足が止まって、そこから動けなくなります。

 

私の試験勉強が実らなかった無念さ、自分に対する苛立ち、周りの点数が取れていた人たちへの嫉妬などのありとあらゆる怒りが「スーッ!」とその絵に吸い込まれていく感覚。

 

なんじゃ!この絵は?と作者名を見ると「Vincent van Gogh」と書いてありましたが「知らん!」と私は、その絵から離れようとしてしまいました。

 

でも、気になったので、持っていたメモ帳に名前を書いて、そして、寮の部屋に帰って辞書で調べたら「あ!あのゴッホやんけ!」とびっくりします。

 

あのゴッホの絵だったんだ!と全くその価値を知らないで見てもそのすごさに圧倒されるようなあの感覚。

 

無意識は、その美しさを知っている人に触れたときに、その輝きを増します。

 

ここで読んでくださっている人たちは、他の人たちの無意識の美しさを認識することができます。

 

その認識された美しさは輝きを増して、その美しさを見出した人の無意識のすごさに感動するのです。

 

そう、お互いがお互いの無意識に触れて、その輝きを増していく。

 

そんなみなさんの無意識に照らされて、私は本を書かせていただいています。

 

そう、無意識は、その美しさを知っている人に触れたときに、輝きを増す。

 

その無限の輝きを。

 

(つづく)

 

追記で書いてくださってありがとうございます。

脳のネットワークっていいですね。常に無意識さんはそこにいます。

その美しさに触れたら、大変なことになる〜!

 

この友達というのも”無意識”という観点からになっているから、読んでくださっている方がすごいことになっています。

みなさんのコメントを読んでいて、びっくりしたのが「あ!無意識さんの起動の仕方を知っているんだ!」ということ。

これは、カウンセリングをやるセラピストが使っている技なのですが、クライアントさんからいただいた客観的な情報を何度も反芻するという技です。

「どこが技やねん!」と突っ込まれそうですが、ただ情報を反芻するだけで「無意識さんが起動しました!」となってそのクライアントさんの無意識がしている美しさに触れることができちゃう。

頭でいくら考えていても見えなかったものが無意識さんには見えちゃう。そして、その美しさに触れたときに「お!」となるんですね。

 

私は、正直「私の本を何度も読んでいただくなんて申し訳ない」と思っていました。

そんな、一度読んだらブックオフでしょ!って。

でも、何度も読んだら無意識が起動するって知ってたんだ!と真面目に最近びっくりしています。

その起動した無意識の美しさにまたまたびっくり。

 

感謝です!!

 

大嶋 信頼

 

 

 

 

 

 


2019/04/15

「意識と無意識」ってとっても面白いです。

 

昨日も「サーフィンだ〜!」と海に行ったら「あれ?思ったより波が荒いぞ!」と正直、海に入るのにビビリます。

 

波が荒いから、私の体力で沖まで行けるかな?と不安になりながら漕いで行くと、「ゼーゼー、ハーハー」と言いながらも、なんとか沖にたどりつくことができました。

 

私の意識では「波に乗るコツは掴んだ!」と思っていて、波が来たら、足を閉じて、そして胸でボードを押さえて、そして波に対して水平に漕いで波に乗る!とわかっているわけです。

 

でも、何度も繰り返して意識で「わかった!」ということをやってみても「波に乗れない!」となってしまいます。

 

1時間、連続で挑戦しても「全然乗れない!まずい!」と気分が落ち込んできます。

 

そんな時に「波の乗り方」を意識的にやるのを止めて「五十嵐カノアさんのように乗りたい」と思って漕いでみると、それまで一度も乗れなかったのが「簡単に乗れた!」となって悔しくなります(五十嵐カノアさんは5カ国ご堪能なプロサーファーです)。

 

「人の真似をすれば無意識の力が使える」ということを本に書いていても、意識的な私は「自分の意識の力では無理なのかい!」とツッコミを入れたくなります。

 

自分でいろんな無意識の力を使う手法を書いていて、それを使って波に乗るのが悔しい、ってどうゆうことやねん!と自分でも思うのですが、これが意識のなせる技、ということになります。

 

でも、この私が「意識」と思っているのも、実は「無意識さん」が働いている。

 

なぜなら「波に乗れない!」と何度も繰り返し挑戦することで、上半身の筋肉がどんどんついてくる!ということが起きているから。

 

何度も繰り返しているうちに、適切な筋肉が鍛えられていくのは無意識さんが「乗れない」という状況を作り出しているから。

 

意識的な判断をする人から見たら「そんな、乗れなくするなんて意地悪な」と思うかもしれません。

 

でも、いつもジョギングばかりやっていて上半身のトレーニングをサボってしまう私からしたら「確かに上半身の運動が必要なんだろうな」と海から上がってきたときの上半身の筋肉の疲労感を感じながら無意識さんのすごさを感じるわけです。

 

ある優柔不断な男性がいました。

 

この優柔不断な男性は、決めることができないから、ものすごく気が強い女性と結婚をしてしまって、周りの人からは「大丈夫かよ!」と飼い犬のようになってしまうことを心配します。

 

でも、優柔不断な男性は、強い奥さんに言われたことも「ちっとも実行しない!」とのらりくらりとしています。

 

強い奥さんを怒らせて「ムカつく!」とさせるのですが、あまりにも男性の優柔不断さが徹底しているので、そのうち「チーン!」と奥さんは旦那さんに何かを求めるのを諦めてしまいます。

 

それで夫婦関係が冷めてしまうと思ったら、優柔不断な男性は、のらりくらりとしながら、その奥さんとうまくやっていて、どんどん仲が良くなってしまいます。

 

奥さんもはじめは、優柔不断な男性にキレまくっていたのですが、そのうちに悟りを開いたような感じになって、人間関係でトラブルが多かった奥さんが「あれ?人間関係でうまく人と距離が開けられるようになった!」と変わっていってしまった。

 

その優柔不断な男性が「え?あの優秀な会社にスカウトされて役職に就いた!」とびっくりします。

 

周りの人たちは誰しもが「あんな優柔不断な男性があの大変な会社で務まるわけがない!」と思っていました。

 

すぐに辞めさせられるか、役職を取り上げられるか「どっちなの?」と賭けをしていたぐらい。

 

案の定、優柔不断な男性は、その上司から「あなたがもっとしっかりしないとダメじゃないか!」と怒られます。

 

みんなが嫌っている上司で、優柔不断な男性がその上司から目をつけられて怒鳴りつけられていたので、周りの人たちが「かわいそう」と同情します。

 

このままだと仕事が続けられないだろうな、とみんなが思っていたら「あれ?上司がやめちゃった!」という奇跡が起きます。

 

新しく来た上司も曲者で「なんでお前は俺がいった通りにやらないんだ!」と優柔不断な男性にパワハラ的なことを言います。

 

そして、周りにいた専門家たちは「それはパワハラですよ!」としっかり対処するように適切なアドバイスをします。

 

でも、優柔不断な男性は「ちっともアドバイスに従わないんかい!」とせっかくもらったアドバイスを無下にするようなことをしてしまいます。

 

いつも優柔不断な男性はのらりくらりとしていて「言われたことをやればいいのはわかっているんですけどね」といって一向にやろうとしない。

 

でも、新しく来た上司も「え!また辞めちゃったの!」という感じで優柔不断な男性の目の前から消えてしまって、そして、その優柔不断な男性がその席に座ることになります。

 

そして、その優柔不断な男性が上司になったら職場がめちゃくちゃになるんだろうな、とみんなが思っていたら「あれ?ものすごくチームワークが良くなった!」となって、それまで毎日のように遅刻をして、上司を苛立たせていた優柔不断な男性が朝早く出勤するようになって、みんなから信頼されるような人物へと変わっていったんです。

 

周りにいた意識的な人たちは「ありえない!」と驚きを隠せません。

 

そう、男性は意識では「優柔不断だから何も決められないし、嫌な目にばかりあう」と思っていたのですが、その優柔不断さには無意識が働いていて、男性のために環境を整えてくれていて、一番輝けるステージをベストなタイミングで用意してくれていたんです。

 

そうなんです、決められない時、人に流されてしまう時には、もしかしたら、そこに無意識さんが働いていて、ものすごい方向に導いてくれていたりするんです。

 

「優柔不断」というのは、否定的に捉えてしまいますが、この男性の場合、それだけ無意識さんの力が強く働いていて、男性を美しい場所へと導いてくれていた。

 

そんな無意識さんの力は周りの人には見えないから「なんであなたは!」と否定したくなってしまう。

 

自分ではどうすることもできない、と思っている時って、もしかしたら無意識さんの力が働いていて「そっちじゃなくてこっちだよ!」とものすごい力で引っ張ってくれていたりする。

 

人の無意識の力は、見ることができて「すげ〜!」と感動することができるのだが、自分に働いてくれている無意識に対しては文句しか出てこない私がここにいます。

 

そんな私に対しても、意識と無意識は、ボケとツッコミをしながら、新しい世界へと導いてくれます。

 

ここで読んでくださる皆さんの無意識とともに。

 

(つづく)

 

 

 

 

「人間関係の悩みから解放!嫉妬・劣等感を一瞬で消して本当に自由になる!」のアマゾンのレビューを書いてくださってありがとうございます!!

 

アブラカダブラ、と書いてくださってありがとうございます。「寝るかもしれない」と思って寝る用意を完璧にしたら寝なかった!というのはまさにミルトン・エリクソン博士が使っていた「逆説」ですね。すごいです。心に聞く、はやっぱり本よりもこっちの方がわかりやすいかもしれません。確かに。美術館で子供を背負ったような重苦しさ、というのは非常に興味深いですね。この現象ってもしかしたら「研ぎ澄まされた共感能力」からきているのかもしれない、と感じます。アーティストって苦悩の人たちですから。誰にも理解されないというか、その才能を嫉妬されながら苦しみの中で作品を生み出していく、という過程であの作品があるわけですから。その苦しみに共感してしまったら、確かに感動の向こうにそんな感覚も同時に感じてしまうのかも。でも、それが作品の深みでしょうね。それが感じられるのはすごいです。それもまた無意識のなせる技です。味覚の遺伝子のお話はすごいです。これからが楽しみです。

 

あれ?と書いてくださってありがとうございます。無意識に働きかける手法になっているので「??」となりますよね。本でもできるだけ同じ手法を使っているのですが、やっぱりトークだと編集されないので「??」とになります。あたたかさと安心感が頭に広がる感じ、はとっても嬉しいです。離人症と甲状腺抗体の遺伝子コードは25個あります。その中でも「TP53(ティーピー五十三)の還元」×7、「SDHD(エスティーエイチディー)の還元」×7、「DPP6(ティーピーピーシックス)の還元」×7、があります。もしかしたら「私はTRab抗体を許します」も使えるかもしれません。

 

感謝!!

 

大嶋 信頼

 

 

 

 


2019/04/13

催眠のお師匠さんが「意識には限界があるけど、無意識には限界がない」とかっこいいことをおっしゃっていた。

 

意識って「頭で考えちゃうこと」になります。

 

だから「意識と無意識」なんて書くと「難しいよね!」という言葉が返ってくるのは”意識”が働いているから。

 

「難しいよね!」とは、「理解できない」とか「自分には関係ない世界」や「無意識なんて現実の世界ではちっとも役に立ちやしない」という意味が含まれていたりします(言葉って本当に便利!一言でこんなたくさんの意味が入っている)。

 

まあ、普通に考えたら「自分は自分の意識で判断してこれまでの人生を歩んできたのだから、無意識の方が優れているなんて自分の人生を否定されているように感じる!」となっているわけです。

 

まあ、進学するときだって、自分の意識で判断して決定している。

そして、仕事選びだって、意識で判断して自分の責任で決めている。

 

でも「自分の意識で決めている」と思っていても、無意識というのが必ずそこに介在しています。

 

ある女性が「痩せたい!」と思っていて、周りのみんなは「絶対に無理でしょ!」とその方の体型を見て判断しちゃいます。

 

その方は、SNSである男性と知り合って、昔の痩せていて可愛かった頃の自分の写真を送ってしまって、周りの人は「え?あんた、だいたい、それって浮気でしょ!」と判断しちゃって「昔の写真って詐欺だよね!」と頭の中で批判が止まらない。

 

そのSNSで知り合った男性がとんでもない奴で、毎日のように酒に酔って電話をかけてきて、その女性のことを1時間以上も罵倒する。

 

周りの人たちは「それって言葉の暴力だよね!そんな男性切っちゃいなよ!」と意識的な意見をしますが、その女性は「切れない!また、自分から連絡を取っちゃう!」という繰り返し。

 

興味深かったのは、その暴力的な男性とは「体重が落ちていないから会えない」となっていて、その女性は「痩せなきゃ!」とせっせとジムに通っていた。

 

周りの人たちは「そんな、あの暴力的な男性と会ってしまったら大変なことになる!」と心配します。

 

毎日のように、男性に罵倒されて、そして涙を流し、そのままジムに行くということを繰り返していました。

 

周りの人たちは「あんた!何をやっているの?」と呆れてしまいます。

 

周りの人たちが思っていたように、女性はなかなか痩せることができません。

 

「ほら!見なさい!やっぱり痩せるのはあんた無理よ!」とみんなが思っていました。

 

ところが、ある時から、急激に体重が落ちて「え?どんどん綺麗になっていく!」とその方が理想としていた体重に近づいていきます。

 

そして、理想の体重に到達した時に「え?あの男性を切っちゃったの!」とびっくりすることをしちゃったんです。

 

意識的な治療者は「一度、暴力的な男性に引っかかったらなかなか別れられない!」と判断してしまうわけです。

 

それを女性は痩せて理想的な体型になった途端に「ブチッ!」と切ってしまいました。

 

無意識ってすげ〜!と私は感動します。

 

無意識さんは、痩せるために、一番効率のいい方法を使ったんです。

 

たぶん、意識的にこれを誰かが真似してしまったら「大変なことになる〜!」となってしまいます。

 

無意識は、ものすごい緻密な計算をして、絶妙なタイミングですっごいことをして「不可能」を「可能」に変えてしまうんです。

 

この女性の無意識の凄いところは「いろんな人のところにこの暴力的な男性のことを相談に行く!」としていたこと。

 

なぜなら、みんな専門家は口を揃えて「あんた!そんなのやめなさい!」と注意してくれて、いろんなアドバイスをしてくれるから。

 

専門家たちにそれをされればされるほど「暴力的な男性に連絡するのがやめられない!」となるから、連絡し続け、そしてジムにも通い続けて理想的な体型を手に入れることができてしまった。

 

無意識のイメージとしては、よくアメリカの軍隊のトレーニングなんかで軍曹が新兵を罵倒しながら鍛え抜いていき、どんどん精悍な顔と体になっていく、という感じでしょうね。

 

罵倒されて緊張のホルモンで筋肉が鍛え上げられていく。

 

人って、意識で選択しているようで、無意識が面白い方向に導いてくれていたりする。

 

自分の意識で選択しているつもりが、無意識がものすごいことをしてくれている。

 

無意識のすることはとっても美しい。

 

だから「無意識さ〜ん!」で自動運転はとっても楽しい。

 

自動運転に乗り慣れていない人は「危ない!」とか「そっちの方向は違う!」と「きゃー!」とか「わー!」と騒いでいるけど、それは無意識さんの奥深さを知らないだけ。

 

乗っかってみると、いとおかし。

 

「無意識さ〜ん!」で求めていたものが自動的に手に入る。

 

(つづく)

 

「本当の友達がいなくてさびしい」と思ったとき読む本 のアマゾンのレビューを書いてくださってありがとうございます。

 

P94で・・と書いてくださってありがとうございます。凄い深い書き方をされますね。あのノーベル賞候補になった作家さんの文章を彷彿させる感じです。短い文章の中にドラマがあって、いろんなことが伝わってきます。「催眠ガール」の本を書いて、無意識を簡単に起動させる方法が見えてきました。それって「客観的なデータを反芻する」という簡単なこと。「わかっている」というのが「意識的な判断」で「わからない」というのが「無意識の入り口」になります。「わからない」からデータを反芻して頭の中で転がしていると「あ!見えた!」と意識的になっていたら全く見えなかったことが見えてくる。無意識さんが見せてくれるものって美しい情景なんです。凄いっす!

 

ブログへのお返事、はびっくりしました。ちょっと、怖いんですけど!心ってすげー!吉本先生は、正解です!あはは〜!心はお茶目!しかし凄いな。面白くなりますよ〜!

 

脳のネットワークって本当にあるかも!と書いてくださってありがとうございます。レビューを書いてくださったのはめちゃくちゃ嬉しいです。わかるな〜!話が通じなくなるって。でも、そのあとの展開が「どひゃ〜!」とびっくりしてしまいました。完全に私がアイディアをパクっていたのですね。ね!脳のネットワークって本当にあるでしょ。これがちゃんと科学的に証明されたらものすごいことになるんでしょうけど、でも、私たちだけでもいいかな。通じあえなくても「無意識では伝わっている」から。本を読んでさらに心が軽くなったって書いてくださって嬉しいです。実は私もです。自分がこんなに楽になるんだったら、過去の自分が読んだら、凄いことになるんじゃないか?と思うわけです。なぜなら、人間関係で常に頭がいっぱいで、いつもぐるぐる考えていて、その時間を勉強に使っていれば〜、という感じでしたから。これを読んでから、時間のスペースが全然違う感じです。そして、何度も反芻して読んでいると無意識が起動して、自動的にいろんなことをやってくれるから便利です。客観的データで観察日記は、楽しいです。データが集まれば集まるほど、無意識さんが起動して凄いことが見えてきます。「You! 許しちゃいなYO!」は笑ってしまいました。さすがです。読まれている。今日もなんで「無意識さ〜ん!」の自動運転のことを書いているんだろう?と疑問に思っていましたが、なるほど!優柔不断でしたか!!いま「見ない、聞かない、反省しない」の原稿チェックをしているのですが「別時間軸の自分の犠牲」というのがあって、私は優柔不断でいろんなことを考えちゃう、というのは「一人で思い悩んでいる」と思っているけど、実はそれをした時の別の時間軸の自分の脳とつなげている、ということを書いていました。意識的に別時間軸の自分で失敗体験を検証できちゃう優れもの。「無意識さ〜ん!」はそれを検証しないで一発でやってしまうからずるい。いつか、優柔不断の遺伝子コードを一緒に検証しましょう。

 

書いてくださってありがとうございます。

 

感謝!!

 

大嶋 信頼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2019/04/12

ある方が運動をして「痩せた!」となって「いい感じにきれいになった!」と喜んでいらっしゃった。

 

そしたら「怠くて運動ができなくなる〜」と面白い現象が。

 

運動しようとしたら「面倒臭い」とか「怠い」とか「今日はちょっと気分が乗らないから」とできない理由がたくさん出てきてしまう。

 

「うん、うん、わかるな〜」と思いながらその話を聞いていました。

 

このままだとまた、元の体重に戻ってしまう〜、とせっかく頑張ったのに、元の木阿弥になってしまう不安が襲ってきます。

 

でも「怠い」、「面倒臭い」や「動きたくない」と一歩が踏み出せなくなる。

 

こんなことをお医者さんに相談すれば「無理にダイエットしすぎたから、体が疲弊してしまっているんでしょ!」と素敵な暗示を入れてくださる。

 

友達に相談したら「そんな無理しないほうがいいじゃないの」とものすごく優しい言葉をかけてくれる。

 

こんな時に限って友達はものすごく優しくて「あなた、頑張りすぎだよ!」と泣けるような言葉をかけてくれるから、余計に「あ、自分は頑張りすぎちゃって動けなくなってしまったんだ」と椅子に座ったまま動けなくなる。

 

こんな時に便利なのが「無意識さ〜ん!」である。

 

自分で「動かなきゃ」とか「運動をしなくちゃ」と意識すればするほどできなくなるから「無意識さ〜ん!」と自分で考えるのをやめて、無意識さんにすべて自分の行動を任せてしまう。

 

「無意識さ〜ん!」と任せてみると「あれ?トレーニングウェアに着替えている」と何も考えないで動いている自分がいる。

 

「無意識さ〜ん!」と任せていると運動をしていても「あれ?そんなに疲れを感じない!」となって続けられちゃう。

 

あんなに考えていた時は動けなかったのに「無意識さ〜ん!」と無意識に任せちゃったら簡単に動けちゃうし、気持ちがいい。

 

無意識さんは、私にとって一番必要なことを知っています。

 

それを自動運転で届けてくれる。

 

素敵に痩せた方も「自分の努力で痩せた」と思っていますが、知らないうちに無意識さんが働いてくれていて、理想の体型を取り戻す方向に向けてくれていた。

 

そう、いつも一人でやっていると思っていたのだが、実は、いつも無意識さんの助けがそこにあった。

 

そして、それを忘れてしまって、いつのまにか自分一人でやっているような気持ちになって「あれ?どうしてできないんだろう?」と思う瞬間がやってくる。

 

それは自分一人でやっていたのではなくて、無意識さんの力を借りてやっていたから、自分の意志の力でやろうとするとやり方がわからなくなったり、方向性に疑問が湧いてきてしまう。

 

そんな時に「無意識さ〜ん!」と任せてみると、お!これだこれ!という感じで私の中にキラキラとした感覚が蘇ってくる。

 

見失いかけていた光が自分の中にあったことを思い出す。

 

自分の中の光に照らされて、私は光の中を歩み出す。

 

一歩一歩、無意識さんの力で力強く歩いているように外からは見えているかもしれないが、私は常に無意識さんの自動運転。

 

「無意識さ〜ん!」と任せたその方は、いつのまにか運動をしながら、その方が求めていたものを次から次へと手に入れていきます。

 

無意識さんの自動運転に任せて。

 

(つづく)

 

「本当の友達がいなくてさびしい」と思ったとき読む本 のアマゾンのレビューを書いてくださってありがとうございます。

 

謙虚をやめるには、と書いてくださってありがとうございます。同じ苦しみを感じていらっしゃったのはものすごく大変だったのだと想像します。誰にもわかってもらえませんから。わかってくださる仲間がこうして書いてくださるのはものすごく嬉しいです。こうして繋がってくださる、みなさんのおかげで私も少しずつ楽になってきています。ブログも毎日読んでくださって感動です。昨日も「姉からのモラハラ」というのがカウンセリングの中で出てきて「あれ?このお姉さん本物のサイコパス(反社会性パーソナリティー障害)だ!」というのがありました。知的能力が高くて、人の痛みが全くわからないから、すごいひどい事ができちゃったり、言えちゃったりする。そんなのに晒されたらそりゃトラウマになるよね、という感じ。ホルモンのバランスの問題で虐待になってしまうケースや、親が虐待を受けちゃってきたから虐待になるケースもあります。その中でも一番わかりにくいのが、親や兄弟が知的能力が高くて、共感性が全くなくて、虐待されちゃうケース。見事に学習性無力になって行動パターンを変える事ができなくなります。そして「あ!なんで今日”無意識さ〜ん!”を書いたのかがわかった!」とこれを読んでいてなりました。私も人に対して「敬語」がやめられませんでした。でも「無意識さ〜ん!」をやり始めてから「あれ?敬語を使っていないぞ!」と自分でもちょっとびっくりする事があります。自動運転でいけます。なるほど〜(って一人で納得するな!)。心の邪魔を排除するのに時間がかかるのは本物です。それは心に聴けている証拠です。私もものすごく時間がかかっていました。だんだん時間が掛からなくなってきて、今では「え?邪魔ないの?」と肩透かし状態です。この本には邪魔をスキップする方法が書いてありますが、オススメは邪魔を排除してからです。だんだん心との信頼関係が深くなっていきますから。まあ、数値は高いでしょうね。母からは嫉妬ですし、お姉さんは怪しいし。そりゃ、数値が近い人がいないでしょう。だから「異文化間交流!」です。原住民の方を観察して研究するような感じ。確かあれも「無意識さん」の本に書いてあったと思いますけど「金魚を客観的に観察してレポート10枚」ですね。客観的に観察して、データを50以上集めて頭の中でグルグルすると「無意識さん起動!」という感じになって「金魚と一体感!」を感じました。それと同じことが違う文化の人とできます。多分、得意だと思います。

 

友達、と書いてくださってありがとうございます。過去の書籍の中で、一番しっくりとしました、というのは私もよくわかります。この本は、長年の私の友達の悩みから解放してくれました。私自身もこの本にとっても感謝しています。友達は、本当に無縁だと思っていて、必要ないと信じていたのに、この本で自分の考えが簡単に覆ってしまいました。

 

感謝!!

 

大嶋 信頼

 


2019/04/11

バラをいただきました!

とっても美しいです。

ありがとうございます。

 

ある方が、アメリカの歌手のレディー・ガガがインタビューで「自分が嫉妬をするようなコンサートを作るように心がけている」というのを聞いて「あ!自分が嫉妬をするようなことをすればいいんだ!」と気がつかれた。

 

そしたら、掃除、洗濯、片付けなど、苦手だと思っていたことがスイスイできてしまって「何!これは!」とびっくりなさっていた。

 

「理想的な自分になろう!」と思ってた時は「身体が重い〜」となって「苦しい〜」で動けなくなっていたのに「自分が嫉妬するようなことをしよう!」と思ったら、途端に動けるようになる。

 

一般的な心理学だったら、この現象をこう解釈します。

意識的に「理想的な自分になろう!」と思えば「理想からかけ離れた現実の自分」が存在感を増してしまう。

 

例えば、私が「菅田将暉さんのように生きよう!」と思ったとします。おしゃれ〜!かっこいい!というイメージです。

でも、鏡を見たときに「ぎゃ〜!おっさんじゃ〜!」という感じで現実に引き戻されてしまって「ドヨ〜ン!」と暗くなってしまう、という感じになります。

「菅田将暉さんのように!」と自分で強くイメージすればするほど、現実を見たときのその落差で叩きのめされたみたいに「もう立ち上がれない」という感じでふらふらになって動けなくなる、というイメージです。

 

でも、私は「脳のネットワークが存在している」と考えています。

 

脳のネットワークというのは「ありとあらゆる人の脳と無線LANのようにつながっている!」というモデルで、常に無意識下でデータのやり取りをしていることになっています。

 

私が「菅田将暉さんのようになりたい!」と思った途端に、私の同世代の人たちの脳と繋がってしまったりします。脳が繋がるって、私が同世代のおっさんたちの前で「菅田将暉さんのようになりたい!」と相談しているような感じになります。

すると、どうでしょう!みなさんが「いいね〜!」とか「それは素晴らしいね!」なんて言ってくれるわけがなくて「バカじゃない!こいつ!」と冷たい目で見られてしまいます。「いい年こいてアホなことを言ってんじゃねえぞ!」とマジで怒ってくる人がいたりします。

 

脳のネットワークを通じて、実際に話をしなくても、SNSで批判を書き込まれるような感じでどんどん私の頭の中に「批判」という「ダメ出し」が流れてくる。「お前、鏡を見たことがあんのかよ!」とか「おっさん顔が汚いんだよ!」など、ワーッと自分の存在を消したくなるようなダメ出しが、頭の中を巡ってくる。

 

これを一般の人は「自分へのダメ出し」と思ってしまうけど、実際は「脳のネットワークから流れてくるみなさんのダメ出しです!」という感じになっている。

 

だったら「それが一般的な意見でそれが事実なの?」と思われてしまうけど、そうではなくて、”破壊的な言動” は全て「嫉妬の発作」という捉え方をします。

 

だって、人が何を考えようと、希望を持とうと自由じゃないですか!

どんな夢を見たっていい。

 

そんな他人の夢なんか本来は関係ないですから。

 

その夢とか希望を持ったとき、それは一本の蜘蛛の糸状態になるわけです(芥川龍之介の「蜘蛛の糸」から)。

 

それを登ろうとしたら、ネットワーク内に潜むおっさんたちの集団が「うわー!」とそこに飛びかかってくる。

 

芥川龍之介の「蜘蛛の糸」の場合だったら「みんなそこから抜け出したいから」となっていますが、私の解釈は「あんただけここから抜け出すのはずるい!」とみんなで足を引っ張ってその意図を切ろうとする。それは「嫉妬」だから、というお話。

 

「菅田将暉さんのようになりたい」という私の細い一本の希望の糸に「ダメ出し!」という形でみんなが足を引っ張ってきて、私が「なんだよ!みんな関係ないじゃん!」と反応して、ダメ出しに反論して振り払おうとしたときに「プッチーン!」と糸が切れて、おっさんの世界へと落ちていく(ぎゃ〜!って私は普通のおじさんです)。

 

なんで私は「脳のネットワークだ!」とか「脳のネットワークからの嫉妬じゃ!」と言っているのかというと、「理想的な生き方!」というものができている人がいるから。

 

脳のネットワークって「指向性」というものがあります。

指向性って「アンテナ」みたいなもので、大きなアンテナで、その方向に向ければ「電波をキャッチ!」という感じで受け取れちゃう。

 

私が「菅田将暉さんのようになりたい!」と思って、「同年代の男性や女性がどう思うんだろう?」と考えたときに、私の脳のネットワークのアンテナが「その年代の人たちに向いて、その人たちと脳が繋がってダメ出しが流れてくる〜!」となります。

 

今度は「菅田将暉さんのファンの方だったらどう思うだろう?」と思った瞬間に菅田将暉さんのファンとつながってしまったら「心がズタズタボロボロになる!」という感じになります。真面目にナイフで全身をズタズタに引き裂かれた感じになって「ごめんなさい!ごめんなさい!」と泣きながら謝っている感覚になってしまう。

 

理想的な自分で生きられない人って「周りの人だったらどう思うだろう?」と周りの人を意識しちゃう人たち。

 

そしたら、脳のネットワークに繋がってしまって、まるで試着室でものすごい高級な服を試着しているような感じで、理想的な自分になった姿をその人たちの前で披露している感じになる。

 

それを披露している本人は「みんなは正当な評価をしてくれるはず!」と思ってしまっている。

 

正当な評価はあり得ません!

 

なぜなら、人間は動物で、嫉妬は動物的な発作だから。

 

その姿が美しければ美しいほど、相手は破壊的な人格へと変身しちゃってダメ出しを飛ばしてきて、どんどんそのダメ出しで目の前の鏡が歪んで「嫌〜!」となってしまう。

 

だから「自分が嫉妬するようなことをすればいい」という感じにガガさんはしていた。

 

そして、ガガさんを真似をした方が「あ!自由に動けるようになってきた!」と変わることができる。

 

アンテナを外に向けるのは「普通の人はどう思うんだろう?」と確認をしたくなるから。

でも、そこに流れているのは確かに「普通」であるが「理想的」という段階でダメ出ししか飛んでこなくなってしまう。

だから「理想的」というのとは矛盾していて、それをすればするほど「普通以下」に納められてししまう。

 

自分が嫉妬するようなことをするって、いいかも!

 

(つづく)

 

「本当の友達がいなくてさびしい」と思ったとき読む本 のアマゾンのレビューを書いてくださってありがとうございます。

 

友達と思っても大丈夫でしょうか?と書いてくださってありがとうございます。本やDVD、そしてブログを読んでくださってありがとうございます。家族が変わったのはすごいです。そして、この流れはあります。だから「支配されちゃう人たち」を最初の方で書く必要がありました。私も調子がいいぞ!というときに限って「ドーン!」ということが起こって地に叩き落とされ、踏みつけられて、汚物まみれになった感覚になります。それに怯えて、何もできなくなり、人に踏みつけられ、ということをずっと繰り返してきました。「心に聞く」を催眠のお師匠さんから教えていただいて、私は、そんな苦しみの中で泣きつくように心に聞きます。すると、心は私に優しい現実を見せてくれた。もちろん、そんな優しい現実なんて信じられないから、それを受け止められないでいる。でも、カウンセリングの中でクライアントさんが苦しんでいるときに、心に聞いてもらったら「あ!私と同じ優しい現実だ!」とクライアントさんの心は信じられます。そして、クライアントさんの心が教えてくれた優しい現実にふれているうちに「あ!もしかして、私の心が囁いてくれている優しい現実を受け止めていいのかも?」と私は恐々と心が差し伸べてくれた手に触れます。その時から、私の目の前の現実が変わっていきました。「未来の自分を友達にする」というのは実は昨日、インタビューで答えてきたことでした。「お!一緒だ!」と思わず声を上げてしまいました。ちゃんと心と繋がれています。友達と認めてくださったら嬉しいです。

 

じわじわっと後から効いてきます、と書いてくださってありがとうございます。この本は、仰るようにこれまでの本と違っているから、後からじわじわっとやってくるんです。一つ一つのエピソードや、書いてある方法がスクリプトになっていて、中に入っているメタファーが効いてきます。非常に真面目な編集者の方が編集してくださったおかげで「これってスクリプト?」とわからないぐらい、一般書的になっていますが、そこが怖い。一般書のようでちゃんとスクリプトになっていて、全体を読んだ後に「あれ?」となっていきます。今度「孤独」の本が出ますが、それは完全にスクリプトの本になっていて、編集長!これって大丈夫ですか?というぐらいあまり手を加えないでくださっている。この本はスクリプトを全く知らないのに、あ!ちゃんと全体でスクリプトになっている、と面白いことになっています。過去の素敵な体験をちゃんと思い出していらっしゃいますね。ジワジワっときていますね。やった〜!

 

書いてくださってありがとうございます。

 

感謝!!

 

大嶋 信頼

 

 

 


2019/04/10

昨日は「うわ!原稿が書き終わらない!」と焦ってしまいました。

 

夜の7時までに仕上げなければならなかったのに「あとちょっと!」というところなのに。

 

そんなことを感じながら「あー!みんなも忙しいんだろうな〜」と思いを馳せます。

 

みなさんもいろんなことをいっぺんに考えなければならなくて、大変なんだろうな、と思っていたら「ま、なんとかなるか!」と背負っていたものが軽くなった感じ。

 

そして、今朝は「昨日は大変だったな〜」と思いながら、空を見上げたら「あ!雨が降っている!」とちょっと嬉しくなった。

 

走りをサボれる〜。

本当は、雨でも走れるんですけどね。

 

自分に優しく。とっても優しく、と思いながら、今朝はゆっくりしてしまいました。

 

今日の遺伝子コードは「おおらかさ」ですって!!

 

「おおらか」とは、「ゆったりしていて、細かいことにとらわれないさま、性格」のことらしいです(三省堂 大辞林から)。

 

うん!確かに「おおらかな人になりたい!」と思ったことはありました。

 

私なんて、器が小さくて「も〜!」という感じですから。

 

「MMD(エムエムディー)の還元」×7は、朝起きた時に「寝た気がしない!」とだるさ、疲れが取れていない方向け。ちゃんと睡眠がとれていないから、怠くて、疲れていて、イライラしていて、ということで「おおらかになれない!」となっている。唱えてみると「あ!早く寝たいかも!」とこれまでよりも早い時間に布団に入るようになる。そして、唱えながら寝ていると、いつのまにか優しい眠りに包まれて、朝起きた時に「あー!スッキリ!」という感じでゆったりとした時間が流れていき、いつのまにかおおらかな人になっていく。

 

「SLC6A3(エスエルシーシックスエースリー)の還元」×7は、心の傷がささくれ立っていて、おおらかになれない、という方向け。心の傷って、自分じゃ「あ!心の傷がある」ってわかりません。いや、なんとなくわかっているのですが「自分で心の傷って言っても大丈夫なのかな?」と確信が持てない。自分は甘えているのかも?と考えて、自分を責めてしまう。でも、過去の嫌なことが次から次へと思い出されてきたら「アウト〜!」ですね。そして、ちょっとしたことで、過去の嫌なことと結びついちゃって「むかつく!」となってしまったら「あ!心の傷があるんだな!」と唱えていきます。唱えて、心の傷を癒してあげる。嫌なことが思い出されるのは、心の傷が疼いているから。唱えながら「大変だったね」と傷を癒してあげると、おおらかな気持ちになっていきます。

 

「GAD2(ギャドツー)の還元」×7は、ちょっとしたことでもパニックになってしまうからおおらかになれない方向け。人前で恥をかくとか、嫌な思いをするとかを想像しただけでも「いや〜!」となってしまって、外に出るのも嫌になってしまう。出かけるのが億劫になると、どんどん思考の柔軟性を失って、頑固になってしまう。唱えてみると「あ!思考が柔軟になってきたかも!」という感じでおおらかになっていく。思考が柔軟になって選択肢がたくさん増えて、そして、どんどん寛大になっていく。

 

「MAFD1(エムエーエフディーワン)の還元」×7は「おおらかでいよう」と決心しても、その反動で「ぎゃ〜!」とちっちゃなことで反応してしまう。それを反省して「おおらかでいなければ」と努力をするのだが、また、という感じで繰り返してしまう方向け。感情の起伏がちょっとだけ激しくて、自分ではコントロールすることができないから、おおらかになれない。唱えてみると「あれ?感情ってこんなに淡々としていたっけ!」という感じで、頭の中が静かになってくる。唱えていると、何を見ても感情がぶれずに淡々としていて、おおらかな気持ちになる。

 

これらの遺伝子に共通するものって「負債」かもしれません。

睡眠負債に、過去の心の傷が清算できてない、など。

パニックだって過去の経験が負債になって、どんどん負債が溜まっていってしまう。

そして、決心して失敗しまくるタイプも、失敗の負債でアップダウンを繰り返していく。

 

そこで、唱える呪文は

 

「負債は贖われた(ふさいはあがなわれた)」になります(贖われる、は「あるものと引き換えに別のものを得る」という意味です)。

 

「だれによって負債は贖われたのか?」

 

それは、未来のおおらかになった自分に贖ってもらっている。

 

だから「負債は贖われた」と唱えると、どんどん軽くなって、しておおらかになっていきます。

 

「負債は贖われた」と唱えていくと、背負っていたものが全て取っ払われて、軽くなって自由になり、豊かな気持ちになっていく。

 

そして、何も負債を抱えていない自分は優しい目でこの世の中を見ることができるようになっていた。

 

大嶋 信頼

 

「本当の友達がいなくてさびしい」と思ったとき読む本 のアマゾンのレビューを書いてくださってありがとうございます。

 

ありがとう、と書いてくださって、ありがとうございます。「気づきと勇気」は嬉しいです。心の繋がりは本当に無限ですね。こうして繋がりを感じながら、私も心がどんどん軽くなっています。嬉しいです!!

 

親友と対話をしているみたいな本、と書いてくださってありがとうございます。この本はこれまでの本とは雰囲気が違います。意識的なつながりでは失望してしまいますけど、無意識的なつながりだと無限なんです。よく「心の目で見なさい」というのが書いてある本があって「なんのこっちゃ?」と思っていたけど、この本を読んで「なるほど!そういうことだったんだ!」と初めて納得できた気がしました。表面じゃなくて中身。表面的だと動物的な発作が必ず起きるけど、無意識の繋がりでは違うんですね。サスペンスを見るよう、ってわかるな〜。本当にここでの繋がりは嬉しいです。今日書いた遺伝子コードも繋がっていますね。読んでいて「なるほど!」と思ってしまいました。

 

すごくハマっています!と書いてくださってありがとうございました。家族から「唱えたくない!」というのは、まさに2・6・2になっているのかも知れません。必ずバランスを取り合うシステムがあって、そこが多くの人にとって引っかかるところなんだと思います。昔は、じいちゃんばあちゃんが同居していたから、そこでバランスが取れていたのです。「ペット」という存在が代役になる場合がありますが「それもかわいそう!」と思うのが、システムの犠牲になってきた方の心情でしょう。ユダヤ人の場合は「神」がその役割を追っていることになり、経済的には成功していますが、そこも日本人には非常に難しいところになります(第二次世界大戦の心の傷があるから)。みんなが一つの方向を向ければシステム全体が上に上がることができるのだけど、それって「洗脳」になってしまったりするから、倫理的に問題になってしまう。おっしゃる通り「無意識」というものを軸にすればいいのでしょうね。さすがです!!

確かに「無意識」を使えば、洗脳になることもなく、自由にのびのびと、という感じの子育てになり、自由になります。それはできますね!確かに!!

 

感謝!!

 

大嶋 信頼

 



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