2016/08/31

謙虚で忍耐強い人にならなければ求めている物は手に入らない、と思ってきました。

 

寛容、親切、忍耐、自制などを常に意識して高尚な人間になることで素晴らしい物が与えられると信じていました。

 

でも、言語性と動作性知能のバランスが取れた時に、人が自分の縄張りに入ってくるだけでイラッとしてしまう“空の鳥”の現象を考えた時、「自分は間違っていたのかも?」ということに気がつきます。

“空の鳥”状態になった方が、不思議とそれまで変わらなかったその人の周囲の状況が変わっていき、求めていたものが自動的に手に入る現象を目の当たりにしたからです。

 

学生時代から「正しく生きる」を常に意識してきました(真面目か!)。

 

何も考えていないように見える友達ほど、どんどん欲しい物を手に入れていきます。

それが恋人だったり、よい成績だったり、先生からの好評価だったり、他の生徒からの信頼感だったりします。

それに比べて「正しく生きよう」と常に考えていた私は、求めている物が全く得られず、偽善者扱いをされてしまい嫌われ者になります(どんだけ〜!)。

 

これって正しく生きる者に対する迫害か?と思ってきました(アホでしょ〜!)。

 

確かに私は偽善者でした。

なぜなら、正しく生きるを演じながら心の中で自由に生きる人たちを「いつかアリとキリギリスのようになる!」と裁いていたからです。

自分が何も得られず苦労するのは、いつか今楽しく生きている人と立場が逆転したときの為。

そのときはあいつらと立場が逆転して自分が微笑む日が来るはず、と思っていました(暗いな〜!)。

 

言語性知能と動作性知能のバランスをとるコードを唱えていただいて、苦しみの状況からガラリと変わっていく方々を見る時に、あの学生時代に何も考えないですべてを手に入れていた友人たちのことが頭に浮かびます。

 

宗教的な観点で見れば、一見「正しく生きる努力をする人」の方が素晴らしい人、になるのかもしれません。

でも、“空の鳥”の下りを読んでみると、実際は「何も考えないで生きる人」の方が神を全面的に信頼する人になって、本格的に神の恩恵を受ける人となる、と考えてみたらものすごく面白いんです。

 

心理学の授業の時にトラストフォールというのをやったことがあります。

 

目を閉じてまっすぐ立って、そして後ろに立っている人たちが自分を支えてくださるのを信頼して、後ろに倒れる、という単純なワークです。

それをやるまで「みんなから意地悪をされて後頭部を地面にぶつけたらどうしよう?」とか「自分だけ後ろに誰も立っていなかったら?」などと考えてしまって、なかなか後ろに倒れることが出来ませんでした。

でも、一度思い切って後ろに倒れて見ると、みんなの温かい手が背中を支えてくれて、不思議と涙が出てきたのを覚えています。

 

宗教的に考えたら、神を全面的に信頼すれば温かい手であなたを支えてくれるから、考えないで任せなさい、となります。そして、自分で考えないで委ねて任せた時に、全てを与えてくれる、という話になります。

 

 

でも、遺伝子コード的にみると言語性知能が暴走してしまっているから、どんどん不幸の想定をしてしまって「想定した状況が現実になっている」という錯覚に陥ってるだけ、となります。

動作性知能のコードで知能のバランスが取れれば、不幸の想定が次第に収まっていき、錯覚から解放され、都合のいい現実が目の前に広がるようになっていきます。

 

私自身、厳格な宗教的な家庭で育ったせいで、こんな「思ったことが何一つ手に入れられない」という不幸な体質になってしまった、と思っていたのですが、大学は宗教色が濃い学校にいたにもかかわらず、その中で自由に生きていて、全てを手に入れていく友達はたくさんいたわけですから「やっぱり、宗教じゃなくて自分の知能の問題なんだ!」ということが理解できます。

 

聖人にならなければ求めている物は手に入らない、と思っていたのですが、実際は、知能のバランスが取れていないと錯覚に邪魔されて求めている物は手に入りづらくなる、と言うことなのかもしれない、というのは面白い仮説なのかも知れません。

 

そして、人にイラッとすることも悪いことなんじゃないんだ!と思ったら楽しくなります(聖人を意識していたからイラッとすることも悪いことだと思っていた)。

 

動物同様に人間にも縄張りがあっておかしくはありません。

 

その縄張り意識も遺伝子が影響しているなんていうことは、ものすごく興味深いんです。

 

 

 

 

 

 

 

 


2016/08/30

言語性知能と動作性知能のバランスをとるキーワードを唱えていると、考えないで動けるようになります。

 

言語性知能が暴走していると「あれをやらなければ〜!」と思っていてもなかなか動きだすことが出来ません。

 

例えば部屋の片付けのことを考えた時に「やらなければ」と考えた瞬間に、言語性知能が暴走して頭の中で片付けの行程のシミュレーションを何度もしてしまいます。片付けのシミュレーションをしてしまったら、まるで、片付けの為に身体を動かしたように疲弊してしまいます。

 

頭の中で片付けをしただけなのに「疲れた〜!」と本当に疲れてしまって、身体を動かす前に「面倒臭い〜!」となってしまうのはものすごく興味深いんです。

 

知能のバランスをとるキーワードを唱えると、考えないで動き始めます。

 

気がついたら部屋の片付けをしていて、いらない服を悩まずに捨てまくっています(あれ?)。

 

さらに「やらなければ!」と思いながら手をつけられなかったことを考えずにひとつひとつ処理していってだんだんと身の回りがきれいになっていきます。

 

そして、いつの間にか自分の求めていた物が次から次へと手に入るから面白くなってきます。

 

何で今までこんなに簡単なことに対して、あんなに苦労していたのだろう?と不思議になるんです。

 

見ていて、興味深いのが、そのように変わった方々が、ちょっとしたことでイラッとするようになることです。

 

考えないで幸せな方向に進んでいくんだったら「イラッ!」とは無縁になるのでは?と思っていたのですが、その逆の現象が起こったんです!

 

電車の中でも「イラッ!」として、さらにレストランの中でも「イラッ!」とします。

 

ある方が「庭に猫が入ってきてもイラッとした!」というのをお聞きして「もしかしたら!」と仮説を立てました。

 

「空と鳥を見るがよい。蒔くことも刈ることもせず、倉に取り入れることもしない。それだのに、あなた方の天の父は彼らを養ってくださる」から、鳥のように考えないですべてを委ねる事が出来たら“引きがよくなる”のでは?ということで知能のバランス、と言うことにたどり着きました。

 

そして、知能のバランスが取れて委ねる事が出来たら、ある意味で“空の鳥”のようになっているのだから「動物的な縄張り」を感じられるようになって「イラッ!」とするのかも?

 

そこで「縄張り」に関連する遺伝子をイラッとした時に唱えていただいたら「あれ?あんだけイラッとしていたのがイラッとしなくなった!」となったからものすごく興味深かったんです。

 

もちろん、縄張りの遺伝子を唱えていただく前には、戦士の遺伝子や攻撃性の遺伝子、そして境界性人格障害(大変な人)の遺伝子も試していただいたのですが、全く効果がありませんでした。

 

本人にお伝えしないで縄張りの遺伝子に入った時に「あれ?何だか違う!」となって、ピッタリ合った所で「あ!これ!これ!」となります。

 

逆に考えて見ると、縄張りがハッキリして、イラっとするのは空の鳥のように動物的になっていることになります。

 

そして、空の鳥のように考えないで委ねて動いている時に、これまで求めても得られなかった物が不思議と得られるようになる。あの“空の鳥”のことが書いてある有名な本もやるな〜!と思うんです。

 

でも、言語性と動作性知能のバランスを整えるコードを唱えて、それが起こる、というのは「そんなの聞いてないよ〜!」となるんです。

 

パズルじゃないんだから難しすぎ〜!って文句を言いたい!

 

もっとちゃんとハッキリ書いて欲しい!

 

って誰に文句を言っているんだ?

 

 

 

 


2016/08/29

私の理解では、言語性知能は先々のことをシミュレーションします。

 

「地震が起きたらどうしよう?」とか「電車が止まってパニックになったらどうしよう?」や「あの人から嫌われたらどうしよう?」などを考えてしまうのが言語性知能で、それがどんどん浮かんできて止まらなくなるのが、言語性知能の暴走です。

 

言語性知能が悪いわけじゃなくて、ある程度、人は言語性知能を使って「これが起きるかもしれない」と想定しておくことが必要になります。アリとキリギリスの物語がその教訓になります。

 

ちょっと話がそれるかもしれませんが、自閉症のお子さんは、想定外のことが起きると、頭を自分で「どんどんドン!」と叩いて「うわ〜!」とパニックになってしまったりします。生活の中の行動パターンが決まっていて、ルーティーンがしっかりあって、それ以外のことをさせようとすると「想定外!」となってパニックになってしまうのです。

 

自閉症の場合は知的能力の問題から将来のシミュレーションの数はそんなに多くないように見えます。だから、ピンポイントで想定内のことをしてあげないと「わ〜!」とパニックになるから家族は大変!

でも、高機能自閉症の場合は、知能が高くてパニックにならないように、色んな想定をしているから自閉症のようにピンポイントではなく、ある程度、余裕があります。

 

でも、想定外で相手に突然スケジュールを変更されたり、相手から予想外の返答がくると、頭が真っ白になってパニックになり、そして大人の対応が出来なくなります。

 

だから「時の流れに〜!身を任せ〜〜!」なんていうのが困難になります。

 

時の流れにを任せてしまえば、自分の為に用意されている素晴らしい現実がそこにあるのに、それが出来なくて、自分の想定内の中に生きれば生きるほど日々のルーティーンが繰り返されていくだけ。

 

私の場合は、不幸のルーティーンが毎日、繰り返されていました。

 

宗教的な体験をして「諸行無常」とか「空の空、全ては空」などということが体得できれば、先々のシミュレーションを停止して、そして「時の流れに身を任せた時に全てが得られる」という不思議な体験が出来るのだと考えられます。

本当の意味でそれが出来たのはブッタだけかもしれない、とフッと思ったりします。

 

でも、言語性知能が生み出したたくさんのシミュレーションを時間軸で整理する動作性知能のバランスをとるキーワードを唱えていただいたクライアントさんを見ていると「こりゃ!修行って関係ないのかも?」と思ったりするんです。

 

言語性と動作性知能のバランスが取れて、周りがどんどん変化して、全てが思い通りになっていっているのに「それが何か?」と当たり前のように受け取っていて、そこに感動も何も無い、という姿がとても美しい。

 

動作性知能のバランスが取れた時に、先のことや人のことを考えなくなり、そして、周りがどんどん都合のいいように変化していくのに、感動も何も無い、あの感じがすごい!と思うんです。

 

でも、そうなった時に、面白い現象が共通して出てきたんです。

 

それは“怒り”の問題でした。

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 


2016/08/27

「引きがよくなる」とは「自分が望んだ通りの現実がやってくる」ということを意味します。

 

「引きがよくなる」と、人間関係では、自分にとって不快な人は去って行き、自分に必要な人と出会い、交流を楽しむことが出来るようになります。

 

ある方が「先生、時の流れに身を任せる、と欲望に身を任せる、はどう違うんですか?」と質問された(ちょうど昨日のことでした)。

 

この時に「空の鳥を見るがよい。蒔くことも、刈ることもせず、倉に取り入れることもしない。それだのに、あなた方の天の父は彼らを養っていてくださる。あなた方は彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか」。(マタイの福音書から)という言葉が頭に浮かんできました。

 

「欲望に身を任せる」というのは、自分の力で何とかしようとします。

 

「時の流れに身を任せる」とは自分以外の力に委ねることをします。

 

自分自身のことを考えた時に「何とか自分で良好な人間関係を築かなければ」と思って努力していたときは、人から騙され、裏切られ、そして捨てられる、ということが続き、期待と絶望を行ったり来たりしていました。

多分、あれを「人に振り回される」というのでしょう。常に人のことが頭にありグルグルして辛かったことを覚えています。

 

クライアントさんの動作性知能に変化が起きると、先々のことをあまり考えなくなっていきます。

まさに「空の鳥」状態になって、先のことを考えないで感じるまま行動していくと、不思議とその方が本当に望んでいるものが手に入るんです。

 

「お〜!すげ〜!」

 

別に本人がそれを手に入れる為に努力したわけじゃないのに、自動的にそれがやってくる、というのは興味深いんです。

 

突然職場の仕事が変わって、楽に生活できるようになったり、意地悪だった上司が左遷されてしまったりします(あ〜れ〜!)。

 

それを見た時に、多分、自分にとって都合のいい人生ってそこにあるのだけど、自分でコントロール(神を演じる)して自分にとって都合のいい物を手に入れようとするから、手元には本来用意されている素晴らしいものとは全く違ったものがそこにある、となっている、と考えるとつじつまが合うんです。

 

先々のことを想定して「未来を変えよう」と神を演じてしまうから、せっかく用意されている素晴らしい現実を逃してしまう、というストーリーは古くからの様々な物語の中で出てきます。

 

でも、その“先々のことを想定してしまう”というのは言語性知能の暴走であって、それすらも自分でコントロールすることが出来ないものだった、というのはものすごく興味深いんです。

 

「先のことは考えない!」と思っても、自分ではどうすることも出来なかった、というのは私自身が体験してきたことです。

 

だから、無意識さんに委ねる、が必要だったのですが、これも一般の人にはハードルが高くなります。

 

意識的に理解できないものを人は拒絶する傾向がありますから。

 

そこでキーワードを使って、言語性知能と動作性知能のバランスをとり、”先々のことを想定する”という厄介な能力から解放されて見るんです。

 

(つづく)

 

 

 


2016/08/26

「人に振り回されちゃう!」ということを考えた時に「健康な人間関係って何だろう?」と疑問になります。

 

“健康”って考えると「常に元の位置に戻る」という“恒常性”が重要な鍵となります。

 

うつになると体重に通常の5%/一ヶ月の変化が見られます。

60kgの人だったら一ヶ月で3kg太ったり痩せたり、というと「元の体重に戻る」ということが適切に出来ていないことになるから「あ〜!うつかも〜!」となります。

健康だったら、たくさん食べて「あ〜!体重が増えちゃった〜!」となっても、なんだかんだでまた元の体重に戻ってきます。

 

人間関係では「あのひとムカつく〜!」と喧嘩をして怒っても、一ヶ月内に「まあ!いいか!」と元の関係に戻ることが”健康性”の基準につながるのかもしれません。

 

でも、暴力を頻繁に受けているのに相手との関係を切れない!というのはそれに当てはまらなくなります。

 

相手から傷つけられて、そして「もう絶対にこの人は嫌〜!」と思っているのに、またしばらくすると「この人なしではいられな〜い!」となってしまうのも“元に戻る”だから「健康なの?」となるのですが、どう見てもそれは健康的には見えません。

 

考えられるのは、健康な人は“不快”を自動的に避けて”快”を選択します。

“快”と”不快”は感覚なので「考えない」で恒常性機能のように無意識に選択します。

 

すると人間関係では、自分にとって不快な人は自分の周りから去っていって、そして一緒にいて心地いい人しか自分の周りに残らない、という現象が起きます。

 

よって、人間関係の健康性を調べる上で「一ヶ月以上、許せない相手がいるかどうか?」ということが“関係の恒常性”がうまく機能しているかどうかの基準となります。

 

さらに、自分の周りに自分を不快にさせる人がいるからどうか?ということが”快”と”不快”を自動的に適切に選択できているかどうか?の基準になります。

一人以上、自分を不快にする人がすぐ近くにいる場合は“快”と”不快”の自動選択ができていない可能性があり、それによって「不快な人が自分から離れない」という現象が起きてしまいます。

 

世間体や常識を気にしてしまって”快”と”不快”の自動選択が出来なくなってしまうと、自分を不快にする人ばかりが自分の周りによってくるようになって、どんどんストレスが溜って「ヒエ〜!」という現象が起きます(本当にヒエ〜!)。

 

でも、これって意識的に変えようとしても、不健康だったら不健康の恒常性が働いて、いくら健康な位置に付けても「あれ?また同じ不健康な所に戻っている〜!」となってしまうんです。

 

意識的に一所懸命に変えようとしても変わらなかった過去があります。

 

でも、一度、人間関係の健康性を手に入れてしまうと意識的にならなくても不快な人が自分に近寄ってこなくなるから不思議です。

 

どうやったら、その人間関係の健康性を簡単に自分の中にインストールできるのか?ということを追求しています。

 

これがものすごく興味深いです。

健康性がインストールされると本当にその方にとって都合のいい人しかよってこなくなり、不快な人がどんどん離れていきます。

これが「引きがよくなる!」ということなんだ!ということがよくわかります。

(つづく)

 

生理前の食欲亢進に対しての遺伝子コードの質問がありましたのでいくつか載せておきます。

脳由来神経栄養因子の遺伝子である「BDNFの還元」×7とプロオピオメラノコルチンの遺伝子である「POMCの還元」×7になります。もしかしたら性腺刺激ホルモン放出ホルモンの「GNRH1の還元」×7もあるかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 


2016/08/25

新しい本が9月21日にアマゾンから発売されます!

タイトルは『「いつも誰かに振り回される」が一瞬で変わる方法』になります。

アマゾンでは予約販売が既に始まっているようです。

 

今回のこの本は出版社の方から声をかけてくださり完成しました。

 

何だか編集者の方が私の本を読んでくださって「人に振り回されちゃう人に対して書いて欲しい!」と言われて、こんな内容ではいかがでしょうか?と『人に振り回されちゃう人』の為の本が出来上がりました。

 

私自身も、幼い頃からいつも誰かに振り回されていました。

振り回されちゃう、というのは、その人のことを考えると不快なんだけど、なぜか相手のことを考えることが止められなくて、頭の中でグルグルしちゃう、という状態です。

 

頭の中で相手とやり取りをして「何であいつは!」とか「何であの人は!」とずっと戦ってしまいます。

 

実際に対面すると、頭の中の戦いがまるで見透かされたように、相手に裏をかかれて、恥をかかされ、惨めな思いをさせられてさらに「キー!」となっていました。

 

相手に関われば関わるほど、そして考えれば考えるほど惨めになるのはわかっているのに、それが止められなくてずっと苦しんできました。

 

だから、このお題で声をかけられたときはとっても嬉しかったです。

 

この本は、小学生のときのあの自分に読ませたいな〜!という内容の本です。

 

人間関係で振り回されて、怒りと恥と罪悪感まみれになっていたあの時の自分が読んだら「え〜!こんなに簡単なことで嫌な子から解放されちゃうの〜!」と本の中に隠れているたくさんのアイテムを使いながら喜んでいたと思うんです。

 

あの子は不器用だから、簡単なキーワードのアイテムなのに「これは大切なキーワード!」と思ったら「間違っちゃいけない!」と緊張しちゃうから、余計にキーワードが覚えられなくなります。だから、本のキーワードの所に赤鉛筆でしっかりと何重にも線を引いて、そこにしおりを挟んで、嫌なことが浮かぶ度にいちいち本を開いて唱えているような気がします。

 

何度も何度も、嫌なことがあって唱える度に、本を開いているうちに本はボロボロになっていきます。その頃にはキーワードが自然に出るようになって、まるで自分が生み出したキーワードのように思っていて、「みんなこれを唱えればいいのに!」なんて生意気なことを考えてしまうのがあの頃の私です。

 

使い古して、朽ち果てていく本とそのエッセンスをしっかりと吸って生き生きとしているあの子の姿が浮かんできます。

 

これを想像した時点で、再び私の未来は変わっていきます。

 

どんどん太く、力強く、そして頼もしく。

 

このお題を与えてくださって、あの頃の自分でも理解できるような単純さで、そしてバラエティーに溢れたアイテムにしぼってくださった出版社の方に感謝しています。

 

あの頃の自分がキャッ!キャ!とアイテムを使いながら喜んでいます。

 

そして、私の未来は変わっていきます。

 

 

 

 

 

 


2016/08/24

今朝は久々に涼しくて走りやすかったです。

 

信号で抜いた女性に抜かされて「早いな〜!」と思って「抜かすぞ〜!」とスピードを上げようとしたのですが全く追いつかず、いつの間にか背中が米粒のように小さくなってしまいました(あれ〜?)。

 

最近、暑いことを理由に走りが遅くなっていて5min/kmになっていました。

 

うわ〜悔し〜!と自分の走りのフォームを見直して、そして坂道に差し掛かった所でテンションが上がります。

 

オリンピックでボルト選手の走りを見て「すごいな〜!」と思っていて、アナウンサーが「坂道ダッシュをすればあの筋肉は付きますよ!」と軽く言っていたのが思い出される。

 

ダッシュしていくと久しぶりに走りのテンポが掴めてきます。

 

「お〜!前の早さを取り戻したかもしれない〜!」と嬉しくなていると、だんだん抜かされた方の背中が見えてきます。

 

そして、一気に追い抜いて引き離そうとして、フッと振り返るとすぐ後ろにターミネーターのように付いてきています(ダダン!ダ!ダ!ダン!ターミネーターのテーマ曲 ひえ〜!)。

 

朝から何を意地になってやっているのだろう?とフッと我に返ります。

 

でも、このメンタリティーが無ければ、昨日の自分と競争はしないのだろうな〜!と。

 

アホみたいに必死に走っている自分が滑稽に思えつつも、これが必要なんだろうな、と思いながらさらにスピードを上げていきます。

 

走り終わって「アホ」の遺伝子を検索しようとしましたが、結果は0でした。

 

「やっぱり僕のアホは治らないんだ〜!」

 

ちょっとショック。

 

「負けず嫌い」で遺伝子を検索したら1335個も出てきてしまったから、純粋に精神的な負けず嫌い以外の遺伝子が入ってしまっている可能性があります(数が多すぎるとちょっと疑います)。

 

でも、トップのHMGCRは心筋梗塞とか心臓病に関連する遺伝子だから、まさにピッタリ!こうやって負けず嫌いでいると「心臓が〜!」となるでしょうね〜!

 

2番目に来たのはパニック障害に関連する遺伝子だったので、パニック発作を経験したことがある私としては「納得!」という感じでした。落ち着きがなくて、いつも思考を巡らしているとパニックになるんですよね〜!

 

これらの遺伝子を眺めながら、全てが凪ぎになった自分に思いを馳せます。

 

すると何だかフッと「今のままで良いんだ」と思えるから不思議です。

 

 

 

 

 

 

 

 


2016/08/23

「お!車と一緒に住めるスケルトンの家だ!」とよく見たらお店でした。

 

狭いアパートに住んでいると、こんな開けた感じの夢のある空間に憧れます。

 

「いいな〜!」

 

 

罪悪感も恥もこれまで「自分の育った環境が!」とか「自分が繊細すぎるから!」なんてずっと思ってきました。

 

「あんたはナイーブだから」といわれて「そうだよなー!自分はちょっとしたことですぐに傷ついちゃうもんなー!」とずっと悩んできましたが「なんだ!母親が死産したことが罪悪感に影響してたんじゃん!」と考えたらなんかものすごく軽くなっちゃいます。

 

恥の感覚も、それ関連のインシデントから性腺刺激ホルモン系の暴走が起きるようになって、と考えたら「なるほど〜!」となります。実際に遺伝子のコードを唱えて見ると「あれ?そんなに恥の感覚が強くないかも?」とこれまで「恥ずかしい!」と思って躊躇して出来なかったことが自然と出来るようになってしまうから興味深いです。

 

短期精神療法的には「自分の中に原因を作らないで外の問題に置き換える」“外在化テクニック”と判断します。

「そんなに罪悪感を感じてしまうのはおかしい!」と自分を責めるのを止めさせて、免疫が暴走しているから罪悪感が強く感じられる、と「あなたの考え方のせいではありませんよ!」としている所にこの外在化テクニックの意味がある、とします。

 

でも、興味深いのは罪悪感でも遺伝子のコードが66個あって、その人に合ったコードじゃないと罪悪感がちっとも軽減されない、という現象です。

 

「自分を責めない」という外在化だったら「恥は性腺刺激ホルモン系の遺伝子のせい」とわかっただけでも軽減するはずなのですが、それがわかった所で「恥まみれ」という状態は変わりませんでした。

 

「GNRH1の還元」と唱えてみた時に初めて「あ!これが恥から解放された世界なんだ〜!」と一般の人たちが見ている世界を垣間見ることが出来て感動します。

 

「これだからみんなそんなにがっついていないんだ〜!」

 

「これだからみんなそんなに後ろめたい人生って思っていないんだ〜!」とどんどん軽くなっていきます。

 

理論的にはわかっているつもりだったのに、実際に唱える前と後では全然見えている世界が違っていた、というのは我ながら滑稽だなと思いました。

 

もっと興味深いのは、唱えているうちに、見えていた世界があんなに新鮮だったのに、すぐに「当たり前」になってしまい「え?自分って何が変わったの?」とすぐにわからなくなってしまいます。

 

でも、あんなに恥ずかしくて「嫌だな!」と思って自分で掛けられなかった電話を躊躇無くかけている自分がいます。

 

本来の自分に戻っているだけだから「変化」なんて感じない。

 

だって、今までの自分が本来の自分じゃなかっただけだから「だから、何か?」と反応している自分が面白くなってきました。

 

 

 

 

 


2016/08/22

今日は、台風が来ているせいか走っていて身体が重くて途中で泣きたくなってしまいました。

 

ひえ〜!こんな時は思いっきり走るしかない、と一生懸命にスピードを上げようとしてみます。

 

アホだな〜!

 

家でゆっくりしていればいいのに。

でも、一日頭を働かせるために走ることって僕には必要なんですよね。

特にだらけた週末の後は。

 

あは!

 

性腺刺激ホルモン放出ホルモンの遺伝子であるGNRH1と”恥”の関係はものすごく興味深いです。

 

以前から、母親に中絶とか流産とかがあると、この遺伝子のスイッチが入っちゃって、子供の婦人科系の問題や甲状腺の問題を引き起こしてしまうのでは?という疑いをかけていました。

 

流産などだけじゃなくて、不妊治療などでもこの遺伝子に影響があるのかも?という疑いをかけています。

でも、不妊治療が先か、GNRH1の問題があるから不妊の問題が生じるのかはよくわかりませんが、何らかの関係があるのかな?と疑っています。

 

この遺伝子の問題があると性腺ホルモン関係だから血糖値の乱勾配(急激に上がったり下がったりすること)の問題が起きて”キレやすい”という特徴が出てしまったりします(あくまでも臨床から生まれた仮説です)。

 

低血糖状態になると突然怒りだしたり、頭が真っ白になってパニック状態になる、なんてことも起きるのかな?と思っています。

 

”恥”の感覚もものすごく強くて、人前で真っ赤になってしまうことがあり、焦ったりするとどもってしまう特徴なんかもある、ということが遺伝子の特徴から予測できます。

 

そして、フェティシズムに関連していることから、性的なファンタジーに入ってしまって、時間があっという間に過ぎてしまう、というのもこの遺伝子の影響なのでは?と予測しています。

 

性的妄想に浸ってしまうのは、その人の問題じゃなくて、GNRH1の遺伝子のスイッチが何らかの影響で入ってしまったから、と考えるとものすごく興味深いんです。

 

もっとここら辺のことを詳しく書きたいのですが、性的な話って不快感を与えてしまうことがあるので、ここら辺までにしておきます。

 

恥とかどもりとか、性的妄想に浸ってしまうのは遺伝子のせいだったなんて〜!

 

考えてみると本当に面白いですね。

 

 

 

 


2016/08/20

編集作業で走りにいけません(締め切りがものすごく短かいので)。

 

だから、朝起きた時に「雨が降っていてラッキ〜!」と思ってしまいました。

 

晴れていたら「あ〜!走りたいな〜!」と目の前の作業に集中できなくなってしまうのですが「これだったらちょっとましかも!」と。

 

でも、だんだん雨がやんできた〜!ぎゃ〜!

 

やっぱり走りに行きたい!(って依存症か!)

 

 

罪悪感は自己免疫が暴走しているから起こるもので、その人の考え方の問題じゃない、と思ってみたら興味深いです。

 

お母さんが子供を亡くしたりして、自己免疫抗体ができてしまって、それが子供に渡ってしまって”自分を責める子供”となってしまった。

そんなこともあるのかもしれない、と遺伝子コードで確かめてみると思えるんです。

 

免疫関連の遺伝子コードで自責感が「あれ?」と消えてしまったりするから。

 

もっと興味深いのは、罪悪感と恥って関係しているもの、とこれまで思っていました。

 

でも、罪悪感と恥で遺伝子のコードを検索してみると「なんとゼロ!」でした。

 

恥だけだったら10個引っかかってきます。でも、罪悪感と共通するものがありません。

 

恥の遺伝子のトップがNAGPAで言語障害やどもり、そして失読症に関係してくる遺伝子になります。No.2もやっぱりどもり、コミュニケーション障害、言語障害、そして失読症になります。

 

これを見ると「恥」って「なるほど!」と思えるんです。

 

やっぱり”恥”って言葉に関連してくるんだ〜!と妙に納得。

 

でも、もっと面白いのが三番手にいました。

 

それはGNRH1で性腺刺激ホルモン放出ホルモン関連の遺伝子になります。

 

「なんで?」と疑問になります。

 

この遺伝子は子宮筋腫などの婦人科系の病気に関連していたり、男性だったら前立腺炎などの生殖系の問題に関連しています。

 

でも、よくよく調べて見てみると「え!どもりもこれに関連してくるんだ!」と一つ発見(へ〜!)。

 

やっぱり言葉!

 

もう一つはフェティシズムの原因遺伝子との研究も出ているので「興味深い!」となるんです。

 

「恥!」とGNRH1が関連しているのがなんだかよく分かるような気がします。

 

(つづく)

 



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