2018/08/21

小さい頃から「布団の中に入ると一人反省会」の毎日でした。

 

「何で友達にあんなことを言っちゃったんだろう?」とか「何であの時に調子に乗ってしまったんだろう?」と自分の言動の一つ一つが悔やまれて「どうしてこんなに自分はダメ人間なんだろう?」と反省して「明日からはいい子になろう!」と計画を立てます。

 

この布団の中でしている反省は、決して「反省して明日頑張ろう!」というさっぱりとした感じじゃありません。ドロドロっとした、ネチョネチョっとした感じで「自分の愚かさ、醜さ、そして人と決して同じになれない惨めさ」などの膿が次から次へと噴き出してくる感じ。

 

よく親から「もっとちゃんと反省しなさい!」と言われていました。

 

「ちゃんと反省していないから同じことを繰り返すんじゃない!」とひっぱたかれます。

 

いや、毎日しているんですって!

 

私の家庭の場合、ちょっと特殊で「キリスト教」というのが入っていました。

 

ですから「罪」を悔い改めなければ地獄に落ちるぞ〜!と教えられていたので「罪を悔い改めて正しく生きる」という意味での「反省」が必要でした。

このまま罪を悔い改めないで、寝ているうちに死んでしまったら「地獄落ちじゃん!」という恐怖があったので「あのことも!そんなことも!申し訳ない!」とある時は、床に土下座をして頭を畳に押し付けながら「申し訳ない!」と反省する。

 

後悔して、そこから反省するネタって毎晩尽きないんですね。

毎日、土下座をしながら「申し訳ない!」と苦しみながら反省します。

 

学校で「おはよう!」と女の子に挨拶をした時に「ふん!」という感じで無視をされます。

すると私は反省グセがついているので「昨日、理科の実験の時に、ビーカーを支えてあげなかったから私は嫌われたんだ!」というのがすぐに浮かんできます。

 

そして、私は「あー!なんで女の子から嫌われるようなことをしちゃうんだろう?」とそれ関連の記憶が芋づる式に引き出されてきて「あの時も、あんな時も、私は女の子にダメなことをしていた!」と苦しみに襲われます。

 

「苦しみって大げさな!」と思われるでしょ。

いや、本当に、胸に太い杭が「グサ!」と刺さったみたいな感じで苦しみが襲ってきて、その「後悔」という杭がなかなか抜けないんですよ。

相手が自分に笑顔を向けてくれるまで、ずっと刺さりっぱなしで胸が苦しい感じ。

 

「あ!しまった!」と後悔して「ちゃんとしなければ」と反省した瞬間に「グサッ!」と胸に刺さって苦しくなり、苦しみ悶える感じ。

 

そんな苦しみ、誰にもわかってもらえません。

だから、一人でもがき苦しみながら「何でこの苦しみを誰もわかってくれないんだ!」と周りの人に怒ってしまう。

怒ってしまうと、また、言動が優しくなくなるから「あ〜!なんであんなことを言ってしまったんだろう?」と寝る前になると「グサッ!」と後悔が刺さってきて「この苦しみから何とか解放されたい!」と私は一人で苦しみ悶えながら「反省」を繰り返していました。

 

過去の失敗から「今度はこんな風に生きれば清く正しい子になれる」と思って反省します。

なぜ、清く正しくなりたいか、いうと、私の場合は「地獄に落ちたくない!」という一心で反省していたのですが、不思議な現象が起きます。反省して清く正しい子になろうとすればするほど、私は失敗して絶望に苦しみ悶え、人から嫌われて孤立するという「地獄」に落ちていきました。

「こんな自分は絶対に救われない!」という絶望感の中にいながらも「反省」することがやめられない。

「今度こそは!」と思っても失敗を繰り返す。

 

反省して自分を変えようとすればするほど、人に嫌われ、蔑まれ、そしてバカにされて「なんて自分はダメなんだ!」と反省の材料が増えるだけ。

 

多分、何にも知らない人がこれを読んだら「この人頭が悪いだけなんじゃないの?」と思われてしまうのですが、それなんですね。「誰からも理解されないこの苦しみ」です。こんなの反省して苦しみ悶えているのに誰からもわかってもらえず、苦しみが増していくこの地獄。

 

ここで鋭い人だったら「後悔と反省をごっちゃにして間違っているんじゃないの?」と気がついちゃう。

 

後悔っていうのは「何であんなことをしちゃったんだ!」という過去への依存になります。要するに過去に執着しちゃうから「失敗を繰り返しちゃう!」というので後悔しちゃったらダメじゃん!という感じ。

 

一方、反省は、過去の失敗から反省して現在の自分を変えて、そして「未来の自分はこんな風になるぞ!」というイメージになります。

 

ですから「あなたが反省しても変わらなかったのは”後悔”だけをして失敗した過去に執着していたからじゃないですか?」と思われてしまうんです。

 

いや、ちゃんと反省はしていたんです。「明日から清く正しい自分で生きよう!」と未来の生き方を頭の中でプランして「よ〜し!今日は失敗しないようにするぞ!」と意気揚々と出かけて行って「チ〜ン!」と撃沈されて「清く正しい」じゃなくて「汚物まみれ」になって帰ってきて、何であんなことを言っちゃったんだろう?と後悔して「次からはちゃんとしなきゃ!」と反省して、という繰り返し。

 

「それって、あなたの頭が悪いだけなんじゃないの?」と言われてしまったら「そうかもしれませんね」というしかなくなってしまうのですが、あるとき、その転機が訪れたんです。

 

(つづく)


2018/08/20

最近、人から「大丈夫なんですか?こんなにバンバン本を出しちゃって目立つようなことをして!」と心配されます。

 

確かに、催眠のお師匠さんのことを考えたら「そういえばお師匠さんは目立つようなことを一切やっていなかったな〜!」と。

 

それって「お師匠さんが誰よりも嫉妬の発作のことを知っていたから」なのでは?と考えたりします。

嫉妬の発作を誘発しない賢い生き方をされていた。

 

そう考えると、私はものすごくアホなことをやっていて、愚か者の極みなのかもしれません。

 

でも、私がそうしたくてしているわけじゃなくて、何か一つの流れがあるようなんです。

 

私がコントロールできない流れ。

 

嫉妬のことを言えば、皆さんが素敵なレビューを書いてくださって「お〜!本がどんどんたくさんの人に広がっている!」となったら、突然すごいレビューが連続したぞ!となるわけですね。

 

以前の私だったら、その言葉を真に受けて傷ついていたのですが、嫉妬の本まで書いてしまった今は「あ!嫉妬の発作を起こしている!」と見られるようになりました。

 

嫉妬の発作を起こして破壊的な人格ってすごいな〜!

ちゃんと破壊的な言動を書いちゃうわけです。

 

それって「お前の方が私よりも立場が低いくせに生意気!」ということで発作が起きて、破壊的な人格になれちゃう。

 

発作を起こす人って、私よりも立場が上、もしくは素晴らしい才能を秘めている、可能性がある。

 

その素晴らしい才能が生かせていればこんな奴なんて!という感じ。

 

ポイントは、そのすばらしい才能も他の人の嫉妬の発作で潰されている、ということ。

嫉妬の発作を恐れるが故に、その才能を封印しているから「ずるい!」と発作を起こしてしまう。

 

嫉妬の発作を起こして脳が帯電すればするほど、他人からの発作を受けやすくなる。

だから、余計に才能が封印されて、それがストレスとなり「発作が止まらない」という感じの悪循環になってしまう。

 

ストレートでいってしまえば、嫉妬の発作を起こしている人もまた、嫉妬の犠牲者である、ということ。

 

発作の犠牲者は、今日もブログの中で書いていましたが確実に脳にダメージが蓄積していく。

要するに完璧にその才能が封印される条件が揃ってしまうんですね。

 

そこから解放される術を追求しています。

 

それが皆さんと繋がって、できている「一つの流れ」のような気がしています。

 

私が勇気を振り絞って嫉妬に立ち向かっているわけではなくて、嫉妬の正体を知ってその影響を受けなくなった時にどのように楽しめるようになるのかと。

 

これまで自動運転のようにここまで流されてきて、振り返ってみるとこのような風景が見えていて、そして、その向こうには皆さんに一緒の自由な世界が広がっています。

 

この流れについて詳しく書いて見たいな、と思うんです。

 

「自己肯定感」が低いあなたが、すぐに変わる方法(PHP研究所)のレビューを書いてくださってありがとうございます。

読み終わるのに一ヶ月半はすごいです。この本を書いた私に本当に共感してくださったんだな、と感じました。書いている時って本当に苦しかったりするんですよね。生まれるまでが結構苦しいんです。私もこの本を書かせていただいて、自分が「かなり変わったなな」と思える不思議な本です。嬉しいな〜!豊かな人生!楽しみです!

「都合のいい女」の男版は「わかる〜!」と思ってしまいました。今日のブログを書いた後で読んで「あ!さっき書いたことだ!」とびっくりしちゃいました。繋がっていますね。すごい気づきです!!若者にも読ませてあげたい、というのは嬉しいです。これからの展開を楽しみにしております。

 

書いてくださってありがとうございます。

 

感謝!!

 

大嶋 信頼

 

 

 

 


2018/08/20

「孤独の足音を聞かない!」ってどんな呪文よ?となります。

 

孤独に足音なんかないし、初めからそんな音は聞こえないじゃないか!と普通の人だったら考えます。

 

なんでこんな呪文のような言葉を使うというと「人は言葉では通じ合うのが難しい」というのがあるから。

 

例えば、この「孤独の足音を聞かない!」というのを一般言語的に書き直してみると「孤独をきっかけに破壊的な人格に変身する目的は、それで周りが自分に優しくしてくれて助けてくれる、という幻想があるからで、それだと悪循環になってしまいます。その仕組みを知ることで発作が治りますよ」ということになります。

 

小学生の私のケースの「自分だけが間違えた」と「私だけがみんなからからかわれる」というのは、“私だけ”ということから“孤独”

が背後に隠れているわけになる。

これを小学生の私に「あなたは孤独を感じているから発作を起こして教室を飛び出したんだよ!」と伝えても「え?孤独なんかじゃなくてみんなが悪いんじゃん!」とか「教師が守ってくれないからそこから逃げ出したんじゃん!」となります。

 

普通の人にこの仕組みを意識的な言葉で伝えても「そんな、なんでも孤独に結びつけりゃいいもんじゃないでしょ!」と必ずと言っていいほど否定されます。

 

この現象ってとっても興味深いんです。

 

アルコール依存症の治療をやっている時に「孤独」をテーマにグループカウンセリングをすると、必ず「なんでそんなことを話さなきゃならないんだ!」という具合に患者さんたちが不機嫌になり「俺には孤独はないのに何で!」と怒り出したりします。

 

これって自然なことなんです。

それは「傷口」は痛いでしょ。だから「痛いところは触りたくない!触ってほしくない!」という動物的な防衛本能で「ガルルルル〜!」と反抗します。

 

どうでもいいことを喋っている時って抵抗や反抗は起きないのですが、「痛い!」という部分になったら、ものすごい抵抗や反応が起きちゃいます。

 

だから、小学生の私は、周りの子供や先生に責任転嫁をして「孤独」を決して認めようとはしなくなってしまうんです。

 

まあ、痛い部分を触らない人生もありです。

それこそ「見ない!」ですね。

みんな同じように、自分の中の「孤独」を否定して発作を起こしながら生きているだから、それでいいじゃない!というのが一般の人の考え方。それを知ってしまった方が生きづらくなるんじゃないの?というのが「正解!」の世の中なんですね。

 

でも、私があえてそこに触れるのは、いつも「自分ばっかり貧乏くじを引かされる!」という人生だったから。

人と同じようになるために、一生懸命に努力をして、そして真摯に人の言葉を受け止めてきました。

すると、人の言葉に傷つき、人に絶望させられ、そしてすべての努力が無駄になる、という繰り返し。

 

「そんな人の言葉を真に受けなければいい!」とか「人に期待をしなければいい!」と言われて、自分でもそのアドバイス通りに生きるように努力してきました。でも、いつしか元の状態に戻ってしまっている私がそこにいました。

 

惨めで貧乏くじばかりを引かされている私が、ボロボロになりながらも一生懸命に生きています。

 

一般の人は「そんな生き方もあるんじゃないの!」と言います。それだから、いろんな気づきがあるし、苦しみからいろんなものが生まれてくるんじゃないの?と言えるのは、この苦しみを知らないから。

 

人の言葉で傷つき発作を起こしている時って本当に地獄の苦しみでした。

あまりにも苦しくて自分の記憶から抜けちゃうぐらい。

それを繰り返しているうちに「本当に脳の記憶の部位がダメージを受けちゃって記憶力に問題が!」とまでなってしまいます。

 

嫌なこと、不快なことばかり頭に残ってしまって、覚えたいことが「ちっとも頭に入ってこない!」となるのは、発作で脳の記憶の部位にダメージを与え続けてしまったから。

 

なんで、こんな手の込んだ方法で「聞かない!」が必要になるかというと、「孤独」が背後にあって「痛み」を感じるから、痛みを感じないで「孤独からの発作」を打ち消す方法が必要だから。

 

なんで発作を打ち消す必要があるかというと、一つは脳のダメージを回復させるため。発作は癖になります。そして、発作を頻繁に起こせば起こすほど脳にダメージが与えられて、という具合で「嫌なことしか記憶できない!」という特徴的な脳になってしまうんです。

 

でも、どうやら最近の科学では「脳は回復する!」という。

 

頻繁に起こっていた発作から「聞かない!」で解放されることで「あれ?脳の機能が違ってきた!」となるこの喜び。

 

そして、もう一つの「聞かない!」で得られるものは「直感力がバリバリ働くようになった!」ということが起きる。

一般人にとってはそれが当たり前のことなのかもしれません。

 

でも「聞かない!」ができなかった私は「いつも貧乏くじばかり引かされる!」となっていました。「聞かない!」ができるようになると、脳の直感力の部位が正常に働く。そして「お!普通の人のように美味しい人生が生きられるようになってきた!」となるから脳って面白いんです。

 

でも、これをやる時に「そんな普通の人のように美味しい人生を歩むなんて間違っているのでは?」と思ってしまう自分もいました。

なぜなら、これまでの苦労をすべて否定しているような気がするから。

 

そんな時に人が「これまでの苦労があったからここまでくることができたんじゃないですか!」と意識的な言葉がけをしても伝わらない。

 

なぜなら「これまでの人生」は苦痛に満ち満ちているから。

そこの苦痛に対して人が優しさをもって意味付けをしようとしても「痛い!」となるから、抵抗や反抗が起きてしまう。

 

だから「反省しない!」が必要になるんです。

 

(つづく)


2018/08/19

「催眠ガール」という小説をなぜ、今、書き始めたのか?

 

そんなことを考えていたら、一つ、面白い発見がありました。

 

「あ!私がお師匠さんと出会った時のお師匠さんと同じ年齢になったからだ!」

 

私が出会ったあのお師匠さんは、無敵で素敵で「到底敵わないや!」と思っていました。

 

私の心の中では未だに「お師匠さん」ですから「到底敵わないや!」というのは何一つ変わっていません。

 

ただ、年齢だけがお師匠さんと同じになった今、私に何ができるのか?

 

そんなことを考えるわけです。

 

そこでリアルに「催眠ガール」と「催眠ボーイ」を募集します。

 

これをちゃんと真面目に書くと

 

研修生を募集します。

 

研修生:第一弾の応募資格は大学院卒。

 

週5日間勤務できる方。

 

勤務時間は9時半から6時まで。

 

給料・福利厚生については面接時に相談。

 

インサイトの受付の方に問い合わせのお電話をいただけたら幸いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2018/08/18

これまでの本を読んでくださった方が「レビューを書いている人は凄く変わっているのに私はちっとも変わっていない!」という声を聞きます。まあ、よく私がそれに対して答えるのが「私も同じように感じるんです!」ですね。「私はちっとも変わっていない!」って私自身も真面目に真剣に思うんです。それと今日のブログに書いてあった「孤独の足音を聞かない!」がつながります。私が「自分だけが変わっていないかも?」と不安になる時に「孤独の足音を聞かない!」と自分の中で唱えていると、結局は「私だけが変わっていない」というのが孤独の足音。それ以外の音を無意識が聞かせてくれた時に「あ!過去を変えるでずいぶん変わったよな!」ということに気が付きます。いやね、本当にビビりだったんですって!あれを使ってから「あれ?全然緊張しないんですけど!」ってなるから不思議。偉い人が目の前にいたって関係なくなってきているから怖い。自分の認識では「年をとったから」と思っているけど、いや、あんた、全然それだけは変わらなかったじゃないですか!と自分に突っ込みを入れています。

 

こうして皆さんの脳と繋がって、どんどん新しい手法が出てきて、みなさんとお話をしていると「この方、凄い!」と私の中ではなっているんですね。無意識に効いていて、どんどんすごくなっている。知らず知らずのうちに。

 

これまで出している本は「意識的な人でも無意識が使えるように」というリクエストにお応えして書き続けているものです。

だから、できるだけ簡単にそしてシンプルに。

 

でも、私のどこかで「お師匠さんの催眠療法を通しで使ってもらいたい!」というのがあるんですよね。

「免許皆伝」的な。

お師匠さんから私が教えてもらった時って、私はちゃんと教えてもらった、という感覚が無くって、一緒に遊んでいるうちにいつの間にか無意識さんとお友達になっていた、という感じでした。

それがもしかしたら小説で出来るかも?ということをお師匠さんは考えているのかもしれませんね。

読んでくださる人が、知らず知らずのうちに、催眠療法のステップを習得していて、やがて「あれ?これって催眠を使っているじゃん!」という具合に周りの人たちを変えていく。

 

意識的な人でも一般の人でもお師匠さんの催眠療法を習得できる一冊、というのを書かされているような気がします。

 

そうなんですよね。今書いている「催眠ガール」は自分を変える、というよりも「周りを催眠で変えちゃう!」というのが流れになっているから、今までの本とは違う。一つの流れ。

その流れは無意識にあって美しい。

 

アマゾンの消したくても消せない嫉妬・劣等感を一瞬で消す方法(すばる舎)のレビューを書いてくださってありがとうございます。

催眠ガール発見!スクリプトが美しいですね〜!催眠ガールの中にも「星空」のスクリプトが出てくるので「お〜!同じやんか!」と感動していました。星空って不思議ですよね。なんであんな星座の形に見えるんでしょうね。そう、星と星がつながり合って、一つの形を作って物語を紡ぎだします。昔はよく見ていた天の川。きれいだったな〜!無数の星の光が川の流れを演出している。良いですね。六年分の感謝ってうれしいです。しっかりと私の無意識が受け止めています。

嫉妬されるのが楽しみ、ってちょっとわかります。以前はあんなに苦痛だったのに。嫉妬されないように高いものを買わないって「ある〜ある〜!」です。そこから自由になっていらっしゃるのは最高!!ぬいぐるみに嫉妬しているわけではなくて、夫がその母親から支配されている象徴に我慢ができず、という可能性が。面倒臭い話ですが、夫が私を大切にしてしまったら、母親の嫉妬が私に向いてしまうから、ぬいぐるみを生贄にして私を母親の嫉妬から守ってくれている、という夫の中の小さい男の子の意図があったりするのかもしれませんね(お母様が生きていてもお亡くなりになっていても同じです)。夫の人形を母親に見立てて褒めてあげるとその生贄は必要なくなるという仕組み、と考えてみると面白いかもしれませんね。

 

すごい恋愛ホルモン誰もが持っている脳内物質を100%使いこなす(青春出版社)のレビューを書いてくださってありがとうございます。

自分の孤独感「自分と闘っていたんだ」というのはうれしいですね〜!恋愛をしている時の孤独感。わかるな〜!こういう風にメカニズムがわかってしまうのは凄いっす!読んでいただいて本当にうれしいです。感謝!!

 

「自己肯定感」が低いあなたが、すぐに変わる方法(PHP研究所)

 

偉い人に嫉妬されるようになったな〜!とちょっと感動しております。

そりゃそうですよね。

私も、もし、あの「過去を変える」を誰かが使っていたら「ずるい!」と結構ダメ出しをしていたと思います。

嫉妬は動物的な発作ですからね。

 

この本のたくさんのレビューを書いて下さってありがとうございます。

 

また、たくさんレビューを書いていただけると嬉しいです。

 

いつもありがとうございます。

 

感謝

 

大嶋 信頼

 

 

 


2018/08/18

私が小学生の時に、確か、国語の授業で「はい!大嶋!ここの箇所を読んで!」と先生から指されて、立ち上がって読み始める。

 

他の子が読んでいる時は「自分にもできる!」と思っているのだが、いざ、自分が立って教科書を読もうとすると、思うように言葉が出てこない。

「アワ!アワ!アワ!」と緊張から声が震えてしまって、そして漢字を読み間違えてしまっう。

 

そんな時に、周りの子供たちが「わーい!間違えてやんの!」と囃し立てる。「ばっかじゃないの?あんな漢字読み間違えるなんて!」という声が耳に入ってきた時に、私は突然涙目になって「なんだよ!」と怒鳴り出してしまう。

 

すると、周りの子は「あいつ!泣いてやんの!」と言われると「うるさい!」と教科書を机に叩きつけて、椅子を「バン!」と蹴っ飛ばし、そして教室のドアの方に翔っていき「ガラガラ!」とドアを一気に開けて、そこから飛び出してしまう。

 

「キュ、キュ、キュ!」と誰もいない廊下に私の上履きを履いた足音だけが響く。

 

私は、その足音に耳を澄ます。なぜなら、その足音がどんどん増えてくれて「あ!自分を追いかけてくれているんだ!」ということを確認したかったから。

 

でも、響くのは私の孤独な足音だけ。

 

それでますます惨めになり、私は下駄箱を通り抜けて校庭を「ザッ!ザッ!ザッ!」と走っていく。

 

その足音に耳を澄ますのは、誰かが追いかけてきてくれて私が一人じゃない、と確かめたかったから。

 

耳を澄ましても、足音は一つだけ。

 

そこでさらに惨めになり、私は学校の正面玄関を抜けて家に向かって「タッ!タッ!タッ!」と走り出す。

 

そこでも静かな街に響いていたのは私の足音だけ。

 

その足音が増えることを期待しながら走り続けたが、いつまでも私の足音だけが響いている。

 

そして、いつのまにか家に帰ってきてしまって、家に入ることもできずに鉄でできた大きな冷たいガスボンベの横に丸まって座って隠れる。

 

冷たいガスボンベの横に座って「なんでこんなに涙と鼻水って止まらずに出てくるんだろう?」と不思議に思う。

「こんなもの流れてこなければいいのに!」と思うのは、泣いた後が両親にバレたら「また、人前で泣いたな!」と「バシッ!」と殴られるから。

 

そんな殴られる音に耳を傾けると、余計に涙が止まらなくなる。

 

泣きじゃくっていると、いつのまにか座ったまま眠りに落ちてしまって、家の中の「リリリーン!」という電話の音で目がさめる。

 

あ!担任の先生から母親に連絡が行ったんだ!背中に恐怖が走って、丸まった体全体に力が入ってしまう。

 

そして、静かな母親の声の後に電話が切れる「チン!」という音が響いた後に、嫌韓のドアが「ガラガラガラ!」と開いて「カツ、カツ、カツ!」という冷たい足音が響いて近づいてくる。

 

そして、なぜか母親は、私がガスボンベとお友達だということを知っていたみたいで、すぐに見つかって「今、先生から電話があったから!」と言われて手を引っ張られて玄関のところまで「ズルズルズル」と引きずられていく。洋服が泥だらけになろうと怒った母親には関係なかった。

 

玄関の中に私を投げると「ピシャリ!」と玄関のドアを閉めて「なんであんたはみっともないことをしたの!」とほっぺたに「パシッ!」とビンタの音が響く。その後に、耳の中に「キーン!」という音がしながら、私は「ごめんなさい〜!」と泣きながら母親に許しを乞う。

 

泣いて謝るぐらいだったらなんでそんなことをやるの!と怒鳴りつけられて「バシッ!」とさらに大きなピンタの後に、耳がキーンとなって母親の怒鳴り声がよく聞こえないのだが、「ごめんなさ〜い!」と泣きながら、今度は父親が帰ってきたら、もっとひどい仕打ちを受ける、と恐怖に怯えてさらに涙が止まらなくなる。

 

何度ひっぱたかれたかわからないが、いくら謝っても許してもらえないことだけはわかった。

そして、私は玄関の冷たいタイルの上に放置されたまま、母親の足音が「タッ、タッ、タッ」と家の中に消えていく。

 

私は、その足音が戻ってきてくれることを願ってか、その玄関の冷たいタイルの上で泣き続ける。

でも、そこに響くのは私の嗚咽と鼻水をすする音だけだった。

 

このお話は、何度か書いていますが私の「発作」という観点で振り返ってみると非常に興味深いんです。

 

まずは、教室で「わーい!」とクラスの子供達から囃し立てられた時に「私だけが間違えた」ということで「孤独」で私は発作を起こします。

 

多分、他の子が同じように間違えても「わーい!」とは囃し立てられなかったと思います。

当時の同級生と話す機会があって「あの頃はごめんな!」と謝られました。

 

「なんであんなことをしたかというと、お前のことが羨ましかったんだよ!」と話してくれました。

私の家は借金取りに追いかけられるような経済状態だったのですが、そんなふうには全く見えていなかったみたいで「裕福で温かい家庭で育っている」と周りの子から思われて「羨ましい」となっていたわけです。

 

ちゃんと教科書が読めた子は「明日の教科書はここを読むから家で練習して来よう」とお母さんが一緒に練習をしてくれていたみたい。私はそんな世界があるなんてその頃は想像もできませんでした。

私のうちは、そんな借金取りに追われるような状況で母親は体調を崩していつも機嫌が悪くて、不機嫌な父親が帰ってくるのをいつも私は怯えて待っている状態で「勉強」なんて考えられない緊張状態でした。

 

私が間違えたら「わーい!」というのは「羨ましい」というのが背景にあったから。

それを私は「私だけ間違えたダメな子」と受け取って「私だけ間違えた」というところで「孤独」で発作を起こします。

 

発作で私は破壊的な人格に変身して「教室から飛び出す!」ということをしてしまうのですが、なんで飛び出したの?ということがここでの大きなポイントとなります。

 

なぜ、破壊的な人格に変身して、あのようなことをやってしまったのか?

 

それは「孤独な足音」が打ち消されるため、ということになります。

 

要するに「私のことを理解して追いかけてくれる足音が増える」ということで「孤独が解消される」という幻想の世界に入ってしまった、ということになります。

 

それは幻想なので、現実に聞こえてくるのは「孤独な足音」だけになるから、ますます「孤独」で発作がひどくなり、私は走り続けます。なぜなら、孤独の足音に耳を傾ければ傾けるほど発作がひどくなり、それと同時に「自分を追いかけてくれる足音があるはず」という幻想も大きくなるから。

 

現実は、発作を起こせば起こすほど、周りの人はドン引きして私から離れていき、私の孤独の足音だけが響いて私を孤独にして発作を増幅させる、という循環になっていたわけですね。

 

今だったら、あの頃の自分に「わーい!間違えてやんの!」と騒ぎ立てられている音を聞きながら「孤独の足音を聞かない!」と教えてあげられます。

 

小学校の自分は「え?なんのこと?」と多分、その言葉を理解できないんだと思います。

なぜなら、発作を起こして走って教室を飛び出す前だから。

 

みんなから囃し立てられて惨めな気持ちになってパニックになりそうな時に「孤独な足音を聞かない!」という言葉で「え?」と一瞬、戸惑います。でも、この「孤独な足音を聞かない!」という言葉が無意識に働きかけてカクテルパーティー効果で孤独以外の音が聞こえてきます。「うるさいよ!誰だって間違えるじゃん!」という声がちゃんと響いていました。「お前のうちは羨ましいな」という声や「お前の母ちゃん優しそうでいいな」という声まで聞こえてきて「あ!一人じゃないんだな!」となって、幼い私の発作が次第に収まっていく。

 

「孤独の足音を聞かない!」という言葉で、無意識が“孤独”以外の音を私に聞かせてくれて、幻想の世界から私を引き戻して、今、そこにある一体感を感じさせてくれる。

 

(つづく)

 


2018/08/17

夏休みから帰ってきました〜!(どんな顔してんねん!)

 

毎日サーフィンの修業の生活をしてきました。

最後の方は「もうサーフボードを握る握力も残っていない」という感じで「チ〜ン!」となって帰ってきました。

 

お犬様と二人っきりで一切、ニュースやインターネットを見ない、聞かない、そして反省しない生活。

お犬様のお散歩、掃除、洗濯、そして食事の用意をして、一日があっという間に終わってしまう、という夏休み。

夏休み期間は、ほとんど人間とは会話をしないでお犬様とだけお話をしておりました。

 

そんな生活をしていたら「本を書きたい!」という気持ちになり、女子高生を主人公にした「催眠ガール」という題名の小説?を書き始めました。女子高生が催眠と出会って、そして成長していく、という物語。書いていて主人公の成長がとっても楽しみ、という感じで「止められない!止まらない!」となっております(かっぱえびせんか!)。

 

なんで、こんな本を書き始めたんだろう?

 

ちょっと不思議なんです。でも、みなさんの脳のネットワークにつながって何かが起きているんでしょうね。私の頭の中で。

 

いつも、脳のネットワークでつながってくださる皆さんに感謝です。

 

そんな中、アマゾンの本のレビューをたくさん書いてくださってありがとうございます。

 

アマゾンの消したくても消せない嫉妬・劣等感を一瞬で消す方法(すばる舎)のレビューを書いてくださってありがとうございます。

何度でも読みたくなる、と書いてくださってありがとうございます。嫉妬から解放された世界っていいですね〜!嫉妬って動物的な発作だから、アパートの前の庭をきれいにしているだけで、近所の人から「ビビビッ!」と発作を受けちゃう。でも、この仕組みを知っていると「影響を受けないかも!」となるわけですね。嫉妬の発作で破壊的な人格に変身しているだけ。その嫉妬の発作って伝播するけど、それってただの脳内の帯電した電気によるもの。その電気を利用できるようになると「ワル!」になるんですね。家族が学習性無力症になっている場合は「心配!」をすれば、私たちの脳内で発作が起きてしまう可能性があるので「ビビビッ!」と感電させてしまうわけでございます。それをわかって、面白がって「ビビビッ!」と電気で感電させていると「いい加減にしろよ!」と本人は家から出て行ってしまいます(良い子は決して真似をなされないように)。一番の方法は、私がアースの役割をして、本人が請け負うはずの電流を流してあげること。その方法は家族の方が「普段やらないような楽しいことをやる!」ですね。例えば、バンジージャンプとか、山登りとか「キャ〜!」という体験をしたときに「放電〜!」となって、家族の方の代わりに放電してあげちゃって「ちょっと自由になってきたかも?」となるのは脳のネットワークで家族はつながっているから。面白かもしれません。

私の本に書かれている対処法って「催眠」を意識しているわけですね。「目の前にないものをイメージする」ということが一番のトランス誘導で手っ取り早い方法になります。私はサーフィンをしながら「あと10年したら自分はどんな状態になっているのだろう?」とイメージすると、一種のトランス状態になります。まあ、近い方法がゲシュタルト療法のエンプティ―チェアなのかもしれません。過去の心理療法と照らし合わせたり、科学的な説明をしながら催眠に誘導する方法も十分考えられるのですが、一番最初に本を出した時に「小学校5年生が読んで理解する本を書け」と言われたのが印象に残っているようです。多分イエスが言っていた「幼子の様でなければ天の御国(たぶん天国のこと)に入ることができない」というのに通じているのかもしれませんね。

みんなの「なりたくない」を担当するようになっていた、というのはわかります〜!嫉妬の影響だって本当にわかりませんでしたよね!!そして、その相手の嫉妬の発作の中心に「孤独」があるなんて。私は、純粋な悪意だと思っていました(お子様か!)。深い洞察だな〜!恐怖の根源になっている「孤独」の本質が見えて来ると面白いことになるんでしょうね。いつか、笑える日が来る、って素敵ですね。すごいっす!

人前で喋れなくなるって、最近になってちょっとずつそのメカニズムがわかってきているけど、当時は誰もその知識がないから理解されずに大変だったと思います。人の中にいてもそれほど緊張もしないし、結構意見を言えるようになっていた、というのはうれしいです。でも、本当にそうなんです!!自由になればなるほど「嫉妬が飛んでくる〜!」となるのは「みんな動物だから!」。おサル〜!ウキキ〜!って書いたら怒られる。家族にけが人が出るってわかります〜!あるある!でも、嫉妬のメカニズムを知っていると「ミュンヒハウゼンシンドロームも嫉妬の発作なんだ!」ということがわかるからうれしいです。よかった〜!嬉しいです。

人間でいることに疲れた、ってわかります。猫はいいですよね。多分猫と犬の差って「反省するかしない」のような気がしています。犬も反省しているのかどうかわからないのですが「ダメでしょ!他の犬の糞の臭いを嗅いじゃ!」と怒ると「シュン」として、こちらをチラチラ見て、犬の糞を避けるようになるから「あ!反省しているのかな?」と思うわけですね。それを見ているとちょっと心が痛みます。反省しない方が自由でカリスマになれるのかも?ということでブログの続きは「反省しない」です。そこに「猫になる」のヒントが隠れているような気がしています。

始めて私の本を読む方へのポイントをまとめてくださってありがとうございます。わかってくださってうれしいな〜!めちゃくちゃポイントを押さえてくださっていて「すごいな〜!」と思うんです。第二次世界大戦の敗戦トラウマを受けた両親の影響を子供たちがどんどん受け継いでいて自由が失われている気がしてならないんですよね。この世界を生きるゲームプレーヤーっていいですね!うれしいです。どんどん自由のゲージが上がっていく。アイテムをそろえてダメージを受けなくなっている。あはは〜!

この本を書いていて、自分でも「何でも嫉妬に結び付ければいいってわけじゃないだろ!」と思うこともあったんです。あれも嫉妬!これも嫉妬!と言っていたらきりがない、という感じ。でも、実際にそうなんですって!聖書の旧約は「これって嫉妬の歴史じゃん!」という感じ。新約聖書に至っては嫉妬でイエスを極刑じゃん!ですからね。イエスは「この人たちは自分が何をしているのかわからないのですから」というセリフを刑場でいう場面があるのですが、子供の頃はそれがどんな意味か分からなかった。この本を書いてみて「あ!そういう意味だったのね!」という理解ができた。いや〜!「自分は違う!」と本を読んでいて私も思うところがあったりすると、それは「否認」という症状で、これも「発作」なんですね。よくわかっていらっしゃる。「認めたくない!」という部分を掘っていくと「発作から解放された!」という具合になるからすごいっす!よくわかっていらっしゃるな〜!金鉱石やダイヤモンドのキラキラいいですね〜!すごいっす!

だから、スクリプトを書いたら催眠状態に入っちゃうんだって!!うまいからも〜!これを読んで、あ!「催眠ガール」を書き始めた理由がちょっとわかりました。蝉の声の「○○を宿す」の所では鳥肌が立ちましたからね。そうなんですよね。スクリプトにしたためることで上下がなくなって、嫉妬の発作を起こさせにくくなる。催眠のお師匠さんはちゃんとわかっていたんだな。接着剤っていうメタファーが凄いな〜!素敵です。いつの間にか催眠状態で、いつしか素敵な花が私の中に咲く予感がします。

 

「自己肯定感」が低いあなたが、すぐに変わる方法(PHP研究所)のレビューを書いてくださってありがとうございます。

この本の後に嫉妬の本ってすごく意味があったんだな、と思いました。「過去を変える」という催眠療法は、自分がやってみて「全然以前の自分と違っている!」とびっくりしたぐらい面白いです。私も「だいぶ遠回りをしたな!」と感覚になりました。私は、今回、サーフィンに行って「オー!いい波だ〜!」と思って乗ろうとしたら並みのてっぺんから下を眺めたら「ヒエ〜!高い!」とビビって乗れなくて悔しい思いを何度もしてしまいました。「なんでここでビビるかな?」と反省しちゃうんですよね。でも、周りには反省しない人たちがスイスイと高い波に乗っていた。面白いのは、反省しなくなったら高い波が怖くなくなってきたから「どんだけ〜!」という感じ。ここが次につながるところなんでしょうね。本当に皆さんとつながっていると展開が面白いです。

 

幼子のようになる、というのはいいですよね。

 

すごい恋愛ホルモン誰もが持っている脳内物質を100%使いこなす(青春出版社)のレビューを書いてくださってありがとうございます。

このホルモンの働い気を理解すれば、自分を冷静に見つめられるようになる、って私も夏休み中に考えていたことだったので「お〜!同じことを考えていた!」とちょっとびっくり。何かちょっとしたことをきっかけに動揺する瞬間に「お〜!ホルモンが動いている〜!」と思っただけで、自分の感情の捉え方が違ったので「へ〜!」となったことがきっかけでした。この本の面白さに気が付いていただいて本当にうれしいです。

「ダメ男」の仕組みはだんだんわかってきましたね〜!優しくされると発作を起こす、という遺伝子があるとどんどんダメ男になってしまう。そして、もう一つ私も持っている「困った人がいると発作を起こしちゃう」というのがポイントなんですよね。周りが見えなくなってしまう。そして発作を起こしてしまうと、相手の力を信じることができなくなって関わり過ぎちゃう。それって自分の意志の力じゃ変えることができないから「骨」なんですよね。骨に対しては発作が起きない。そんな仕組みも見抜かれているような気がして怖くなりました。

 

感謝!!

 

大嶋 信頼

 

 

 

 


2018/08/09

素敵な花束をいただきました!

ありがとうございます。

 

夏休みに入って「あれもやりたい!これもやりたい!」と思っていたのですが、朝起きて見たら「ボー!」っとして「何にもできない〜!」となっていた自分にちょっとびっくり。

 

完全に頭が休みモードに入ってしまいました。

健康になったな〜!

休みの時に休めるような普通の人になってきました。

 

あはは〜!

 

アマゾンの消したくても消せない嫉妬・劣等感を一瞬で消す方法(すばる舎)のレビューを書いてくださってありがとうございます。

家族からの嫉妬ってすごいですよね。家族がご高齢者になったからといって嫉妬って動物的な発作だからなくならない、というのはものすごく興味深い現象だと思います。そして、発作を起こして、様々な症状が〜!キャ〜!手土産は素晴らし気づきですね。持っていかないと落ち着かない、ってわかる〜!無意識に「嫉妬」をちゃんと防ぐことをやっている人間って面白いです。

確かに、この「嫉妬」の本の濃度は高いですよね。それに気づいていただけて嬉しいです。濃縮版、と書いてあるのを読んでおもわず笑ってしまいました。うにょうにょ語りは、催眠を意識している語りで、私もあっちの方がいいのですが「一般の人にはちょっと!」と言われてしまうので「日本を元気にするためには!」という感じでこんな形になっています。みなさんと一緒に進化しています。こうしてつながって助けていただきながら。本当に感謝です。

 

「自己肯定感」が低いあなたが、すぐに変わる方法(PHP研究所)のレビューを書いてくださってありがとうございます。

「過去を変える」は面白いですね。私があれを使ったのは一度だけ。なぜなら、苦しんでいた幼い私は自由になるために必死に唱え続けてくれることを知っているから。ですから、私は何もやる必要がなくて「あ!あの子がちゃんと唱えてくれてどんどん変わっている!」ということを信じることができちゃう。これは、過去の自分との信頼感を再構築しているような感じですよね。だから、実際に過去が変わっていく。面白いですね。御意!もいいですね〜!「シナプスが刈り込まれていく〜!」あはは〜!旦那のギフテッドパートナーになる、というよりも、もう旦那さんが私のギフテッドパートナーなので、それを認めて光り輝いちゃった方が話が早いかも?お子さんには、お子さんの定められたギフテッドパートナーがいるから心配しなくていいかも?「ギフテッドパートナーを使って輝いちゃおう〜!」。

 

感謝!!

 

大嶋 信頼

 

 

 


2018/08/08

素敵な花束をいただきました〜!

 

癒されます。

 

ありがとうございます。

 

今朝は「あ〜!涼しい!走りに行こう!」とジョギングに出かけたら、途中から「ザー!」と雨が降ってきて「ヒエ〜!」となってしまいました。

でも、冷たくて気持ちがよかったです。

雨の中で走るって。

 

アマゾンの消したくても消せない嫉妬・劣等感を一瞬で消す方法(すばる舎)のレビューを書いてくださってありがとうございます。

私もこの本が大好きです。まあ、正直な話「え?何が書いてあったっけ?」と忘れてしまうのは、催眠的なスクリプトのせいです。だからこそ、この本は私の無意識にアプローチしてくれて「あれ?嫉妬のことを意識しなくても影響を受けなくなっているかも?」とか「他人の嫉妬の発作が見えるようになった〜!」と面白いことになっています。催眠のお師匠さんはスクリプトを語ることで、お師匠さん自身も催眠に入っていました。当時は「ダメじゃん!先生が催眠に入っちゃ!」と思っていたのですが、今になってわかります。あ〜!共に成長していたのね!って。自分の書いたスクリプトで自分がいつの間にか催眠状態になって、いつの間にか嫉妬から、そして劣等感から自由になってくのを感じます。それって、自分で自分の変化を感じるんじゃなくて、皆さんのレビューを読んでいて「いいなー!みんなそんな風に変わって!」と嫉妬にも似た感情が湧いてくるのです。その「みんなはいいな〜!」というのを振り返ってみて「あれ?」と感じることがありました。嫉妬を恐れて自分の変化を「否認」していたんですね。私って本当に面白いんです(自分で言うな!)。施設で働くときのヒントになっているのはとっても嬉しいです。

 

感謝!!

 

大嶋 信頼


2018/08/08

「奥さんから怒られるかもしれない!」とか「上司から叱られるかも?」というのでも発作は起きます。

 

「うわ〜!怒られる!」と思ったら「アワ、アワ、アワ」とうまく喋れなくなり「やば〜い!」となってしまう。これも脳内で「ビビビッ!」と電気発作が起きていて脳の言葉の部位を過剰に刺激されちゃっているから。

 

とっさに「あ!嘘をついちゃった!」というのも発作の症状になる。

 

「え〜?わざと嘘をついているんじゃないの?」と疑いますが「いや!嘘は発作です!」。

 

とっさに出ちゃうものだし、嘘をつく瞬間の目って発作を起こしてる時の目になるんですね。

 

そして、一度嘘をつけば、発作で電気がどんどん帯電しちゃうから「次々と発作が起きちゃう〜!」となって「嘘に嘘を重ねてしまう!」となって辻褄が合わなくなる、ということになってしまう。

 

そして「嘘」は発作の症状だから、相手に「嘘」をついた時は「ビビビッ!」と相手の脳に電流を流すことになってしまいます。すると、相手は「オリャ〜!」と破壊的な人格に変身して「なんで嘘なんかつくんじゃ〜!」と烈火のごとく怒ってしまう。

その怒りの発作でますます「やっぱり怒られた〜!」と脳内で発作を起こすから「ごめんなさい!」と謝罪したって、発作で能面のような顔になっているし、発作で自動的に嘘をつく症状があるから「謝罪が伝わらないんじゃ〜!」と発作で嘘をついてしまう人の電流を浴びてますます怒りの人は炎上しちゃうんですね。

 

嘘に近い発作で最も興味深いのが「否認」ですね(否認とは、ここでは自分の問題を認めないこと)。

 

例えば、自分が「もしかしてこれって病気じゃないか?」と疑っている時に、医者から「あなたは病気です!」と言われた時に「ビビビッ!」と発作を起こしてしまいます。

 

「そんなの嘘じゃ〜!」と現実を認めない、というのが発作の症状の一つ。

 

「あいつのせいで病気になった!」というのも、責任を誰かに転化する、という発作の症状。

 

「ビエ〜ン!なんでそんな酷いことを言うんですか〜!」と泣きじゃくるのも、発作で脳の記憶の部位が刺激されて「精神状態が子供に戻っちゃった!」となるから、そんな症状になる。

 

さらには「なんでそんな失礼な言い方をするんだ!」と医者などを攻撃してしまうのは明らかに「発作が起きているぞ〜!」で破壊的な人格に変身しているから。

 

ですから、自分の問題を”否認”して「認めないぞ〜!」とすればするほど「どんどん発作がひどくなる〜!」となって「どんどん周りの人間関係を破壊しちゃうぞ!」とか「今まで積み上げたものをぶち壊しちゃうぞ!」となるわけです。

 

否認するというのは発作だから、否認すればするほど、発作がひどくなって脳内の電気が大変なことになってしまう。

 

その帯電した電気に周りの人たちは「ビビビッ!」と感電して発作を起こしてしまうから「ますます大変な状況になってしまった〜!」ということが起きちゃう。

 

だから「聞かない!」がとっても大切になる。

 

え?何を聞かないにすればいいの?

 

それは「孤独の足音を聞かない!」なんです。

 

(つづく)

 

 



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