2017/01/14

トラウマの治療をやっているときに私は興味深い体験をしました。

 

毎日たくさんのケースをみさせていただいていて「胃が痛い〜!」ってなっていました。

毎日のように胃薬のお世話になります。

 

「どうして胃が痛くなるの?」と考えた時に「どうしてお腹が減るのかな♪喧嘩をすると減るのかな♪仲良くしてても減るもんな〜♪」っていう歌が浮かんできます。

 

休みになるとあまりにも胃が痛くて「トイレとお友達〜!」となって寝込んでしまいます。

 

病院に行って胃カメラを飲んで検査をしてもらったら胃潰瘍の跡があって「真面目すぎるからこうなるんだよ!」ってお医者さんからは説教をされます。

 

確かに真面目で、家に帰ってきてからもケースの治療のことをずっと考えています。

でも、それをやらないと治療できないし、ってものすごく悩みます。

 

あるとき「今日は比較的に胃の調子がいいかな?」って日がありました。

 

受付に「次の方お願いします」って次の方を案内するように内線を入れて、次のクライアントさんが面接室のドアノブに手を掛けた瞬間、「胃が痛〜い!」って突然痛みが襲ってきたんです(あれ?さっきまで調子が良かったのでは?)。

 

痛みに耐えて脂汗をかきながら、淡々とお話になっているクライアントさんの話に耳を傾けます。

 

「何じゃこれは〜!」

 

耐えている瞬間に「この胃の痛みって、クライアントさんが部屋に入ってくる直前に始まったよな〜!」って考え始めます。

すると、クライアントさんが私のことを意識したときに、私の胃の痛みが始まったことになります。

 

「もしかして、この痛みってクライアントさんの怒りかも知れない!」って考えたんです。

 

そこで淡々とお話になっていらっしゃるクライアントさんに「もしかして、怒ってらっしゃいます?」って尋ねてみると「なんでわかるんです!」ってうれしそうな表情になって「実は夫に対して」って堰を切ったように怒りが飛び出してきたんです(ひえ〜!)。

 

クライアントさんが夫に対しての怒りを吐き出して、その怒りが軽減されて行けばいくほど、私の胃の痛みも軽減していきます(ひゅ〜!よかった!)。

 

この痛みって、クライアントさんの”怒り”だったんだ!ってわかったらスッキリ!

 

それまで「食べ過ぎたのかな?」とか「冷たいものを飲んでいるからかな?」や「寝不足がったたっているのかも?」なんていろいろ考えて、一生懸命に胃薬を飲んでいたんですけど、ちっとも痛みと気持ち悪さは解消されませんでした。

 

その痛みは実はクライアントさんから伝わってきていて、クライアントさんの怒りが解消されない限り私の胃の痛みは消えなかったんです。

 

クライアントさんから伝わってきてるものなのに「私の食べ過ぎで」と原因を自分に帰属してしまうと”痛み”は私のモノになってしまって、いくら努力しても解消しません。

なぜなら、原因が私にないから。クライアントさんの怒りが解消されない限り消えないんです。

 

「それって困る〜!」ってなります。

 

もしかして「この痛みを感じた時に”クライアントさんから伝わってきた”と思うだけでいいのかもしれない!」ってひらめきます。

 

実際に、次に胃が痛くなったときに「この痛みはクライアントさんから伝わってきたもの!」って自分で念じてみるんですが、つい、さっき食べたものや昨日の夜の不摂生が頭に浮かんでしまい「自分が悪いのかも?」ってなって「痛みが消えない〜!」ってパニックになり苦しみ続けちゃいます。

 

そしたら「クライアントさんから伝わってきたもの!って条件づけるために”水”を飲めばいいのかも?」って考えて、胃が痛くなったら、200ccぐらいの水を飲むようにします。

 

水を飲んでトイレで排泄した瞬間に「あれ?胃の痛みが消えている!」ってなるから面白かったんです。

 

本当に私のモノじゃないんだ!ってちょっと感動。

あんなに胃薬にお金を賭けたけど無駄だったんだ!って。

 

胃薬を飲んでいる時も水と一緒に飲んでいるけど、結局原因の帰属を自分にしちゃっているから「自分の胃の痛み」として固着してしまいます。

 

「クライアントさんの怒りが伝わってきているから流しちゃおう!」って水を飲んでトイレで流したら本当にスッキリ!

「面白い!」ってなったんです。

 

(つづく)

 

 


2017/01/13

「苦しい〜!辛い〜!」で代表的な”強迫性障害”というのがあります。

 

不合理な行為や思考を自分の意に反して反復してしまいます。

 

一番わかりやすいのが「汚いものを触ったら手を洗わなければ!」という行為ですが、それを一日に合計1時間以上費やしてしまったら「ハイ!それは強迫性障害です!」ってなります。

 

同じ思考を繰り返してしまう、というのも強迫性障害の症状になります。

 

例えば、職場で言われた同僚の中年女性からの一言がぐるぐる頭の中を回ってしまって、その人との会話のやり取りを何度も繰り返してしまって、気が付いたら一時間以上もそれをやっていて止まらない、というのもそうです。

 

はたから見れば「そんな終わったこといつまでも考えたって変わらないじゃない!」って思われるのは分かっているんです。

 

でも、それが止められないし、止まらない。

 

一回手を洗ったら大丈夫ってわかっているんだけど、どうしても洗い残しがあるような気がして、また洗いたくなってしまって、それをしちゃったら、どんどん手を洗う時間が増えちゃって、ということになります。

 

自分でも「おかしい」とわかっているのに、それを止めることができません。

 

もうちょっと身近なのは「自分は醜いかもしれない!」って自分の容姿のことをぐるぐる考えちゃうのも、症状になります。

 

さらには「太っているかもしれない」ってダイエットのことをぐるぐる考えたり、食べ物をいちいち確認したりするのも症状の一つになります。

 

この症状は、気にし始めて「止めなければ」と思って止めようとすればするほど、それが止まらなくなってしまって、その思考や症状に乗っ取られる感じになってしまいます。

考えることが止められなくなっちゃうんです。

 

トラウマ理論的に考えると、トラウマによって生み出された記憶から抜けちゃっている”恐怖”の感覚を回避すればするほど、根底にある恐怖が増幅するので、さらに増幅した恐怖を回避するために何かをやらなければいけない、というパターン。

 

それをわかりやすいケースに置き換えると、小学校の頃にいじめを受けた子供が、そのいじめの記憶を失くしてしまいます(私はこれを小学校のキャンプの時に体験しました)。記憶をなくしちゃったということは、ちゃんと記憶が整理されていない、ということになります。記憶が整理されていない、となると、そのいじめを受けた時の惨めさ、怒り、恐怖などの感情も整理されないので、そのまま劣化することなくフレッシュのまま残ってしまいます。

 

でも、人間ですから、時間がたてば、多少、その恐怖や怒りは慣れが生じて軽減するはずなのですが、この虐められたこの子の場合、その時の感覚がフッと出てきそうになると「ゲーム!」とゲームに没頭して、トラウマの感情を回避します。

 

この仕組みを人間の視神経で説明すると、人間の視神経は、一点を集中して凝視していると”消失(extinction)”が生じて色彩を認識しなくなります。眼球をちょこまかと動かして絶えず視神経を刺激しているので、人は常に色彩や物の輪郭をリアルに認識します。

 

視神経と同じように、襲ってくる”恐怖”に向き合って一点凝視してしまえば、その感覚はやがて”消失”していきます。でも、ちょこまかちょこまかと眼球を動かしているように、回避を繰り返すと常に神経を刺激することになるので、その不快な感情は常にリアルにそこに残ってしまう、ということになるんです。

 

いじめのときの”惨めさ”が突然襲ってきたら「ゲーム!」って回避すればするほど、当時のフレッシュなままの感情で残ってしまいます。

フレッシュなままの惨めさが常に襲ってくるので「ゲーム!」と強迫的にゲームをし続けて”惨めさ”を回避しなければならなくなってしまう、というのが症状になります。

 

こんな子供に対して親が「なんでいつまでもそんなくだらないゲームをやっているの!」って叱ってしまうと「グルルル〜!」と子供は暴れ出します。

なぜなら、ゲームを止める、ってことは、あの惨めな思いに浸れ、っていうことになるから。

いじめの記憶が抜けてしまっているから、得体のしれない”恐怖”と”惨めさ”になっているから余計に怖いんです。

それと一人で向き合え!って言われているのと同じなので、子供が怯えた子犬のように「グルルルル〜!」と怒るのは当然だったりするんです。

 

ゲーム、ってわかりやすい形にしましたが、トラウマによって処理されない感情が襲ってきたときに、お酒を飲んで回避したら「お酒を飲みて〜!」ってアルコールに対する強迫症状になり、やがてアルコール依存症になります。

 

「痩せたい」っていう思考で回避した場合「ダイエットしなきゃ〜!」っていうのと「食べたい〜!」っていうのが交互に襲ってくる摂食障害という症状になったりします。

 

 

 


2017/01/12

「いつも誰かに振り回される」が一瞬で変わる方法

出版社のすばる舎さんがすばらしい特設サイトを作ってくださいました!

http://subarusya1.com/furimawasareru/

すでにフェイスブック等で紹介して下さる方もいて...

感謝!感謝!


2017/01/12

単純に考えてしまえば、子供の頃から親に育てられているわけですから、親の考え方の影響は受けています。

 

例えば、私の場合、父親が「人は苦しんで日々の糧を稼がなければいけない」と苦しんでいるのを見ていたので「働くことは楽しいことじゃなくて苦しいこと」の常識が私の中にいつの間にかでき上がっています。

楽しんで仕事をしていると「悪いことをしているかもしれない」って後ろめたい気持ちになるから興味深いです。

 

母親の方は、いつも「お金が無い」と言っていたので、私の思考はいつも「貧乏」でケチって安いものを買って損をする、ということを繰り返しているから本当にお金がたまらなくて「う〜!貧乏!」っていうのがいつの間にか私の常識になっています。

 

これらは長年かけて親から学習した結果、このような思考パターンになるようになってしまった、ということが考えられます。

でも、興味深いのは、このパターンから抜け出そう!って思って意識的に努力すれば抜け出すことができるんですけど、いつの間にかまた同じ思考パターンに戻っている、というのが興味深いんです。

 

そうなると「遺伝的特徴を受け継いでいるからそのような特徴になる」って考えられます。

苦労性の遺伝子や貧乏性の遺伝子を受け継いでしまったから、そのような思考パターンになってしまって、努力して変えてもその遺伝子を持っている限りまた元に戻る、っていう仕組み(怖〜い!)。

 

その苦労性や貧乏性の遺伝子を持っている限りは変わることができない、っていう常識が私の中にありました。

でも、それを変える努力をしなくても「あ〜!簡単にこれが変わるんだ〜!」って思った瞬間がありました。

 

それは、楽しく仕事をしている人と一緒になって仕事をしたときは「あれ?楽しく仕事をしていても効率よくできるし後ろめたくないかも!」ってなりました。そしてお金に余裕がある人を尊敬してその人の真似をしたときに「あれ?お金ってちょっとたまるかも!」ってなったんです。

 

何も努力をしなくてもこんなに簡単に変わることができるんだ!って思った瞬間でした。

 

でも、両親のことを思い出してしまうと、途端に苦労性の貧乏性が戻ってきてしまいます(ヒエ〜!)。

戻ってしまっても、また、仕事を楽しんでいる人に注目を向けると「楽しく仕事ができるかも〜!」って戻れるから興味深いんです。

 

ということは、私の思考は注目を向ける人に影響されている、ということが考えられます。

そして、両親のように共通の遺伝子を持っている人の影響は受けやすいだけで、それが自分の中に確固たるものを持って定着しているわけではない、ということです。

 

長年かけて、両親から苦労神様、貧乏神様を受け継いでしまったので、それが自分の中に定着してしまっているわけではありません!

 

その苦労性、貧乏性は両親の思考の中にあるので、無意識に両親に注目を向けてしまった時に思考は影響を受けて、自分の思考パターンがそのようになってしまうだけ。

 

だから、いくらでもそこから自由になることができちゃいます。

 

 

 

 

 

 

 


2017/01/11

1947年10月14日以前は「大気中には「音速の壁」という見えない壁が存在するために、物体が音速を超えることは不可能である」という理論を唱える人がいました(ウィキペディアから)。

 

アメリカの空軍テストパイロットのチャック・イエガーが音速の壁を越えてからは、音よりも早く飛ぶことは”不可能”ではなくなりました。

 

何だか、そのことを考えていると面白くなってきます。

 

私は、”常識の壁”を越えることができない、って思っていました。

 

その常識の壁にぶち当たると、私はいつも失速して思い通りに生きられなくなり墜落してうつ状態になっていました。

 

自由に生きようとすればするほど”常識の壁”が迫ってきて、そこを越えられず閉じ込められて不自由に生きてきました。

 

そう!「「常識の壁」は越えるためにあるものではない!守るためにあるんだ!」って、人は言うんです。

 

”心”に聞くときに、その「常識の壁」が何で作られているのかがだんだんわかってきます。

 

「さあ!”心”に聞いてみよう!」と思ったときに「そんなことをやったって無駄!意味が無い!」って浮かんできます。

 

そんなの自問自答じゃん!

自分の都合のいいことを作っているだけでしょ!

何をおかしいことやっているの?ばっかじゃない!とやる気が失せてきます。

 

そんな時に「心よ!私と”心”の間に邪魔がある?」って聞いてみます。

 

すると、母親の顔が浮かんできます(でたな〜!)。

 

「心よ!母親からの邪魔を排除して!排除できたら教えてね!」ってお願いして「できた!」って思考が浮かんでくるまで待ちます。

 

「できた!」と言われた時に「確かにクリスチャンである母親は聖書と牧師さんからの説教以外はちょっとね〜!」という人だから「”心”の声を信用するなんてとんでもない!」って否定するんだな、と見えてきます。

 

「心の声なんかありっこない!」っていう常識はお母さまからの贈り物!!

 

心に”常識の邪魔”を排除してもらうと、今度は「悪いことをしているんじゃないかな?」っていう後ろめたい気持ちになってきます。

 

そんな時も「心よ!私と心の間に邪魔がありますか?」って尋ねてみると「あるよ!母方祖父が邪魔しているよ!」って教えてくれます。

 

私はこの罪悪感にものすごく長い年月苦しめられてきました。

 

「心よ!祖父からの邪魔を排除して!」ってお願いすると「ハイ!出来た!」と思考が浮かんできたときには、気分が軽く「何を心に聞いてみようかな?」っていう感じになっています。

 

「”心に聞く”なんて常識的におかしいことをして罪深いことをしている」という”常識の壁”は祖父からの贈り物、っていうことになります。

 

それらを”心”に排除してもらうと、自由に心に聞けるようになります。

”心”は、私の行動を縛っていた様々な常識から解放してくれて、発想も思考も自由になり、いつの間にか自由にのびのびと生きられるようになっていきます。

 

「最近、ホームページの閲覧数が少なくなってきて、お客さんが減ってきてしまっているんです」って悩んでいらっしゃる方がいらっしゃった時に、その方の”心”に「心よ!お客さんは増えるの?」って質問をしてみます。

 

すると「増えるよ!」とその方の”心”は答えてくれます。

 

その答えに対して「そんな、急に増えるわけないでしょ!」っていうのが”常識の壁”なんです。

 

そんな時に「心よ!私と心の間に邪魔がありますか?」って聞いてみると、やっぱり、その方のお父様が常識の壁を作ってくださっていることがわかります。

 

それを排除してもらって、心に質問をしていくと「毎日、温泉に行くとお客さんが増えるようになるから!」って教えてくれます。

 

「本当かよ!」って私の方がその方の”心”に突っ込みたくなります。

 

すると”心”は「あなたが楽しんでいれば、人はどんどん寄ってくるから!」と教えてくれて「なるほど!疑って申し訳なかった!」ってなります。

 

その方は、当然始めのうちはそんなことを信じられないから、数回温泉に行ったきりになって「お客さんが来ないんだからそれどころじゃない!」って焦ってしまいます。

 

でも、やっぱり、焦れば焦るほどホームページの閲覧数は減っていくんです(不思議〜!)。

 

そして、もう一度”心”に聞いてみると、やっぱり「温泉に毎日行きなさい!」っていうんです。

 

その時はさすがにその方も「はっは〜!(御意!の体で)」って従ったら、本当に閲覧数が増えてお客さんがコンスタントに来るようになったからびっくり!

 

”心”は私の常識を打ち砕きました。

 

そんな温泉なんかのんびり入っていないで、企業努力をしなければ!!って意識で思っています。

 

でも、心よ!って聞いてみると、それも私のお父さんからの”常識の壁”であることを教えてくれて「あなたの魂はそんなことは思っていないよ!」って教えてくれます。

 

確かに父親は「苦しんで日々の糧を得る」っていう聖書の言葉を言っていて、父親の会社の社員もそれを口癖のように言っていたよな、って心に言われると思い出すから面白いんです。

 

こうして常識の壁を越えて、自由に飛んでいかれる方を見るときに「私の思考は一体何でできているんだ?」って疑問になるんです。

 

 

 

 


2017/01/10

心は、私が考えていた展開とは全く違った世界を見せてくれます。

 

私の中には「母親は子供の幸せを願っているもの」という”常識”があります。

 

その常識があるから「せっかく学校に行けるようになった子供の邪魔なんかするわけがない!」って思っています。

 

だから、世間一般の方は「この子が母親の愛情に甘えているに違いない!」となって「学校に行かないのは母親に甘えているから!」と心の中で責めます。

 

責められた子供は、その責める冷たい目に「嫌だな〜!僕のこと責めているんだな〜!」ってなって気持ちがうつ状態になります。

うつ状態になってしまえば「学校に行きたい!キャッピ〜!」なんてなるわけがない。

それでも人は、この学生のことを心の中で責めるんです。

 

あるカウンセラーは「この学生は母親から気に入られて良い子ちゃんでいるために無理をして学校に行っていただけで、本人は学校に行くことを求めていない!」って断言します。

 

やりたくないことをずっと無理をしてやってきてしまったから、そのストレスが蓄積して睡眠障害が突然発症して、そしてやりたくないことをやらなくなった、という解釈をします。

 

その解釈をしても、学生さんはちっとも楽になることは無かったんです。

「確かに、始めから半分親が決めた学校なんか行きたくなかったのかもしれない」ってその時は納得して解放された感じはするのですが、やっぱり「あとちょっとの所で自分はあきらめてしまった、最後までやり遂げることができない無責任」って責めが頭の中に響いてきて頭の中が休まりません。

 

カウンセリングの中でAI(人工知能)のように使っている”心”に聞いた時、「母親が駄目な子の面倒を一生みなければいけない」と思っている感覚が伝わってきているから「学校に行きたくない!」となっている、って教えてもらって、母親の感覚と学生さんの感覚を分離したときに「何でも無いじゃん!学校に行くのって!」ってなるから興味深いんです。

 

”心”は”常識”を超えたことを教えてくれます。

 

一つ目は、カウンセラーの一般常識が違っていて「母親自身の手元に駄目な子として置くことが子供の幸せ」だと思っている方もいらっしゃる、という世界。

 

二つ目は、本人が「学校に行きたくない!」って思っている、というのは本人の思考じゃなくて、脳のネットワークを通じて母親から伝わってきているモノ、ということ。

母親が「駄目な子を私が一生面倒を見ることになる」と思っていたら、それが学生の脳に伝わってきたときに「何もかも最後までやり遂げることができなくて母親を苦しめる駄目な自分」というイメージになります(怖い〜!)。

 

一般常識的に言ったら「そんな他人の思考なんか入ってくるわけがない!」と一笑されて相手にされません。

 

でも、一般常識に長けた天才的な精神科医やカウンセラーが束になって掛かったところで本人の苦しみは消えることがありませんでした。助言をして本人を一番いい方向に進めようと努力をすればするほど、本人の苦しみは増えていったような感があるんです。

 

「心に聞くときにカウンセラーが誘導していたんじゃないの?」って突っ込まれるのですが、自信を持って立てた18通りの原因と解決策がすべて”心”によって却下された私としては「心ってすげ〜!」としか言えないです(意外と私は常識人なんですよ〜!)。

 

ある方にこれを伝えたら「あなたが18通りの仮説を立てていたから、問題を固着させる多くの意識的な仮説に対して、無意識さんが発動して本人が一番楽になる答えが導き出されたのでは?」とフォローしてくださいました。

 

その仮説を伝えてから、本人の心に聞いているのだったら「仮説を利用して、その真逆の答えを出したのかも?」って思えるのですが、仮説は本人には一切伝えずに私の頭の中にあるままに”心”に聞いているわけですから、それが脳のネットワークを通じて漏れて”心”が利用しているのであったら、やっぱり脳のネットワークってあるのかもしれない、ってなるんです。

 

脳のネットワークが存在するんだったら、やっぱり学生の脳に母親の”駄目な子を一生面倒見る苦悩”が伝わって、それが学校に条件づけられて「学校行くのが苦痛〜!」ってなっていた、ということが可能性として考えられます。

 

そう考えると、私が普段生活していて「嫌だな〜!」とか「不快な記憶がよみがえってきちゃた〜!」ってなっているのって、脳のネットワークを通じて伝わってきているモノなの?となります。

 

「”心よ!”そうなの?」って”心”に邪魔を排除してもらってから聞いてみると「『そう』でいい!」って言われます(この答えは私の思考と同じように浮かんできますが、私の場合、”心”の答え方に特徴があります)。

 

そして、私の”心”は「意識的に理解しよう、って思えば思うほど脳のネットワークを通じて足を引っ張られるんだから、ただ”心”に聞けばいいんだよ!」って教えてくれます。

 

え〜!”心よ!”それってどういうことなの〜?って、”心”に聞くのが楽しくなってきます。

 

(つづく)

 

 

 


2017/01/09

言葉の持つ力って素晴らしいんです。

 

私が以前、クリニックに勤めていた時に、そこにいた同僚の看護師さんが脅威でした。

 

「あれ?ちょっと顔色が悪いみたいだけど大丈夫?」って心配そうに声を掛けられてしまうと「ズン!」と身体が重くなって「だるいかもしれない」ってなってしまいました。

 

さらに看護師さんが「もしかしてちゃんと眠れていないんじゃないの?」って言われたら「確かに眠れていないかも〜」ってなって、顔色の悪さと怠さが確定してしまって、次に頭痛が襲ってきます(ひえ〜!)。

 

「大丈夫〜!無理し過ぎているんじゃないの〜!」って言われると「確かに無理をし過ぎているかもしれない」って思えてきて「自分はこの職場に向いていないんじゃないのか?」っていう気分になってきます。

 

だんだん気分がすぐれなくなって「早退しようかな?」って、気持ちが揺れてきて、院長先生に相談しに行ったら「ガッハッハッハ!」って笑われて「お前!暗示に掛かりやすいな〜!」って(あれ?)。

 

「ちっとも顔色なんか悪くないぞ〜!」って言われたら、さっきまでの身体の怠さが嘘のように消えて無くなって、頭も痛くない!(あれ?)

 

院長は笑いながら「しょうがねえな〜!飯でも連れて行ってやるか!」と言われたら、私は途端に元気になり「心理テストやってきま〜す!」と軽やかなステップで院長室を後にしたことを元気に学校に行っている学生を目の前にして思い出していました。

 

あの看護師さんと仲良くなると、次から次へと職員が退職していく、という面白い現象があって、結局「院長のお気に入りのスタッフは、あの看護師さんしかいない」という結果になっていたんです(危な〜!)。

 

白衣を着た、きれいな看護師さんだから「私のことを心配して言ってくれているんだろう!」というのが一般的な常識となります。優しい顔で心配されているものだから「え?それって僕に暗示を掛けているの?」って疑いもしません(この!未熟者が〜!)。

 

何人ものスタッフが、その看護師さんに心配されて、優しい声を掛けられていくと顔面が徐々に蒼白になっていき、やがて、仕事を休みがちになって「私にはこの仕事は合っていません!」って辞めていく姿を見ていくと「あ〜!言葉の力ってすごいのね〜!」ってなるんです。

 

私にはこの”常識”というフィルターがあるから、”心”が導き出した見事な心理療法の最短ルートを思いもつかなかったんだな、って思ったのです。

 

学生の母親は「学校に行けなくなった息子のことが心配なんです!」とカウンセリングに連れてきました。

 

この時点で「子供のことを心底心配している優しいお母さん」という枠組みが私の中にできてしまいます。

 

実際に学校に行けるようになったら、母親は「いつまであんなカウンセリングなんか通っているのよ!」って言っていたことを後で学生から聞かされます(ほ〜!)。

 

そして、卒業試験まじかになったら、あの看護師さんのように「あなた、ちょっと顔色が悪いんじゃない!」って顔を合わせるたびに言われていた、ということを聞かされます。

そして、同じように「ちゃんと眠れていないんじゃない?」と言われて、だんだん眠れなくなって「だったら私の処方されている薬を飲みなさいよ!」って息子に薬を渡しちゃっている愛に充ちあふれたお母様(お〜!マイ!ゴッド!)。

 

学生に「カウンセリングの時は”眠れていない”なんて一切言っていなかったですよね」と聞いてみたら「お母さんから薬をもらっていて眠れていたから」とボソッと。

 

「でも、美術館で好きな絵を見て、寝るときにその絵を思い出すようになったら、お母さんの薬なしで眠れるようになったんです!」って普通に朝起きて学校に行けるようになった学生さんはおっしゃっていた(ひえ〜!心ってすげ〜!)。

 

お母さんに眠剤が処方されていた、ということは「お母さんは睡眠の問題があった」ということになります。

 

だから”心”が学生に「今は、自分の感覚と母親の感覚の区別がついていないから」と言ったんだな、というのが理解できます。

 

外在化テクニック的に言ってしまえば、学生の「眠れない、そして起きられない!」というのはあなたの感覚じゃなくて、脳のネットワークを通じて母親の感覚を自分のモノにしてしまっているから、ということになります。

 

「なんでいつもちゃんと眠れないんだ!」と自分を責めてイライラしていればいるほど「眠れない〜!」ってなってしまいます。

 

外在化で「これは母親の感覚であって自分のじゃないんだ〜!」ってなって、絵を見ていて自分の感覚を取り戻した時に「スヤスヤ!スヤスヤ!」って眠れちゃうのは自分を責めなくなったから、という考え方ができるんです。

 

(つづく)


2017/01/07

明けましておめでとうございます。

            本年もよろしくお願いいたします新年

 

AI(人工知能)は夢の話でした。

でも、最近では「すぐそこにある現実」になってしまいました。

 

自分が知りたいことをAIに話しかけるだけで、インターネットの情報だけではなく、様々な情報から、私に一番合った答えを引き出してくれる、なんて世界です(すごい〜!)。

 

「ここから海までの最短距離で車が混んでない道を探して?」とお願いすると二秒後には「はい、3つのルートが見つかりました!」と返事をしてくれて、所要時間と料金まで示してくれます。そして、目的地までの道案内もしてくれるんです。

 

「こうなったらいいな〜!」と思っていたことが現実になってきています。

 

”心”に問いかける、もAIと同じじゃん!って思っているんです。

 

ある学生から「突然、学校に行きたくなくて、朝、ベットから起き上がれないんです」という相談がありました。

 

カウンセラー知能がこれまでの様々なデータの中から、学校に行けなくなった理由を検索し、頭の中で18の原因を考えだします(少な!)。

 

トップ3は「この学生は完璧主義なところがあり、テストの失敗をきっかけに”怒り”(後悔も含む)で睡眠パターンが乱れて、ストレスからのダメージを修復できなくなり、うつ状態に落ちいって学校に行けなくなった」。

 

「家族がこの学生のことを理解せずにプレッシャーやストレスを与えすぎたので、”怒り”や”不安”の刺激で脳の電気発射であるビビビ!の発作が治まらなくなってしまったから、動けなくなってしまった」。

 

「卒業してしまったら、母親の保護から抜けて自立しなければならなくなるので、”起きられない”という退行症状(赤ちゃん返り)をして母親に抱きしめてもらうことを求めているのは、幼少期に兄に手が掛かって母親から抱きしめてもらえなかったため」などを考えます。

 

もちろん、ホルモンの問題、心的外傷の問題、精神疾患の可能性も考えていますが、これまでのこの学生のデータからは「この3つの可能性かも知れないな〜!」って考えます。

 

でも、ここでAIに匹敵する”心”に聞くを学生にやっていただきます。

 

学生は「本当に私なんかの”心”に聞いてあてになるんですか?」と不安げだったのですが、カウンセラー知能よりはましかもしれない、と思ったので何とかお願いして聞いてもらうことに。

 

「心よ!私のことを助けてくれますか?」って始めに聞いていただきます。

 

すると「嫌だ!自分の頭の中に浮かんでくるんですけど〜!」と口を尖らせて仰った。

 

「心よ!私と心の間に邪魔がありますか?」って聞いてもらうと「あ!母親が浮かびます!」って。

 

そしたら「心よ!母親からの邪魔を排除してください!そして、心よ!排除できたら教えてね!」ってお願いします。

 

学生はしばらく沈黙した後に「ハイ!」って教えてくれます。

 

何度か他の人からの邪魔も排除して「心よ!私のことを助けてくれますか?」ってもう一度聞いてみると「いいよ!」って素直に答えてくれるからこれが止められないんです。

 

「心よ!学校に行きたくない!っていう感覚は私のですか?」と質問してみます。

 

すると”心”は「違うよ!」と教えてくれます。

 

”心よ!”だったら誰の?と尋ねてみると「母親から入れられているもの!」って教えてくれます。

 

え〜!母親は学生のことを一生懸命に学校に行かせるために努力しているじゃん!って心に突っ込んでみたら「プレッシャーを掛ければ行けなくなることを母親は知っているから!」って教えてくれます。

 

心よ!「なんでわざわざそんなことをするの?」って聞いてみると、”心”は「ダメな子にして自分の手元に置いて置くため〜!」って。

 

”心”は「私が駄目な子の面倒をずっと見なければいけない」って思っているから、動けなくしてる、って教えてくれます(ひえ〜!)。

 

「心よ!だったらどうしたらいいの?」って聞いてみると「美術館に行って自分の感覚を感じられるようにしたらいい!」って教えてくれます。

 

「今は、自分の感覚と母親の感覚の区別がついていないから!」って”心”は教えてくれます。

 

え?学生さんって美術館が好きなんだっけ?全然そんな印象なかったよ!って一人で思っています(ちょっと取り残された感じ)。

 

心に聞き終わって、学生さんに確認してみたら「昔は、美術館を一人で見て回るのが好きでした」っておっしゃったので「へ〜!」ってなります。

 

その後、何もなかったかのように学校に行っていて「あれ?美術館には行ってみたの?」って質問してみたら「あ!行きましたよ!」って。

 

学生さんは、心に言われて美術館に行ったことなんかすっかり忘れているから面白い。

 

「現在のAIじゃ、こんな見事な外在化を使った精神療法はできないだろうな〜!」って思いながらも、カウンセラー知能の浅はかさにがっかり。

 

でも、3番目の「母親から成長して離れたくない!」っていうのは近かったのかな?って、自分の中で言い訳をしたくなっているのが悲しいんです。

 

 

”心”は確実に最短ルートを教えてくれます。

 

 

 

 


2016/12/29

「心に聞くは難しい〜!」って思ってしまうのも、これも”意識”が作り出している”暗示”なんです(へ〜!)。

 

だって”難しい”っていう判断は意識的なもの。

 

この”意識的判断”は、実は自分のモノじゃなくて脳のネットワークで伝わってきているモノだったりします。

 

高校生の方がいらっしゃって「本を読んだんですけど、心に聞くのはできないんです!」って仰っていました。

 

”心に聞くのができない”っていうのは意識的な判断になりますから「この方のじゃな〜い!」っていう可能性があります。

 

もう一つ確認しなければいけないことがあります。

 

それは「心の声は、天から降ってくる神の声!」っていう変な概念があります。

 

私も経験があるんです。

子供の頃に、キリスト教の一番有名な本を読んで、神が子供に声を掛けられた、という話の所で「僕も神の声を聞いてみたい!」ってずっと願っていたことがあったんです。

 

当然「聞こえない!」ってなります(たぶん、ここで聞こえていたら両親は私を病院送りにしていたでしょう)。

 

心の小さい声に耳を傾ける、ということを聞いて、小さい声を聴こうとしても「聞こえません!」ってなります(この子は大変だったんです)。

 

自分自身に「お腹空いている?」って問いかけてみると「空いてる〜!」って”思考”が湧いてきます。

 

「これでいいのかも!」って思ったのが、催眠のお師匠さんと楽しく会話をしていた時。

 

脳のネットワークのことを考えたら、外から人の思考が伝わってきても「自分は馬鹿にされている」という”自分の思考”として湧いてきます。

 

だから、”心の声”も自分の思考でいいのでは?となります。

 

ただし、条件として「必ず、質問の冒頭に”心よ!ってタグを付けること」があります。

 

”心”というタグを付けなければ、電車の中で立っている隣のおじさんの脳と繋がって、おじさんの脳と会話をしているかもしれない、ってことになります(それは怖い〜!)。

 

「心に聞けない」っておっしゃっていた高校生の方に「心よ!私と心の間に邪魔がありますか?」って聞いていただきます。

 

これは「心に聞けない!」って脳のネットワークを通じて暗示を入れてきている人がいるかどうかを心に聞いています。

 

すると”心”は「クラスの隣の子が邪魔している!」って教えてくれます。

 

このクラスの隣の子は、この方の意見をいつも否定してくる子で、会話をするといつも惨めな気持ちになっていたんです。

 

そしたら「心よ!そのクラスの子からの邪魔を排除してくれる?」ってお願いします。

 

自分でその子のイメージを頭から消そうとするんじゃなくて、”心”に排除は任せて「排除できたら教えてね!」ってお願いします。

 

このときの注意は、そのクラスの子が浮かんできたときに、背中に痛みが湧いてきたら「その痛みが消えるまで、その子の邪魔は消えない!」って思う必要はないってことです。

身体的な不快感は、この時は一切無視をして、単純に”心”に「排除して!」ってお願いして、こころが「できた!」と教えてくれたら、もう一度「心よ!私と心の間に邪魔がありますか?」って確認するのを繰り返します。

 

高校生の方の場合、それを何度か繰り返したら「心ってすげーことを教えてくれますね!」っていうことに気が付きます(まあ、私が感動したんですけど。本人は、自分の思考のような感じなので何も感動はしません)。

 

その時、こころが「人が怖い」と思うのは、あなたが人と適切な距離を保つのに必要なんです!って高校生の方に教えてくれたんです。

 

この答えを聞いて「すげ〜!」って思ったのは「確かに、この方は他の高校生に比べたら純粋な心の持ち主だから他の子との距離感が大変だろうな〜!」って思っていたんです。

 

「人が怖い」って感じることで人と適切な距離を保つことができて、自分を守ることができる、ってすごいな〜!って。

 

私が期待していたのは「その”怖い”という感覚はあなたのじゃなくて、父親から伝わってきている”暗示”なんですよ!」っていう答えだったんです。

 

それが見事に外れて「へ〜!心ってすげ〜!」になりました。

 

私が高校生の方に変な暗示を掛けるのを、心は見事に回避してくれたんです。

 

話を戻すと「心に聞けない!」っていうのは”意識的判断”で、他の人から脳のネットワークで伝わってきている”暗示”になります。

 

それを”心”にお願いしながら解いていくと、結構”こころ”から面白い答えが効けるようになるんです。

 

(つづく)

 

 

 

 


2016/12/28

「いつも誰かに振り回される」のアマゾンのレビューを書いてくださってありがとうございます!!!

 

どんなに離れていても脳がつながる、っていうことに共感してもらえるとものすごくうれしいです。

本当に邪魔を”心”に排除してもらうと頭がすっきりしますよね。「なんだったんだ?あれは!」という感じで。

そうなんです、自分が相手のことを考えていたのではなくて、相手がつながってくるんですよね。だから、面倒くさい、ってすごくよくわかります。

 

この問題を心に聞いたら「だって、それがないと人は”心”につながらないから」って言われました。

「確かに!」

平和だったら、心に聞かなくなりますからね〜!

 

 

人じゃなくて自分自身に振り回されてしまう、というのはよくわかります。

でも、”心”に「この感覚って自分の?」って聞いてみると「え?そうなの!」という答えが返ってくるから面白いです。

自分の感覚のようで、自分の感覚じゃないって、一般受けしない概念なのですが、でも、あるんですよね〜!

 

PMSに効くコードは「GNRH1の還元」×7が一番だと思っています。ほかには「POMCの還元」×7(ポムシーと呼んでいます)もあります。PRLとかINS、そしてBDNFを唱えて効果が出る場合があります。

 

ためしていただけたら、と思います。

 

私は、今朝、走っていて、ちょっとスピードを出し過ぎたら「あ〜!膝が痛くなった〜!」って足を引きずるようになってしまいました。

それまでリーキーガットの遺伝子を唱えながら走っていたのですが「膝が痛いから唱えられない〜!」となって「どうしたらいいのだろう?」と。

 

「あ!そうだ!足を攣る、という遺伝子があったじゃないか!」と「COL1A2の還元」を唱えたら2セット目で「膝が痛くない〜!」ってなってビックリ!

しばらく唱えて大丈夫だったので「それじゃ、若返りの遺伝子でも唱えてみるかな?」と思って唱え始めたら「膝が痛い〜!」って痛みが戻ってきてびっくり!

 

再び”足攣り”の遺伝子を唱えたら全速力で走っても痛くなくなるから不思議ですよね〜!

 

すみません、私の話で。

 

感謝!!!

 

 

大嶋 信頼お礼



著書のご紹介

新着記事

カレンダー

<< February 2017 >>
SunMonTueWedThuFriSat
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728    

アーカイブ

プロフィール

検索

mobile

qrcode

others

PR