2018/12/07

朝日カルチャーセンター12/9講演 

朝日カルチャーセンター新宿教室主催で1日限りの講演

日時:2018/12/9(日)14:00〜15:45

会場:コングレスクエア日本橋 コンベンションホールA・B(13時30分開場予定)

 

 お金持ちになる仕組み 〜「無意識」の力で豊かに生きる方法

 

「どうやったらお金持ちになれるのだろう?」と真面目に考えてみたら「落ち着きのなさ」や「余計なことを考え過ぎちゃう」とか「すぐに決めつけちゃう」などの改善したい特徴が見えてきた。
親も同じような特徴があるので遺伝的な要素も考えられるが「お金持ち」の方向に進むときに足を引っ張られる周囲からの嫉妬の影響も無視することはできない。そんなお金持ちになるのを妨げている仕組みを「一つの物語」として耳を傾けてみると、いつの間にか本当に求めていた自分の姿に出会えるのかもしれない。
カウンセラーが注目している無意識を使ったお金持ちになる仕組みと使い方を紹介していきたい。(大嶋信頼)

 

 

 

 


2018/12/07

今日は暖かいけど昨日、この時期に半袖短パンでジョギングをして早朝に市場に行くと「寒そうだね!」とおばちゃん達から声をかけられます。

 

そんな時に私は「そうでもないよ!走っていると」と言ってしまうと「チーン!」とそこに沈黙が流れて会話が止まってしまう。

 

まあ、普通の人だったら「そんなところで会話したってしょうがないんだから、さっさと切り上げて魚だけ買ってきたらいいじゃない!」という話になりますね。

 

私の場合は「チーン!」の後に嫌な気分になってしまいます。

 

「あ!またやっちゃった!」って。

 

せっかく話しかけてくれたのに、また、場の空気を凍らせるようなことを言っちゃったよ!私って最低、と自分を責めてしまいます。

 

私が会話の中に入ると、会話が続かなくなる、というジンクスがあるんですね(ジンクスは縁起の悪い言い伝えのこと)。

 

そのことが一日中頭から離れなくなってしまって「あ!あの時あんな答え方をしなければよかったのに!」と後悔しちゃう。

 

「あのおばちゃんから、おかしな人と思われたかな?」と悩み苦しんでしまうんですね。

 

普通の人から見たら「あ!そんなことでくよくよするなんて頭のおかしい人だ!」と思われてしまいます。

 

だから、誰にも打ち明けることができない。

 

こんなことを人に相談した日には「バカじゃない!この人!」と蔑みの目で見られてさらに惨めな気持ちになる。

 

ある人からは「なに?あんた、いい人アピールしたいだけじゃない!そんな人に悪く思われた〜!なんて言っちゃって!」と責められる(ヒエ〜!)。

 

違うんですって!別にいい人と思われたい、とかそんな意図はないんですって!と言ったってそんなことはちっとも伝わらない。

 

そもそも、なんで半袖短パンで走るかっていうと「洗濯物を増やしたくない」という思いから。

 

幼い頃に「あんた!洗濯がどんだけ大変かわかっているの!なんで服を汚すの!」と母親から怒鳴られて頬っぺたをつねられ「ごめんなさい!」と泣いていた。

 

そして、洗濯物を出すのが怖くなる。

 

母親はいつも調子が悪かったから、洗濯物が溜まっていて「体操着が必要なんですけど」と言うと「あんたが自分でやればいいでしょ!」と怒鳴られる。

 

だから、そのうちに洗濯物を出さないでいつまでもロッカーに汚い体操着を入れていて、ものすごい臭いがして「大嶋!臭い!」とみんなからバカにされるようになる。

 

臭い、とか言われると、洗濯が辛くてできない母親をバカにされているような気持ちになって涙が溢れてくる。

 

そんな育ってきた背景があって、どうせ汗をかいて汚してしまうのだから、洗濯物は最低限で、と思いながら靴下も履かず、半袖と短パンで走っている。

 

だから「寒そうだね!」と言われた時に、私は自動的に防衛の姿勢になってしまって「そんなことないよ!」と言ってしまうんですね。

 

「洗濯もできない貧乏人とは思われたくない」というスイッチが自動的に入って「そんなことない!」と否定してしまう。

 

ここに嫉妬の理論で「なぜ、後になって不快感が残って、それがいつまでも消えないのか?」ということを言及していくともっと面白い話になるが、そこは何度も書いているので割愛する。

 

「イエスセット」を使うと「そうだよね!」と自然に言えるようになる。

 

「寒そうだね!」と声をかけられた時に「今日はものすごく寒いよね!」と返すと「本当に寒いね!」とおばちゃんからイエスが返ってくる。

 

私は次のイエスのために「おばちゃんも寒いから風邪ひかないように気をつけなきゃね!」と声をかける。

 

するとおばちゃんが「そうなんだよ!この時期に風邪をひいたら大変だからね!」と返してきて「ゲッツ!」となる(ゲッツは「イエス」をゲットした、という略で、芸人さんのギャグを真似しています)。

 

そこで私は「この時期は忙しいから、風邪なんかひいてられないよね!」と返すと、おばちゃんが嬉しそうに「そうなんだよ!貧乏暇なしだから風邪なんかひいてられないよね!」と言って私が買った魚を包んで、にこやかに手を振ってくれる。

 

この時に感じるおばちゃんとの一体感がたまらなく嬉しい。

 

この一体感を求めていたけど「母親の辛さ」、「貧乏」、「責められる」や「バカにされる」という私の中の常識が邪魔をして感じられなくなっていた。

 

私が背負っている過去の重荷が人との一体感を阻んで、一生感じられないもの、と思っていたのが「あれ?意外と簡単だった!」と嬉しくなる。

 

「人と一体感が感じられない」という私の中の常識を催眠という無意識が変えてくれる。

 

このように書いてみると相手を催眠に入れる、というよりも、自分自身が催眠ということを意識することによって、自分自身の常識から解き放たれて無意識さんの世界に導かれて一体感が得られる、と考えた方が面白いのかもしれない。

 

「母親の辛さ」、「貧乏」、「責められる」や「バカにされる」などの私の意識が、あのおばちゃんの笑顔で泡のように消えていく不思議な一体感。

 

そう考えてみると、意識が作り出しているこの世界は意外と簡単に変わるものなのかもしれない、と無意識さんが教えてくれているような気がした。

 

(つづく)

 

 

 

 


2018/12/06

今日、雨空を見上げながら椅子に座ったら、フッとクリニックで働いていた時のことを思い出しました。

 

お昼にクリニックから抜け出して、下町の定食屋さんまで白衣を着たまま走っていき、定食屋さんで「おじちゃん!焼きサバ定食一つ!」と注文して椅子に座る。

 

木の椅子に座って上を見上げるとテレビがついていてNHKの連続テレビ小説をやっていて、サバが焼き上がるまでついその画面に見入ってしまう。

 

主人公が大変な環境の中で一生懸命に頑張っている姿を見ながら、思わず涙が溢れてきて、薄汚れてきた白衣の袖でその涙を拭う。

 

そうしていると、先輩が定食屋に入ってきて「おう!大嶋君!」と一緒の席に座って、店の店主に「俺も同じのを!」と注文する。

 

先輩は、私が何を注文したのか知らないのに。

 

先輩の定食と私の定食が同時に来て「私の待ち時間はなんやねん!」と突っ込みたくなったが、お腹が空いていたのでニコニコしながら「いただきます!」と元気よく割り箸を割って食べ始める。

 

温かい味噌汁が身体にしみて思わず「あ〜!」とおじさんのように唸ってしまう。

 

先輩は「どうですか?仕事は?」と優しく聞いてくださった。

 

私は「仕事は楽しいです!」と聞いてくれたことが嬉しくてはにかみながら答える。

 

「なんか大変なことはありませんか?」と聞かれた時には、正直に応えようかどうか迷ったのだが「今のところはありません!」と言ってしまった。

 

優しい先輩には、負担をかけたくない。

 

そんなことを思っていたのか、それとも先輩に相談したところで自分が苦労して学習して成長しなければ何も状況が変わらない、と思っていたのか。

 

それとも、そんな風に優しく聞いてくれる先輩ですら私は信用ができなかったのか。

 

今、当時を振り返っても、その答えは出てこない。

 

静かに食事が終わって「そろそろいきましょうか!」と先輩からやさしく声をかけてもらう。

 

すると先輩が「先に行っていて!」とお財布を出した時に「あ!もしかして奢ってもらえる!」と嬉しくなったのは、今でもはっきり覚えている。

 

私がマジックテープの財布を手にとって「バリッ」と財布を開けた時に、先輩が「いいから!いいから!」と優しく「あっちへ行って!」という手のポーズをしてくださった時に、私は素直に「ごちそうさまです!」と素直に先輩の好意を受け取ることができた。

 

すっかり温まった体で足取りも軽く一人でクリニックに戻る姿を先輩が後ろから眺めている。

 

私は、先輩の姿に気がつき、遠くから「ありがとう!」と大きく手を振ってクリニックの建物の中に入っていった。

 

なんで、こんなことを思い出すんだろう?と思っていたら「あ!院長先生と久しぶりに電話で会話したんだ!」ということを思い出した。

 

記憶って面白いですね。

 

あの時間帯にテレビでやっていたのが、サングラスをかけた司会者で「今日は雨ですね!」と会場に声をかけると、会場のみんなが声を揃えて「そうですね!」というのが返ってくる。

 

「今日は1日雨みたいですね〜!」というと「そうですね!」と会場のみんなが声を揃える。

 

そんなやりとりがあって「今日も1日笑ってくれるかな〜!」というと「いいともー!」とみんなが声を揃えていう(確かこんな流れだったかな)。

 

イエスセットを使った集団催眠みたいなものですね。

まあ、テレビのスタッフに「はい!みなさん!そうですね!と声を揃えて元気でいってくださいね!」と会場のみんなに伝えていて「そうですね!」の瞬間にキューを送っているのですが、事実を言われて「そうですね!」と言っているうちに「一体感!」を感じられるようになり、一種の催眠状態に。

 

第二次世界大戦の時にドイツのちょびひげのオッさんが「むにゃむにゃむにゃ!むにゃむにゃ!むにゃ!ユダヤ人をいじめよう!」というと、そこの参加していた兵士が「イエス!」と一斉にいう(実際は違う言葉を使っているのだが、それは書くのを自粛してます)。

「むにゃむにゃむにゃ!むにゃむにゃ!むにゃ!ミューヘン一揆じゃ〜!」というと「イエス!」という感じで、ちょびひげのオッさんが何をいっているのか、もしかしたらみんなは内容がわかっていないかもしれない。でも、最後に「イエス」と言える言葉があると「イエス!」とみんな叫んで「集団催眠状態じゃ〜!」となって妙な一体感になる。

 

ちょび髭のおっさんのことを書いた後に「イエスセット」はすごいテクニックなんですよ!と説明すると「ゲッ!」となってしまうかもしれませんが、単純なようで、極めて行くとすごい技。

 

相手が、それが催眠的なテクニックなんだ、と知っていても催眠状態に入れることができちゃう。

 

ここで、真面目で紳士的なみなさんは「そんなテクニックを使って相手を催眠状態にして一体感なんかずるいからいらない!」と思うかもしれません。

 

何もしないで素のままで一体感が得られるようになりたい!と考えるんでしょうね(ありの〜!ままで〜!)。

 

催眠のお師匠さんが使っている催眠は、発作から解放される、という意図がありますから、その催眠状態の方が「ありのままの姿」になります。

 

相手が知らず知らずのうちに嫉妬の発作を起こしている状態で、その嫉妬の電気に感電して「頭が真っ白になってまうやろ!」ということから解放されるのが「催眠」なんですね。

 

イエスセットを頭の中で作成している時に、脳内では静けさが広がっていき、嫉妬の影響を受けない状態に。

 

そして、相手の嫉妬の発作もイエスセットで打ち消されていく。

 

発作を打ち消す方法はいくつもあるのですが、このイエスセットが基本中の基本となり、あのカラテキッドの「ワックスオン!ワックスオフ!」になります。

 

あまりにも単純作業なので「こんなんでちっとも一体感なんて得られるわけがない!」と思っているのですが、使っているうちに技が磨かれていき「催眠」が使えるようになっていきます。

 

そして、イエスセットの中に技を練りこんでいきます。

 

それがリフレーミング、ポジティブコノテーション、そして逆説とダブルバインドになります。

 

リフレーミングは「枠組みを変える」という方法です。

 

私は「絵画」が好きなのですが、絵画の枠がシンプルな木で作ったものだと「絵がしまるな〜!」となるんですね。

 

でも、その枠を金ピカなキラキラしたものに変えると「絵が映える〜!」と同じ絵なのに全く違った印象になるんです。

 

「人前で話すのが緊張する〜!」とおっしゃる方がいらっしゃいます。

 

普通のイエスセットだと「人前で話すのが緊張なされるんですね!」と返すと「イエス」と返ってきて、その先を聞いていきます(これが木の枠ですね)。

 

「人前で話すのが緊張する〜!」といった時に「それほど周りの人に対してお気遣いされているんですね!」がリフレーミングになります。

 

一般的には「人前の緊張」といったら「失敗したらどうしよう?」とか「人から突っ込まれて恥をかいたりバカにされたらどうしよう?」という心配で緊張している、ということが「わかっている!」という一般的な意識が働いています。

 

それを「周りの人の気持ちを考えて、相手が傷つかないように気を使っているから緊張する」という一般的な解釈とは違った解釈をすることで、意識が「あれ?」となって、無意識が働くようになって「一体感」となるんですね。

 

「人前で話すのが緊張する〜!」で「それだけ周りが真剣に話を聞いてくれているんですね!」というのは、その人のカリスマ性を示唆していることになり、意識を外しちゃう。

 

「人前で話すのが緊張する〜!」で「それだけ周りに対しての影響力を感じているんですね」というのは、何気なく、知的な能力の高さを示唆しているリフレーミング+ポジティブコノテーションになります。

 

「人前で話すのが緊張する〜!」で「それだけみんなと真剣に向き合っているんですね」というのは、本人の真摯さを示唆していることになります。

 

「人前で話すのが緊張する〜!」で「それだけみんなの注目を感じているんですね」というのも、本人が無意識に感じているカリスマ性を示唆しています。

 

この場合の相手の「イエス」は「は?はあ」という感じなのですが、意識が外れて無意識さんの世界に入っていきます。

 

こうして「技」で催眠を使う方法をここでは紹介していきます。

 

そして、9日の日曜日には、技なんか必要ない!「ジオラマを使った催眠じゃ〜!」を紹介しちゃいます(あぶな〜い!)。

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2018/12/05

日曜日の講演会のスライドの用意が楽しくて仕方がない(あはは〜!何をやっているんだ〜!原稿を書けよ〜!)。

 

書いていて、催眠のお師匠さんがなんでジオラマを作るのが好きだったのかやっと分かってきた。

 

ジオラマって、昔の風景なんかを100分の一のサイズに縮小して模型で再現しちゃう。

 

催眠のお師匠さんは、電車の模型とその駅の風景を立体的に再現して飾っていらっしゃった。

 

私たちが人間関係を見る時って、まるで紙面上の地図を見るように「あの人はここにいて、この人はここ」というように二次元で見ている。

 

今の世の中って表面上は「みんな平等」という感じで平面的な感じ。

 

みんな平等で同じはずなのに「なぜ、対等なコミュニケーションが取れないんだろう?」とずっと私は悩んできたんです。

 

人間関係って二次元じゃなくて立体的な三次元だったんだ!と今更ですが気がついちゃいました。

 

だから、催眠のお師匠さんが催眠の物語を作る時って、空間がちゃんとあって、立体的なんですよね。

 

あの立体的なスクリプトになんの意味があるのかな?と思っていたら「そうか!人間関係を示唆していたんだ!」ということが分かってきたんですね(こわーい!)。

 

私がジョギングをする時、坂道が一箇所しかないのよね、と思っていたら、最近のスマートフォンのアプリでは「走ったところの高低差」というのがちゃんと表示されている。

だから「え〜!こんなに高低差があるところを走っていたんだ!気がつかなかった!」とびっくり。最近のアプリは優れもので、高低差があるところの心拍数もちゃんと表示されているので「え?やっぱり高低差があるところを走っていると心拍数が上がっている!カロリーの消費が早い!」と一発で見れちゃう。

 

昔は「なんであそこを走るとゼーゼーハーハーするのかな?」と全然わからなかったのが、立体的にみると「そうだよね!」とはっきり分かってトレーニングに励める(坂道ダッシュは気持ちがいい!)。

 

その一方でミルトン・エリクソン博士の催眠スクリプトはジオラマじゃなくてあれは「人体解剖図」ですね。

 

ビデオでエリクソン博士の話を聞いていると、皮膚の下の神経の一本一本が表示されている感じの精密さを感じます。

 

やっぱりすごい人っているんですよね!

 

でも、もっとすごいのはみなさんの無意識なんですね。

 

そのスクリプトを聞いて、自動的に人間関係の位置を調整したり、身体の神経の流れを整えてしまう。

 

頭で全く理解していなくても、無意識が勝手にその意図を受け取って調整してしまう。

 

昔は地図を見て「自分はどこにいるんだろう?」と確かめる必要がありましたよね。

 

でも、最近は、優れものの人工衛星が宇宙にいくつも上がっていて、スマートフォンやスマートウォッチがその衛星からの電波をキャッチして「あ!自分はこの位置のこの高さにいるんだ!」と一発で分かってしまう。

考えなくても、確かめなくても、すぐにわかるこの便利さ。

 

実は無意識にはその機能が付いているんです。

 

無意識はちゃんと高低差に気がついているんですよね。

それを意識が認めないと「うー!苦しい〜!」となる。

 

今回、日曜日の講演会の会場が広くて、申し込んでくださった方がたくさんいらっしゃって、その講演の用意をしているとその参加してくださる方の優秀な脳に繋がるから「なんだか、いつもと全然私の脳の状態が違うんですけど!」という感じになっています。

 

楽しみです。

 

優秀といえば、昨日の「イエスセット」の審査員は誰?というのは、一発で分かった人がたくさんいて「え〜!すごい!」と思ってしまいました。

 

昨日のお話で面白いのが「頭の中でイエスセットをやることができちゃう!」ということ。

 

誰かが浮かんできたら「イエスセット」で脳のネットワークを使って相手に「催眠」をかけちゃって無意識さんの力を使っちゃう。

 

すると相手から嫉妬の電気ショックが流されてこなくなるから「あ!楽チンだ!」と自由にのびのびと自分のしたいことをすることができちゃう。

 

それが時にかなって美しい!

 

多分、鋭い方はもう気がついていると思いますが「イエスセット」って、ただ単純に「はい」とか「そう!」と話せるだけ、じゃなくて「技」というものがあるんですね。

 

昨日の友達に使っていた「〇〇君はお笑いのセンスがあるよね!」というのは「ポジティブコノテーション」という技ですが、一般の人が見たら「ただ褒めてるだけじゃん!」という感じ。

 

そして、審査員に使っていた「どんなくだらないネタにも可能性を見出す目を持っていらっしゃいますよね!」は「リフレーミング」というテクニックになります。

 

一般の人が見たら「これって否定的なことでもポジティブに物事を考えることでっしゃろ!そんなの簡単です!」ってね!

 

去年のグランプリであの審査員(松本様です)の方はあの“にゃんこスター”を優勝させてしまった!

あの瞬間「え〜!」でしたからね(マニアックなネタですけど、他に優秀な漫才師がいたのにそれを優勝させなかった、ということ)。

 

「にゃんこスターを優勝させた」という否定的なことをポジティブ(肯定的)に置き換えた、と一般の人は判断するわけですね。

 

この「ポジティブコノテーション」と「リフレーミング」の技について、ちょっと詳しく書いていきます。

 

これでイエスセットに深みが出て「催眠」が楽しく使えるようになっていきます(それだったら最初から書けよ!あはは〜!)。

 

他にも「ダブルバインド」という技もありますが、それもそのうちに書きます。

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2018/12/04

今週の日曜日の日本橋でやる朝日カルチャーの講演の準備を珍しくしておリます。

いつもだったら「ぶっつけ本番じゃ〜!」とアホなことをやっているのですが、今回はなぜか真面目に用意をしております。

 

小説(?)「催眠ガール」を書いている影響かな?本の中の主人公(催眠ガール)が勉強のできない友達のために催眠のスクリプトを書いていて、それを読み返した私が催眠にかかってしまった可能性が(アホじゃ〜!)。

 

あ!そっか!アハハ〜 なんでこんなに真面目に用意してるのか今わかりました!(催眠って怖!)

 

いつも直前にならなければ用意できなかった私が。

だいたい、いつもスライドを仕上げるのは当日の朝ですからね!

 

今回「催眠ガール」を書いていて、催眠の天才であるミルトン・エリクソン博士が使っていた方法がなんとなく見えてきたんです。そんな催眠の奥義なども日曜日にはお話ししちゃいます。

準備をしながらエリクソン博士のビデオを何度も見返しちゃったりして「これを会場でお見せしたら面白いかな?」なんてアホなことを考えています(さすがにそれはまずいか)。あの博士は本当にすごいです。

 

エリクソン博士のビデオを見ていると「この博士の言葉は知恵と英知にあふれているな!」と感動しちゃいます。

 

それに比べると私の使っている言葉の稚拙さに自分で呆れちゃう。

 

でも、私は催眠のお師匠さんから学んだ「アホセラピー!」ですからね(エッヘン!って自慢するな〜!)。

 

多分、催眠のお師匠さんは「催眠」自体を特別なものにしたくなかったのでは?と考えたりするんですよね。

 

だって、お師匠さんの催眠の講習会にいらっしゃっていた方って「ほとんど一般の方じゃん!」とはじめは私もびっくりしていましたからね。こんなにすごい先生なのに、専門家じゃなくて一般の方を教えている!って。

 

誰でも簡単に使える催眠療法が広がっていったのならば、無意識さんの世界が広がって日本全体が元気になるかも!

そんな希望をお師匠さんが読んでくださった催眠スクリプトの中に練りこまれていて、私はいつの間にかそこに向かっています。

 

日本を元気に豊かにしたい!

そのためには、ここで繋がってくださっている方と一緒に豊かになっていきたい、という思いがあります。

 

芸人さんの漫才の大会であるM1グランプリを観ていて「え?なんでこんな大きな大会でそんな暗いネタを選んじゃったの?」とびっくりしていると、審査員から私が思ったことと同じことを芸人さんが突っ込まれていました。

 

だって才能があるのに!なんで?あとちょっとなのに!どうしてチャンスを逃すようなことをしてまうの!

 

よくあるのが「僕らのこのネタどう思う?」と友達なんかに見せちゃって「う〜ん?ちょっとあの大会にはシンプルすぎない?もうちょっとひねったネタの方がいいかも?」というアドバイスをもらってしまうと「混乱する〜!」となってしまいます。

 

この時に、どんな友達に相談したとしても、あの全国ネットで放送されるあの大会で優勝賞金1000万円が 出るわけですから「嫉妬の発作でビビビッ!」というのが脳内で起きちゃうんです。

 

もちろん発作ですから本人は「嫉妬をしている」という自覚はありません。

でも、いつの間にか破壊的な人格になって「良かれと思って」というアドバイスで相手を混乱して「暗いネタを選ばしてやりましたぜ!ヘッヘッヘ!」という感じで足を引っ張っちゃうんですよね。

 

相談しなくても、脳のネットワークが存在しているから「あの審査員だったらこのネタのことをどう思うかな?」と思った時点で「アウト〜!」となります。

 

「え?あの審査員は優秀な芸人さんであの人の言うことはなんでも面白くてみんなにウケてるから、僕達なんかに嫉妬が起きるわけがない!」と思うでしょ!

 

いや!いや!いや!義人はいない!一人もいない!(義人って正しい人のことです)

 

嫉妬の条件って「自分よりも下の立場の人間が優れたネタを持っている」と言う条件で起きるから「ビビビッ!」で感電しちゃって、面白いネタを「却下!」しちゃって「暗いネタ」を選択しちゃう(これはフィクションです)。

 

「だったらどうしたらよかったねん!」

 

嫉妬は発作ですから、発作が起きない催眠を使っちゃえばいい、となるんですね。

 

誰でも簡単にできる催眠って「イエスセット」なんですね。

 

友達にネタを見せる前に「〇〇君はお笑いのセンスがあるよね!」

 

           「いつもネタを見てくれると、笑いの深いところまでちゃんと分かってくれているよね」

 

           「いつも笑ってくれるタイミングが最高だもん!」

 

そんなイエスセットをしてから、ネタを見せていると「ビビビッ!」の発作が起きない〜!

 

脳のネットワークで友達の脳とつながって「あ!ここは、こんな風にしたらもっとおもろくなるかも!」というアイディアが次から次へと湧いてくる〜!となります。

 

このイエスセットのポイントは「弱者にならない!」ですよね。

「このネタで大丈夫かな?」と言ってしまった時点で「相手よりも下!」という弱者になってしまうから。

 

「あの審査員だったらこのネタを見せたらどんな反応をするんだろう?」と思った時に、脳のネットワークに繋がっちゃいますから、この場合は「頭の中であの審査員にイエスセットを使っちゃおう〜!」ということをします。

 

あの審査員だったら、と想像しちゃった時に「〇〇さんは相方がいない時でもしっかりと笑いを取りますよね!」

 

                    「ご自身の世界観をものすごく大切にしてらっしゃいますよね」

 

                    「どんなくだらないネタにも可能性を見出す力を持っていらっしゃいますよね!」と

 

頭の中でイエスを3ついただきました〜!とすると「あれ?迷いがない!」となります(さあ!この審査員は誰でしょう?)。

 

脳内でのあの人とのやりとりでもイエスセットを使って、脳のネットワークを使って相手を催眠に入れちゃいます。

それってズルちゃうの?と突っ込まれるかもしれませんが「足を引っ張られることをなくしちゃう!」というのが目的なんですね。

 

本来の自分の力は嫉妬で必ず引っ張られちゃう。

 

だから「いい感じになってきた!」となると、すごい興味深い現象が起きます。

 

脳のネットワークで足を引っ張られて、身体症状が出る場合もあるんですね。

 

そこで「催眠!」を使ってみると「あれ?世界が変わってくる〜!」となるんですね。

 

ここでは、真面目な匠的な催眠療法の使い方を書いています。

 

「催眠ガール」では学生さんでも使えちゃう催眠療法!

 

そして日曜日の講演会では、頭の中のジオラマを使った新しい形の催眠療法を披露していきます(披露ってどんだけ風呂敷を広げてるねん!)。

 

(つづく)

 

 


2018/12/03

「私はあの人のことがわかっている!」というのは意識になります。

 

たとえば電車に乗っていて、乗ってきた人が「ドン!」と私にぶつかります。

 

その瞬間、私は「この人は私の見てくれで“弱い気持ち悪い奴”と判断してぶつかってきた!」と怒りが湧いてきます。

 

そして「いつもそうだ!みんなからバカにされて蔑まれる!」と思って、ぶつかってきた人に復讐したくなってしまいます(あぶなーい!)。

 

意識的に生きている私は「周りの人の気持ちがわかる!」と思っていて、ぶつかられてイラついている私をちらっと見た女性が「こんなことでイライラしてこの人は危ない人だ!」と判断された〜!と惨めな気持ちになる。

 

すると斜め前に座っている女子高生がこっちを向いて、こそこそ話をしていて「クスクス」と笑っています。

それを見て私は「あ!理不尽にぶつかられて何も言わないビビリな私をバカにしている!」というのがわかってしまって「ムカつく!」とさらに怒りが増幅しちゃいます。

 

私は、人の気持ちがわかるんですって!

決して、思い込みとかとは違うんだから!

 

人の気持ちがわかる優れた能力を持っているのに、誰も私のことをわかってくれないし理解してくれない。

こんなにひどい目にあっているのに、誰も私の苦しみを共感して労ってくれない、と孤独になっているんですね。

 

私は、何をやっているかというと、ぶつかってきた人の容姿や表情を見て「この人は人のことを見下すタイプの人だ!」と一瞬で判断してしまいます。

 

そして、女性の容姿や一瞬の表情の動きから「この人は、私の内面を見透かすことができるタイプの人だ!」とわかってしまう。私の内面を見透かしたから、私が理不尽なことをされて惨めな気持ちになったこともわかられちゃったし、怒って相手に怒りをぶつけたい、と思っていることも感じ取られちゃった、ということもわかってしまうんです。

 

そして、女子高生たちはおじさんをバカにするタイプ、というのもわかってて「あ!私の情けない姿を見てバカにしている!」と私はわかってしまう。

 

これを人に話をしてしまったら「あ!この人は思い込みがちょっと強いのかも?」と思われてしまう、というのも知っています。

何度もしつこく人にこの現象のことを訴えると「危ない人だ!」と判断されちゃうこともわかっているから、言いません。

だから、いつまでも自分の中で解決されることなくぐるぐる回っているんです。

 

普通の精神科の専門家がこの話を聞いたら「あ!被害妄想ね!精神病性障害の家系なのかな?」とお薬を処方されちゃう。

 

腕のいい心理カウンセラーだったら「あ!幼少期に母親から育児放棄をされたトラウマがあるかもしれない!」とか「学校でのいじめのトラウマがあって、その再上演をしちゃっている」と判断するでしょう。

 

私がこの話を聞いた時は、意識と無意識、ということを念頭に置きます。

 

意識が創り出す世界と、無意識が見せてくれる世界の二つがあります。

 

意識が創り出す世界って「どんどんこの人が人からバカにされて、蔑まれて怒って惨めになって力を奪われてしまう」というストーリー。怒れば怒るほど脳にダメージが蓄積して「どんどんダメ人間になる〜!」となってしまう。人に対しての信頼感がどんどん削ぎ落とされてしまって「誰とも一生一体感を得られない」という結果に。

 

無意識さんが見せてくれる世界は「この人の自己肯定感が上がって、本来のその人自身に戻って、どんどん人生が楽しくなっちゃう!」という現実。

 

脳のネットワークと嫉妬の概念でその人に起きていることを客観的に見てみたら「あ!すごいことが起きている!」と無意識さんが教えてくれる。

 

客観的にその状況を見ることが大切。

意識的な判断は脇に置いて、客観的な情報を集めていきます。

 

客観的な情報を集めていくと無意識さんが起動して「あ!そういうことなんだ!」と絶望の世界じゃなくて希望に満ち溢れた現実を心の目を開いて見えるようにしてくれる。

 

「客観的って何よ!」というのは「無意識さん」の本にも書いていたけど、学生時代に教授が金魚鉢をドンと机に置いて、その中に泳いでいる一匹の金魚を観察して「客観的な情報をレポート用紙10枚」という感じ。

 

「金魚が気持ちよさそうに泳いでいる!」❌

「金魚が口をパクパクしてるので苦しそう」❌

 

何度も10枚を書かさせられました。

 

「金魚がヒレを左右におよそ2.5秒ごとに動かしています」⭕

「金魚が1分間におよそ45回口を上下に動かした」⭕

 

勝手に金魚の気持ちを考えちゃダメで、客観的というのは、実際の動きでドライなデータなんですね。

 

でも、客観的なデータを10枚書き上げた時に「あ!金魚と一体感が!」となったんですね。

 

苦しみも辛さもない喜びの世界に金魚と共にいた。

 

別の本では宮本武蔵のことを書いていましたが、武蔵は「あいつは俺を陥れようとしている!」とか「あいつは俺を裏切った!」という主観的判断で「ウオ〜!」と私のように野獣状態になっていた。

 

武蔵が無意識を発動させたのが、3年間孔子の本などを読んで客観的なデータを収集し続けたから。

 

「わかっている!」と思っていたら客観的に本を読み続けデータを収集することで「わからない!」という無意識の世界に到達した。

 

「わからない!」という無意識の世界で無限の可能性に挑戦し続け、どんどん可能性が広がっていく。

 

「イエスセット」を使う重要な目的は「わからない!」なんですね。

 

「イエスセット」で相手の気持ちは「わからない!」となった時に無意識が起動して「おー!面白いようにイエスがいただけるようになった!」となり、相手との一体感が生まれるです。

 

ね!イエスセットの意図がわかっているようでわからないですよね。

 

そう「わからない!」に無意識さんが宿るから。

 

(つづく)

 

 

 


2018/12/01

本のレビューで「お医者さんや治療者が嫉妬をする」と書いてくださった(ありがとうございます!)。

そして「ビビビッ!」と感電させられちゃって「どんどん辛さが増していく〜!」という現象も赤裸々に書いてくださった。

 

ここに「嫉妬をエネルギーに変える方法」の大切なことが書いてある気がしました。

 

それは日本人特有の「私はあの人のことをわかっている」という現象。

 

英語では「ステレオタイプ」といったりします。

 

「お医者さんや治療者は嫉妬なんかするわけがない」という思い込みとか印象があるんですね。

ある人が「お医者さん」と聞くと「頭が良くて立派な人!」ということになります。

また、ある人が「お医者さん」で連想するのは「お金の亡者じゃ〜!」という感じ。

 

百人お医者さんがいたら、それぞれ全く違う人格でそれぞれが全く違ったキャラクターなのに「お医者さんはこうであるべき!」という思い込みが先行しちゃうんです。

 

だから「どんどん調子が悪くなっていく〜!」となっていても「まさかお医者さんからの嫉妬だなんて!」と想像もしないわけ。

 

「教師は子供の教育のために全力を尽くすもの!」という印象があります。

 

もっと典型的なのが「親は子供を愛している」ですね。

 

先入観とか思い込みがあると意識的な生き方になってしまって「どんどん嫉妬の発作を浴びてダメージを受けちゃう!」とか「どんどん嫉妬の発作を起こしてチャンスを破壊しちゃう!」という現象が起きちゃう。

 

多分、日本人はこのステレオタイプというのが強いかもしれない、と思うんです(まあ、これも「日本人」という枠でくくっているからステレオタイプなんですけどね)。

 

なぜなら「血液型で性格がわかる〜!」というのが大好きだから。

「あー!あなたB型なんだ!だからあんなことをしちゃうんだ!」という感じで決めつけちゃいたくなる。

この血液型で性格がわかる、というのを留学している時に話をしたら「あはは〜!」とみんなから笑われちゃった。

 

みんなステレオタイプが大好き。

「あの人はあんな洋服を着ているからあんな性格に違いない!」と決めつけちゃう。

 

「あの人はあの携帯カバーを持っているから、結構明るい性格なのかもしれない!」とかね。

 

枠にはめて相手の気持ちなどが「私はわかっている!」としちゃう。

 

私は、この人を意識的な生き方にさせちゃう「思い込み」で一番大変な思いをした人、で思いつくのが「あ!ジュリアス・シーザーだ!」となるんです。

 

「部下のブルータスだけは私に忠実だ!」と決めつけていたんですね。

 

そしたら、あの有名なセリフが出てきます。

 

「ブルータス!お前もか!」ってね。

 

嫉妬って正面から刺されるんじゃなくて、後ろから刺されるものなんですね。

 

要するに思い込みが先行しちゃって予測できないから。

 

「え〜?私はそんな人のこと決めつけたり、思い込みで動いていませんよ!」と多くの人が思っています。

 

私は、客観的にいつも冷静に物事を見て判断している、ってね。

 

実は、そんな人のための「イエスセット」なんです。

 

「イエスセット」の目的って「あ!イエスセットを使ったら、相手を催眠状態に入れられた!」というだけじゃありません!

実は「あ!私って、相手のことを客観的に見ている、と思っていたら決めつけや思い込みで相手のことを判断していた!」と無意識に気づけるためだったりするんです。

 

「どうやって?」

 

ただ単純に「相手からちっともイエスが返ってこない!」となるから。

イエスが返ってこない度に、意識的な思い込みが剥がれていき、無意識さんに近づいていく。

 

むしろ「イエスが返ってこない!」という方が大切なんですね。

 

どんどん意識から解放されていくと、無意識の力が使えるようになって、相手の無意識の力を引き出すことができちゃう。

 

これが嫉妬をエネルギーに変える面白い方法。

 

もっとわかりやすく書いていきます。

 

(つづく)

 

 

 


2018/11/30

「病院のお医者さんのうちはいいな〜!」と昔思っていました。

私が子供の頃にあった小児科のお医者さんは、奥さんも受付で働いていて「あー!優しそうな人だ!うちの母親とは全然違う!」って思っていたんですね。

 

でも、近所ではあの奥さんのいろんな噂話が流されてくる。

 

噂話を流しているみんなは「あんなにお金を稼いでいるんだから噂話しぐらい大したことないでしょ!」と思うんですね。

 

受付で働いている、奥さんはあんなに綺麗だったのに「どんどん大きくなる〜!」となるのは、嫉妬の電気でビビビッ!と脳のネットワークで伝わってくる電気で感電しちゃって「なんだかわからないけどストレスが溜まる!」となって「食べるのが止まらない!」となるわけ。

 

そして「旦那にイライラするのが治らない!」と病院内で旦那に怒鳴り散らすように(ビビビッ!)。

 

怒鳴り散らされた旦那は「こんなのでやってられるか!」と浮気をしちゃった。

 

すると奥さんはますます「ビビビッ!」の電気を帯電させちゃうから「どんどん険しい顔になっていく〜!」となるわけですね。

 

こうなったら奥さんは「弱者!」になるから周囲からの嫉妬を一気に浴びることになって「ビビビッ!」で脳の「判断力」の部位が感電させられっちゃって、判断力がどんどん欠如しちゃいます。「片付け!」とか「掃除!」もできなくなって「病院がどんどん汚くなっていく!」となるわけ。

 

すると、ますます奥さんに対する「噂話」の形をした嫉妬の電流がどんどん奥さんの脳に流されていって「チ〜ン!」という感じで「あ!動けなくなった!」と入院しちゃった、という状態になったんです。

 

あの病院で興味深かったのは「嫉妬を奥さんが一手に引き受けてくれたから子供達がまともに育った!」という感じになったこと。

 

他の病院のケースだと、奥さんが崩れないで受けたストレスを子供達に「ビビビッ!」と流すことで「勉強ができない!」という状態がちょっとでも作られてしまうと近所の嫉妬のエネルギーは子供の脳に流されていく〜!という感じになるんですね。

子供は「だるくて動けない!」となっているのに「そんなの甘ったれているだけです!」と母親から怒鳴られる。

 

子供が周囲からの嫉妬のエネルギーを全部引き受けているのに、そんなの目に見えないものだから、それに感電して「集中できない!」とか「勉強がちっとも頭に入ってこない!」と訴えてもわかってもらえない。

「お父さんはあんなに優秀なんだからあんたもできるはずでしょ!」と言われるのだが、その優秀な人が受けている嫉妬の電流を子供が引き受けていることを誰も知らない。

 

弱者になってしまった子供は突然学校に行けなくなって、周囲の嫉妬のエネルギーを一手に引き受ける役目になってしまう。

 

あのコンピュータやテレビゲームに没頭するって、一生懸命に「脳のネットワークから流されたストレスを処理しよう!」としている行為ですね。でも、残念ながらあれでは処理できないみたい。

よくゲームをずっとし続けている子供のお母さんが「あの子は人と接触しないで大丈夫なんでしょうか?」という質問を受けます。

この回答って微妙で「弱者のまま接触しちゃうと、嫉妬のエネルギーを浴びちゃうから脳が感電させられちゃう!」となりますよね。かといって、嫉妬のエネルギーは人に流さなければ処理ができない、という厄介なもの。コンピューター上のキャラクターにぶつけても「どんどん帯電するだけ!」だからやめられない迷宮に入っていくんですね。

 

ゲームをやっている優しい子供は「そんな人に自分のストレスを流すなんてできなない!」と思ってしまう。だから、ゲームをやり続けて自分が家族や周囲のストレスを吸収し続ける。

引きこもってゲームをやっている方って、あれも立派なお仕事。

その方のおかげで周り近所のストレスが処理されていて、たくさんの人が助かっている。

それなのに誰もそれに気がついてくれないし、感謝はされない。そこが問題ですね。

 

「うちの家庭は、両親も不幸だし家もボロボロなのになんで?」と私も思ったことがあったんですね。

 

食事だって納豆を1パック分けて食べるような生活だったり、着ているものだって、親戚のお下がりばかり。

まともに服を買ってもらったことがない。でも、私は「うーん、だるい!」と訳のわからないだるさを感じて動けなくて「ちっとも勉強に集中できない!」となっていた。

 

「え?近所から何も嫉妬される要素がなかったように思えるんですけど?」となるけど、やっぱり「隣の芝は青く見える」の法則で「ビビビッ!」という電流が流れてくるんですね。

 

母親は世間体をものすごくきにする人だから、外に出るときは「笑顔!」で「お前の母ちゃんは優しくていいな〜!」と近所の子供から羨ましがられていました(どんだけ〜!)。

 

そこから子供達や近所の人たちの想像は膨らむんでしょうね。

豊な食事が食卓には並んでいて、家族が笑顔で食事をしている、という想像が。

そんな想像から「ビビビッ!」と嫉妬の発作の電気が発生して、母親の脳がそれに感電すると「だるくて動けない」と家に帰ってくると真っ青な顔になって寝込んでしまう。

まともに食事が作れない。イライラしてとまならい!なんって素敵な症状が満載で子供の私もそれに感電して大変なことになっていた。

 

お互いの嫉妬の発作の連鎖で「どんどん能力が使えなくなっている」というのが今の日本。

 

嫉妬でちっとも能力が発揮できなかった人が海外に行ったら「あれ?全然頭の状態が違うぞ!」とびっくりするのは、日本が嫉妬で渦巻いているから。

 

昔は「徳川家!」と「豊臣家!」などの殿様とその家臣どうして「あいつ最低!」と島国の中で嫉妬をぶつけ合って「いくさじゃ〜!」とかやっていれば嫉妬のエネルギーはうまく循環していた可能性が。

 

日本は「敗戦」をしてから「隣国に嫉妬」ができなくなってしまったんですね。

近くの国では、その隣国に対する嫉妬のエネルギーをうまく使って国を回している(日本に対して向けてましたが、最近は日本では物足りなくなったのかターゲットをその都度変えちゃう。うまいな〜!)。

 

アメリカでは、大統領が「外国からの移民が仕事を奪っている!」と移民に嫉妬の発作を向けさせることで嫉妬のエネルギーを循環させようとしている。

 

単純に考えてみれば「あいつは敵!」と嫉妬のエネルギーを向けるターゲットを定めて、嫉妬のエネルギーを放電し続ければ「嫉妬のエネルギーが有効利用できる!」ということになる。

 

第二次世界大戦のドイツのあの方は「ユダヤ人に嫉妬を向けろ!」とやって、ある意味で非常にうまく嫉妬のエネルギーを利用したんですね。

 

でも、あの嫉妬のエネルギーの利用方法ってもう古いような気がするんですね。

インターネットで情報が共有できる時代に、あのやり方はどんどん通用しなくなる(私の予測ですけど)。

 

そこで嫉妬のエネルギーを有効に使えて日本を元気にする方法が必要になるんです。

 

日本の特性を生かして。

 

(つづく)

 

 


2018/11/29

「私ってイケてる!」と思っている人の陰に「私ってダサい!」という人が必要になる。

 

学生の頃は特に「私ってイケてる!」と思っているんだろうな、という女子の脇には「あれ?容姿が違う!」という子がいたりする。

 

一般的には「イケてる子」が自分の美しさが際立つように、自分とは違った容姿の子を置いている、と見てしまう。だから、周りの人から「あの子、本当は性格が悪いのよ!私、この子たちと付き合ってあげている!みたいな態度で!」という噂が流れてしまう。

 

でも、実際は、外見がイケてる、と見える子が「私はダメ人間」というように自己肯定感がものすごく低かったりする。

だから、過剰に食事制限をしていたり、家に帰ったら食べるのが止まらない!という感じで、見てくれとは全く違っていて「生きるのが本当に大変なんですけど!」という感じになっていたりする。

 

どういうことかというと脇にいる子たちの「嫉妬の発作」のビビビッ!を請け負っているから、脳がその電気刺激のストレスで前帯状回が活発に活動してしまって「優越の錯覚が全然ない!」となってしまう。優越の錯覚がなければ「私は平均よりも上!」と思えないから「鼻が変!」とか「顔がちょっと曲がっている!」などと細かいところが気になってしまって「私ってイケてない!」となるんですね。

 

その脇にいる子たちは「自己肯定感がめちゃめちゃ高いんですけど!」となっているのは嫉妬の発作を起こして、相手にストレスを流し込んで「スッキリ!」という感じになるから。

 

嫉妬の発作を起こして人の陰口とか悪い噂とかを流していると「相手に電流を流して私の脳はスッキリ!」という感じで脳の部位の血流は安定していて「優越の錯覚バリバリ」で「私ってイケてる!」という感じになるんですね。

 

ですから「人の悪口」や「陰口」というのは「自分の脳にストレスを溜めない」というために必要なこと。そして、相手にストレスを流して相手は「自分はダメだ」とか「自分は醜い」という感覚にさせて「私の方がイケてる!」という感覚になるんですね。

 

その悪口や陰口をやめてしまった途端に「弱者!」になるから「嫉妬の電流が流されてくる!」と脳の血流が乱れてしまって「私ってダメかも!」と思ったら、ますます嫉妬の電流が流されてくるから「どんどんダサくなる!」という状態になる。

 

多分ここで読んでくださっている方って「私は誰かを犠牲にするなんて嫌!」という人たちなんです。

誰かを犠牲にするぐらいだったら、自分一人でなんとかする!と思っちゃう。

自分一人でなんとかする、というのは「みんなのストレスを請け負いますよ!」ということなんですね。

 

そして、ストレスのシャワーを浴びて脳の血流が過多になるから「人からストレスをもらっている」という思考パターンにはなれなくて「自分が悪い」とか「自分さえいなければ」という感覚になっちゃう。

自責とか自罰も嫉妬の電流が脳のネットワークで流されてきて、脳血流が乱れた産物です。

 

ですから、容姿端麗な人を見て「あの人いいな〜!」とか「あんな風に背が高く生まれたらな!」と思うでしょ。

日本の場合は、そんな人になってしまったら「大変じゃ〜!」となるんですね。「嫉妬の嵐じゃ〜!」という感じで脳内がぐちゃぐちゃになってしまう。容姿が淡麗だからと言って自己肯定感が高いわけではない。

むしろ、嫉妬のシャワーを浴びるから「自己肯定感がめちゃめちゃ低くなるか」それとも「人をものすごく攻撃する性格になるか」という感じになるんですね。

 

綺麗な女優さんが、他の女優さんに対して「え?そんなにい酷いことをしちゃうの?」というのは「弱者!」になってしまったら、どんどん嫉妬のシャワーを浴び続けてみにくくなってしまう、ということになるから「嫉妬の発作を起こして美しくなれ!」という選択をしている(嫉妬の発作には破壊的な人格が必要不可欠です)。

 

嫉妬の発作を起こして、人の悪口や噂話を垂れ流している方が「脳にストレスを溜めない!」という感じで自己肯定感は安定するから炉端会議があったんですね。

近所の女性同士が集まって、隣の家の悪口を流すことで「ビビビッ」と放電する。そして「私は平均よりも上!」と思えちゃう。

 

ターゲットは「旦那さんの年収が高い」とか「家が裕福」や「容姿端麗」そして「知的な能力が飛び抜けている」という人になります。

 

やっている人たちは「噂話で人は殺せない!」と思っているんですね。

ところが脳のネットワークで「ビビビッ!」は確実に相手の脳に流れています。

流された方が極悪人でしたら「倍返しじゃ!」ということになりますね。 

それをまともに受けちゃう人たちは「家の中が大変なことになる!」という感じになるんですね。

 

だから、お医者さんとか教師の家庭なんか大変なことになる可能性が高いんです。

 

近所の嫉妬、そして学校の子供達の嫉妬、さらには学校のお母さん方の嫉妬。

奥さんや子供は大変なことになる。そんなことを誰も理解してくれないし、大変なことになって「弱者」になればさらに嫉妬のシャワーが降り注いできて「ひえ〜!」となるんですね。

 

私の場合は「父親が会社を経営している」というのでワンアウト。

祖父が「近所で目立つ教会の牧師をしている」でツーアウト。

借家街に住んでいたのですが、近所からは「一軒家に住んでいる」と勘違いされていたのでスリーアウト!で「ビビビッ!」のシャワーが降り注ぐ。

 

父親の会社の経営はボロボロで借金まみれになって、借金取りがやってくる〜!

母親は体の調子が悪くてほとんどカーテンを閉め切って寝たきり!

そして、息子は全然勉強ができなくて落ち着きがなくて落ちこぼれ〜!頭がどんどんおかしくなっていく〜!あはは〜!

 

「ただ、人のせいにしているだけじゃない!」と思う人もたくさんいると思います。

 

でも、人は変なところで勘違いをして嫉妬発作を起こして攻撃的になり、相手には影響がない、と決めつけているのですが本当は影響があった、という衝撃の事実!ひゃ〜!

 

本当にあったら怖いでしょ〜!

 

まあ、まだ、現代の科学的では証明できないから「事実」ということはできないけど、それを踏まえてケースを見てみることが大切なんですね。

 

ちなみに、ケースを見ていると「お母さんの容姿が淡麗」でも近所からの嫉妬の攻撃で大変みたい。

 

このシステムを変えてみたい!

 

変えて、日本を元気にしたいんです。

 

(つづく)

 

 


2018/11/28

ある男性が「自分は外に出られないんです!」ということをおっしゃっていた。

 

「なんで?」というと「自分は醜いから」というお話。

 

身長は、180cm以上あって、体はがっしりしていて、顔も「かっこいい!」という感じ。

 

そんな人がどうして「自分は醜い」と思ってしまうの?という仕組みが非常に興味深い。

 

普通の精神科に行ったら「はい!身体醜形障害ですね!」と診断される。

身体醜形障害って極度に低い自己価値観に関連して、自分の身体や美醜に極度にこだわる症状(ウィキペディアから)なんですね。

 

この身体醜形障害の人ってうつ病、社会恐怖、アルコール乱用、薬物乱用、強迫性障害(潔癖症みたいなもの)、摂食障害なんかもあったりする。

実は、上に並べた強迫性障害などに共通する特徴があって、多分、うつ病以外は、脳の「気分を切り替える部位」である前帯状回(ぜんたいじょうかい)が過剰に活動をしちゃっている!となっているんですね。SPECT(脳の血流を見る脳画像)を撮ってみると「あ〜!真っ赤っかだ!」とウルトラマンのアイススラッガーのラインが過剰に働いているのがわかる(ちょんまげのライン、と書いたほうがわかりやすいか。そう考えると「ちょんまげ」って深いな)。

 

脳の気分を切り替える部位である前帯状回が過剰に活動をしていると「気分の切り替えができない!」となって「嫌なことが頭から離れない!」となってしまうんですね。

 

最近になって、脳の研究がどんどん進んで「自分は平均よりも上!」という「優越の錯覚」を持っている人は「前帯状回の活動が低い」という研究が出された(お〜!)。

 

逆に考えると、前帯状回の活動が活発になっている人は「自分が平均よりも上!」と決して思えない、となってしまう。

 

だから「自分は醜い!」となるんだ!ということがわかりますでしょ。

だって、前帯状回の活動が低ければ低いほど、どんな顔をしていても「俺ってイケてる!」と思えるけど、高ければ高いほど「俺って醜い!」になってしまうんですから。

 

この男性の脳の血流を見る脳画像を撮ってもらったら、血流の流れが低いのが青で表現されて、活発になればなるほど「赤」の色で写るんですけど、この男性の場合は「え!赤を超えて白になった!初めてこんなの見た〜!」となった。

 

そんなに脳が活発に活動をしていたら、そりゃ、どんなにイケメンでも「平均よりも上って思えないよね!」となる。

 

だったらどうすればいいの?という感じになりますね。

 

もちろん、優秀な精神科のお医者さんは、前帯状回の過活動を踏まえて的確にお薬を処方してくださって、その症状を治めてくださいます。

 

私らカウンセラーは「どうして前帯状回が過活動を起こすんだろう?」ということを考えるんですね。

脳の過活動ってなかなか変わらないみたいなんです(by. エイメン博士)。

 

でも、この前帯状回の活発な活動が問題になるアルコール依存症のケースなんかは「あれ?奇跡が起こった!」という不思議なケースが結構あるんです。前帯状回の血流量が変わらない限りは「お酒を止めるのが無理!」となるのですが「なんで?」という現象が起きる。

 

実は、変わったケースって「パートナーとか他の人間関係を総とっかえリニューアル」をしたケースだったんですね。

そしたら「ガラッと変わった!」となってびっくり。

 

「今までなんだったんだ〜!」という感じ。

 

そんなケースをたくさん見ていて「あ!パートナーの脳に影響されるんだ!」ということがなんとなくわかってきて「ミラーニューロン」とかいうことに注目するようになった。

 

ミラーニューロンで相手の脳の真似をしたり影響を受けちゃうから脳血流に異常が起きる、という仮説(ここでの仮説はあくまでもナラティブですね)。

 

でも、最近は「あ!嫉妬の発作をパートナーや周囲の人から受けていたから、脳の血流の異常が起きていたのかも!」という仮説が立てられるようになった。

 

イケメン男性の場合、脳のネットワークで周囲の人たちの嫉妬の電流を受けちゃうから「もーえろよ燃えろよ!」という感じで前帯状回が真っ赤になって「優越の錯覚がちっとも持てない!」となる(炎も温度が高いと赤だけど、もっと高くなると白くなりますもんね)。

 

嫉妬の影響を受けなくなれば、脳の血流が変わって「あれ?俺っていけてるかも!」と思えるようになって、外に出て「めちゃめちゃいけてる!」という感じになる。

 

この仮説ってとっても興味深くて「優越の錯覚」がバリバリある人って「嫉妬の塊!」だったりするんですね。

「自分が平均よりも上!」と思えているんだったら嫉妬する必要がないじゃん!と思うでしょ。

でも、嫉妬の発作が起きる条件って「自分の方が立場が上なのに、相手が自分よりも優れたものを持っている」という条件で起きるんですね。だから「優越の錯覚」って「自分の方が立場が上」という条件になる。でも、潜在的に相手の方が優れたものを持っていたら「ビビビッ!」と発作を起こして「破壊的な人格じゃ!」と変身しちゃう。

 

でも、この優越の錯覚がある人が「明らかに自分よりもハイソな人たちのグループだぞ!」に入ってしまった時に、仮説としては前帯状回の血流がそれまで低かったものが、そのグループに入ったら高くなってしまった!という現象が起きるのでは?と考えるんですね(ハイソはハイソサエティの略で「上流社会」や「上流階級」の人が集まる社交の場)。

 

どういうことかというと「血流が高い!」ということは「ストレス!」なんですね。

 

優越の錯覚が高い人は嫉妬の発作を起こしやすい、ということは、発作を起こした時に脳内でストレスが発生します。でも、前帯状回の血流が低いままでいられるのって、その脳内で発生したストレスを嫉妬の相手に流しているから(ビビビッ!)。

 

ですから、前帯状回の活動が活発な人って嫉妬を請け負って「みんなのストレスを背負っている!」という感じになってる、と考えるんですね。

 

現代催眠のミルトン・エリクソン博士は、このシステムを催眠で変えていた。

催眠のお師匠さんは、スクリプトを読み上げて催眠に入れることで、このシステムを何気なく変えちゃって「あれ?」という状態を作っていたんですね。

 

この脳の過活動と人からの影響、というのを踏まえながら、先生方のケースを読み解いてみると本当に面白いんです。

 

(つづく)

 

 

 



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