2018/11/27

FAPの参加者からお花をいただきました。

とっても美しいです。

ありがとうございます。

 

昔、映画で「カラテキッド」というのがあって「おー!面白い!」と感動したものだった。

ナヨナヨの少年が空手をやっているマッチョ集団にいじめられて「悔しい!」となる。

そこで変な日本人のおじさんに出会って「空手を教えてください!」とお願いしちゃう。

変なおじさんは「カラテが上手くなりたいんだったら、車を磨きなさい!」と少年に伝える。

「ワックスオン!ワックスオフ!」っていいながら雑巾を持って右手、左手を回して、ワックスを塗り、それを拭き取る作業をやらされる。

少年は「カラテが強くなりたいのに、こんなことをやってもちっとも強くなれないじゃないか!」と痺れを切らして変なおじさんに文句を言う。

すると、変なおっさんが「パーンチ!」と少年に攻撃をしかけた時に「ワックスオン!」と少年はワックスをかける動きで、おじさんのパンチを凌ぐ。今度は変なおっさんが「キック!」としてきた時に「ワックスオフ!」の手の動作で、おじさんのキックを的確に防御しちゃう。

 

「おー!」あんな風に変なおじさんに教えてもらって強くなれたらいいな!と当時は憧れたものでした。

でも、私だったら、あんなことを続けられないだろうな、と思っていた。

 

大人になって、私は変なおじさんに出会った。

 

おじさんは「呼吸合わせ!」とか「イエスセット」と訳のわからないことを言う。

 

私は催眠療法を習いたいのに「こんなことをやったって催眠なんか使えないよ〜!」と文句を垂れていた(真面目にカラテキッドに出てくる生意気な少年のような態度でした「恥ずかしい!」)。

 

いつしか、わたしが変なおっさんになっていて「『イエスセット』がね、「催眠なんですね!」と変なことを書いているから笑えてくる。

 

催眠ってどこにでもある。

日常生活の中でもどこにでもあって、それを意識して使っていないだけ、と変なおじさんが教えてくれた。

 

「催眠」を意識した時に私の生活が変わった。

 

それまでできなかったことができるようになり、わからなかったことが自然と見えてくるようになっていた。

 

「誰に対しても催眠を掛けることができる」という言葉は心強いものでした。

 

ある時、変なおじさんのところに「私は催眠に決してかかりません!」と言う方がいらっしゃった。

 

私は変なおじさんがどのようにその人に対して対応するのかにものすごく興味があった。

 

変なおじさんは、その方に「催眠に決してかからないんですね!」と言うと「そうなんです!有名な先生のところに行ってもちっとも催眠状態に入ることができなかったんです!」とおっしゃった。

 

すると変なおじさんは「有名な先生でもあなたを催眠状態に入れることができなかったんですね!」とその方に伝えた。

 

その方は「そうなんです!その先生は一生懸命にやってくださったんですけど、催眠状態に入れなかったんです!」と変なおじさんに言った。

 

そして、変なおじさんは「催眠状態に入れなかった、と言うことは、催眠状態のことをなんとなく知っていらっしゃるんですね!」と伝えると、その方は「はい!なんとなく知っています!ぼーっとしたような感じで頭が働かなくなって、気持ちがいい感じですよね」と言う。

 

変なおじさんは「それに近い感覚って、普段の生活の中でありますよね」とその方に伝えると「はい!眠くなった時とか、暖かい陽射しでまどろんでいる時など」とおっしゃった。

 

そこから先の私の記憶が消えているということは、いつの間にか変なおじさんの催眠にかかってしまって「あ!寝ちゃった!」となっていたから。

 

多分、あの方は「私は催眠にかかっていません!話が退屈で寝ちゃっただけですから!」っておっしゃるんだろうな〜!

 

意識が働かなくなると、変なおっさんの前でも安心して眠れちゃう。

 

専門家たちは「そんなの催眠じゃない!」とおっしゃる。

 

そう!ただ「ワックスオン!ワックスオフ!」をしているだけ。

 

そして、車はピカピカに磨かれていき、その輝きに人々は魅了されていく。

 

催眠という美しさに。

 

(つづく)

 

 


2018/11/26

普通の人と話をしていて「最近、テレビを見ていて、マツコデラックスも有吉も飽きた!」と言われてショックを受けます。

 

「え?なんで?私は好きなのに!」

 

理由を聞いてみると「最近、視聴者に媚びを売るようになったから」という話(へ〜!)。

 

確かに、よくよく見ていると昔あった「毒舌」というものが影を潜めてしまったような気がする。

 

有吉さんは、アルコール依存症のクリニックで働いている時に職場の先輩が大好きだったので、私もその話題についていくために見ていた覚えがある。

 

「いやー!尖っているな〜!若いな〜!」と思いながら応援していた。

 

でも、ある時から「あれ?テレビで見なくなった!」となってしまう。

 

そして、最近になって有吉さんは「毒舌キャラ」で見事に復活を遂げて「テレビで見ない日はないじゃん!」という感じになった(すげ〜!)。

 

多分、一般的な見方だと「売れっ子になっていい気になってしまったから仕事を干されてしまった」という事になる。

「おごるもの久からず」とは「傲慢になってしまうと長続きしませんよ〜!」ということ。だから謙虚に生きなければあなた!大変なことになりまっせ!という感じ。

 

でも、不思議なのは「毒舌キャラで復活した」という現実。

謙虚とは、真逆のような気がする。

さらに、毒舌じゃなくなったら「視聴者に媚びを売っているような感じだから飽きた!」という一般の人の反応が面白い。

 

これってやっぱり「嫉妬の発作」というものが関係している。

 

嫉妬の発作って「自分よりも立場が低い人間が自分よりも優れたものを持っている」という条件で「ビビビッ!」という発作を起こして「破壊的な人格になる!」というもの。

 

だから「視聴者に媚びを売っている」というのが「自分よりも下」という条件になって「テレビで高いギャラをもらっている」ということで「ビビビッ!」と発作を起こして「あいつは面白くない!」となるんですね。最近では、嫉妬の発作を起こした人は「インターネットで書き込みをしたれ!」となる。

 

「どうしてあんな酷いことが書けるかね!」という内容を書けちゃうのは「発作を起こして破壊的な人格に変身しているから!」というのが条件。書いている本人は「自分は正しいことをやっている!」という“確信”がある。「相手はものすごいお金をもらっているんだからこれぐらいやっても罪はない!」というルサンチマンの感覚は嫉妬の発作から(ルサンチマンは弱者が強者に対して、憤りや非難の感情を持つことです)。

 

嫉妬の発作を起こしている人って「優越の錯覚」があるから「自分は平均よりも優れている!」という感覚がちゃんとある。

だから「私はあいつよりも優れているのに、あいつの方がギャラが高い!」と嫉妬の条件が揃っちゃう。

 

これらのことを考えてみると、インターネットで酷い書き込みをしたりする人って能力がないのに「自分には能力があるはず」と勘違いしている人で「弱者!」という話になるんですね。

単純に言ってしまうと「相手のすごさを理解する知的な能力が欠けている」から自分の方がすごいと思えちゃうアホ。

 

でも、私はその考え方は間違っている、という感じているんですね。

もしかして、批判、否定にまみれている人って、本当は素晴らしい能力を持っているのに、それを活かすことができない怒りを抱えて生きているから破壊的な人格に変身しちゃうのでは?

 

自分の優れた能力を見出してくれる優れた人が自分の周りにいなかったから。誰も私にチャンスを与えてくれなかったから、などの「不遇の人」がたくさんいて、その人たちが「なんで自分にはチャンスがないんだ!」と怒っている。

 

その人たちも周囲の「嫉妬の発作」で能力を潰されてきてしまった人だから「自分も他人のチャンスを叩き潰したってバチは当たらないだろ!」という論理になる。

 

ある意味で「破壊的な人格」に変身して「こいつは間違っている!」と勇気を持ってインターネットに書き込む、という行為こそが「高潔」なんですね。そして、それを見た人たちは「相手が高潔であればあるほど嫉妬の発作を起こしてしまう!」という感じで「ビビビッ!」と嫉妬の電流が脳内に流されてくるから「自暴自棄になる〜!」という現象が。

 

「自分なんか今更どうにもならないや!」という捨て鉢な感覚って、脳のネットワークで「ビビビッ!」と感電させられて学習性無力の状態なんですよ!(学習性無力は、ケージの中に入れられて電気ショックを与え続けられた犬が、ケージを外してもそこから出られなくなる、という状態です)。

 

一度弱者になると、嫉妬の電流が周囲から流され続けてきちゃうから「不遇の人」は変わらない!という感覚になる。

脳がネットワークで嫉妬の電流を浴び続けているので帯電状態で「何をやってもうまくいかない!」となる。不幸の連続になってしまう。だから、怒りがどんどん湧いてくる。

 

この嫉妬の悪循環を変えたいんですよね。

 

うー!書きたい。でも、12月のネタが〜!あ〜!ジレンマじゃ〜!(12月のネタって朝日カルチャーの講演の話です)。

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2018/11/24

私が「イエスセット」を催眠のお師匠さんから習って「おー!これは便利だな!」と思ったのは「人との会話が楽になったから」なんですね。

 

私は、子供の頃から「人の気持ちを考えちゃう」という癖がありました。

しょっちゅう親から怒鳴られ、怒られていたのが理由なのか?

 

いつも家では「あ!母親の機嫌が悪い!」とか「父親がイライラしている!」と察知して「なんとかしなきゃ!」と学校の話を無理やりして場を和ませようとしたりしていました。もちろん学校ではいじめられていて、勉強が全くできなかったので、両親の前で話せるような話題がない。だから、無理やり絞り出すように話を盛って「笑顔になってもらおう!」としていたんですね。

 

そんな話をすると、たいてい両親は「何をくだらないことを言っているんだ!」と怒り出し「勉強はどうなっているんだ!」と怒られひっぱたかれて「ビエ〜ん!」と泣かされます。泣いていると「なんで泣くんだ!」と再びビンタを食らって、怖いから泣き止もうとするんだけど、止まらなくてビンタの連続、を食らっていたんですね。

 

これが週に何度もあったな〜!懐かしいな〜!(って懐かしいわけないでしょ!)

 

悪夢の毎日でしたね。

 

だから、人と一緒にいると、ちょっとでも相手が不機嫌だったり調子が悪かったりすると「なんとかしてあげなきゃ!」と自動的に相手の気持ちを考えちゃって、相手が喜ぶようなことを言ってしまう。

それで相手が喜ぶかと言ったら「NO!」で相手はどんどん調子に乗って「私が弱者の立場になってしまう!」という悪循環。

それがわかっているのにそれをやめられない。

 

「相手の気持ちを考えるのをやめよう!」と固く決心して挑むのですが、どうしても相手の表情を見て「なんとかしなきゃ!」と自動的にオロオロしちゃうんです。

 

「イエスセット」を連取していたら「あれ?相手の気持ちを考えなくなった!」というのは私にとって画期的。

 

相手が「イエス」ということだけを考えていればいいから「オロオロすることがなくなった!」ということで「弱者!」にならなくて済むようになった。

 

相手の気持ちを考えちゃって「弱者!」になってしまった時の、身体的、精神的な負担がすごかった!

 

みんなは「人に気を使っているから疲れてしまう」と思っていうのですが、私は「う〜ん?それだと計算が合わない!」と思っているんです。

 

いや、本当に人と接触してしまうと「はー!はー!ぜー!ぜー!」という感じで体力が消耗しちゃう。

私の場合、人と接触することを考えただけで「どんどん精神的にも肉体的にも疲れてしまう」となっていたんですね。

 

だから、これって「脳のネットワークが関係している」と考えたんです。

 

脳のネットワークを通じて、私が「弱者!」になった時に「ビビビッ!」と電流が流されてきて「感電しちゃった!」となる。

 

一般の人は「そんなことあるわけないじゃない!」と否定されます。

それは「ビビビッ!」の電気ショックを受けていないから。

 

ミラーニューロンの本では「2・6・2」のことを説明していて「人のストレスを請け負う係になってしまうからみんなのストレスが流されてくる!」と書いていました。

 

最近では、その正体がだんだんはっきりしてきて「嫉妬」が「ビビビッ!」の正体だった、ということが見えてきました。

 

だから「相手に気を使う!」という時点で「弱者!」となるから、相手は嫉妬の発作を起こして「ビビビッ!」と脳内でサージが発生して、それが脳のネットワークで「ビビビッ!」と流されてくるから「感電しちゃった!」という感じで疲弊しちゃう。

 

不快感でいっぱいになってしまう。

 

「イエスセット」の場合は「弱者じゃない!」という立場を自動的にとることができちゃう。

 

「相手に嫌われないように気を使う」とか「相手を不機嫌にしないように気を使う」は「弱者」になるから「ビビビッ!」を起こさせちゃう。

 

「催眠をかけるためにイエスセットを使う」という立場であれば「弱者じゃない!」から「ビビビッ!」と電流がこないから「自由に会話ができる」という、私がそれまで体験したことがなかった未知なる世界でしたね。

 

精神的な負荷がない!そして肉体的にも楽!

 

「催眠をかける」という立場でいれば「2・6・2」の下の2ではなくなるんですね。

 

自由に動くことができちゃう。

 

だから、嫉妬の世界から自由になるコツって「催眠」なんじゃないかな?と思ってこの流れになっているんですね。

 

そして、催眠で無意識さんの世界で「一体感」もついでに得られちゃう。

 

(つづく)

 


2018/11/22

「イエスセット」なんか考えるのが面倒くさ〜い!と思いますでしょ。

 

「いちいちそんなこと考えていたら会話ができないじゃない!」となりますよね。

 

「もっと簡単に催眠で一体感が得られたり、人生が楽しめるようになりた〜い!」と考えますよね。

 

私も「ローマ、1日にしてならず」という言葉が嫌いなんですね。

 

「コツコツ苦労を積み重ねなければ、あなたの欲しいものは手に入りませんよ!」というのは嫌!もっと簡単に手に入れたい!となるんですね。

 

だから私は「イエスセット」を練習しなきゃ無意識さんの力は使えるようになりませんよ!なんて絶対に書きません。

 

「自分の感覚がわからなくて人生を楽しめない!」とか「楽しいって感覚なんかちっとも感じられない!」となっている方たちへの「イエスセット」は布石なんです。

 

「あの人たちは楽しんでいてるのに、自分はちっとも楽しくない!」というのは、精神科のお医者さんが診ると「うつですね〜!」となったり「ストレスが溜まっていますね!」となります。

 

教科書では「ストレスの許容用を超えてしまうとうつや他の精神症状として表現されるようになる」というようなことが書いてありました。

 

ちょっと前だと「ストレスを受けた時に分泌されるホルモンの受け口がストレスで増えすぎちゃって、気分を安定させるホルモンがちゃんと使えなくなっちゃうからうつや不安になっちゃうんだ!」という仮説が立っていました(ものすごく簡単に書いています)。

 

最近では「遺伝子のスイッチがストレスで切り替わって、うつや不安になって自分の喜び楽しみが感じられなくなる!」というのがあったりします。

 

全部、これまでの本に書いてきたことですが、ラットの実験で「0−1歳の間に親から引き離されちゃうと、緊張のスイッチが壊れちゃって仲間に入れなくなっちゃう!」というのがありました。親から抱きしめられないとそのような状態になってしまって、脳は元に戻らない、と研究者が語っていました。

 

つい最近では「孤独」を感じる脳の部位が発見されて「孤立」を体験したラットは、群れに戻しても脳の孤独の部位である「背側縫線核」の神経活動が活発なままになってしまって、他のマウスよりもはるかに社交的になった、というのがあります。要するに「親から相手にされない」とか「仲間外れ」にされた体験とかがあると「人に気を使うのがやめられない!」となって人のことばっかり考えちゃって自分の感覚が感じられない、という状態に。

 

みなさんと一緒にこれまで自由を求めて探求してきて「嫉妬」というところにたどり着きました。

 

これまで「ストレスって何よ?」と教科書の中に書いてある知識ではモヤモヤしていたのですが、不快と感じるストレスの元には嫉妬というものがあるのかも!という仮説を立てたら「スッキリ!」。

 

ストレスの元になっている嫉妬のない世界をどうやったら作ることができるの?と考えてみたら「催眠じゃ〜!」とまた無意識さんの世界に戻ってきたわけです。

 

催眠のお師匠さんは、昔の風景を模型で再現する「ジオラマ」を作るのが好きだったみたいです。

 

嫉妬のない世界のジオラマを現在作っていて、そのジオラマの中の風景の一部として「イエスセット」を今、布石としておいています。

 

その「布石」の意味がもしかしたら、後にわかってくるかもしれません。

でも、意識的には理解できなくても、無意識さんにはちゃんと届いて「なるほどね!」と知らず知らずのうちに内面から変えてくれる、スクリプト的な役割もイエスセットは果たしてくれるんです。

 

昨日、私がアパートから出たら、隣のおばちゃんもちょうどお出かけの時間で「こんにちは!」となりました。

 

おばちゃんと一緒に階段を降りていて「肌寒くなりましたね!」と1個目の「イエス!」を入れたんですね。

 

そしたらおばちゃんが「でも、やっと涼しくなってよかったよ!だってずっと私の家は暑かったから!」と言われて、私は「え?」と次のイエスセットが入れられなくなってしまいました。

 

私は思わず「最近、私ん家は寒かったけど、おばちゃんのところは暑かったの?」と聞いたら「うん!だって扇風機を今日やっとしまえたぐらいだから!」と言われて「え〜!」と私は固まってしまいます。

 

でも、私は「あ!まあ確かに窓の近くに座って日が照った時は暑いわ!」とおばちゃんに返して「そうでしょ!」とやっと2回目のイエスで「しまった!」となるんですね。

 

おばちゃんと階段を降りるちょっとした時間で3回のイエスセットを入れるはずが、途中で止まって結果2回(それもグダグダ。このおばちゃんは手強い)。

 

「あ〜!まだ自分を捨ててないな〜!」とちょっと悔しくなります。

 

おばちゃんから言われたあの時に「本当に暑かったよね!」と言えていたら「イエス」だったのに自分の「寒かった」という感覚を優先してしまった。

 

こうして「イエスセット」をやってみて、このようにエラーを起こすことで自分の中に気づきが生まれます。

 

あ!自分と人との違いを探しちゃっている!ってね。

 

それが「個人」というものを生み出す意識なんですね。

 

この意識を超えることができれば、いつでも無意識さんの力を使うことができちゃう。

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 


2018/11/21

朝日カルチャーセンター12/9講演 <残席わずか>

朝日カルチャーセンター新宿教室主催で1日限りの講演

日時:2018/12/9(日)14:00〜15:45

会場:コングレスクエア日本橋 コンベンションホールA・B(13時30分開場予定)

 

 お金持ちになる仕組み 〜「無意識」の力で豊かに生きる方法

 

「どうやったらお金持ちになれるのだろう?」と真面目に考えてみたら「落ち着きのなさ」や「余計なことを考え過ぎちゃう」とか「すぐに決めつけちゃう」などの改善したい特徴が見えてきた。
親も同じような特徴があるので遺伝的な要素も考えられるが「お金持ち」の方向に進むときに足を引っ張られる周囲からの嫉妬の影響も無視することはできない。そんなお金持ちになるのを妨げている仕組みを「一つの物語」として耳を傾けてみると、いつの間にか本当に求めていた自分の姿に出会えるのかもしれない。
カウンセラーが注目している無意識を使ったお金持ちになる仕組みと使い方を紹介していきたい。(大嶋信頼)

 

※詳しくは、朝日カルチャー新宿教室

 

質問コーナーや抽選でサイン会もあります!

今回はかなり大きなホールで行います。質問申込みは11/30だそうですので、

ご希望の方はお早目にお申込みください。(事務方より)


2018/11/21

「一体感」は本当は常にそこにあるもの。

 

でも、意識がそれを感じられなくしています。

 

え〜?そこにいる旦那と一体感なんかあり得ないんですけど〜!

 

ちょっとキモイんだけど〜!

 

かっこいいイケメンだったら「一体感!テンション上がる↑」でいいかもしれないけど「そこにいるおっさんはちょっと〜!」と思うのは当然のことなのかもしれませんね。

 

でも「イエスセット」の練習だから考えなきゃ!と勇気を振り絞って考えようとするんですけど「いや!絶対無理!」となるから面白い。

 

「なんで?」

 

そりゃ、積年の恨みというものがあるんですよね。

 

これまで、私がいろんな意味で犠牲になってきても、あの人は助けてくれなかったし、労いの言葉をかけてくれたこともなかった。

 

それとか「イエスセット」で相手が勘違いして、近づいてこられたら気持ち悪い、なんていうのもあります。

 

「イエスセット」を使って相手が調子に乗って態度がでかくなったら面倒臭い!ということも頭の中では考えているんですね。

 

これらがみんな「意識」で一体感を阻むもの。

 

「なんで?」

 

「意識」は「個性」とか「個人」などで「人とは違うんだ!」というものを作っている。

 

もちろん、これはこれで必要なんですね。

 

長年連れ添ったパートナーであれば、もし「一体感」を感じ続けていたら「個性がなくなっちゃう!」という危険性があるから「どんどん恨みつらみが増していく!」という感じで意識の層が厚くなり「この人と一体感なんてきも〜い〜!」となるのが自然。

 

でも、あえてここで「イエスセット」を実験するのは、この厚い意識の層の下に、本当に「一体感」がある無意識の層が隠れているのか?を確かめるため。

 

例えばパートナーがテレビを見ているとします。

 

そこで「あなたはテレビを見るのが好きだよね」と相手に声をかけるところをシミュレーションします。

すると「あれ?なんか違う!」と思うのは「正解!」なんですね。

 

それは「好き or 嫌い」は相手の感覚だから、本当はわからないんですね。

 

「私はこの人がテレビが好きだということをわかっている」という意識が働いちゃっているから、相手を逆に意識的にしちゃって「俺は好きでテレビを見ているわけじゃない!」という可愛くない答えが返ってきちゃうんです。

 

できるだけ「ドライ」で客観的なものがいい、と無意識では感じているので「これはなんか違う!」とシミュレーションの段階で感じることができるんですね。

 

だから「あなたはボーッとしているよね」とか「あなたはいつも無駄に時間を過ごしているよね」とかの主観的な判断をする部分はシミュレーションをした時に「違う!」となるから面白い。

 

「あなたはテレビを見ているよね」で「イエス」になります。この時、相手がいちいち「はい」と言わなくても、体でちょっとでも反応をしたらOKです。

 

「時々、外から車の音が聞こえてくるよね」で「イエス」になりますね。これはテレビの音が聞こえている、でもいいです。

 

そしてさらに「肘ではテーブルの感覚を確かめることができるよね」というと「うん?なんだ?」とそれまでだらだらテレビを見ていてちっともこっちを注目しようとしなかった旦那がこっちを向いたりします。

 

そんな時に「おー!」と一体感の恐れを感じたりするんですね。

それまで一体感がそこにあるのに意識で隔たれていたから。

 

ここで、もう一つの催眠的な要素は、鋭い方だったら気がついていると思います。

 

「見て!聞いて!そして感じて!」の順番になっているんですね。

 

この順番が違っていても構いません。

 

でも、3つが順番になっていると「催眠に入りやすい!」という感じになります。

 

「テレビを見ているよね」

 

「女優さんの顔が見えているよね」

 

「女優さんの髪の毛が動いているのが見えるよね」のように全部「見て!」でも構わないのですが「見て!聞いて!そして感じて!」をするとそれをしている自分も意識から解放されて、相手も同じようになります。

 

近所のおばちゃんと会った時は、

 

「今日はいい天気ですね!」

 

「ちょっと肌寒く感じられますね!」

 

「おばちゃんいい声しているよね!」(これは取ってつけたような感じですけど確実に入ります)

 

という感じになりますね。

 

子供だったら

 

「ゲームの画面が見えているよね!」

 

「コマンドボタンを指で押しているよね!」

 

「ゲームの音っていいよね!」

 

といってあげると、それまでゲームの画面から目をそらさなかった子がちらっとこっちを向いたりするんですね。

 

そこにある一体感を感じ取って。

 

そこでさらに「イエスセット」を続けていくと一体感の水脈に当たります。

 

(つづく)

 

いつも応援してくださっていてありがとうございます。

 

みなさんのおかげでどんどん面白くなっていきます。

 

 

 

 


2018/11/20

イエスセットは催眠療法のテクニック。

 

イエスセットを使って無意識さんの状態を作って「一体感」を得る。

 

そんなことを書くと「こやつは悪者じゃ〜!」と言われてしまうかもしれませんね。

 

でも、相手を操作するわけじゃないんですよ、本当は。

 

「無意識」の状態こそ、意識という呪縛から解き放たれた本来の自分の姿。

 

そこには「一体感」がある、というお話。

 

一体感は作り出すものじゃなくて、本来の姿に戻った時に「そこにあるもの」なんですね。

 

ブッダの世界では「無」で全てがつながっている一体感が見えていたんじゃないでしょうかね。

 

瞑想をして「すべての恐怖や欲が幻想である」と体験すること。

周りのもの全てから自分を切り離す「欲」と「恐怖」が「自分のものじゃない」とそこから自由になった時に「あ!みんなとつながっている!」という世界が見えてくるわけです(あまり瞑想は詳しくないのでブッダの世界から予測して書いてます)。

 

催眠も幻想の恐怖を作り出す「意識」から解放してくれて、無意識になった時に「すべてがつながっていて一体感!」ということが感じられるようになる。

 

もし、インターネットにつながっているように、脳もネットワークでつながっているのだったら「みんなとつながっている一体感」がそこにある。

 

手を伸ばせばつながることができて「一体感」をいつでもどこでも感じることができる。

 

その本来の姿に戻すのが、お師匠さんが教えてくれた「催眠療法」なんでしょうね。

 

このイエスセットは、多分、普通の方が読んだら「感情抜きのドライな方法だな〜!」と思われるかもしれません。

 

相手の気持ちを考えるんじゃなくて、相手の立場に立って「なんて言われたらイエスと答えるかな?」と質問を作り出していく。

 

さらには頭の中で相手とのやりとりのシミュレーションをたくさんして「イエス」と相手が言うものをとことんブレインストーミングしていく。そして、それを使って「イエス」を引き出して、データを収集する、という感じで「ドライ!」なんですね。

 

もっと相手の気持ちを考えてあげて、相手が本当に癒される、喜ぶようなことを言ったらいいじゃない!それが人間なんじゃないの。「思いやりと親切心」それが大切、と思うんでしょうね。

 

私はこの「イエスセット」の催眠的なアプローチを練習する時って、頭の中にある曲が流れてくるんです。

 

その曲はアメリカのロックバンドのChicagoシカゴ(もうクラッシックですね)の「Hard to Say I'm sorry」なんですね。

 

邦題がなんと「素直になれなくて」ですって!

 

この題名が深い〜!

 

「素直になれなくて」ということは、無意識では相手が「イエス!」という答えをなんとなく知っているんですね。

 

それが素直じゃないから口から出てこない!

 

こんなに一体感を求めているのに、そこに一体感が得られる言葉があるのに、それを相手に伝えれば一体感が得られるのに、素直になれなくてそれが伝えられない、というだけ。

 

逆に考えてみると「無意識」の状態が「素直な状態」なんですね。

 

「意識」が働いているから「素直」という相手が「イエス」という質問が繰り出せない。

 

無意識になれば、相手と本来はネットワークで繋がっていて「一体」なのでいくらでも「イエス」を引き出す質問ができちゃう。

 

「意識とはなに?」というと「相手がイエスという質問は私にはわかっている」ということ。

わかっているけど口から出てこない」というのが意識。

 

わかっている」は「断定」になります。

 

無意識の場合は、可能性が無限だから「わからない!」なんですね。

 

これをもし「自分はイエスと言わせる言葉が思いつかない」とか「わからない」という意図で断定すると「意識」が働いていることになるんです。

 

でも、誰の意識の下にも、一体感の水脈が流れています。

それに手を伸ばして触れるだけ。

 

多分、これを読んだ人は「だったら”素直”になるということでいいんじゃね?」と思うのかもしれませんね。

 

人間の仕組みって興味深くて「矛盾と葛藤と逆説」が本質になっているから「素直になる!」と思った時に、逆説が必ず働いて「素直になれない!」が前面に出てきちゃうんです。

 

だから、催眠のテクニックの「イエスセット」が一体感の水脈に触れるのに一番簡単な方法になります。

 

一見、テクニック的、というドライな側面を持ちながら、本質は、みんなの中に流れている一体感に触れるというあたたかいプロセスだったりするんです。

 

「イエスセット」を練習してみると無意識さんの力がどんどん増していく。

 

(つづく)

 

 


2018/11/19


新作DVD「孤独」を消す最強メソッドがAmazonで発売になりました!
https://amzn.to/2zUjiiv

予告動画も観られます!
http://subarusya1.com/online/2018/11/06/1106/

 

タイトルの通りに「孤独」がテーマになっています。

ほんとうは孤独って悪いものじゃないんだけど、そこに恐怖があるのはなぜ?というのがポイントなのかもしれません。

催眠のお師匠さんのビデオを見て「すごいな!この人は!」と思っていたけど、まさか私が出ているDVDが発売されるなんて、と自分でもびっくりしています。

このようにして観ていただく方と脳のネットワークでつながって、どんどん孤独から解放されて一体感が広がったら、と思っています。

DVDの中ではスクリプトを即興で読む場面があって「おー!催眠ってすごいな!」とびっくりします。

 

自分の頭で考えていなくても無意識さんとつながっていると出てくる不思議なスクリプト。

そのスクリプトはこのDVDを手に取ってくださる誰かのために無意識さんがちゃんと計画して作っていたりするんですよね。

 

みなさんが自由になるために役立ってくれたら、と願っています。

 

さっそくアマゾンで嬉しいレビューも書いてくださってありがとうございます。つながってくださって本当にうれしいです。本当に嫉妬と孤独ですよね。本当に孤独を失くしたいです。無意識さんの力で自由にどんな時でもどんな人でも一体感が得られるようになる、が願いです。どんどん面白いことになっていく予感が。こうしてつながってくださっていて、私も皆さんと一緒に自由になっています。

 

たのしみです!

 

 

 

 


2018/11/19

FAPのセミナーが土日で終了しました。

参加してくだっさった皆様、ありがとうございました。

ものすごく楽しかったです。

 

やっぱり、催眠のお師匠さんが使っていらっしゃった「会話で催眠」は面白いですね。

ナラティブセラピーの実践でその面白さを感じることができて、みなさんのおかげで一体感を私自身も体験することができました。

感謝です。

 

これまで私は本の中で「人の気持ちはわからない、自分の気持ちすらわからない」ということを書いています。

 

要するに「あの人は私のことをどう思っているんだろう?」とか「私のことを悪く思っているのかも?」なんて考えてしまうとグルグルと意識働いてしまって「悪いことを考えるのが止まらなくなる!」となってしまう。

 

「今のあなたの気持ちは?」と聞かれて自分の気持ちすらわからないのだから、相手の気持ちを考え始めたら「迷宮に入ってしまって抜けられなくなる!」という感じになるのは当たり前。

 

だから、人の気持ちを考えないで自分のしたいことだけをする方が自由になれますよ!というようなこと(かなり説明を省いています)。

 

他のところでは「余計なことを考えないで“快 or 不快”だけを感じるようにして不快なことはやらない!」ということで自由に動けるようになる、ということも書いています。

 

それなのに、相手から「イエス」を引き出す「イエスセット」のテクニックはこれまでとは矛盾するのでは?と思っちゃいますよね。

だって、相手に「イエス」と言わせるために「相手の気持ちを考えなきゃいけないやろ!」となるわけです。

相手にイエスと言わせるために自分が不快なことまでも言わないといけないでしょ!と考えちゃうから。

 

実は、イエスセットを使うときの方法っていくつもあるんです。

 

一つが一般の人たちが考えるような方法で「相手の気持ちを考えて、イエスと言わせる質問を考える」になります。

 

二つ目が「自分が相手だったら、なんて言ってもらったらイエスと答えるかな?」と相手の立場に自分を置き換えてイエスセットを生み出す方法になります。

 

三つ目が「相手の気持ちを考えないで、ひたすらたくさんの質問をブレインストーミング的に頭の中で考え出して、次から次へと頭の中で相手との会話をシミュレーションして、そこで”イエス”が返ってきた質問だけを採用する」という方法です。

 

「相手の気持ちを考えて」という方法ですと「帰属エラー」という現象が起きます。帰属エラーとは、相手が曇った顔をしていたら「その原因は昨日の会話のせいに違いない!」と名探偵コナンばりに推理します。でも、結果は「エラー!(間違い)」であって、正解は「便秘だから」という具合になること。相手の気持ちを考えるときに「帰属エラー」を起こしている確率がかなり高いんですね。だから「相手の気持ちはわからない、自分の気持ちすらわからない」なんですね。

 

ですから「相手の気持ちを考えてイエスセット」は、成功率が30%以下になります(まあ、そんなに低くもないんですけどね)。

 

「自分が相手の立場だったら」ということだったら「自分がその質問をされたときの快 or 不快を感じながらイエスの質問を作成する」ということになります。その方法を使うと、成功率は60%前後になります。

 

最後の方法は「頭の中で質問をたくさん繰り出して、ひたすら頭の中で相手とのやりとりをシミュレーションする」というものは「相手の気持ちは考えない」でひたすら頭の中で「これもイエスが返ってこない」だったら「この質問は?」という感じで次から次へと繰り返す。このシミュレーションをするときは「こんな質問をしたら相手に悪いかな?」ということは一切考えません。どんな質問でも浮かんできたら、頭の中で試してみる、ということでデータを収集して精度を上げていく、というもので成功率は60%以上になっていきます(シミュレーションをやればやるほど精度が上がるから)。

 

「自分が相手の立場だったら」と頭の中で相手の気持ちになりきる、というのは「現実ではないことを想像する」というプロセスがあります。イメージを使って相手になりきる、その作業が催眠であって無意識が働くから「イエス」と言ってもらえる確率が高くなり、同時に無意識が働いているから、イエスセットで相手を催眠状態に入れて一体感を感じられる確率も高くなるんですね。

 

「ひたすら頭の中でシミュレーションをする」という方法は「損 or 徳」や「正しい or 間違っている」とか「良い or 悪い」などの意識的な判断が働かなくなります。だから無意識の世界に入ることができちゃって「無意識さんで一体感」の体験ができるんです。

 

相手が悲しそうな顔をしています。

 

そんな時に「あ、なんか嫌なことがあったのかな?」と相手の気持ちを考えて「なんか嫌なことがあったの?」と聞いた時に「苛っ!」とされちゃって「なによ!せっかく心配してあげているのに!」となってしまいますね。ある表情を観察して「悲しいと感じている」というのがエラーで、さらに「嫌なことがあった」もエラーだったりすると「イエスがもらえなくてどんどん嫌な気分になる!」という結果が。

 

「自分が相手の立場だったら」という方法を使う場合は、相手の表情を真似てみます(これは実際にやっても良いし、頭の中だけでもOKです)。そして、私がどんな言葉をかけてもらったら「イエス」というかを感じてみます。表情を作って相手の立場になってみると「声をかけられたくない!」となるから「声をかけない」がイエスなんでしょうね。

 

最後の「シミュレーション」はある表情をしている人を頭の中に登場させて

「嫌なことがあったの?」

「元気がないの?」

「どっか調子が悪いの?」

「あまり眠れていないの?」

「失恋したの?」

「お腹が空いてるの?」

「起きている?」

という具合にたくさんの質問を瞬時にたくさん生み出していって「起きている?」で「はい」が返ってきたから、それを使ってみる、という感じにします。

 

「起きている?」と声をかけると「うん、昨日、フィギュアスケートの録画を誤って消しちゃってね、それでむかついちゃって映画を無駄に何本もみちゃって寝不足なの!」と返ってきます。

 

そこで「シミュレーション」で

「見たいものを消しちゃうとムカつくよね!」

「ムカついちゃうと映画とか結構みちゃうよね!」

「フィギアスケートはちゃんと見たかったよね!」

「寝不足になると自己嫌悪感になっちゃうよね!」

「映画って当たりハズレがあるよね!」

 

という具合にたくさんシミュレーションをしていくとどれも「イエス」が得られるのですが「映画って当たりハズレがあるよね!」が一番脳内のシミュレーションでは反応が良かったので、それを採用します。

 

すると「そうなの!気分を変えようと思って、観た映画が最悪でよけいに気分が悪くなったから、他の映画にも手を出してしまって!」という話が引き出せるんですね。

 

そこで

「観た映画が最悪だと気分が悪くなるよね!」

「それだったら他の映画にも手を出しちゃうよね!」

「それって悪循環になるよね!」

「そうやっていると良い映画に出会ったりするよね!」

「映画って、何本も観ているとハズレでもどこかで勉強になるよね!」

「映画って本当に色々あるよね!」

 

というように頭の中でシミュレーションをした時に「映画って本当に色々あるよね!」の時に脳内でいい反応が返ってきたのでそれを採用します。

 

すると相手が「そうなのよね!だから映画を観るのって好きなんだ!」と答えてくれて「おー!この人も映画が好きなんだ!」ということが見えてきます。

シミュレーションをしながら、イエスセットを作っていくと、最初の自分の予測とは全く違っていたことがわかった時に「無意識」がそこに宿るんですね。

 

自分の予測は意識的な決めつけだったりします。

 

その予測が外れた時に、意識的な縛りから解放されていくので無意識さんが働くようになるんですね。

 

そこには一体感が宿ります。

 

(つづく)

 


2018/11/17

「イエスセット」は催眠のお師匠さんから教えていただいた、催眠の導入の技になります。

 

「なんで催眠が必要なの?」というのは、催眠で無意識の世界を作ることができたら「一体感」が得られるから。

 

「なんで一体感が必要なの?」というと、一体感という「安全な場」を作ることにより、そこで本来の自分で生きられるようになるから。

 

「本来の自分とはなに?」というのは「無敵で美しい姿の自分」に戻っていくこと。

 

周りを催眠に入れながら一体感の世界を作りながら、自分も周りの人たちもどんどん自由になっていく。

 

例えば、仕事に行ってある上司から

 

「おう!元気か!」と言われます。

 

実は、この言われた瞬間にいろんな思考が頭の中でものすごい数が動いているんですね。

 

「元気です!」と答えてしまったら「じゃあ、この仕事もあんたに任せていいよね!」と押し付けられちゃう。

「元気です!」と答えてしまったら「こいつ、ちゃんと仕事をしてないな!」と上司から思われる。

とか

「元気なわけないじゃん!あんたに仕事を押し付けられて!」なんかもあったりして。

さらには「あんた、全然仕事していないからそんな呑気なことを言ってられるんだろ!」ってね。

 

これが一部で氷山の一角。

 

水面下ではもっとものすごい数の思考が蠢いている。

 

だから口から出てくるのは「はあ〜!まあ〜」というなんともどちらとも取れない微妙な答え方になってしまって、その後の会話が続かなくて「チ〜ン!」となってしまうんですね。

 

これはどういう現象かというと「損 or 徳」や「正しい or 間違っている」とか「良い or 悪い」の意識的な判断が働いているから。

 

意識的な判断がいろんな悪夢の現実を脳内に作り出してしまって「悪いことが起きませんように!」とそれらの悪夢の現実を避ける言動を選択させるんですね。

 

でも、意識が作り出した悪夢の現実を避ける言動を選択しているのに「どんどん悪夢が現実になっていく!」となってしまう。

 

人間の脳って本当に不思議。

 

だから「ほら!私が思った通りにダメな方向になった!」という結果に。

 

そこで「イエスセット」を使って無意識さんを起動させちゃいます。

 

上司から「おう!元気か!」と言われたら「イエスセット」と思ってみると「〇〇さんは仕事が大変なのにすごいですね!」と自然と上司に言っている。

 

上司はちょっと嬉しそうに「そうなんだよ!いや参っちゃって!」と仕事の話を始める。

 

そこで「かなり難しい仕事をこなしてらっしゃいますよね!」と上司に伝えると、上司は「そうなんだよ!本当は他の人に任せたいんだけどね!」というんですね。

 

「頼りにされちゃうと大変ですよね!」とイエスセットの三回目を上司に伝えてみると、意識的な世界とは違った感覚を体験できる。

 

多分、一般の人がこれを読んだ時に「おべっかを使っているだけじゃん!」とか「上司に媚を売っている醜い人の姿じゃ〜!」と判断しますね。

 

でも「イエスセット」を実際に使ってみるとわかるのですが「おう!元気か!」という上司が「なんと言ったらイエスというの〜!」というシミュレーションを水面下でものすごくしているわけなんですね。

 

一般の人がするような「上司に媚を売って点数を稼いで徳をしよう!」という意識が働いていなくて、「イエス」の反応が「返ってくる or 返ってこない」の2択の判断で頭の中でものすごい数のシミュレーションをしているんです。

 

自分や相手の感情を全く介入させないで「イエス」の反応が「返ってくる or 返ってこない」のバイナリー(2択ということ)でシミュレーションをするコンピューターのような感じ。

 

「これを言ったら相手がどう思うだろうな?」とか「どんな反応をするだろう?」という感情的なアナログなものは一切排除しちゃって、ただ「イエス」の反応が「返ってくる or 返ってこない」だけのドライなシミュレーションを脳内では繰り返している。そして「イエスセット」いただきました、と頭の中に浮かんでくるものを相手に伝えてみてシミュレーションが合っているのかどうかを検証して、脳内ではその結果で相手のデータを無意識で修正して「イエスセット」のシミュレーションの精度を上げていく。

 

「相手におべっかを使わなきゃ!」と思ってしまうと「この上司のことを本当は嫌いなのに!」と自分の内面のある感情との摩擦が生じて「ストレスになる〜!」となりますね。

 

「イエスセット」の場合は、感情を抜きにしたドライな世界。

 

「イエス」の反応が「返ってくる or 返ってこない」だけで判断している。

 

だから「損 or 徳」や「正しい or 間違っている」とか「良い or 悪い」などの意識的な判断がどんどん排除されていく。

 

そこに無意識が宿ります。

 

「え〜!感情を入れないなんてつまらないじゃない!」とか「自分で意識的に現実を変えていかなきゃ!」と思う方もいらっしゃるかもしれません。

 

「やっぱり、感情とか意志の力って人間にとってとっても大切ですよね!」

 

「それで自分の道を切り開いていってはじめて自分の人生を生きているって言えますよね!」

 

「それでこれまでの人生を苦労して生きてこられたんですからね!」

 

   という具合に「イエスセット」が出来上がる。

 

イエスセットを使う時に「イエス」の反応が「返ってくる or 返ってこない」というドライなシミュレーションを繰り返しているのだが、3つ目のイエスの時に「なるほど!無意識に任せる、ということはこれまでの意識的に苦労してきた人生を否定されているような気がしちゃうんだ!」という気づきが生まれる。

 

そんな時に「わかる〜!苦しんで苦労してきたその気持ち!」とそれまで見えなかった相手の苦しんできた姿が見えて”一体感”が感じられるようになったりするんです。

 

「お菓子を食べちゃう!」という人に対して、普通の会話だったら、相手の体型を見て「病気になっちゃうかもしれないから何か注意を喚起することを言ってあげなきゃ!」と思ってしまう。

すると「私もやめられない時があるのよ!でも、気をつけないとね!」と言ってしまうと、知らないうちに「ダブルバインド」という高度な催眠のテクニックを使っている。そして相手に「あなたは、お菓子を食べるのをやめられなくて病気になる〜!」という暗示を入れてしまう(こわ〜い!)。

 

「イエスセット」の場合は「イエス」の反応が「返ってくる or 返ってこない」のドライな判断だから無意識がそこに宿る。

 

「お菓子を食べる時って幸せだよね!」

 

「安くて簡単に手に入る幸せな気分だよね」

 

「頑張ったご褒美って必要だよね!」という流れになる。

 

すると「あ!お菓子どうこうよりも、誰からも報われない苦労がこの人にあるんだな〜!」ということが自分の中で腑に落ちて「わかる〜!」という具合に一体感が得られちゃう。

 

「イエス」の反応が「返ってくる or 返ってこない」のドライな判断に無意識が宿って、意識では得られない共感と一体感を与えてくれる。

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 



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