2016/07/14

アマゾンのレビューで「感想とリクエスト」を書いてくださってありがとうございます。

 

コードを唱えるって本当に面白いですよね!

 

不快なことが頭をぐるぐる回っちゃって止まらな〜い!となっているときに「あ!そういえば唱えてみよう!」と思って唱えるとスーッと不快な気分が消えちゃって「これってズルした気分」になったことが最近もありました。

本当にズルをしてる気分になるから面白い。

興味深かったのが、その時だけじゃなくて、何度か唱えているうちに後になって思い出しても「あ!あのことがあんなに不快だったのが嘘みたい!」となっている。

 

同じ体験をしてくださっている!と思ったらすごくうれしくなりました。

 

リクエストで「ファンタジーの世界から抜け出す方法」と「うつ関連の遺伝子」というのをいただきました。

 

鋭いです!

この妄想とはちょっと違うファンタジーの世界ってものすごい厄介なんですよね!

 

例えば「宝くじが当たってしまったら」なんてちょっと考えてしまうと「あんな車を買って、ドライブであそこの宿に泊まって、仕事はやめないで当たったことを内緒にして続けて」なんてことを延々と考えてしまう。

現実は当たっていないし、財布の中身はスッカラカン!なのに、想像をし始めると止まらなくなって、突然現実の世界に戻ってくると惨めな気分になるから、また、ファンタジーの世界に戻りたくなってしまう。

 

宝くじが当たらなくても「あんな車を買ったら」と考え始めてしまったら、どんどんファンタジーが膨らんで「でも、人から妬まれて傷つけられたらどうしよう?」とか「事故にあったらどうしよう」なんて実際に事故の場面を想像して相手とのやり取りまで考え始めてしまって、起きてもいないのに怒りまくってしまう。「なんでなんだ〜!」ってね。

 

インターネットの会社で「100Gbの速度で接続できますよ!」と言われて契約したのに一年たったら4Mbしか出ないときがあって「営業担当に電話をしなければ!」と思ったら、営業とのやり取りをすでに頭の中でやり始めてしまう。

「あんた嘘をついたろ!」と怒り出しても営業は「そんなこと知りましぇ〜ん!」って白を切る。そして、怒りがどんどん膨れ上がって電話口で怒鳴りつけてしまう。なんてことを想像して心拍数を無駄にあげてしまう。

 

実際に起きていないのにファンタジーの世界に入ってしまうと、それが起きているかのように体験できてしまう。

でも、現実の世界に生きられていない自分が今ここにいる。

 

このファンタジーのメカニズムの仮説って現在、大まかに16通りぐらいある。

 

そして、最近、このファンタジーの仮説で絞れてきたのは「言語性知能と動作性知能のバランスの問題」である。

言語性と動作性知能のバランスが崩れてしまうと、様々なシミュレーションが暴走して”現実の世界”に生きられなくなり「今ここで」の喜びが感じられなくなってしまう。

 

何をやっても虚し、になる。

 

知能のバランスを取る遺伝子コードを唱えていただくと、ファンタジーの世界にあまり飛ばなくなり「今ここで、自分が感じていること」を感じられて楽しく生きられるようになるから興味深い。

 

遺伝子コードだと一般受けしないので、一般人向けのコード(呪文)を作成して、今度発売される本に載せてあります。

 

でも、それだけじゃ足りない場合は、バリバリの遺伝子のコードのリストを書いた本を書いちゃいます(出版社がOKするかどうかは分からないですけれど)。

 

その本を書いてしまったら大変なことになるかも!

自分で自分の首を絞めているかも?(なんのことを言っているの?)。

 

そんな危険な本が出版できるようにこれからも応援してくださったらうれしいです。

 

これから編集作業が始まるので、ちょっと時間が足りなくなってしまうのですが、ここではファンタジーの世界の遺伝子コードの他の仮説をちょっとずつ書きながら、うつの遺伝子のことにも触れていきます。

 

本当にありがとうございます。

 

大嶋 信頼お礼


2016/07/13

曇りだったのに暑くてバテバテ。

 

8km地点で完全に馬面状態に(ひえ〜!)。

 

「道路の向こうにある100円自動販売機で水を買って飲もう!」と思った次の瞬間に雨がザー!っと降ってきた!

 

身体がクールダウンして来て走るのが楽になってきた。

 

このままだと走り続けられるかも!と休憩するのを止めて走り続けた。

 

ちょっと得した気分になった。

 

 

ここで昨日の話の続き。

 

ある小学生の方がから「自分は足が遅くてみんなから仲間はずれにされてしまうんです」という訴えがあった。

 

「自分も肝心な場面でスローモーションのように走っていたなー!」と思いながら「走るのが遅くて仲間外れにされちゃうんですね」と返してみる。

 

「そうなんですよ〜!」

 

この方の場合、私の下手な共感は求めていらっしゃらなくて「遺伝子コードで何とかしろ!」というご要望なので、さっそく「では、遺伝子コードを探してみましょう!」とお伝えしてワクワクしながらコードを選ぶ。

 

私だったら、あの小学生の頃の自分がスポーツ万能だったら、と思って、スポーツ万能の遺伝子コードを選んで唱えていただく。

もちろん、何の遺伝子コードかお伝えしてしまったら、”暗示”(ズル)になってしまうのでアルファベットだけをお伝えして七回唱えていただく。

 

唱え終わった小学生の方から「これは違いますねー!」とストレートで教えていただける。

 

「あれ?スポーツ万能になる結構お気に入りの遺伝子なのに!」と思いながらも違うスポーツ系の遺伝子を唱えていただく。

 

小学生の方は「こっちじゃないですよ!」と唱え終わった後に、私を憐れむような顔をしながら教えてくださる。

 

「すみません」と答える。

 

だったら「仲間外れだから、親密感に関する遺伝子なのかも?」と思って親密感に関係する遺伝子を選択する。

 

小学生の方からは「いや〜!こっちでもないんですよ、僕の胸にぽっかり穴が開いたような感覚がわからないかな〜?」と教えていただけた。

 

あ!心にぽっかり穴が開いた感覚って「うつ?」とやっと小学生の方がおっしゃっていたことが理解できたような気がした。

 

そこで、スーパーヘビー級のうつ病の遺伝子のコードをピックアップして唱えていただいた。

 

すると小学生の方は「これですよ!これ!」となんでもっと早く出さなかったんですか?の体で教えてくださった。

 

8歳から10歳の間は、丁度、年齢的に、リンパ系のホルモンのピークを迎える時期で、ホルモンの乱れで精神的な問題が起きやすい時期であることがすっかり頭から抜けていた。

 

「走るのが早くなれたら!」、「お友達と仲良くなれたら」なんて余計なことを考えてしまったからである。

 

でも、エラーを起こしながら、この方との理解が深まっていくのがものすごく心地よかった。

 

無駄なものがすべて排除されていく。

 

うつの遺伝子コードを唱えて頂いた瞬間にこの方と私の時間軸が動いたのが、何となく見えたような気がしてちょっぴりうれしくなった。

 

この出会いがものすごく素敵である。

 

 

 

 

 


2016/07/12

「自分が醜く見えるんです」とカウンセリングの中で訴えがあったら、カウンセラーは共感して「そうなんですね自分の事が醜く見えるんですね」とお返しするのがカウンセリングの教科書には載っている。

 

もうちょっと共感を深める為に、自分が太っていたときのことを思い出して「あ〜、確かにあの時自分も醜く思えていたな」と自分が辛かったときのことを振り返って、目の前に座っている方の話を聞く。

 

カウンセリングで自分が醜く思える、という訴えを聞いたら“身体醜形障害”が真っ先に疑われる。

身体醜形障害は自分の身体や美醜に極度にこだわる症状で、うつ病と併発している可能性が高いとされているが、どちらかというと摂食障害(食事に問題がある)とか強迫性障害(一般的には完璧主義とか潔癖性みたいなやつ)などと併発することが多い。

 

身体醜形障害の遺伝子コードを調べてみるとやっぱり不安が高い系の遺伝子や妄想系の遺伝子がずらりと並んでいた。

 

「太っていて」と悩んでいらっしゃる方に身体醜形障害の遺伝子をいくつか選んで唱えていただいても「自分が太っていて醜い感覚は変わりません!」となってしまった。

 

「あれ〜?」

 

「もしかしてうつ病も入っているのかも?」と思って身体醜形障害とうつ病の共通遺伝子を探して唱えていただく。

 

「やっぱり、醜い感覚は消えません!」といわれてしまった。

 

頭の中で「ドか〜ン!」と玉砕する。

自分の仮説は間違っていた〜!

 

摂食障害(食行動に問題がある)の遺伝子など色々試してみたが「醜い感覚は変わりません!」となってしまった。

 

そこで「もしかして、肥満に関連する遺伝子?」と思って、唱えていただいたら「あれ?さっきまでのあの感覚がない!」という感想を頂いた。

 

この時、本当にショックを受ける。

 

これまで自分がやってきたカウンセリングは間違っていた!

 

目の前の方がお相撲さんみたいな体型をしていない限り「この方の気にし過ぎで不安が強いことが問題なのでは」という体で話を聞いてしまっていた。

 

でも、実際は「肥満の遺伝子があって、その遺伝子のスイッチがトラウマをきっかけに入ってしまって自分で体重のコントロールが出来なくてすぐに太ってしまう」という訴えもこれまでにもたくさんあったのかもしれない、と考えたらものすごく気分が落ち込んでしまった。

 

人の話は本当に深い。

でも、それを素直にシンプルに捉える必要があることもある。

 

落ち込みながらそんなことを考えていた。

 

 


2016/07/11

昨日も一日波にのまれてきました(あは!)。

 

「あ!コツがつかめたかも!」と前回の練習の終わりごろに思っても、その頃にはもう体力が残っていなくて家に帰ることに。

 

そして、前回の気づきが活かせて波に乗れるようになるのか?といったら「そんなに世の中甘くない!」。

 

人がいっぱいで集中できなくて、前回の気づきを思い出すどころじゃなくなっている。

 

やっぱり、人がいると気になってしまう。

 

そして、やっと自分の周りから人がいなくなった、と思ったらもう疲れてしまっていて、そんな時に大きな波に「ド〜ン!」と飲まれて岸まで流されて戦意喪失(チ〜ン!)。

 

「おうちに帰ろう」となってしまう。

 

「ちゃんとスクールで教えてもらえばいいのに〜!」と言われるのだが「みんなと一緒!」だとトイレのこととかが気になってしまって面倒臭くなってしまう(それは完全に不安障害ですね〜!)。

 

サーフィン友達と一緒だと、同じぐらいの年齢なので、一時間ぐらいで上がってくださるのでちょうどいい。

 

スクールに入ってしまったら時間の拘束が恐ろしい(ひえ〜!)。

 

そんなことで、毎回毎回、失敗の連続だけど、面白いことは、毎回、体力がなくなった最後の最後で「あ!あれがコツなのかも!」と気が付くこと。

 

そして、ちょっとずつ自分がヴァージョンアップされていく。

 

そこが面白い。

 

まあ、実際の波には乗れてないのだから、外から見ても、自分からしても「何も変化していない」ように見えるのだが、超えるべきハードルは確実に変わってきている。

 

家に帰ってきてから、選挙のニュースしかやっていなかったので、久しぶりに日本の映画を観てしまった。

「マイストロ」という日本のオーケストラの話なのだが、終盤に思わず泣いてしまった。

 

何だか盛りだくさんだった一日だった。

 

 

 

 

 

 


2016/07/09

街を歩いていて、スマートフォンを見ながら歩いている人がぶつかってくる。

 

「イラッ!」としてしまって頭が過活動を起こす。

 

さっきまで、頭の中は平和だったのに、突然暗雲が立ち込めてくる。

 

そんな自分がものすごく嫌になる。

 

どうでもいい人のことでどうでもいいことなのに、いつまでもぐるぐるとその人のことを考えてしまう。

多分、普通の人だったら、こんなこと気にしないんだろうな〜!と思いながら考えるのが止まらない。

 

昔「自分は器が小さい」と思っていた。

 

「自分の器」とイメージしたときにおちょこしかイメージできなかった(残念ながら今でも)。

 

大きな器の人になりたいな〜!と思いながらこんな年齢になってしまったけど、未だにこんなことで苛立っている自分がいる。

 

でも、このイラッとしてしまう仕組みを考えてみると面白い。

 

「歩きながらスマホをやるのは、ほかの人のことを考えていないから間違っている!」と”正義感”が発動して脳内で電気発作が起きている、と考えると面白い。

 

電気発作が起きてしまうと、自分が自分じゃなくなり、頭のおかしい人に変身してしまう。

頭のおかしい人とは、脳の怒りと恐怖を感じる部位が電気発作により過活動を起こしてそれが収まらなくなってしまう(あか〜ん!)。

 

そこで”正義感”に関連し、さらに電気発射にも関係している遺伝子の名前を唱えてみる。

 

「あの野郎〜!」は収まらない(よ!おちょこ人間!)。

 

よくよく考えてみると、お腹が空いているときにこのような発作が起きることが多い。

もしかして「危ない!」と思ったときに、頭の中で血糖値を抑えるホルモンが分泌されて、脳が極限の空腹状態になるから、低血糖状態で電気発作が起きて狂犬のように「グルルルル〜!」と相手を威嚇してしまうのでは?と考えてみる。

 

低血糖を引き起こす遺伝子を唱えても「この野郎〜!」は消えない(やっぱりおちょこや〜!)。

 

「もしかして!」とひらめいたのは、妊娠ホルモンの抗体に関連する遺伝子。

 

流産とか堕胎をしてしまうと妊娠中に産生されるホルモンの抗体ができてそれが後々に精神的なものに影響してしまうかも?という話を確かどこかに書いていたと思う(その子供もその抗体を受け継いでしまうという仮説)。

 

母親も私を出産する前に死産をしているから、もしかして、あれが関連しているのかも?とその関連の遺伝子を唱えてみる。

 

すると、スーッと心が凪になる。

 

「さっきまでの怒りははなんだったの?」とちょっと自分でも疑ってしまう。

 

ちょっとズルをしたような気持になっている自分がおかしかった。

 

「おちょこの原因ってこれなのかも?」と思ったら面白くなってくる。

 

 

 

 

 


2016/07/08

「先生のブログの時間軸のスクリプトのおかげで先のことを考えなくなりました」と言われてちょっとうれしくなった。

 

「先のことを考えないで今を生きることが大切」というのは分かっちゃいるけどなかなかできない。

 

だって、先のことを考えておかなければ不安でしょ!となる。

 

でも、先のことを考えれば考えるほど、不安はどんどん増えていく。だから、考えることが止められない。

不安を打ち消すために人に相談したり、インターネットで調べたりして時間を費やすが、それをすればするほど不安は増していく。

 

”今、この時を生きる”ことができたらどんなに素敵なんだろう。

 

一般の人と会話しているとそんなことを思ったりする。

 

過去のこと未来のことを考えてしまって”今”を生きられない。

そして、自分のことじゃなくて他人のことばかり気にしてしまって自分の感覚で生きられない。

 

この特徴は実は遺伝子的な特徴である、ということがわかってしまった。

 

動作性知能と言語性知能のバランスが遺伝子のスイッチで乱れてしまうと「先のことを考えずにはいられない!」とか「常に人のことを心配せずにはいられない」という状態になってしまう。

 

遺伝子のスイッチの問題だから「先のことを不安に思うのを止めなさい!」と言っても「無理〜!」となってしまうのは当然のことだった。

 

意識的に自分の思考パターンを変えようと思っても、一時は成功するが、またすぐに元の状態に戻ってしまう。

 

そこで別時間軸のスクリプトの出番となる。

 

色んな別時間軸のスクリプトを読むたびに、いつのまにか動作性と言語性知能のバランスを乱す遺伝子のスイッチが入っていない自分の時間軸にたどり着き、その自分の脳と脳のネットワークでつながっていく。

 

すると自分の遺伝子のスイッチがオフになる。

 

「あれ〜!先のことを考えなくなったぞ〜!」と不思議な感覚になる。

 

そこには凪の世界が広がっている。

 

また、様々な刺激でスイッチが入って乱されても大丈夫。

 

「いつでも、また、私はここに戻ってこれる」。

 

 

 


2016/07/07

今日は七夕。

 

青空が広がっているから、今夜は天の川が見えるかしら。

 

小学校の頃は、近所の空き地からでも天の川が見えた気がした。

 

”天の川”で一番の思い出があるのは千葉の九十九里海岸のそばにあった親戚のおばさんの家の芝生に寝そべって見上げたあの空。

 

澄んだ空気を胸いっぱい吸いながら、夜空を仰ぎ見ると、まるで雲のような星の集まりがずーっと帯状に続いている。

 

芝生の柔らかい感触を背中で感じながら、双眼鏡で流れ星を探していると、人工衛星が見えたりして、夜空を眺めているのがとっても楽しかった。

 

しばらく星空を眺めていない。

 

フッと高村光太郎の智恵子抄のあのセリフが思い出される。

 

日常の忙しさにかまけて、あの満天の星がいつの間にか自分の頭から抜けてしまっていた。

 

あの星空をもう一度見てみたい。

 

空いっぱいに広がるあの星空を何も考えないで仰ぎ見たい。

 

 

 

 

 

 


2016/07/06

家の中で「俺は偉い教祖様なんだ!」と暴れているお子様の相談を受けさせていただいたことがあった。

 

病院では「統合失調症ですね!」と言われた。

 

引きこもって家から一歩も出れないのに「偉い教祖なんだ!」と言っている姿を両親は受け入れられなかった。

 

そんな両親に「時代が違ったら、息子さんの様な症状の方は確かに教祖様とあがめられていたでしょうね!」とお話をした。

 

お告げが聞こえてしまったり、人には見えないものが見えてしまったら「おー!この人はただ者じゃない!」と昔だったら教祖様に祭り上げられていたかもしれない。

 

でも、今は「ハイ!病気ね!お薬を飲んで!」と情緒ない対応をされてしまう。

 

「なんて情緒の無い時代なんだ!」と言ったら、両親は笑ってくださった。

 

この方の場合、どこかの教祖様と接触してから「俺の本当の姿は教祖様だ!」となってしまったから、脳のネットワークでその新興宗教の教祖様とつながってしまって、教祖様の脳内のストレスを請け負ってしまって動けなくなっている(という仮説)。

 

たくさんの信者さんを抱える新興宗教の教祖様だったら、ストレスを抱えている信者さんたちの脳と繋がってストレスを請け負わされてしまう可能性がある。さらに新興宗教だったら、脱退した人たちとその家族からも恨まれていたりするから、さらに教祖さんが請け負うストレスはものすごい物だったりする。その脳と繋がってしまったら「ドカ〜ン!」となってものすごい恐怖を感じてもおかしくない(ドカ〜ン!って何?)。

 

人間のドロドロしたストレスを一気に請け負ってしまったら、もの凄い恐怖に襲われるんだろうな〜!なんて考えてみると、息子さんの症状の見え方が変わってくる。

 

教祖さんが教祖になるためには、色んな人を犠牲にして、その人たちを踏み台にしてのし上がっていく。その過程でいろんな感情や感覚が麻痺していく。純粋さや繊細さなどが一切必要なくなれば、他人からストレスを流されてもそれなりに対応できてしまったりする。

 

でも、純粋さや繊細さを持っている男性がその教祖さんのストレスを請け負わされた時に、何かが崩壊していく。

 

そんなことを考えていると、本当につながる人って大切なんだよな〜!と思ったりする。

 

「私はあの人のせいでこんなになってしまった!」と人が言うと「そんな人のせいにばかりして!」と否定されてしまう。

でも、脳のネットワークが存在していてデータのやり取りをしている、という仮説を立てた時に「それってあり得るかもしれない」となる。

 

こんな仮説を立てて、目の前の男性のハンディーを差っ引いて計算していくと、本来の男性の姿が見えてきて「この方ってすごいかも!」と思えてくる。

 

その面接を終えた後に、表参道の道を歩いていたら、夏の暑い日の中に青いバンに4人のスーツを着た男性が窓を開けて乗っていたのを見た。

 

そのとき「え!?」と自分の目を疑った。

 

さっき、会ったあの教祖様の男性とと同じ顔の男性がスーツを着て暑い車内を微妙な表情をして同僚とみられる男性と一緒に座っていた。

 

信号待ちで止まっていたので、目をこすってもう一度見てみたがやっぱりあの男性と同じ顔(幻覚か?)。

 

両親が望む別時間軸に一瞬、迷い込んでしまったのかもしれない、と思ったらちょっと面白くなってきた(妄想か!)。

 

人の中にはいろんな姿がある。

 

それがとっても興味深い。

 

 

 

 

 


2016/07/05

大学を卒業して、クリニックで働くようになってから、同僚に知能検査をしてもらった。

「あれ〜!」という結果だった。

自分が思っているよりも比較的低く出てしまって「ショック!」。

そこで、日本語の語彙の部分だけ、25歳レベルから高校生の18歳のレベルで計算しなおしてみた。

すると「これだったら納得!」という点数になった。

 

大学の時はほとんど日本語で勉強していなかったので語彙レベルが高校生で止まっている(という仮説)で計算したら、自分でも「まあ!こんなレベルだよね」という感じになる。でも、普通のカウンセラーはこんなことはやってくれない。

「ハイ!あんたの知能は低い〜!」とされてしまう(どんだけ語彙の点数が低かったんだ〜!)。

 

アメリカで知能検査を受けた時はぴったり高校生の平均点だった(日本で受けた知能テストとは全く違うやつ)。

語彙を使ったIQテストでぴったり平均点。

「俺ってあほだ〜!」と言ったら「お前は母国語で受けていないからこの点数で当然だ!」と怒られた。

 

じゃあ、何で日本で知能テストを受けたときに、日本にいなかった期間を差っ引いて計算ができないの?ということになる。

ここが問題である。

 

目の前のクライアントさんに対して「すげ〜!」とカウンセラーが言うと「また、このカウンセラーは商売でおべんちゃらを言って!」と言われてしまう。

 

でも、それは違う。

様々なハンディーキャップの分を計算しなおして、その方本来の姿を見ているから「スゲー!」と見えてくる。

 

ものすごい両親に育てられたハンディーキャップ。

誰からも理解されず四面楚歌の中でストレスにさらされ続けたハンディーキャップ。

両親のストレスを請け負わされたハンディーキャップなどなど、育ってきた環境を聴取すると様々なハンディーキャップがあって、それを加味した計算をしていくとその人本来の姿が見えてくる。

 

だから「すげ〜!」と本心で思える。

 

もしかしたら一般の人も無意識でその計算をして相手の本質を見ているのかもしれない。

だから「自分はダメだけどあの人は凄い!」と思えてしまうことがある。

 

でも、この「自分はダメだけど!」というのがポイントである。

 

ここで、一見、相手と比較して「相手と比べたら自分はダメだ」と言っているように聞こえる。

実は「ハンディーの無い自分と比較して」ということがこの言葉には隠されていたりする。

 

私の知能テストのように、もし日本の大学に行っていたらもっと知能テストの点数が高く出ただろうに、というのは別時間軸の話になる。

一生懸命に勉強して日本の大学に進学していた時間軸の自分と比べたら「駄目だ〜!」となってしまう。

もし、あの時、日本の学校を選択していたら、という事を考えるということは、別時間軸が存在していて、別の人生を歩んでいる自分が存在している。

 

カウンセリングでは、そんな別時間軸の姿も計算に入れながら見る必要がある。

 

面白いのだが、私の場合は「日本にとどまっていたら」ということを想像してもその世界は展開していかない。

30歳までは想像できたが、それ以降の人生がイメージできなくなってしまう、ということは、別時間軸の自分の人生はそれほど長くなかったかも?と考えると面白い。

 

もしかして、あのお師匠さんに出会ってから、私の時間軸は割れなくなってしまったのでは?と考えることがある。

 

他の時間軸の自分をイメージして、その自分のストレスを背負うことが無くなる。

いつも単一の時間軸で自由に生きることができている。

 

いつの間にか別時間軸がイメージできなくなっている自分がここにいる。

 

それがとっても興味深い。

 

 

 

 

 


2016/07/04

素晴らしいレビューをありがとうございます!

 

読んでくださる方が、楽に、自由になってくださったら本当にうれしいです!!

 

私たちが求めている”自由”ってどこかに存在しているんですよね。

 

多くの人はそれは「夢物語だ!」と否定します。

もしかしたら、以前は私もその一人だったと思います。

 

お師匠さんがFAPのセミナーを見てくださった時に「いつか、治療に指の順番を使う必要がなくなる時が来るかもしれませんね〜!」と仰っていた。

 

その時、アホな私は「いいえ、先生、指の順番が大切なんです!」と豪語していた(アホだ〜!)。

 

クライアントさんたちからも「先生、話はいいから呪文だけ下さい、呪文だけ!」と言われた時に「こうして話を聞いて治療者が共感することが大切なのに、なんでそんなカウンセラーを否定することを言うのだろう?」と思っていた。そして「そんな簡単に楽になる呪文なんてありません!」と言い切っていた。

 

お師匠さんもクライアントさんたちも、未来を見ていた。

 

みんなの願いがどんどんかなっていく。

 

そんな興味深い体験を本を読んでくださった皆さんと一緒にしている気がしています。

 

本を読んでくださる皆さんと一緒に、私の中のこれまでの常識がどんどん変わっていく。

 

そして、常識に縛られていた私自身が皆さんと一緒に楽になっています。

 

本当に感謝です。

 

大嶋 信頼お礼

 

 

 



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