2019/02/05

おー!昨日、いきなり事務方がFAP療法のセミナーの告知を載っけていた。

びっくり!聞いてないよー!

FAP療法はもともと「心の傷の治療法」のために開発されたもの。

 

心の傷ってものすごく厄介なんです。

アメリカでは、たくさんの戦争トラウマの人が大変なことになっている。

一番厄介なのが「フラッシュバック」というものです。

戦場から帰って来て街中を歩いているのに、突然、戦闘中の恐怖が襲って来て「ギャ〜!」となる。

怖いのは家族ですよ。

平和な街なのに、いきなり家族が戦闘モードに入ってしまうのですから。

 

「私たちには関係ない!」と日本人は思ってしまいますね。

でも、関係があるんです。

最近、ある雑誌の「モラハラ、パワハラ」の記事を書かせていただいたんですけど、あれをやっちゃう人って「心の傷を持っている」ということがあったりするんです。

よくあれをやっちゃう人たちは「私たちはそれをされて仕事をして来たんだ!」と胸を張っていったりしますけど「それってトラウマですから〜!」ということですね。

 

トラウマの逆再上演(やられたことを違う相手にやってしまうこと)、という言葉があるのですが「自分が虐待された」という経験があると、気がつかないうちに「あ!パワハラしちゃった!」となってしまう。

トラウマですから本人は全く自覚が持てない。

「正しいことをやっているんだ!」となってしまうのは、脳内の記憶システムがおかしなことになっているから。

 

アメリカでは、現在、このトラウマ治療に眼球を動かしてトラウマ記憶にアプローチする「EMDR」と瞑想のマインドフルネス、そして「認知行動療法」ですかね(アップデートしていないから最新じゃないかも?)。

 

FAP療法の場合は誰でも簡単にできてしまう。

アメリカ人に使ってもらったら面白いんだろうな。

でも、このFAP療法の仕組みを彼らが理解するのはちょっと難しいか。

 

FAP療法は、246時間に一度のヴァージョンアップが起きています。

 

現在の最新のヴァージョンでは「自己免疫」へのアプローチですね。

 

小さな子供を亡くしたお母さんが自己免疫疾患にかかりやすい、という研究がありました。

 

私たちを苦しめる「花粉症」も自己免疫の問題ですね。

 

この自己免疫の問題が精神的に影響している、と考えています。

 

まあ、確かに花粉症があると「集中できない!」と注意欠陥障害状態になりますね。

思考力が低下して「イライラする〜!」って。

人によっては、鬱的な表情になってしまうことも。

 

ある方から嬉しい報告をいただいたのですが、糖尿病の血液検査でHbA1c(ヘモグロビンA1c)というのがあります。

これは正常値が4.4〜5.8%なのですが、過去の1〜2ヶ月の平均血糖値を反映する優れものなんです。

「朝、たくさん食べちゃったから血糖値が高く出た!」という言い訳ができないもの。

 

ごまかしがきかない糖尿病の検査なんです。

 

ある方のHbA1cが8.6%あったんです。

それが、なんと6.0%まで下がっていた。

 

これってすごいことなんです。

びっくりしちゃって「おー!」と感動。

 

血糖値の問題って「食事のコントロールをしっかりやらないからだ!」とみんな思っていますけど「違うんだな〜!」自己免疫の問題が絶対あるんですって、と私は思っているんです。

 

それが精神にものすごく影響をしていて、その影響で精神状態がボロボロになれば、ますます自己免疫も暴走しちゃって体がボロボロになる、という悪循環がある、と考えています。

 

このカウンセリングの仕事ってめちゃめちゃ奥が深い。

 

記憶の問題だけじゃなくて、自己免疫も遺伝子も関係しています。

 

「それはカウンセラーの仕事じゃないんじゃないの?」と思われるかもしれませんが、皆さんがシンプルな悩み、と思っていることが実はシンプルじゃなくて、いろんな要素が関係している。

 

そこを誰でも簡単に治療できるようにデザインされているのがFAP療法なんです。

 

素敵なお花をいただきました。

香りも物凄い素敵!

 

昨日の続きで「知能の補完」のお話をちょっとだけ。

 

心に知能指数を聞いていきます。

すると心は自分の知能指数を聞いた時に高い数字を教えてくれたりするんですけど「自分はこんなに高くない!」と思ってしまうんです。それって周囲の人たちから押さえつけられちゃって「ちっとも勉強できない」とか「勉強に興味が持てない」となっていたから。心が教えてくれるのって、潜在的な知能指数なんですね。

だから「すごい大学をちゃんと出ている人」でも、その知能指数を聞いたら「え〜?それはないでしょ!」という数字が出てきてしまったりする。

 

潜在的な知能指数はとっても面白いです。

 

心が教えてくれた知能指数を聞いて「よーし!知能の補完をしよう!」と思ったら、方法はいくつかあります。

 

一つは、このブログでもよく書いているのですが「西洋文学を読む」ですね。

 

「なんで西洋文学なのか?」というと「感情の表現がいっぱいそこに詰まっている」から。

自分の内面にある感情を表現する言葉がないから相手に伝わらない。すると、その伝わらないストレスで脳内でパニックが起きてしまって「頭が真っ白や!」という感じでアホになってしまう(私がそうでした)。

 

日本の漫画は優れているのですが、感情の描写が絵に依存してしまっているために、やっぱり感情を表現する言語が足りない、となるんです。

 

もう一つの方法は「英会話!」ですね。

「ベタだな〜!」と思われちゃうかも知れませんがこれには理由があります。

 

一つの理由は英会話をやった時に「自分の内面にある感覚や伝えたいことがうまく表現できない!」というストレスがポイント。

このストレスが反動になって「日本語だと表現が楽かも!」と自分の内面をもっと表現するようになる。

 

もう一つの大切な理由は「英語だと嫉妬されない!」という面白い現象が。

私は、日本語での会話は嫉妬を起こしやすい、と思っています。

なぜなら、敬語があったり、自分を低くする言葉遣いがあるから。

 

アメリカに行った時にショックだったのは「偉い教授に対してそんなにフランクに喋っちゃうんだ!」ということでした。

まるで友達に話しているように話をしていて「ヒエ〜!」と最初は慣れませんでした。

 

でも、嫉妬の発作って「自分よりも下の立場の人間が、自分よりも優れたものを持っていると起きる」という法則があります。

 

下手に敬語を使ってしまったり、敬語のマインドでいるだけでも「ビビビッ!」と相手が嫉妬の発作をおこしちゃう。

 

でも、英語だと敬語がない!嫉妬が起きにくい!となって「楽じゃん!」となるわけです。

 

日本語の場合、TPO(時と所と場合に応じて適切に使わなければいけない)というのがあって、適切に敬語を使わなくても「生意気!」とビビビッ!が起きちゃう。

 

日本語は喋るその人の「高潔さ」も言葉じりで感知されちゃうから、それだけでも「ビビビッ!」ですからね。

 

だから、英語で嫉妬を受けない体験をしてみると、嫉妬を受けない会話、というのがだんだんと身についていく、という目的があります。それによって「あ!自分の本来の知能ってこんな感じなんだ!」と本来の自分に戻ることができるんです。

 

(つづく)

 

 

 

 


2019/02/04

FAP上級フォローアップ 実践講座

Ver.12.5(人からの影響を切る) Ver.χ(心に聞く) Ver.α(遺伝子コードを使った治療)

 

内容の詳細はチラシ(PDF)をご覧ください。

開催日時: 平成31年5月25日(土)午後3時〜午後7時、

              26日(日)午前10時〜午後4時(昼休憩1時間含む)

開催場所: TKP新橋汐留ビジネスセンター
     (部屋番号と「FAP上級セミナー」がビル内看板に表示されます)
                 地図はこちら
                 東京都港区新橋4-24-8 第2東洋海事ビル  TEL:03-5425-4626(ビル事務所直通)
               ・JR 新橋駅烏森口 徒歩4分
               ・都営三田線 内幸町駅 徒歩9分
               ・都営浅草線 新橋駅 A1出口 徒歩3分
               ・東京メトロ銀座線 新橋駅 8番出口 徒歩5分
               ・都営大江戸線 汐留駅 7番出口 徒歩6分
               ・ゆりかもめ 新橋駅 A1出口 徒歩4分

 

受講資格:FAP上級コース(Ver.χ)を修了されている方

受講料(税込): 40,000円

 

申込方法: いずれかの方法でお願いいたします。

1.電話03−3433−27212.FAX申込書を印刷、ご記入の上送信してください。
03−3433−2752
>> 申込書をダウンロード(PDF)

3.e-mail support@insight-counseling.com
件名:FAP上級フォローアップセミナー申込
本文:お名前、ご住所、日中の連絡先電話番号(ご自宅もしくは携帯)、E-mailアドレス、ご職業および経験年数(または臨床経験時間)をご明記の上送信してください。

*上記方法でお申込みの場合も、仮申込になります。

受講料のご入金が確認されてから正式申込とさせていただきます(当日のお支払いはできません)。先にご入金された方から正式申込とさせていただき、定員になり次第募集を締め切りますので余裕をもってお振込みください。
*申込名と振込名が違う場合は必ずご連絡ください。

*ご都合で参加できなくなった場合、必ず取消しのご連絡をお願いいたします。
正式申込の方で5月15日(水)18時までにご連絡いただいた取消しについては、手数料1,080円を差し引き、残金を返金いたします。それ以降の取消しの場合、返金できませんのでご了承ください。(日・祝は休業となりますので、電話およびメール応答はいたしかねます。)

受講料納入方法銀行振込:
三菱UFJ銀行、新橋支店、普通口座4920311
(株)インサイト・カウンセリング 代表取締役 大嶋信頼(オオシマ ノブヨリ)


2019/02/04

ある小学生のお子さんが、他の子供と話しをしていて「え?なんでそんなこともわからないの?」という言い方をしてしまった。

すると、相手の子が「なんだ!バカにするな!」と怒った。

それを見ていた先生が「ダメじゃないか!そんな言い方をしちゃ!」と「なんでそんなこともわからないの?」と伝えた小学生をたしなめた。

そして、先生はその子の親に「この子はイキっている」と報告したんです(イキっているは、「調子に乗っている」とか「粋がっている」という意味で関西地方で使われる言葉です)。

 

学校では「みんな平等」って教えられるわけですね。

だから「自分が理解できるんだったら、他の子も自分と同じように理解できるはず」と思ったから「え?なんで理解できないの?」となったわけですね。

 

理解できなかった子供は、それを言われて「理解できないことをバカにされた」と勘違いした。

小学生のお子様は、全くバカにしたつもりはなくて「自分に理解できるものだから、あなたにもできるでしょ」と本気で思っただけ。

 

理解力に差があることを教わっていないから、こんなことが起きちゃう。

 

そして、先生の解釈がとっても面白い。

「この子は他の子よりも勉強ができるから調子に乗っている」という解釈。

 

どうして、先生がその小学生に対して、そんな反応をするのか?

その答えはみなさんはわかりますよね。

 

私が小学生の時は「みんな自分よりも勉強ができてすごい!」と思っていましたね。

勉強ができなくてみんなからバカにされていて、そしていじめられていた。

「悔しい!」と思って「勉強して見返してやる!」と思ったけど、実際に机の前に座ると全く集中できずに時間だけがただ無駄に過ぎてしまう。両親から成績が悪いことで叱られて「自分の人生は真っ暗だ!」となっていた。

 

あの小学生の時に私は自分の人生が見えていた。

高校受験も失敗して、そして大学も行けず、両親から絶望されて真っ暗な人生を歩むって、あの当時ははっきりとわかっていた。

 

あの真っ暗な小学校の頃に住んでいた環境は、標高87mでした。

高校は標高4mの所に通って、そして、大学は標高298mの寮に住むことになります。

現在住んでいるアパートが標高3.7mの所に建っています。

 

お師匠さんのオフィスがあった高田馬場駅は標高22.5mでしたね。お師匠さんのオフィスは坂を上ったところだったので標高が24mでした。

私は標高3mのアルコール依存症のクリニックからお師匠さんのところに通っていました。

その当時住んでいたアパートが標高35mでしたね。

 

ちなみに、私が初めて室長を務めさせていただいた原宿相談室の標高は21.1mでしたね。

 

こうやって高低差を書いてみると「なるほどな!」と自分では納得するんです。

どこが一番自分にとって心地が良かったか、ということ。

 

この標高の数字で私の中に立体的なジオラマを作り出してくれる。

そして、小学生の頃の私が見えなかった未来が見えてくる。

 

だから、心に数字を聞いて、周りの人たちの立ち位置と、自分の立ち位置を客観的に見れるようになると面白いことが起きちゃいます。

 

小学校の頃にこれを知っていたら、私の人生はどうなっていたんだろう?と想像しちゃいます。

 

「あ!これって嫉妬なんだ!」と起きている自然現象が客観的に見て取れる。

 

それに怯える必要がなくて、むしろそれが起こらない標高まで自分が到達すればいい、ということを無意識にやるようになる。

 

そうなんです。

ただ、心に数字を聞いて、データを収集するだけで、自動運転になって、本来の自分に戻るための行動をするようになる。

 

知能の補完と私は呼んでいる作業が必要になるんです(補完とは、蔑まれて潰されてしまった能力を取り戻して完全にすることです)。

 

(つづく)

 

 

 


2019/02/02

ある出版社の方から原稿を頼まれて書いてみたら「あれ?」という返事が来た。

 

いつもだったら編集者の脳を借りて原稿を書くのだが、その時ばかりは「急いで書かなきゃ!」と思って編集者の脳をお借りすることをしなかった。

 

だから、編集者さんは私の書いた原稿の内容が全く理解できなかったみたいで「なんですか?これは?」という感じで全く興味をもってもらえなくてショックを受けてしまった(ガーン!)。

 

そのショックを受けた瞬間に私の頭は怒りでいっぱいになり「以前、書いていた本をちゃんと読んでいたら理解できるでしょ!」と編集者さんにダメ出しをしたくなる。

 

せっかく一生懸命に時間を割いて書いたのに!とワナワナと震えて来てしまう(どんだけ〜!)。

 

そんな時に「知能のジオラマ!」を私はやって見るわけですね。

 

「知能のジオラマ」をやると「あ!書き直そ!」とスラスラと書いていた原稿を修正するんじゃなくて、その編集者さんの脳を使って全く新しい原稿をあっという間に書き上げた。

 

「みんな平等で一緒のはず」と思い込んでしまうと「どんどん孤独になる!」という経験をして来ました。

 

心に数字を聞いた時に「あの人と私は違う」というのは「高い」とか「低い」という違いじゃなくて、数字自体が違う、ということ。

それが一つのデータなんですね。

その数字が「正しい」とか「間違っている」じゃなくて、心が教えてくれた一つのデータ。

 

この数字の違うデータは私にとって何を示すかというと「生活している場所が違う」ということ(地形を表現するジオラマだから)。

 

生活している場所が違うと文化が違ってきますね。

 

文化の違いって「正しい」とか「間違っている」はない。

 

ただ、違いがあるだけ。

 

その違いを知った時に、私はその文化に興味を持ちます。

どんな言葉を使って、どんな習慣があり、そしてどんなことに興味があるのか。

 

その文化に興味を持って「知りたい!」と相手の文化を一つ一つ確かめていったときに「一体感!」が感じられるようになる。

 

これがナラティブセラピーの「エスノメソドロジー(ethnomethodology)」という手法なんです(これは私なりの理解です)。

 

「正しい」とか「間違っている」や「優れている」とか「劣っている」などの判断は主観的な判断になります。

 

ただの違いを興味を持ってデータとして集めた時に「無意識さん起動!」となって「一体感!」が感じられる。

 

だから、心が教えてくれた数字を「高い」とか「低い」と判断してしまったら”意識”が働いてしまうから「一体感が感じられない!」となるわけです。

 

ただの数字でデータである、と数字を確かめて違いを知ることで「無意識さん起動!」となる優れもの。

 

心に数字を聞いて、その数字をただのデータとして認識して「あの人と私は違うんだ」と気づくだけで無意識は自動的に相手の文化的な情報を収集して来て、無意識のレベルで相手の文化を知ることになり「一体感」が感じられるようになる。

 

「この数字だからあの人には理解できないんだな!」というのは意識的な判断。

 

心が教えてくれた数字はただの違いを示すデータとして感情抜きに受け止めた時に「一体感!」が生まれる。

 

正直な話、数字が違う相手の文化に真面目に真剣に興味が持てるようになるんです。

 

「この数字の人はどんな風に考えるんだろう?」とか「何に興味があるんだろう?」って知りたくなる。

 

それも全てデータだから、そのデータを集めた時にさらに無意識が働き「一体感!」となる。

 

「なんだか難しいな〜!」と知能のジオラマのハードルが高くなった気がするかもしれません。

 

でも、実は簡単で「心よ!」とまずは自分の知能の歪みを作っている邪魔を排除してから自分の知能指数を確認して「心よ!あの人の知能指数は幾つ?」と質問するだけ。

 

最初は「あ!私よりも高い!」とか「あ!私よりも低い!」と主観が入るんですね。

それも大丈夫。

でも、たくさんの人の知能指数を聞いているうちに「ただのデータ」となる。

たくさん聞いていると、だんだん、自分が心に聞く前に思った知能指数と、心が教えてくれた知能指数の誤差を確かめる、というような感じになったりする。

 

心が教えてくれることに慣れてくるのにつれ、データが蓄積していくと、そのデータの集積により無意識さんが簡単に起動するようになるから「主観が必要ない!」という感じで感情的にならなくなるんです。

感情が人によって揺さぶられなくなる。

 

そして、データを取り続けることによって、自分の中に巨大なジオラマが出来上がり無意識さんが常に共にある、という状態になる。

 

最初は「私は心の中で人のことをこんなに数字で判断してもいいのかしら?」と罪悪感のようなものを感じるかもしれませんが、どんどん、バンバン、次から次へと聞いていけば「ただのデータ」となり、いつのまにか無意識さんの境地へ。

 

データをたくさん集めれば、超高性能なGPS(宇宙を漂っている人工衛星とコミュニケーションをとって自分がいる正確な位置を把握する装置のこと)を搭載した自動運転の車のような感じになりますね。

 

無意識さんと繋がって「常に自動運転!」となり「どんどん幸せな方向へ!」と進んでいく。

 

まあ、幸せ〜!という感じじゃなくて「凪」なんですけどね。

 

無意識さんは、とっても静かな世界へと誘ってくれる。

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2019/02/01

暗示から解かれた私。

 

昨日もある人と話をしていて、催眠のお師匠さんの話が出てきて。

「あ!お師匠さんって”あと4年で50歳になったら小笠原に移住する”とおっしゃっていたな」と思い出していました。

私は心の中で「いや!師匠が引退しちゃダメでしょ!」と思いながら、口では「いいですね〜!」と言っていた(恐ろしい〜!)。

 

私がもしかしたらお師匠さんが小笠原に移住するのを邪魔してしまったのかもしれない、とちょっと申し訳ない気持ちになっていた。

あんなに昔の話なのに。

でも、それも時にかなってすべて美しい。

キラキラとした小笠原の海辺でお師匠さんが戯れている。

 

知能のジオラマの話の続きです。

 

この「知能指数のジオラマ」を作る、という方法は「これってダメでしょ!」と思う人がたくさんいるかもしれません。

 

だって「みんな平等!」である必要があって「人に上下をつけてはいけません」というのが最近の流れですから。

 

でも、親や教員などの大人たちから暗示を入れられてしまって、劣等感を感じている子供たちは平等?

 

今朝、たまたまテレビをつけてしまったらニュースで10歳の子が「父親からぎゃくたいされています、助けてください」と書いたアンケートを教育委員会が父親に見せてしまった、と言っていた。もちろんニュースになるのだから、その女の子はすでに旅立たってしまっていた。教育委員会は、児童相談所に子供が保護されたことに納得がいかない父親に脅され、恐怖感から開示してしまった、と説明している。

 

このニュースを聞いた時に、なぜか涙があふれてきた。

 

私は小学校低学年の頃に、日曜日の教会学校のメガネをかけた賢そうな先生に優しく接してもらっていた。

私はその先生を尊敬していました。

 

ところが、ある時に、いきなり寝ていた私を両親が叩き起こして「お前!あの先生があの子は頭がおかしいって言ってたぞ!」と言われてショックを受けます。なんだか悔しくて涙が溢れてきたら「なんで泣くんだ!」と父親からひっぱたかれます。「お前が落ち着きがないからだ!」とさらにひっぱたかれて、と私の記憶はそこから消えている。

 

みんな平等。

 

みんな一緒。

 

他の人はみんなそうかもしれないけど、自分は誰よりも頭が悪くて、誰よりも醜いし、汚い、と思っていました。

 

人間には「恒常性」という厄介な機能があって「真ん中に戻す」という力が必ず働く。

 

だから「誰よりも頭が悪い」と思えば思うほど、その反対の「すごい才能が隠れているのかも?」と思ってしまう自分がいてそれがものすごく恥ずかしい。「自分は醜いし汚い」と思えば思うほど、その逆の「隠れた美しさがある」というのが自分にあるのがものすごい惨め。現実との開きを感じるから、自分が思っていることがただの妄想であることを感じるようになる。

すると、自分はどんどん本当に頭がおかしい人になっていく。

 

こうして自分のイメージが歪めば歪むほど、私は「信じちゃいけない人を信用してしまう」となっていました。

一番は「いじめっ子について行ってしまう」でした。

 

信じて裏切られて、泣き続けるのですが、また、同じことを繰り返して裏切られる。

「そんなの信用するあんたが悪い!」と大人から言われる。

「だまされるあなたが悪い!」って。

 

そこで登場するのが「知能のジオラマ」ですね。

 

「心よ!私と心の間に邪魔がある?」と聞くのは「劣等感」という意識的な思い込みをまず排除する必要があるから。

 

「ない!」と返ってこない限りは「あり!」なので「心よ!誰が邪魔をしているの?」と問いかける。

 

そして、私の中でフッと母親の顔が浮かんだから「心よ!母親からの邪魔を排除して!」とお願いする。

 

この「心よ!」というのは「思い込み」から解放されるため。

 

「思い込み」というのは「意識」で脳の神経活動が過多になっている状態。

 

その神経活動を沈めて自問自答するために「心よ!」を使う必要があるんです(脳を落ち着かせて聞く、という効果です)。

 

「あんたは醜い」とか「あんたは頭が悪い」と暗示をかけてくれた人の邪魔を排除、とは、その人たちのフィルターを排除してから現実の世界を見る、ということです(フィルターというのは脳が興奮する種みたいなもの)。

 

そして「心よ!私の知能指数を教えて!」と聞きます。

 

これが「自分の位置を確認する」という作業になる。

 

そして、自分の周りの人たちの知能を確認してみます。

 

そうすると頭の中に自分の周りの地形がマッピングされていきます。

ここでの「マッピング」とは地形を立体的に頭の中で作り出す、ですね。

 

すると平面上の地図では見えなかった「落とし穴」がはっきりわかる。

 

立体的にしてみると、意外と平坦に見えて、そこに落とし穴がちゃんと存在していることが感じられるから「あ!あそこには近づいちゃいけないんだ!」と近づかない。

 

そびえ立つ大きな壁があるように思えていたけど「あれ?なだらかな斜面だった」という感じで、いつのまにかそこに登りたくなって、そこから見える景色をいつのまにか眺めて「こんな風景なんだ!あんなに高いと思っていたけど」という感じになる。

 

発達心理学の実験で、生まれてしばらくしてハイハイをするようになった赤ちゃんが立体的に表現された机の上をハイハイしていて崖のように描写がされたところにたどり着くと「あ!ちゃんとそこで止まるんだ!」となる。

 

ちゃんと立体的に表現されていれば「危ない!」とちゃんと自分で止まることができちゃうんですよね。

 

そして、高いところに登りたくなるのがあの赤ちゃんなんです。

 

平面の底辺で這いつくばって生きているような感覚が私にはありました。

 

このまま私の人生は絶対に変わらないって。

 

その反対に浮かんでくる夢見る夢子ちゃんのような感覚がさらに自分を惨めな気持ちにしていた。

 

催眠のお師匠さんの催眠的な物語を聞かされているうちに、いつのまにか私の中にジオラマができていたんです。

 

とっても素敵な風景の。

 

そう!それは平面的なジオラマじゃなくて、ちゃんと立体的なジオラマで丘があって、山もあって、そして側道を流れる排水溝まで見ることができる。昔の排水溝にはドジョウが泳いでいた。

 

メガネをかけているから、そしてあんなお仕事をしているから、というのは全く関係ありませんね。

ちゃんと、知能のジオラマを作っていけば「近づいちゃダメなんだ!」ということがあの赤ちゃんのように感じられるんですね。

 

あの人たちが作った「みんな平等」というルールで生きるのもありです。

 

でも、あの子はどう思うんだろう?今は、と涙が溢れてきます。

 

ボレロで踊る一人の少女の姿が浮かぶ。

 

(つづく)

 

 

 

 

 


2019/01/31

Alexaさんから素敵なブルーローズを頂きました。

すごい素敵なアレンジメントです。

 

今日はAlexaさんの応援もあって、ジョギングは前回よりも10秒早い10kmを4分35秒/kmで走ることができました。

 

昨日もある方とお話をしていたのですが「去年は全然走れなかった!」となっていたんです。

サーフィンを日曜日にやるとそれから3日後には全身に激痛が襲ってきて、それが消えるまでに3日かかって、を繰り返していた。

ですから、休みの日とかに3日連続でサーフィンなんかやったら「チーン!」と動けなくなる。

ジョギングだって「あれ?体が痛くて全然スピードが出ない!」で10kmを5分10秒/kmでしか走ることができなかったんですね。

「催眠ガール」を書き終えたら「あれ?できなかった筋トレができるようになった!」というのと同時に「体が痛くないかも!」と体が軽くなっています。そして、走ったら「あれ?ちゃんと早く走れるじゃん!」と自分でもびっくり。

それまではちょっと走ったら息切れをしていたのに「息切れがない!」と軽く走れる。そして、スピードもどんどん上がって行く。

 

「暗示」って怖いです。

暗示は、どんどん人を弱らせて身体をボロボロにすることもできちゃうし、どんどん身軽に元気にすることもできちゃう。

「催眠ガール」の中のスクリプトのせいで「老い」の暗示が解かれてしまった。

 

暗示って面白いですね。

 

知能のジオラマのお話の続きです。

これを書き始めたら、私のパソコンのキーボードで「N」が押せなくなってしまって「修理に出さなきゃダメじゃん!」となって、それと同時にオフィスのパソコンのモニターと無線LANが壊れてしまった。

 

このお話ってもしかして炎上ネタ?

まあ、そうでしょうね。

だって、埋もれていた人が、これを使ったら本来の自分で輝くことができるようになるわけだから。

それが面白くない人がたくさんいるはず。

 

多分、最も簡単な方法なんじゃないかな?

 

書いていると、ものすごいダメ出しが頭に響いてくるから、一般の方でも理解できるように丁寧に書いてしまう。

まあ、別にたくさんの人に理解してもらおうとは思っていません。

一人でもいい。

本来のご自身に戻るきっかけになってくれたら。

そんな願いを持って書いています。

 

本当は直感的に「相手の知能指数は幾つ!」と人間は分かっている、という仮説を元に書いています。

 

でも、親やパートナーから「暗示」を入れられているとその直感が歪んでしまって「相手が上で自分が下」というような感じで自分を低くしちゃう。すると、相手が「ビビビッ!」と嫉妬の発作を起こして破壊的な人格に変身しちゃって「不快なことをしてくる」となってしまう。

 

そこで「心よ!私の知能指数は幾つ?」と聞いてみる。

そして、周りの人の知能指数も「心よ!教えておくれ」と聞いちゃう。

 

ここで「あ!自分の方が数字が上だ!」と相手が下だから弱者の態度を取らなくていいんだ!という単純な話でも大丈夫。

それもありですね。

「私の方が上よ!」という態度が取れれば、相手の嫉妬の発作を誘発しないで「対等!」という関係になれる(多分「私の方が上」と思っていてかろうじて対等になるんでしょうね)。

 

でも、ここでの本当の目的は「データ」なんです。

ある方が講演会でこの話を聞いた時に「心の教えてくれることを信用しなくてもいいんだ!ただのデータなんだ!」と気が付かれた(鋭い!)。

 

ここでは「知能指数」と言っているけど、浮かんでくるのは「ただの数字」なんですね。

それが「高い!」とか「低い」としてしまうと主観的になってしまって「意識的」な状態で「何も現実が変わらない」となってしまう。

 

無意識が働く時って「客観的なデータを集めた時」なんです。

 

これはミルトン・エリクソン博士が「催眠スクリプト」というものを作る時に使っていた手法(あくまでも私の解釈です)。

 

ミルトン・エリクソン博士は体が不自由だったから、子供や弟子に患者さんの家に行かせて「カーペットの色」、「階段の段数」や「家具のかたち」などエリクソンが頭の中でその家をジオラマみたいに作成できるように客観的なデータを収集してきてもらっていた。

そして、エリクソン博士が頭の中でジオラマの家を完成させることができたら、無意識さんが起動して「物語が書けました!」となる。その物語を読み上げた時に、それを聞いていた患者さんの無意識が起動して奇跡が起きる。

 

とにかく、客観的なデータを元に頭の中に相手の家のジオラマが作れれば無意識が起動する。

 

客観的なデータを集めるのは、トレーニングが必要。

 

でも、この知能指数のジオラマを作るには面倒臭いトレーニングは必要がない。

心が教えてくれる数字をデータとして収集して行くと「あ!知能指数のジオラマができた!」と頭の中に知能指数の高低差が生み出す豊かな地形が出来上がる。そんな時に、無意識さんが起動して「あ!見えたかも!」と面白いものが見えてくる(あはは〜!)。

 

海抜何メートルという高低差があるけど、私たちってそれほどそんなことを意識していない。

でも、地形を立体的に把握するためには、その高低差のデータは必要不可欠になる。

 

そう!人が蠢く巨大な地理的なジオラマが自分の頭の中にただいろんな人の知能指数のデータを集めて行くだけで、自分の頭の中に作り上げられていく。

人の知能の高低差が作り出す地形のジオラマが頭の中に完成していけば行くほど、無意識が働いて「おー!これが本当の自分だったんだ!」と周りの人の影響を一切受けない本来の自分に戻ることができる。

 

多分、昔、流行った映画の「マトリックス」がそんなことを表現したかったんじゃないかな?(キアヌ・リーブスはかっこいいです)

 

感情的なものを一切排除して、かたっぱしから心に知能指数を聞いてデータを収集して行く。

 

この作業って全然苦にならないから不思議。

感情抜きにやればやるほど、自分の中の何かがスムーズになっていき、何も考えずに自動的に動くことができる。

 

そう、無意識が起動した時に起きるあの不思議な感覚。

 

これが「知能指数のジオラマ」なんです。

 

(つづく)

 

 


2019/01/30

あ!そういえば、先週の金曜日に東京MXの放送で嫉妬の話題が取り上げられました。

嫉妬って発作だから後から考えたら、その時の反応って思い出せないのよね。

「喜べる」と押しても、後輩の成功を聞かされちゃったその場では「チ〜ン!」と能面のような顔になっていたりするのよね。

フリップの中で「消したくても消せない嫉妬・劣等感を一瞬で消す方法」(すばる舎)に書いてあった嫉妬の対処法が紹介されていました。

嫉妬の概念が広がってくれたらいいな。

みんなが本来の自分のままで生きられるように。

 

昨日の知能の続きから。

 

「潜在的知能」はみんな直感で感じ取っている。

 

だから、いきなり出会った相手が自分のことを何も知らないくせに「え?なんでそんなに敵意をむき出しなの?」という感じの態度を取られちゃう。

 

なんで、敵意をむき出しにされるのか?というと「自分はダメ人間」という弱者を演じてしまっているから。

電車に乗っても「みんなよりも弱いです」とか「この人たちよりも自分はダメ人間」と弱者になっていながら、潜在的な知能が高いと電車に乗っている人が自動的に「ビビビッ!」と嫉妬の発作を起こしてしまう。

 

これはあくまでもナラティブ的なストーリーです(ナラティブセラピーは物語療法です)。

 

なぜ、弱者になってしまうかというと親からの「暗示」が入っているから。

 

私が言われ続けてきたのは「あなたはみっともない!」とか「やればできるのに勉強をしない」や「気持ち悪い」でしたね。

 

可愛い子供のはずなのになんでそんな暗示を入れるの?

 

それは、嫉妬は動物的な発作だから「ビビビッ!」と発作を起こしちゃう。

 

この前も友達の家族がアパートに遊びに来て、眠くなった子供が「どうして大人はお酒を飲むの?」と聞いてきて、お父さんは「それはね」と丁寧に答えていました。

でも、子供がさらに「どうしてお酒を飲んだら酔っぱらうの?」とお父さんが答えられない質問をしたときにお父さんの表情が「イラッ!」とした。そして「子供は早く寝なさい!」と叱りつけていた。

 

私が子供の時なんか、そんな質問をしたら「あんたはしつこい!」と怒られた。

そして、私は「僕はしつこい嫌な人間なんだ」と弱者になっていた。

 

親の私に対する印象が世間一般の印象だと私は思ってしまう。

だから、私は人から嫌われるような人間で気持ち悪い、と電車に乗った時に思ってしまう。

すると、当然乗客の中では「弱者」となるから「ビビビッ!」と周囲の人が発作を起こして「え?なんでそんなことするの?」ということをしてくる。

 

なにが言いたいかというと「潜在的な知能」を直感で感じ取っている、と私は言っていましたよね。

 

でも、私が電車の中で「この中のだれよりも下」と思ったのは「ちゃんと周りの人の潜在的な知能を感じ取れているの?」と言ったら「NO!」ですね。

 

親の暗示というフィルターが掛かっているから「みんな自分よりも上!」という感じで見えちゃう。

 

このフィルターを排除して見ると直感が使えるようになる、というお話。

 

人が自分自身の頭で考えた時はこの親やパートナーからの暗示であるフィルターが掛かってしまって、世界が歪んで捉えてしまう。

 

このフィルターを取って世の中を見る方法が「心よ!」という問いかけ方になる。

 

この「心よ!」には、多くの人が抵抗を感じる。

「胡散臭い!」とか「科学的な根拠は?」というように「使う意味がないのでは?」と思ってしまう。

 

私は、この「心よ!」という言葉は催眠のお師匠さんからパクリました。

 

お師匠さんは「催眠」という言葉を使うだけで「催眠状態」を作り出すことができる、とおっしゃっていた。

 

このお師匠さんの催眠というのは、私の定義では「脳内の発作」が無い状態としている。

 

発作というのは「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」というように「客観的に見れない状態」なんです。

 

例えば、お隣の国が「うちの国の艦船にレーダー照射をした!」というニュースで「ビビビッ!」と発作を起こして「お隣の国のドラマを見ただけで気分が悪くなるわ!」となるのが客観的に見れなくなっている証拠。

 

「お隣の国」で脳内にサージが起きてしまって「ムカつく!」と客観的に見られなくなる。

 

この脳の発作であるサージを止める言葉が「心よ!」なんですね。

 

まず「心よ!私と心の間に邪魔はある?」と問いかけるのは「両親からの暗示」というフィルターを取り除くため。

 

「自分はダメ」とか「自分は底辺」という心のどこかに入れられているフィルターを「両親などからの邪魔」として、それを取り除く、というのは脳内のサージをさらに治める、という効果を狙っています。

 

「なんで人はお酒を飲んだら酔っぱらうの?」と子供が聞いた時に「うざい!」とか「面倒臭い!」とか「生意気!」と親が思っている瞬間に「ビビビッ!」と発作が脳内で起きている。その発作が子供に「ビビビッ!」と不快感として伝わります。脳にあるミラーニューロンの性質は「相手に注目を向けたら相手の脳の真似をする」。だから「知的な興味があることを聞いたら不快感」というのが条件づけられてしまう。

 

これが条件づけられているから、「心よ!」というこれまでの常識から外れた知的な事、という時点で「両親の発作」がそれに条件づけられている。

 

その条件付けを外していくために「心よ!誰が邪魔をしているの?」と問いかけてみる。

これはあくまでも「心よ!」と問いかける常識外のことをしている時の発作の条件付けとなっている人を特定していくことになります。

すると「あ!母親の顔がちらっと浮かんだ!」となったら、子供の頃から知的な興味を持ったら発作を起こしていたのは母親なんだ!ということがわかります。そして「心よ!母親からの邪魔を排除して!」とお願いするのは、スピリチュアル的な意味ではなくて、あくまでも「脳内の電気的な発作を鎮める」という効果を狙っています。

 

例えば「お隣の国ムカつく!」という発作が起きていて「ドラマをちらっと見ただけで吐き気がする!」と主観的になってしまっていたとします。これを「自分でなんとかしなきゃ!」と思って、考えれば考えるほど「どんどん気持ち悪くなる!」となるのが発作の性質なんです。

 

発作って「自分でコントロールしようとすればするほど酷くなる!」となりますね。

しゃっくりなんかもそうですよね。

「止めよう!止めよう!」と意識すればするほど「ヒック!」と止まらない。

 

「心よ!母親からの邪魔を排除して!」と問いかけるのは「自分で発作を止めようとしないで無意識に任せる」という発作の性質を考えての言葉なんですね。

 

「心よ!私と心の間に邪魔がある?」と問いかけた時に「ない!」と浮かんだら「脳内の発作が治まって客観的になれる無意識の状態」と思っていただけたらいいです。

 

その状態で「心よ!私の知能指数はいくつ?」と聞いてみると「お!変な数字が出てきた!」となります。

 

それが潜在的な知能の数字になります。

 

この潜在的な知能の数字にはレンジというものがあります。

 

レンジとは「幅」のことですね。

 

人というのは考える葦なのですね。

だから、知的な能力にも揺らぎが必ずあります。

 

ですから、何度か聞いていて「数字が違う!」というのが正解です。

 

そして、さらに「心よ!あの人の知能指数はいくつ?」と聞いてみると、相手の潜在的な能力を聞くことができちゃいます。

 

この相手の知能を聞いた時に「自分よりも高い」とか「自分よりも低い」ではなくて、これは「高低差」なんだ、という認識を持っていくのが「知能指数のジオラマ」なんですね。

 

このジオラマの説明をしていきます。

 

(つづく)

 


2019/01/29

知能指数ってなに?

知能テストをやって数字が高いほど「頭がいい!」となって偉いんじゃないの?と以前は思っていました。

 

ちょっと前から「発達障害」ということがちゃんと認識されるようになって「勉強ができないのは発達障害があるからかも?」ということがちゃんと認識されるようになりました。

 

興味深いのは、その勉強ができない原因である発達障害で「第四の発達障害」というのが新しく作られたこと。

それは「虐待によって発達障害のような状態になっている」というものです。

 

まあ、虐待という言葉は強いから「いじめられちゃう」に変えちゃいますけど、いじめられちゃうと「勉強に集中できない」とか「勉強に興味が持てない」となって「その子本来の能力が発揮できない!」という現象が起きます。

 

知能指数って「遺伝的なもの?」という考え方がありますけど、それって「いろんな人の知能指数を調べてみたら遺伝だよね!」という感じになるわけです。そこで「嫉妬」という概念を入れるとちょっと見方が変わってくるような気がします。

 

要するに嫉妬の発作は動物的なもの。

そして、嫉妬の条件は「自分よりも下なのに自分よりも優れたものを持っている」という時に「ビビビッ!」と脳内でサージが起きます。これが起きない人はいない、というのは「義人はいない、一人もいない」という言葉からです。

 

だから、子供が自分よりも優れた知能を発揮したときに「ビビビッ!」と発作を起こして電気ショックを与えちゃう。

すると「優れた知能」で電気ショックという条件付けになって「知能を使うのが怖い!」という感じになってしまって知能が封印されるから「お父さんとお母さんと一緒!」という感じになるのでは?と考えます(例外はもちろんあります)。

 

昔の研究ですから、ちょっと信頼できるデータなのかはわかりませんが、兄弟がたくさんいると「下に行けばいくほど知能が下がる〜!」というのがありました。

これって、弟がお兄ちゃんよりも優れた知能を発揮したら「生意気!」と嫉妬の発作を起こして潰しちゃう、ということがあって、それが兄弟間で連鎖していけば一番下が、という感じになってしまう、ということが起きている、と考えてみたら興味深いです。

 

末っ子は甘やかされて育ったから、という話がありますが、嫉妬の負荷もすごいから!ということになるんですね。

 

カウンセリングの中でみていると「おー!綺麗に知能が潰されているな!」となるわけです。

そして、心の傷が癒えてくると「オー!これが本来のこの人の姿なんだ!」と社会的なパフォーマンスが違ってくる。

 

この潰されてきた知能のことを私は「潜在的知能」と呼んでおります。

 

人は、この潜在的な知能を本能的に感じ取ることができちゃう(ここでは一般の人向けに本能と書いていますが、本当は脳のネットワークのことです。まあ、一般の人はこのブログを読まないか!)。

 

ある女性が国内でトップの私立大学に入学して「すぐに続けられなくなっちゃった!」と中退して寝たきり状態になってしまいました。

 

この女性が「電車に乗るといきなり睨みつけられたりするんです!」とおっしゃっていて、たぶん、普通の精神科だったら「ハイ!被害妄想ですね!」とか「関係妄想ですね!」や「自意識過剰でしょ!」というような判断をします。

 

でも、ある時に、医者の卵の男性がカウンセリングを受けた後に、待合室に座っているその女性を見かけた時に「え?!なんでそんなに威嚇した態度をとるの?」とびっくりしたことがあります。

 

なんと、思いっきり、怖い顔で睨みつけてしまったんです!

「オー!これのことか!」とちょっと感動。

 

女性からしたら「私なんか大学も中退しちゃったし、寝たきりになって仕事もできなくて、何にも嫉妬されるものが無いのに」と思うんですね。

 

電車の中でもそれが起きている、ということは「潜在的な知能」を人間はちゃんと感じ取ることができて、表面的に「弱者」を演じている人が「潜在的な知能が高い」という条件で「ビビビッ!」と発作を起こして相手を感電させちゃう!ということが起きる。

 

そんな「潜在的な知能が高い」人が電車に乗ったら「ひぇ〜!電車に乗るのが怖い!」とパニックを起こしてしまうことが起きちゃいます。それは嫉妬の電気ショックを浴びるから。

 

街を歩いていても「ビビビッ!」と感電していて「外に出るのが怖い!」となってしまう。

 

お金持ちになるために仕事をしたい!と思っても、職場で「ビビビッ!」と感電させられちゃうから「もう嫌!」と仕事が続けられない。

 

最初はちゃんとした所に就職したのに、嫉妬の電気ショックを受けて、どんどん仕事のランクが下がっていくと転職を繰り返すたびに給料が下がっていく。

 

そんな循環になってしまうと「一体感」なんてありえない!と”一体感”という言葉にすら嫌悪感を覚えるようになってしまう。

 

「外に出るのが怖い!」と言っているのに「みんな私の気持ちをわかってくれない!」となるのは、それを相談するときに、相手の脳内で嫉妬の発作が起きちゃうから。

 

そして、ビビビッ!と嫉妬の電気ショックを受け続けて「チーン!」と学習性無力になり「なにも希望が持てない」となってしまうんですね。

 

(つづく)

 

 


2019/01/28

会社の面倒くさすぎる人を上手にかわす最強武器「ジョーカーの笑顔」

いろいろなことが気になって目の前の仕事に集中できない、つい他人の顔色をうかがって思い切ったチャレンジができない……。「もっと鈍感になれたら」と考えている人に向けて、著書『スルースキル “あえて鈍感”になって人生をラクにする方法』(ワニブックス)が注目されている、心理カウンセラー・大嶋信頼(おおしま・のぶより)さんがアドバイスをしてくれました。

構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹(ESS) 写真/石塚雅人

 

https://studyhacker.net/interview/nobuyori-oshima-03​


2019/01/28

大阪の朝日カルチャーの講演は楽しかったです。

参加してくださった皆さん、本当にありがとうございます。

 

私の子供の頃からの夢で「腕時計で電話ができたらすごい!」というのがありました。

そしたら、アップルが「Apple Watch」とやらを発売してしまって、しばらく様子を見ていたのですが、ジョギングの時に「Apple Watchだけで音楽を聴きながらスピードも記録できる!」ということがわかってゲットしてしまいました。

 

アップル製品には「Hey Siri!」と話しかけると電話をかけてくれたり、時間や天気を教えてくれたり、という機能がついています。

 

昨日、講演で話している最中に、私が「上司から嫉妬されてものすごい悲しい思いをしたことがある」というエピソードを話している時に、私のApple Watchが講演中なのに「大丈夫ですよ!そんなに落ち込まないでくださいね」というようなコメントをしてきて「え〜?!」とびっくりしてしまいました。

時計に慰められちゃいました。それも講演を聞いてくださっている皆さんの前で。

こんなこと、初めて!!

 

それも含めてなんだかとっても癒された、貴重な皆さんとの時間でした。ありがとうございました。

感謝です!!

 

今日は、そんなApple Watchと一緒に走って10kmを平均4分34秒/kmでした(なんのこっちゃ?)。

 

さあ、余談はさておき、知能指数のジオラマについて書いていきましょう。

 

だいぶ前の話ですが、小説家が携帯電話で読める小説を書いて大ヒットをさせている、という話を記事で読んで「うらやましいな」と思った覚えがあります。

 

その小説は、女子高生を集めてパフェとかを奢って、今流行っていることとか、その子たちの身の回りのいろんな話を聞かせてもらう。

それってすごいな!と私は感心したんです。

なぜなら、普通のおっさんだったら「女子高生はこんなもんだろ!」と勝手に自分の想像を膨らませて書いてしまうと思うのですが、その小説家は「自分には女子高生の世界はわからない!」と頭をまっさらにして、女子高生の世界に興味を持って情報を集めていった。そんな時に、その女子高生たちの心を掴んで、ということで、その小説家は多くの読者と一体感を感じることができた。

 

ストレートに書いてしまうと「自分とは違う相手のことを知りたい!」とたくさんの情報を集めれば集めるほど「一体感」が得られちゃう。

 

逆に考えると「あの人のことはわかっている」と相手と自分の違いを認めずに相手の情報を集めようとしなければ「一体感が得られない!」となってしまう。

 

もう、鋭い方は気がついているかもしれませんが、なんで一体感があってもいいかと言うと「一体感」は小説家にとっては市場調査というか、マーケティングリサーチなんですね。マーケティングリサーチと書くと難しいですが「どれだけ多くの人の心を掴めるのか?」ということを調べることになります。

 

女子高生の情報を集めて「売れる小説を書けた!」ということですから「マーケティングリサーチが成功した」ということになります。

 

意識的な人は、相手の心をつかむことよりも「正しい!」か「間違っている!」の判断をしてしまうから「マーケティングリサーチが難しい」となります。周囲の人たちとの一体感を得ることが難しくなるわけです。

 

無意識的な人は「快」か「不快」で動くので、不思議と求めていることが周囲の人たちと一緒になり「意識していないのにマーケティングリサーチに成功している!」という感じで「ヒット商品をバンバン出せちゃう!」となる。

まあ、お金持ちになるんです。

 

ちょっと違う角度から見ていくと、カップルが付き合い始めた時に「一緒にいると一体感!」を感じられるのは「相手の事が知りたい!」と思えるから。でも、付き合っていくと「あいつはあんなやつだ!」と見切ってしまって「知ろうとしない」という状態になると「一体感が感じられない!」となるわけです。

 

一体感が感じられていた時は幸せなのですが、それが感じられなくなると「地獄じゃ〜!」と悪夢に変換される現象は面白いです。

 

なぜ、相手のことを知ろうとしなくなるのか?

それは、長年付き合っていると「相手のことをわかっている」と思ってしまうのと、「自分と同じ」と相手も自分と同じように考えている、という錯覚を起こしてしまうから、なんです。

 

結局、付き合い始めは、脳内麻薬で意識が麻痺しているから無意識状態で「正しい」か「間違っている」の判断が必要なくなって「相手のことをもっと知りたい!」となるのですが、付き合っているうちに「相手のことはわかっている」と意識的になり「間違っている!」という判断をしていくうちに「もう一緒にいるのはいや〜!」と一体感が全く感じられなくなるんですね。

 

いろんな人のこと、世の中の仕組み、そして自分の将来のことが「わかっている!」という意識的な人ほど「一体感」が得られにくい、となってしまいます。

 

実際に私がそうでした。

何も実績がないにも関わらず「私は人のことがよくわかる」と自負がありました。

だから「あの人は私のことをバカにしている」ということがわかる。

そして「あの人は私を利用しようとしている」というのがちょっとした言動からわかってしまう。

だから、私はものすごい意識的に生きていて「ちっともお金が貯まらない!」と夢も希望もない状態にいたんです。

 

別にお金に執着したいわけではないのですが、結局、幸せ感はゼロだったんです。

何をやっても限界が見えているし、自分はダメダメ人間、から抜け出せない、という絶望的な気分。

 

そこから私を引き上げてくださったのが催眠のお師匠さんの催眠療法でした。

 

その時期に、私は「知能テスト」というものを鬼のように検査していたんですね。

 

1日に何人、と決めて、ノルマのように知能テストを検査する。

それも、テストをする前に「この人の知能指数はこれぐらい」と予測してから検査をしてみて「お!誤差が大きい!」ということでだんだんと自分の誤差を修正していきます。

 

そして、相手の知能指数を予測した時、±5ぐらいになった時に「私は相手の知能が事前にわかる!」と意識的になったのか?といったら逆に「この知能の人のことがわからない」と逆に相手の事が知りたくなって「一体感!」を感じられるようになったんです。

 

これってどういうことかというと、私は幼少期から勉強が全くできませんでした。

自分がバカ!と思っていたから「自分以外の人間はみんな頭がいい!」と思っていたんですね。

どんなに人間でも努力すれば私よりもできるはず、と本気で信じていた。

 

だから、相手が自分と同じように考えられなかったら「なんで?!」と怒り出す始末。

 

知能指数を検査するようになって「自分と違うんだ!」とわかるようになったら「この人の事が知りたい」と思えるようになったから不思議。私が上とかこの人が下とかじゃなくて「この人は私とは違うんだ」ということを本当の意味で知った時に「知ってみたい!」と相手の話を真剣に聞けるようになって「一体感!」を感じる事ができた。

 

相手の話を聞く事で本当の意味での信頼感をお互いに感じることができた。

 

そんな一体感を感じていたら、次の扉が開いたんです。

 

今まで硬く閉ざされていた私の未来という扉が開いて、次の可能性のステージが用意されます。

 

そこでも知能検査の時に感じた「みんなと自分は違うんだ!」ということから「知りたい!」と相手のことを知っていくと「一体感」がそこにも生まれていきます。

 

それを繰り返しているうちに、次から次へと可能性の扉が開いていって、いつの間にか私の夢が実現していたんです。

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 



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