2019/04/24

大阪の書店さん!

 

ありがとうございます!

 

これを書店で飾っていてくださっていました。

 

なんだかめっちゃ恥ずかしいけど、妙に気持ちがいいのはなぜ?

あはは〜!

 

無意識って、本当に面白い。

 

ある方がパートナーに対して「〇〇の背後に無意識が働いている」と唱えたらどうなるだろう?と何にも期待しないで唱えてみることにしました。

 

すると「あれ?この人ちょっと調子に乗ってきた?」という感じになってきます。

 

そんな時に「〇〇の背後に無意識が働いている」と唱えてみます。

 

パートナーはなんか浮ついた感じになってきて「なんなの?これ?」と思っていたら「あ!」ということが発覚します。

 

でも、その方は「ラッキー!別れるきっかけができた!」とパートナーの前では残念そうな感じを演出しながら、心の中ではビクトリーダンスを踊っています(ビクトリーダンスってサッカー選手がゴールを決めた瞬間に踊るやつ)。

 

なぜなら「この人とずっと離れられないかもしれない!」と思っていたから。

 

でも、あの人は「あ!」ということができるようになったのだから「この人は私がいなくても大丈夫!」って思えて手放すことができたから。

 

その方は「この無意識の力ってすげえな!」とちょっと使うのが楽しみになってきました。

 

だって、あの人があんなことができるようになるんだから。

 

そして、無意識がしてくれたことは、私にとっても美味しい結果!!

 

この無意識の力を使わない手はないな、とその方は思って、普段しなかったようなオシャレをして街に出ます。

 

そして、かっこいい人を見つけたら「この人の背後に無意識が働いている!」と心の中で可愛く唱えてみます。

 

すると「あ!目があった!」となって「お!会話をしている!」という展開になります。

 

ちょっと、無意識の力ってやばいんじゃないの?と思いながら「この人の背後に無意識が働いている!」と唱えてみると「ものすごく楽しいんですけど!この人との会話!」という感じになって、自分の中でどんどん盛り上がっていきます。

 

名前を聞いて「〇〇の背後に無意識が働いている」といきなり心の中では名前を呼び捨てで、唱えてみる。

 

こんなに楽しい会話をしたのは久しぶり。

 

やっぱり、あの人を手放してよかった〜!と無意識の力に感謝しながら、目の前の相手と楽しいひと時を過ごす。

 

この無意識の力ってすごいな〜!とその方は危ない力を手に入れてしまった。

 

(誰だ〜!こんなことを僕に書かせるのは〜!)

 

(つづく)

 

 


2019/04/23

無意識の力を使って楽しむ方法があります。

 

例えば、私がこのブログで「動画配信をやりたいです!」とつぶやいたとします。

 

すると、それを読んでくださった人は「無理だ!そんなの!」とちゃんと否定してくださって、私が無理をしない生活に引き戻してくださいます。

 

意識では「動画配信をするようなネタが大嶋にあるわけがない!」と思うわけです。

だって、そりゃそうだ!何冊も本を出しちゃって、自分のネタはほぼ書いてしまっているし、ブログでもどんどん「ネタバレ!」をしちゃっているから「無理でしょ!続けられないでしょ!」となります。

 

それを受けて私は「そんなアホなことは絶対にやりません!」となるのは、周りの方達の”意識”のおかげなんです。

自分の意識で止めているようで、周りの人たちの意識に影響されて私は「自分の限界」を知ることができます。

 

でも、周りの方の「そんなこと続けられるわけがない!」という意識の裏には無意識がちゃんと宿っています。

 

「そんなこと続けられるわけがない!」というメッセージを受ければ「メラメラと反発心が心の中で燃えていく!」という感じになり「ちょっと悔しいからやってみたいぞ!」という感覚にさせられてしまう。

 

”意識”の裏にも”無意識”が宿る、と思っただけで「想定内」のことが起きなくなってしまって「想定外」のことが起きるから面白いんです。

 

ここで読んでくださっている方は、本も読んでくださっている方が多くて「大嶋は、そんな無理をしなくてもいいですよ!」と気遣ってくださいます。

 

ここでお茶目な方は「無意識で遊ぶ!」をしたくなるわけです。

 

私が「動画配信をやってみたいな」とつぶやいたら「大嶋の背後に無意識が宿る!」と唱えてしまうんです(やめて〜!)。

 

「本当に、真面目に時間も体力もないんですから!」と私が言っても「大嶋の背後に無意識が宿る!」と唱えるわけです(ギャ〜!助けて〜!)。

 

「本当に無理ですから!勘弁してくださいよ〜!」と泣きながら言っても「大嶋の背後に無意識が宿る!」と唱えられてしまうと「チ〜ン!」と無意識さんの世界へ。

 

「あれ?なんで私はできないと思っていたんだろう?」と恐ろしい考えが。

 

「あれ?なんだかやりたくなってきたぞ!」とアホなことを考えるようになってしまいます。

 

いろんなアイディアが頭の中に浮かんできてしまって「どんだけ〜!」という感じになる。

 

弱気だった大嶋を変えてしまったのは「大嶋の背後に無意識が宿る!」と唱えた「私」なんです。

 

フッフッフ!こわ〜い!悪じゃ〜!

 

注)上に書いたのは、あくまでもサンプルですから、お願いですからやらないでくださいね。

 

私のように「こいつ!意気地がなくてちっとも動かないな!」と意識が働いたら「無意識を使って意地悪をしちゃろ!」というのが無意識の力を使う訓練になります。

 

私のように弱気発言をしているのを聞きながら「〇〇の背後に無意識が宿る(働いている)」と唱えていると、なぜかニヤニヤしてきちゃいます。

 

すると、少しずつ、相手の方向性が変わってきて「オホホホホ!」となる訳です(オホホホホ!って何やねん!「いとおかし」の略です。って略になっていないやんけ!)。

 

相手は、誰に変えられているのかもわからないまま、無意識の力で変わっていってしまって「おー!」となる訳です。

 

そうなんです!

 

意識には限界がある。

だから、大抵、想定内のことしか起こらない。

 

でも、想定外のことを引き起こせる人がいるんです。

 

それは「無意識の力」を知っている方。

 

「〇〇の背後に無意識が宿る(働いている)」と唱えて、無意識が相手にどのように働くかが楽しみになります。

 

そんないたずらをして、周りをバンバン変えてしまって、バランスが崩れたりしないの?と不安になるかもしれません。

 

確かに、バランスは崩れていきます。

 

ただ、無意識のやることは、時にかなって全て美しい!

 

自分の周りが美しい世界へと変わっていくんです。

 

(つづく)

 

「本当の友達がいなくてさびしい」と思ったとき読む本 のアマゾンのレビューを書いてくださってありがとうございます。

 

煩わしいより、さみしいほうがいい?と書いてくださってありがとうございます。この本の核心を突く内容でびっくりしています。真面目にすごいな〜。嬉しいな。そうなんです。一体感です。まさにメーテル・リンクの「青い鳥」のお話で、物理的なものを超えた時にあるものなのですが、それが難しいことじゃなくて「ここにある」ということなんです。すごい!そして、これが無意識と繋がっていきますね。皆さんの脳と繋がって、書いているこの喜びよ!

 

追記を書いてくださってありがとうございます。私も褒め言葉を素直に受け取ることが以前はできませんでした。仰るように解き放たれて、本来の自分に戻ったからなんでしょうね。私も楽しみにしております。

 

友だちはメタファーと書いてくださってありがとうございます。レビューを読んで買ってくださったのは嬉しいです。私もレビューを読んでこの本を読み返しています。何にでも繋がれるのは素敵です。意識って本当に不思議ですよね。意識的に努力すると、求めているものが得られ難い。でも、その意識の背後にちゃんと無意識が働いているから、というのはとても美しいです。

 

感謝!!

 

大嶋 信頼

 

 

 

 


2019/04/22

ある子供が「ゲームばかりやっていてちっとも勉強しない!」となっていました。

 

親は「この子はゲーム依存症になってしまう」と不安になります。

 

だから「ちゃんと時間を決めて、その時間になったらゲームを止めなさい!」と子供に約束をさせます。

 

親が「あの子、約束をしてもゲームにハマっているから時間になってもヤメられないんじゃないかな?」と心配して見に行くと「あ!やっぱり!」となっていて「なんで約束したのに守れないんだ!」と怒鳴り散らします。

 

すると子供は「うるせえんだよ!」と汚い言葉を使って怒鳴り返してきます。

 

「親に対してなんだ!その態度は!」と怒ると「放っておいてくれよ!もー!」と子供はふてくされてしまいます。

 

親は「このままこの子はだらしない子になってしまって、学校に行かなくなってしまうかも?」と不安になったら「あれ?朝、ちゃんと起きてこない」となってしまいます。

 

起こしに行っても「起きられない、調子が悪いから学校を休む」と行って休んでしまいます。

 

親の不安がどんどん現実になる〜。

 

これが“意識の世界”になります。

 

「子供が勉強が好きになる!」とか「学校で優秀な成績を取るようになる」など「いいこと」を思ってもちっとも現実にならないくせに「悪いことを想像すると、どんどん現実になっていく!」という面白い仕組みが意識の世界にはあります。

 

まあ、一般の心理学的には、人の頭ではいろんな想定をしていて、それが「いいことが実現した!」というときは印象に残らないけど「悪いことが予測通りに起きてしまった!」というときほど印象に残って記憶されやすいから「悪いことを思ったら現実になった!」という説明になります。

 

たくさん想像していたら、どれかは当たる!というやつです。

そして、たくさん想像していて、悪いことが起きた時は「ほら!想像した通りだった!」と思ってしまう機能が人間の中にはある、というものです。

 

「ほら!言ったじゃない!」と親がよくいうヤツです。

 

ある意味で、人は「想定内」の範囲で生きて生活しているから「ほら!思った通りになった!」という感じになってしまう。

 

それが意識の世界。

 

でも、私たちはなんとなく「あ!想定を軽く超えてくる人がいる!」というのを知っています。

 

そして、心のどこかでは「自分も想定の範囲を超えられるかもしれない!」というのが“無意識の世界”なんです。

 

その無意識の力を使うことができる。

 

ゲームをやっている子に「この子に無意識が働いている」と頭の中で念じてみる(念じるというのは怪しいか!唱えてみるにしましょう)。

 

無意識とは「意識で計り知れない範疇(はんちゅう)」になります(意識では想像もし得ないことです)。

 

ゲームをやっている子を見たときに意識が働くと「ゲームで頭が悪くなる」、「勉強に集中できなくなる」、「けじめのない子になる」、「友達関係が築けなくなる」、「社会性がなくなる」、「生産性がなくなる」などと決めつけて、現実を作り上げてしまいます。

 

無意識の世界を単純化すると、この意識が決めつけた裏の世界がある、ということになります。

「ゲームでシミュレーション能力を養ってどんどん頭が良くなっていく」、「集中力がやればやるほど高まる」、「ゲームのステージの切り替えがさっとできるように切り替えが早い子になる」、「ゲームを通じて交友関係を広げている」、「ゲームを通じて現代の人たちの社会性を養っている」、「ゲームをすることで生産性が高まる」という世界が”意識的な世界”の裏にあります。

 

意識には限界がありますが、無意識の世界には限界がありません。

 

無限に広がる可能性。

 

それをゲームをやっている子供に提供することができます。

 

ゲームをやっている子を見て、意識的な判断をしちゃったら「この子には無意識が働いている」と頭の中で唱えてみる。

 

すると、無意識の力が起動して、意識の裏にある無意識の無限の可能性を子供に提供してあげられる。

 

すると「あれ?ゲームはしないの?」という感じになってしまって、子供は「飽きた!」と言い始めるから不思議である。

 

髪を整えて、異性に興味を持ち出した時に「変な相手に引っ掛からなきゃいいけどな!」と意識的な親は心配しちゃう。

 

そんな時に「この子には無意識が働いている」と頭の中で唱えると「おー!勉強ができる子と付き合い始めて、勉強をするようになった!」という感じの展開になる。

 

それまで全く勉強に興味がなかった子だったのに、相手に影響されて勉強に集中できるようになっている。

 

こんな展開になっていくと「もしかして、本当に意識は現実の世界を作ってしまうのかもしれない」と考えるようになる。

 

もちろん科学者はそれを否定して、私もそれには懐疑的です。

 

でも「無意識の力」は、私たちに面白い展開を見せてくれます。

 

無意識の力は無限の可能性を相手に提示して、その中からベストをチョイスして、どんどん幸せになっていく。

 

私たちの想定外の展開が目の前で起きていきます。

 

(つづく)

 

 


2019/04/20

“無意識の力”を使うったって、そんな「相手に無意識が働いている」と唱えただけで、相手の結果が変えられるわけがない!と意識で思ってしまいます。

 

そりゃ、そうだ!

 

最近、テニスの大坂なおみ選手が優勝をして話題になりました。

 

テニスって「メンタルが重要」と言われています。

 

もちろん練習もとっても大切ですけど。

 

私は、大学の時にテニスの授業をとって「これ面白い!」と三度の飯よりもテニスが好き、となったことがあったのですが「そんなにうまくない」ですね。

 

一生懸命にボールを追いすぎちゃう。

まあ、ちゃんと習ったわけじゃないですから。

 

これは、本のどこかに書きましたが「高校の時にテニスでインターハイに出ました!」という方と試合をやらせていただくことになりました。

 

私は「心理職」ですから「テニスの技術」よりも「メンタル」を使います。

 

試合前に、インターハイに出場したことがある方に「あれ?靴紐気にならない?」と言います。

 

そして、その方が、靴紐を直している時に「靴紐に引っかかって転んでしまったら危ないですから、気をつけてください」と言います(優しいでしょ!)。

 

すると、その方は「あれ?」というような感じでボールに追いつけない。

 

踏ん張ってボールを打つことができない。

 

もちろん、私の方は、頭の中で「ほら!靴紐が気になって、思い切って走れないでしょ!」とツッコミを入れながら、ニヤニヤしている。

 

そして、試合は接戦で「私が勝った!」となって「わーい!インターハイに出たことがある人に勝った!」と目の前で飛び跳ねて喜んで見せて悔しがらせます(性格わる!)。

 

今度は、偉い精神科医の先生と「接待テニス」をすることになりました。

 

うまい具合にテニスで打ち合いになって、そしていい汗をかいて、最後は先生に勝ってもらって「大嶋君、君はまだまだだね!仕事を紹介してあげよう!」という流れとなる、というわけのわからない妄想をします。

 

ところが、この精神科医の先生は足が悪くて、そして普段運動を全くやらないから「う〜ん、ちっとも打ち合いにならない」という感じで、先生がイライラしてくるのが伝わってきます。

 

「もう、こんなのやってられるか!」とラケットを投げ出すイメージが浮かんできて「やばい!」と焦ってくるわけです。

 

そんな時に「先生の無意識が働いている!」と先生が失敗するたびに頭の中で唱えます。

 

「先生の無意識が働いている」と唱えて、無意識の力を使ってみると「おー!無意識がちゃんと玉の高さを自動的に調節してきた!」という感じで、ネットにあたって、こちらのコートに入って、先生の点数!になります。

 

そして、次の玉はネットをかすって、こちらのコートに飛んできて「ナイスショット!」となっていきます。

 

「先生の無意識が働いている」と唱えていると、今度はネットギリギリじゃなくて「ちゃんと打ち合いができている」となって、チャンスボールを決めた時の先生の嬉しそうな笑顔が。

 

飛距離についても同じで「あー!コートの外に出ちゃった!」というのが繰り返された時に「先生の無意識が働いている!」と頭の中で唱えていると、次のショットはラインギリギリアウトになります。

そして、次のショットはライン上で「先生の点数になってしまった!」となって、やがて「おー!先生と打ち合いができるようになった!」という感じで楽しくテニスができるようになります。

 

見事に先生に勝っていただいて、そして先生が休んでいる間に、私は次の相手と試合をします。

 

今度は無意識の力じゃなくて、意識の力を使います。

 

相手がミスをしたら「あー!もうちょっと思い切って打てばいいのに!」と頭の中でツッコミを入れていきます。コツは「口に出さないで頭の中で突っ込みまくるだけ」です。

 

すると相手は、また同じ失敗を繰り返します。

 

「あ!またネットに引っ掛けるぞ!」と頭の中で突っ込んでいると「ほら!」という感じで、どんどん私に点数が入っていく、という感じになるんです。

 

そして、早めに私が勝って「先生、すごいです!ぜんぜん私は先生に勝てませんでしたから!」と笑顔で言うと「おー!そうか!もうひと試合やろうか!」となって、私は私の無意識の力を使います。

 

「先生の無意識の力が働いている!」と唱えているとどんどん球筋が鋭くなってきて「追い付けない!」となります。手加減をしているのではなくて、本気で追いつけなくなってきます。先生も調子に乗って、鋭いショットを繰り出して私のことを右に左に揺さぶって私の体力を奪い、そして最後は「スマッシュ!」という感じで決められてしまいます。私は「悔しいです!」となって、先生はものすごく嬉しそうで「大嶋君はまだまだだね!」と不敵な笑みを浮かべています。

 

ここまでは筋書き通り。

 

私は、心の中で「先生!ここまでやったんだから、仕事の紹介は?」と思っていたら、先生は「あー!いい運動になった!」とさっさと車に乗って帰ってしまったんです。

 

あ!しまった!「大嶋君はまだまだだね」と言われた瞬間に「先生の無意識が働いている!」と唱えておけばよかった!と後になって後悔したのでした。

 

相手に無意識の力を使ってみると面白いことになります。

 

相手に働いている無意識の力を信じてあげることで、相手の無意識が起動して限界がなくなるんです。

 

そんな時に、自分の持つ無意識の力のすごさをジワジワっと実感していくことができるんです。

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 


2019/04/19

子供の頃に「あー!超能力があったらいいのにな〜」と思っていたことがありました。

 

自分が念じたら、人が自分の思い通りに動く、とか。

 

相手の考えが読めて「お〜!こんなことを考えていたんだ!」とピタリと当てて尊敬されちゃう、みたいな感じ。

 

子供の頃は、夢があって「もしかしたら、できるのかも!」と一生懸命に念じて練習をしたけど「やっぱりダメだ!」となっていました。

 

自分の思うように動くものなんて何もない!と大人になればなるほど「現実」というものを実感します。

 

現実とは自分が意識的に考えたことが何一つうまくいかないこと。

 

うまく行きそうになっても、必ず何かが起こってしまって「え〜!せっかくうまくいっていたのに」と失望することになってしまう。

 

ある女性は、旦那さんが「あれ?結婚した当初は結構お金を稼いできていたけど、最近、全然稼いでこなくなってしまった!」という現実に直面します。

 

最初は「まあ、こんな時は、温かい目で旦那さんのことを見てあげなきゃね!」と思って何も言わないでいたのですが、だんだんイライラしてきて「こいつ!ちょっとはもっと努力をしろよ!」と怒りたくなります。

 

趣味の音楽やゲームばかりやっていて、もっと仕事のことをちゃんと考えたらいいのに、どうしてあんたはちゃんと向き合わないの!とイライラしてきます。

 

週末は、友達のところにゲームをしに行ってしまうので、女性は「この人は、現実から逃げていてちっとも向き合おうとしない!」と思ってしまいます。

 

家に帰ってきてからも、ちっともお金にならない音楽の練習ばかりしていて「マザコンだから、何歳になってもちっとも成長しない駄目夫!」と質素な夕食の片付けをしながら手がプルプルと怒りで震えてきてしまう(プルプル!)。

 

いい加減に女性は、そんな旦那に切れてしまって「あんた!一体、何を考えているのよ!」と突然、怒鳴ってしまった。

 

すると旦那は「ポカン!」として「なんでそんなに怒っているの?」と全くこっちの怒りを理解していない。

 

あんたが稼いでこないことで家族がどんなに苦しんでいるのかわかっているの?と聞いてみると「はい、わかっています」とその時だけ真面目な顔をして反省したフリをするのですが、「こいつ、絶対にわかっていないだろ!」と女性にはわかってしまいます。

 

案の定、それから1日2日は「お!ちょっとは真面目に働くようになったかな?」と思ったら「やっぱりお客さんが来ない!」と他力本願な駄目夫がそこにいて「こいつは駄目だ!」となってしまう。

 

お客さんが来ないんだったら、来るようにあんたが努力をすればいいのに、どうしてしないの?と散々これまで言ってきたのに「ちっともわかっていない!」と悲しくなってしまう。

 

「なんでこんな人と一緒になってしまったのだろう?」と後悔します。

 

結婚した当初はあんなにやる気があって、収入も良かったのに、私が悪かったのかな?と反省してしまって、苦しくなってしまうのでした。

 

そんな女性が「無意識の力!」と使ってみます。

 

「そんなのであのだらしがない夫が変わるわけがない!」と思うのですが「無意識の力」をやってみるしかないか!と挑戦しちゃう。

 

誰か一人でも私のことを信じてわかってくれたら、私は救われるのに!」という「誰か」になる。その相手が夫である、と思ったら思わず「げ〜!」と女性は言ってしまいます。

 

「なんで私があの人のことを信じなきゃいけないのよ!」とつっこみたくなります。

 

でも「無意識の力」がどんなものか知りたくなって「とりあえずやってみるか!」と思って、夫が家に帰ってきて、性懲りも無く楽器の練習を始めたら「また!家族のことを真剣に考えないで現実から逃げようとしている!」という現実が見えるのですが「その背後には夫の無意識が働いている」と女性は自分の中で唱えてみます。

 

楽器を演奏している音を聞きながら「現実から逃避している」と思うのですが「その背後には夫の無意識が働いている」と自分の中で思ってみたら「あれ?」と女性の中で何かが違ってくる感覚になります。

 

一生懸命に家事を女性がやっているのにちっとも夫は手伝ってくれない、と怒りが湧いてきたときに「そんな夫の背後には無意識が働いている」と自分の中で唱えてみます。すると女性の中でいつもとはちょっと違った風に夫が見えてきます。

 

女性がトイレに入ったときに、夫が入った後で「あいつまた便座を上げっぱなしにしやがって!」とイライラっとしたら「夫の背後には無意識が働いている」と女性がつぶやいてみると、なんだか夫がやることなすこと、もしかして無意識が働いているのかもしれない、と思い始めたんです。

 

夫が風呂に入った時に「稼ぎも少ないのに先に風呂に入りやがって!」とイラッとした時に「夫の背後には無意識が働いている!」と唱えみてると、いつもだったらゆっくりと風呂に浸かれなかった女性がゆったりと風呂に入れるようになります。

 

「あれ?もしかして私って無意識の力が使えるようになってきたかも?」と風呂に入りながら頭に浮かんできて、可笑しくなります。

 

すると、夫に対してそんなことを繰り返してたら、夫が嬉しそうに仕事から帰ってきて「え?どうしたの?」と聞いてみたら「仕事で嫌だった人間関係を整理することができたんだ!」と話してくれました。

 

ちっとも仕事をしない社員がいたのですが、偉そうにしていて夫にいろんなことをズケズケ言ってきて、ものすごく不快だったのですが「いい人」の夫は相手にはっきりと自分の気持ちを切り出すことができず、ズルズルと逃げられないでこれまできてしまってた。

 

そんななよなよしていた夫が「はっきり相手に自分の気持ちを伝えることができて、人間関係を整理することができちゃたんだよ!」とまるで「自分のことを褒めて!」と言っているような感じだったので、「夫の無意識が働いている」と思って、夫の無意識を褒めるような感じで「あなたってすごいね!最近変わってきたよね!」と女性は伝えます。

 

女性は内心「フッフッフ!私の無意識の力ってすげ〜!あの夫がこんなことができるようにしちゃった!」と嬉しくなります。

 

「私のおかげ〜!」と本当は踊り回りたくなっていました。

 

そして「夫の無意識が働いている」と唱え続けていたら「おー!夫が以前のように稼げるようになった!」とだんだん昔の精悍な顔に変わっていった夫を見て「私の無意識の力ってすげ〜!」と感動します。

 

夫は女性をしっかり見つめてくれるようになって、夫はある時「ねえ、あなた、僕になんかした?」と聞いてきた時に「お〜!夫の無意識が働いている!」とびっくりしちゃったのでした。

 

「無意識の力って面白い!」と女性は、今度は外に出てその威力を試してみたくなっていたのでした。

 

(つづく)

 

「本当の友達がいなくてさびしい」と思ったとき読む本 のアマゾンのレビューを書いてくださってありがとうございます。

 

意識的なものを手放すと、無意識で繋がれるようになれる、と私も最近気づかされました。正直な話、この本を通じてなんですけど。

この本を読もうとする時に抵抗を感じた、というのが「それだけ重要な本」と思われたのはすごいです。そして意識でそれに対して抵抗をするのをやめて、無意識に任せた、というのがカッコイイな〜。無意識に任せてこの本を読んでみると、面白いですね。思ったこと、感じたことをその時に表現できるようになった、ってすごいことです!!ストレスホルモンの動き方を見ていると、本当にそのように変わるのってめちゃくちゃ難易度が高いことがわかります。それができたのはすごいです。意識的な世界から解き放たれると、無意識の世界に入って、面白いことになるんですね。なんだか嬉しいな〜。だから、無意識の世界のことを書くことになったんだ!

 

感謝!!

 

大嶋 信頼

 

 

 

 


2019/04/18

誰か一人でも私のことを信じてわかってくれたら、私は救われるのに!」という「誰か」に、読んでくださっているあなたがなる。

 

瞬間的に「え!私が?そんなの無理!」と思うでしょ!

でも「そんなの無理!」と思う、その感覚の背後にも無意識が働いていて「もしかしたら、できるかも」という思いがむくむくと湧いてきます。「もしかしたら、もうすでにしているかも?」という感覚がそこにあるかもしれません。

 

「誰か一人でも私のことを信じてわかってくれたら、私は救われるのに!」の「誰か」は「その人に働いている無意識さん」を信じること。

 

その人に働いている無意識が、その人を幸せな方向に必ず導いてくれる、と思って、その人を見守るのが「誰か一人でも私のことを信じてわかってくれたら、私は救われるのに!」なんです。

 

その人がどんなことをしようと「そこに無意識が働いている」と信じて見守るだけ。

 

「何のためにそれをするの?」というのは「私が無意識の力を使うため」です。

 

相手を助けるためではありません。

 

相手を幸せにするためでもない。

 

そう!それは、自分の無意識の力を使うため。

 

方法は簡単です。

 

誰かターゲットを決めて、その人の行動に注目を決めて、その人がどんなことをしようが「そこに無意識が働いている」と思ってあげるだけでいい。

 

多分、一般的なわかりやすい言葉に変えちゃうと「その人のやっていることに意味がある」という感じになります。

「すべてのものはみんな意味を持って存在していて、意味のないものは何一つない!」という考えに基づいた言葉です。

 

それでもいいのですが「意味がある or 意味がない」というのも意識的な判断になってしまうから「そこに無意識が働いている」の方が「誰か一人でも私のことを信じてわかってくれたら、私は救われるのに!」に対してグサッときます。

 

意味があろうとなかろうと、無意識には関係がありません

 

その人の無意識はすっごいことをしている!というのが「そこに無意識が働いている」と思って見守った時に、スイッチが入ります。

 

多分、みなさんの中にもあると思いますが「自分には価値も力もない」という意識と「ものすごい力があるんじゃないか」という無意識の感覚。

 

自分が相手の行動に注目して「そこに無意識が働いてる」と思ってあげただけで「私ってすごい力があるかも!」と思うのは、相手の無意識の力が発揮されて面白い展開になっていくから。

 

要するに「私が相手を思っただけで相手は幸せになる」というすごい力。

 

それがどんどん使えるようになります。

 

え?それじゃあ、相手が幸せになって、自分が幸せになれるわけじゃないの?と不安になります。

それじゃあ、これまでみたいに他人の幸せのために自分を犠牲にしてきた人生と一緒じゃない!と思ってしまうわけです。

 

相手の行動を見て「そこに無意識が働いている」と思っているだけだから、これまでのように相手のために自分を犠牲にすることは一切ありません。

信じて見守るだけで、相手の無意識が勝手に起動して、相手の人生がうまくいくので、相手は「やった!自分のおかげでうまくいった!」と喜ぶだけ。

 

自己犠牲をはらって相手のためにやってあげた時は、相手は感謝するどころか、こちらを蔑み、そして攻撃してきてダメージを与えられちゃいます。「無意識」にはそれが一切ございません。

 

ただ、感謝されないだけ。

どんどん自分の無意識の力が発揮されて、相手がすごいことになっていくのですが「誰からも感謝されない」という虚しさがあります。

 

この虚しさこそが意識的な感覚なのですが、その背後には無意識さんがちゃんと働いています。虚しくなれば、心の乾きが増します。そして、その渇きに任せて、無意識の力を振るっていると「あれ?いつのまにか自分がすごいことになっているぞ!」というポジションにいることになってしまう。

 

「誰か一人でも私のことを信じてわかってくれたら、私は救われるのに!」の「誰か」になって、相手の無意識が存分に発揮できるようになって幸せになる姿を見てきただけなのに、自分の無意識の力が磨かれて、心の渇きに任せて、無意識の力を発揮し続けていったら、自分が求めていたものがいつのまにか手に入っている。

 

それは、私の無意識の力が磨かれたから手に入ったの?それとも「誰か一人でも私のことを信じてわかってくれたら、私は救われるのに!」の誰かが私の周りに現れたから?

 

面白いことになります。

 

「本当の友達がいなくてさびしい」と思ったとき読む本 のアマゾンのレビューを書いてくださってありがとうございます。

 

人との関係性の中に希望を見つけられる、と書いてくださってありがとうございます。人に期待をして、そして裏切られ、傷つけられて、どんどん無力になっていく、という体験を私も繰り返していて「あー!本当に人間関係って嫌だな!」と心底思っていました。「一人でなにかに挑戦していく人生もいいのでは?」と私も感じていました。私もこの本を読んで「そうだったんだ!アプローチを間違えていただけ!」と気がつくことができたので「おー!一緒だ!」とレビューを読んでいて嬉しくなりました。自己犠牲は本当にこじれますよね!知らずにずっとやっていました。パーソナル数値はいいですよね!世界がアップサイドダウンになっていたから行きずらかった、というのが見えてきます。そして、自分が慕われていたことも見えてきたのは嬉しいです!!一人でやっているんじゃなくて、心の中では繋がり続けていてみんな友達!これってすごく心強くて、怯えが消えた、というのは最高です。そして、私の脳は繋がって、今ブログでは次の展開に進んでいますね。皆さんに引っ張られているのがわかります。皆さんが私の「誰か」になってくださって「無意識の力」を引き出してくださって、すごいことになっています。私も負けじと「無意識の力」で「誰か」になって無意識の力を発揮していきます。皆さんの無意識とともに。

 

感謝!!

 

大嶋 信頼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2019/04/17

光を両手で受け止める人。

 

新しい職場環境だったり、学校やお母さんたちの人間関係があったりします。

 

意識では「あ!みんなが仲よさそうに話をしていて、自分だけ孤立しちゃう!」と不安になってしまう。

 

「なんとか、みんなの会話に入っていかなきゃ!」と意識では焦ってしまう。

 

「でも、会話に入っていかない人もいるぞ!」と意識では、できるだけ冷静に状況を判断して、うまくその場に適応しようとします。

 

そして意識で「え〜い!会話の中に入っていこう!」と判断して「この職場って、みんながやる気があって、とっても良い環境ですよね!」と笑顔で話題を振ってみます。

 

すると「シーン」としてしまって「あ!またやっちゃった!」と意識は「また、人間関係で訳のわからないことを言ってしまって失敗を犯した」と判断する。

 

いっつもそう!私が会話に入っていこうとすると、うまく喋れなくて、場の空気を凍り付かせしまう。

 

そうなって、喋るのが怖くなって、孤独になってしまう。

 

自分の会話の下手さに自分でも呆れてしまい「これまで本を読んでこなかったからだ!」とか「親がちゃんと会話をしてくれなかったからこうなった」と意識は分析します。

 

こんな時に「誰か一人でも私のことをわかってくれる人がいたら」と思うんです。

 

誰か、一人でも私のことを信じてわかってくれる人がいたら、自分は救われるのかもしれない、と。

 

その感覚って「無意識」からの感覚で「誰かが一人でも自分のことをわかってくれたら、ものすごい能力を発揮するのに!」ということを心の底から訴えている。

 

そんな人の相談を受けた意識的な専門家は「あなたは自己愛性パーソナリティ障害ですね!」と診断しちゃう。

「全て、あなたの思い込みよ!」として、ちゃんと現実を見つめなさい!ってね。

妄想じゃなくて、現実の世界を生きなさいよ!と専門家は教えてくださる。

 

専門家じゃなくても、親に相談したって「あんた!ちゃんと場の空気を読まなきゃ!」と注意されます。

「あんたっていっつもそう!すぐに先走るから、そんなことになるんだよ!」と言われて「あ、もっとちゃんと場の空気を読めるように努力しなきゃいけないんだ!」と反省することになります。

 

友達に相談すると「別にあんたはおかしなことを言っていないけど!」と味方をしてくれます。

「でも、あんた、たまにちょっと天然なところがあるから、それはあなたのキャラクターだから気にしなくて良いじゃない!」と言われた時は「あ!そうか!」と思うのですが、なんかモヤモヤする、と後になって、嫌な感覚が襲ってきます。

 

「無意識」の力を知っている人が、その方の話を聞いた時に、ご本人は「意識的にやってしまって失敗した」と思っているけど、そこにちゃんと無意識が宿っていることが感じられる。

 

それが、その人が思っていた「自分を信じてわかってくれる」ということになる。

「自分のことを信じてくれる」というのは「自分の無意識の力を信じてくれる」ということ。

たとえ、それがどんな状態であっても、無意識の力がそこに働いていることを信じてくれる人。

 

「無意識の人」とは、否定的と捉えられる状況を勝手に肯定的に解釈する人ではないのかもしれません。

 

意識的に行動して間違ったことをしているようで、そこに無意識が働いていて、その人を一番ベストの方向に導いてくれる、ということを信じてくれる人。

 

そんな人に触れたときに、職場環境で孤立してしまう、と思っていたら、「あ!自分と同じような人が寄ってきてくれた!」と孤立してしまったと思っていた矢先に「お!」ということが起きます。

 

周りのみんなが自分から離れていかなければ、出会えなかったかもしれないその人と出会うことができる。

 

「無意識の人」はそんな姿を見て「無意識のすることってやっぱり美しいな〜!」と感動するんです。

 

職場の中で孤立してしまった人が、専門家に相談したことも、親に愚痴ったことも、友達に共感を求めたことも全てそこには無意識が働いていて、その一つ一つから自由になることで、本物に出会うことができる、という美しいプロセスがそこにあった。

 

多分、ここで読んでくださっている方は「自分でその無意識の力が使える方法が欲しいんだけど!」と思うんです。

 

だって、そんな無意識の力を信じてくれる人を探し出すのって面倒臭いし「それが本物かどうかもわからないじゃない!」とこれまでの数々の失敗から学習しているから。

人を信じて失望する、ということを繰り返してきてしまったから。

 

実は、自分で無意識さんの力を使う方法は、今のこの流れで書いているんです。

 

自分で無意識さんの力を使う方法は、自分以外の人の無意識の力に触れて、その美しさを体験すること。

 

そう!「無意識の人」とはこれを読んでくださっているあなたのことです。

 

「私にはそんなの無理!」と思うかもしれない。

 

「そんな、人を幸せにするなんてことはムカつくからしたくない!」と感じるかもしれません。

 

そんなことを感じることにも「無意識」が働いていることを、これを読んでくださっている方は感じるんです。

 

そう、人の無意識の美しさに触れたときに、自分の無意識の輝きが増すんです。

 

そして、求めていたものがいつの間にか得られている。

 

(つづく)

 

「本当の友達がいなくてさびしい」と思ったとき読む本 のアマゾンのレビューを書いてくださってありがとうございます。

 

未来の本当の友達に出会う勇気をもらいました、と書いてくださってありがとうございます。「この本だけは、なぜかなかなか手が出せませんでした」というのはものすごくわかります。そこに気がついてくださったのは嬉しいです!!さすがです!パーソナル数値が違う人から好かれようとするってやっちゃいますよね。だって、違いがわからないし「違いがあっちゃいけない!」というようなことを言われ続けてきたから。完全に異文化です。異文化間交流をしてみると本当によく見えてきて「う!一体感!」となるから面白いです。だって金魚とだって一体感を感じられるんですから。「夫から見張られている」というのが本を読んで消えた、ということは「嫉妬の呪縛からは解放された」ということが考えられます。「職場で」ということだったら、予測できるのは「女性的な魅力の否定の呪縛」ですか。母親の嫉妬のトラウマによって女性性が封印されている可能性。職場だから「能力に対しての呪縛があり、そこに嫉妬されていると監視されている」という可能性も疑いますが、そこは「夫からの監視」がクリアされていることから「女性性」が浮かんできます。遺伝子コードもいろいろありますが「監視されている」と思った時は「自分の魅力を認める」と唱えて無意識さんにゆだねるという方法がオススメです。

 

感謝!!

 

大嶋 信頼

 

 

 

 

 


2019/04/16

私は、自分で決めて、自分一人で歩んできた、と思っていました。

 

だから、全ての責任は私にある、って数々の失敗を抱えて苦しんでいた。

 

「なんであんなことをしちゃったんだろう?」とか「どうしてあの時ちゃんとやらなかったんだろう?」などいつも過去を振り返って後悔して自分を責めています。

 

でも、自分の意識で決めていることなんてほとんどなくて、自分の無意識が導いてくれている、ということを知ります。

 

自分の頑固な意識で意地を張って生きてきた、と思っていたけど「それも無意識だった」という面白さ。

 

それを知っていながらも、アホな私は「自分の意識でなんとかするんだい!」と自分の人生を好転させるために頑張ります。

 

そうして頑張ってしまうのも、実は意識じゃなくて、私の無意識がそうさせていた、というのは信じ難いのですが、振り返ってみたら、確かにそう。

 

「みんな無意識が働いているんだったら、こんなことを書く必要がないじゃないか!」とツッコミが入ります。

 

最近、AI(人工知能のことです)がすごいことになるかもしれない、となったら「AIが発達したらなくなる職業は」という話になって「え?この職業がなくなっちゃうかもしれないの?」といろんな人を不安にさせました。

 

それと同じように「無意識」が完璧だったら、カウンセリングも本もブログも必要がないのでは?となってしまう(ギャ〜!失業じゃ〜!)。講演会なども聞く意味がない!となってしまう。

 

本当にそうなの?

 

無意識さん!

 

ねえ!答えてよ!

 

・・・

 

無意識さんはお茶目だから、いたずらをする。

 

頭の中が急に「し〜ん」となって何も浮かばなくなって「おい!おい!」と私の無意識にツッコミを入れたくなる。

 

そしたら「あなたが催眠のお師匠さんに出会っていなかったらどうなっていたと思う?」と恐ろしい質問が浮かんできた。

 

「お〜!それを考えてみたら怖くなってきたぞ!」と無意識が出してきた一手にビビる。

 

アメリカの催眠療法の大家のミルトン・エリクソン先生は必要なかったの?というのが浮かんできて「なるほど!」となってきた。

 

学生時代にミルトン・エリクソン先生の治療風景を弟子たちが書いているのを読んで「美しい!」と感動して涙が出てきたことがあった。

 

催眠のお師匠さんが治療したケースは、部屋にその方が入ってきた瞬間「あ!お師匠さんの治療の跡がある!」と一発でわかってしまったことがあった。

 

誰にでも、どこにでも無意識は働いているはずなのに、その美しさを知っている方に触れたときに、その輝きは増す、という性質を無意識は持っていた。

 

そして、いつまでも輝き続ける。

 

でも、待てよ!無意識の美しさを知っている人にたくさん触れてきたはずの私は「ちっとも輝いていないぞ!」と私の意識が反発したい気持ち満々で登場してきます。

 

みんな無意識の美しさに触れたときに、美しく輝いていくその様をこれまでたくさん見てきた。

 

その姿を思い出すだけでも、涙が溢れてくる。

 

この涙は、自分だけが変わっていない、という惨めさの涙だと思っていた。

 

自分が取り残されていく、という悲しみの涙だと。

 

それは違っていた。

 

試験で思うように点数が取れなくて、悔しい思いをしていて、私は学生時代に車を2時間以上走らせてシンシナティー美術館に行きます。

 

私は、悔し涙で真っ赤になった目をこすりながら、ボーッと「これでもか!」という感じで並べてある絵画を眺めていました。

 

一枚、一枚の絵がものすごい!

 

日本の美術館みたいにガラスケースに入っていなくて、手を伸ばせばその絵の凸凹に触れることができる近さで眺められます。

 

ある一枚の絵の前に行ったときに、私の足が止まって、そこから動けなくなります。

 

私の試験勉強が実らなかった無念さ、自分に対する苛立ち、周りの点数が取れていた人たちへの嫉妬などのありとあらゆる怒りが「スーッ!」とその絵に吸い込まれていく感覚。

 

なんじゃ!この絵は?と作者名を見ると「Vincent van Gogh」と書いてありましたが「知らん!」と私は、その絵から離れようとしてしまいました。

 

でも、気になったので、持っていたメモ帳に名前を書いて、そして、寮の部屋に帰って辞書で調べたら「あ!あのゴッホやんけ!」とびっくりします。

 

あのゴッホの絵だったんだ!と全くその価値を知らないで見てもそのすごさに圧倒されるようなあの感覚。

 

無意識は、その美しさを知っている人に触れたときに、その輝きを増します。

 

ここで読んでくださっている人たちは、他の人たちの無意識の美しさを認識することができます。

 

その認識された美しさは輝きを増して、その美しさを見出した人の無意識のすごさに感動するのです。

 

そう、お互いがお互いの無意識に触れて、その輝きを増していく。

 

そんなみなさんの無意識に照らされて、私は本を書かせていただいています。

 

そう、無意識は、その美しさを知っている人に触れたときに、輝きを増す。

 

その無限の輝きを。

 

(つづく)

 

追記で書いてくださってありがとうございます。

脳のネットワークっていいですね。常に無意識さんはそこにいます。

その美しさに触れたら、大変なことになる〜!

 

この友達というのも”無意識”という観点からになっているから、読んでくださっている方がすごいことになっています。

みなさんのコメントを読んでいて、びっくりしたのが「あ!無意識さんの起動の仕方を知っているんだ!」ということ。

これは、カウンセリングをやるセラピストが使っている技なのですが、クライアントさんからいただいた客観的な情報を何度も反芻するという技です。

「どこが技やねん!」と突っ込まれそうですが、ただ情報を反芻するだけで「無意識さんが起動しました!」となってそのクライアントさんの無意識がしている美しさに触れることができちゃう。

頭でいくら考えていても見えなかったものが無意識さんには見えちゃう。そして、その美しさに触れたときに「お!」となるんですね。

 

私は、正直「私の本を何度も読んでいただくなんて申し訳ない」と思っていました。

そんな、一度読んだらブックオフでしょ!って。

でも、何度も読んだら無意識が起動するって知ってたんだ!と真面目に最近びっくりしています。

その起動した無意識の美しさにまたまたびっくり。

 

感謝です!!

 

大嶋 信頼

 

 

 

 

 

 


2019/04/15

「意識と無意識」ってとっても面白いです。

 

昨日も「サーフィンだ〜!」と海に行ったら「あれ?思ったより波が荒いぞ!」と正直、海に入るのにビビリます。

 

波が荒いから、私の体力で沖まで行けるかな?と不安になりながら漕いで行くと、「ゼーゼー、ハーハー」と言いながらも、なんとか沖にたどりつくことができました。

 

私の意識では「波に乗るコツは掴んだ!」と思っていて、波が来たら、足を閉じて、そして胸でボードを押さえて、そして波に対して水平に漕いで波に乗る!とわかっているわけです。

 

でも、何度も繰り返して意識で「わかった!」ということをやってみても「波に乗れない!」となってしまいます。

 

1時間、連続で挑戦しても「全然乗れない!まずい!」と気分が落ち込んできます。

 

そんな時に「波の乗り方」を意識的にやるのを止めて「五十嵐カノアさんのように乗りたい」と思って漕いでみると、それまで一度も乗れなかったのが「簡単に乗れた!」となって悔しくなります(五十嵐カノアさんは5カ国ご堪能なプロサーファーです)。

 

「人の真似をすれば無意識の力が使える」ということを本に書いていても、意識的な私は「自分の意識の力では無理なのかい!」とツッコミを入れたくなります。

 

自分でいろんな無意識の力を使う手法を書いていて、それを使って波に乗るのが悔しい、ってどうゆうことやねん!と自分でも思うのですが、これが意識のなせる技、ということになります。

 

でも、この私が「意識」と思っているのも、実は「無意識さん」が働いている。

 

なぜなら「波に乗れない!」と何度も繰り返し挑戦することで、上半身の筋肉がどんどんついてくる!ということが起きているから。

 

何度も繰り返しているうちに、適切な筋肉が鍛えられていくのは無意識さんが「乗れない」という状況を作り出しているから。

 

意識的な判断をする人から見たら「そんな、乗れなくするなんて意地悪な」と思うかもしれません。

 

でも、いつもジョギングばかりやっていて上半身のトレーニングをサボってしまう私からしたら「確かに上半身の運動が必要なんだろうな」と海から上がってきたときの上半身の筋肉の疲労感を感じながら無意識さんのすごさを感じるわけです。

 

ある優柔不断な男性がいました。

 

この優柔不断な男性は、決めることができないから、ものすごく気が強い女性と結婚をしてしまって、周りの人からは「大丈夫かよ!」と飼い犬のようになってしまうことを心配します。

 

でも、優柔不断な男性は、強い奥さんに言われたことも「ちっとも実行しない!」とのらりくらりとしています。

 

強い奥さんを怒らせて「ムカつく!」とさせるのですが、あまりにも男性の優柔不断さが徹底しているので、そのうち「チーン!」と奥さんは旦那さんに何かを求めるのを諦めてしまいます。

 

それで夫婦関係が冷めてしまうと思ったら、優柔不断な男性は、のらりくらりとしながら、その奥さんとうまくやっていて、どんどん仲が良くなってしまいます。

 

奥さんもはじめは、優柔不断な男性にキレまくっていたのですが、そのうちに悟りを開いたような感じになって、人間関係でトラブルが多かった奥さんが「あれ?人間関係でうまく人と距離が開けられるようになった!」と変わっていってしまった。

 

その優柔不断な男性が「え?あの優秀な会社にスカウトされて役職に就いた!」とびっくりします。

 

周りの人たちは誰しもが「あんな優柔不断な男性があの大変な会社で務まるわけがない!」と思っていました。

 

すぐに辞めさせられるか、役職を取り上げられるか「どっちなの?」と賭けをしていたぐらい。

 

案の定、優柔不断な男性は、その上司から「あなたがもっとしっかりしないとダメじゃないか!」と怒られます。

 

みんなが嫌っている上司で、優柔不断な男性がその上司から目をつけられて怒鳴りつけられていたので、周りの人たちが「かわいそう」と同情します。

 

このままだと仕事が続けられないだろうな、とみんなが思っていたら「あれ?上司がやめちゃった!」という奇跡が起きます。

 

新しく来た上司も曲者で「なんでお前は俺がいった通りにやらないんだ!」と優柔不断な男性にパワハラ的なことを言います。

 

そして、周りにいた専門家たちは「それはパワハラですよ!」としっかり対処するように適切なアドバイスをします。

 

でも、優柔不断な男性は「ちっともアドバイスに従わないんかい!」とせっかくもらったアドバイスを無下にするようなことをしてしまいます。

 

いつも優柔不断な男性はのらりくらりとしていて「言われたことをやればいいのはわかっているんですけどね」といって一向にやろうとしない。

 

でも、新しく来た上司も「え!また辞めちゃったの!」という感じで優柔不断な男性の目の前から消えてしまって、そして、その優柔不断な男性がその席に座ることになります。

 

そして、その優柔不断な男性が上司になったら職場がめちゃくちゃになるんだろうな、とみんなが思っていたら「あれ?ものすごくチームワークが良くなった!」となって、それまで毎日のように遅刻をして、上司を苛立たせていた優柔不断な男性が朝早く出勤するようになって、みんなから信頼されるような人物へと変わっていったんです。

 

周りにいた意識的な人たちは「ありえない!」と驚きを隠せません。

 

そう、男性は意識では「優柔不断だから何も決められないし、嫌な目にばかりあう」と思っていたのですが、その優柔不断さには無意識が働いていて、男性のために環境を整えてくれていて、一番輝けるステージをベストなタイミングで用意してくれていたんです。

 

そうなんです、決められない時、人に流されてしまう時には、もしかしたら、そこに無意識さんが働いていて、ものすごい方向に導いてくれていたりするんです。

 

「優柔不断」というのは、否定的に捉えてしまいますが、この男性の場合、それだけ無意識さんの力が強く働いていて、男性を美しい場所へと導いてくれていた。

 

そんな無意識さんの力は周りの人には見えないから「なんであなたは!」と否定したくなってしまう。

 

自分ではどうすることもできない、と思っている時って、もしかしたら無意識さんの力が働いていて「そっちじゃなくてこっちだよ!」とものすごい力で引っ張ってくれていたりする。

 

人の無意識の力は、見ることができて「すげ〜!」と感動することができるのだが、自分に働いてくれている無意識に対しては文句しか出てこない私がここにいます。

 

そんな私に対しても、意識と無意識は、ボケとツッコミをしながら、新しい世界へと導いてくれます。

 

ここで読んでくださる皆さんの無意識とともに。

 

(つづく)

 

 

 

 

「人間関係の悩みから解放!嫉妬・劣等感を一瞬で消して本当に自由になる!」のアマゾンのレビューを書いてくださってありがとうございます!!

 

アブラカダブラ、と書いてくださってありがとうございます。「寝るかもしれない」と思って寝る用意を完璧にしたら寝なかった!というのはまさにミルトン・エリクソン博士が使っていた「逆説」ですね。すごいです。心に聞く、はやっぱり本よりもこっちの方がわかりやすいかもしれません。確かに。美術館で子供を背負ったような重苦しさ、というのは非常に興味深いですね。この現象ってもしかしたら「研ぎ澄まされた共感能力」からきているのかもしれない、と感じます。アーティストって苦悩の人たちですから。誰にも理解されないというか、その才能を嫉妬されながら苦しみの中で作品を生み出していく、という過程であの作品があるわけですから。その苦しみに共感してしまったら、確かに感動の向こうにそんな感覚も同時に感じてしまうのかも。でも、それが作品の深みでしょうね。それが感じられるのはすごいです。それもまた無意識のなせる技です。味覚の遺伝子のお話はすごいです。これからが楽しみです。

 

あれ?と書いてくださってありがとうございます。無意識に働きかける手法になっているので「??」となりますよね。本でもできるだけ同じ手法を使っているのですが、やっぱりトークだと編集されないので「??」とになります。あたたかさと安心感が頭に広がる感じ、はとっても嬉しいです。離人症と甲状腺抗体の遺伝子コードは25個あります。その中でも「TP53(ティーピー五十三)の還元」×7、「SDHD(エスティーエイチディー)の還元」×7、「DPP6(ティーピーピーシックス)の還元」×7、があります。もしかしたら「私はTRab抗体を許します」も使えるかもしれません。

 

感謝!!

 

大嶋 信頼

 

 

 

 


2019/04/13

催眠のお師匠さんが「意識には限界があるけど、無意識には限界がない」とかっこいいことをおっしゃっていた。

 

意識って「頭で考えちゃうこと」になります。

 

だから「意識と無意識」なんて書くと「難しいよね!」という言葉が返ってくるのは”意識”が働いているから。

 

「難しいよね!」とは、「理解できない」とか「自分には関係ない世界」や「無意識なんて現実の世界ではちっとも役に立ちやしない」という意味が含まれていたりします(言葉って本当に便利!一言でこんなたくさんの意味が入っている)。

 

まあ、普通に考えたら「自分は自分の意識で判断してこれまでの人生を歩んできたのだから、無意識の方が優れているなんて自分の人生を否定されているように感じる!」となっているわけです。

 

まあ、進学するときだって、自分の意識で判断して決定している。

そして、仕事選びだって、意識で判断して自分の責任で決めている。

 

でも「自分の意識で決めている」と思っていても、無意識というのが必ずそこに介在しています。

 

ある女性が「痩せたい!」と思っていて、周りのみんなは「絶対に無理でしょ!」とその方の体型を見て判断しちゃいます。

 

その方は、SNSである男性と知り合って、昔の痩せていて可愛かった頃の自分の写真を送ってしまって、周りの人は「え?あんた、だいたい、それって浮気でしょ!」と判断しちゃって「昔の写真って詐欺だよね!」と頭の中で批判が止まらない。

 

そのSNSで知り合った男性がとんでもない奴で、毎日のように酒に酔って電話をかけてきて、その女性のことを1時間以上も罵倒する。

 

周りの人たちは「それって言葉の暴力だよね!そんな男性切っちゃいなよ!」と意識的な意見をしますが、その女性は「切れない!また、自分から連絡を取っちゃう!」という繰り返し。

 

興味深かったのは、その暴力的な男性とは「体重が落ちていないから会えない」となっていて、その女性は「痩せなきゃ!」とせっせとジムに通っていた。

 

周りの人たちは「そんな、あの暴力的な男性と会ってしまったら大変なことになる!」と心配します。

 

毎日のように、男性に罵倒されて、そして涙を流し、そのままジムに行くということを繰り返していました。

 

周りの人たちは「あんた!何をやっているの?」と呆れてしまいます。

 

周りの人たちが思っていたように、女性はなかなか痩せることができません。

 

「ほら!見なさい!やっぱり痩せるのはあんた無理よ!」とみんなが思っていました。

 

ところが、ある時から、急激に体重が落ちて「え?どんどん綺麗になっていく!」とその方が理想としていた体重に近づいていきます。

 

そして、理想の体重に到達した時に「え?あの男性を切っちゃったの!」とびっくりすることをしちゃったんです。

 

意識的な治療者は「一度、暴力的な男性に引っかかったらなかなか別れられない!」と判断してしまうわけです。

 

それを女性は痩せて理想的な体型になった途端に「ブチッ!」と切ってしまいました。

 

無意識ってすげ〜!と私は感動します。

 

無意識さんは、痩せるために、一番効率のいい方法を使ったんです。

 

たぶん、意識的にこれを誰かが真似してしまったら「大変なことになる〜!」となってしまいます。

 

無意識は、ものすごい緻密な計算をして、絶妙なタイミングですっごいことをして「不可能」を「可能」に変えてしまうんです。

 

この女性の無意識の凄いところは「いろんな人のところにこの暴力的な男性のことを相談に行く!」としていたこと。

 

なぜなら、みんな専門家は口を揃えて「あんた!そんなのやめなさい!」と注意してくれて、いろんなアドバイスをしてくれるから。

 

専門家たちにそれをされればされるほど「暴力的な男性に連絡するのがやめられない!」となるから、連絡し続け、そしてジムにも通い続けて理想的な体型を手に入れることができてしまった。

 

無意識のイメージとしては、よくアメリカの軍隊のトレーニングなんかで軍曹が新兵を罵倒しながら鍛え抜いていき、どんどん精悍な顔と体になっていく、という感じでしょうね。

 

罵倒されて緊張のホルモンで筋肉が鍛え上げられていく。

 

人って、意識で選択しているようで、無意識が面白い方向に導いてくれていたりする。

 

自分の意識で選択しているつもりが、無意識がものすごいことをしてくれている。

 

無意識のすることはとっても美しい。

 

だから「無意識さ〜ん!」で自動運転はとっても楽しい。

 

自動運転に乗り慣れていない人は「危ない!」とか「そっちの方向は違う!」と「きゃー!」とか「わー!」と騒いでいるけど、それは無意識さんの奥深さを知らないだけ。

 

乗っかってみると、いとおかし。

 

「無意識さ〜ん!」で求めていたものが自動的に手に入る。

 

(つづく)

 

「本当の友達がいなくてさびしい」と思ったとき読む本 のアマゾンのレビューを書いてくださってありがとうございます。

 

P94で・・と書いてくださってありがとうございます。凄い深い書き方をされますね。あのノーベル賞候補になった作家さんの文章を彷彿させる感じです。短い文章の中にドラマがあって、いろんなことが伝わってきます。「催眠ガール」の本を書いて、無意識を簡単に起動させる方法が見えてきました。それって「客観的なデータを反芻する」という簡単なこと。「わかっている」というのが「意識的な判断」で「わからない」というのが「無意識の入り口」になります。「わからない」からデータを反芻して頭の中で転がしていると「あ!見えた!」と意識的になっていたら全く見えなかったことが見えてくる。無意識さんが見せてくれるものって美しい情景なんです。凄いっす!

 

ブログへのお返事、はびっくりしました。ちょっと、怖いんですけど!心ってすげー!吉本先生は、正解です!あはは〜!心はお茶目!しかし凄いな。面白くなりますよ〜!

 

脳のネットワークって本当にあるかも!と書いてくださってありがとうございます。レビューを書いてくださったのはめちゃくちゃ嬉しいです。わかるな〜!話が通じなくなるって。でも、そのあとの展開が「どひゃ〜!」とびっくりしてしまいました。完全に私がアイディアをパクっていたのですね。ね!脳のネットワークって本当にあるでしょ。これがちゃんと科学的に証明されたらものすごいことになるんでしょうけど、でも、私たちだけでもいいかな。通じあえなくても「無意識では伝わっている」から。本を読んでさらに心が軽くなったって書いてくださって嬉しいです。実は私もです。自分がこんなに楽になるんだったら、過去の自分が読んだら、凄いことになるんじゃないか?と思うわけです。なぜなら、人間関係で常に頭がいっぱいで、いつもぐるぐる考えていて、その時間を勉強に使っていれば〜、という感じでしたから。これを読んでから、時間のスペースが全然違う感じです。そして、何度も反芻して読んでいると無意識が起動して、自動的にいろんなことをやってくれるから便利です。客観的データで観察日記は、楽しいです。データが集まれば集まるほど、無意識さんが起動して凄いことが見えてきます。「You! 許しちゃいなYO!」は笑ってしまいました。さすがです。読まれている。今日もなんで「無意識さ〜ん!」の自動運転のことを書いているんだろう?と疑問に思っていましたが、なるほど!優柔不断でしたか!!いま「見ない、聞かない、反省しない」の原稿チェックをしているのですが「別時間軸の自分の犠牲」というのがあって、私は優柔不断でいろんなことを考えちゃう、というのは「一人で思い悩んでいる」と思っているけど、実はそれをした時の別の時間軸の自分の脳とつなげている、ということを書いていました。意識的に別時間軸の自分で失敗体験を検証できちゃう優れもの。「無意識さ〜ん!」はそれを検証しないで一発でやってしまうからずるい。いつか、優柔不断の遺伝子コードを一緒に検証しましょう。

 

書いてくださってありがとうございます。

 

感謝!!

 

大嶋 信頼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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