2017/09/20

素敵なバラの花をいただきました!!

「サムライ」という種類だそうです。

ああバラよ!

 

まことの矛盾よ!

 

いくつものまぶたがありながら、

 

誰の眠りでもない喜びよ!

 

 

お師匠さんが読んでくださった、バラの詩人の詩が浮かんできました。

 

 

お師匠さんといえば、8歳のお師匠さんのお話を講演会の時にしていました。

 

8歳のお師匠さんは、某大学の「頭が良くても学校でうまく適応できない子の研究の場を与えましょう!」というのに申し込みました(確かこんな趣旨だったと思います。ざっくりと)。

 

作文に8歳の師匠は「ミラーニューロンでお互いが緊張を与えあってしまっていて、GALANT2という遺伝子がその緊張を高め合うのに影響しているかもしれないから、それを科学的に研究して見たい!」と書いて申し込んだんです(ざっくりとこんな内容んでよろしかったでしょうか?師匠!)。

 

そしたら、8歳の師匠が、関西からわざわざ東京まで呼ばれて、面接を受けることになりました。

 

面接の場には、その日本でトップの大学の心理学の教授と、ミラーニューロンの研究の第一人者の先生が二人いて「君の言っていることは妄想だから!」とお師匠様に説教をし始めたんですって!

 

8歳の子に「妄想」とか言う?

 

だいたい普通の子だったら「妄想」の意味すらわからないですから。

 

「そんなの科学的じゃない!」って言うようなことを言ったようなのですが「え?だから、科学的にするために研究の場を与える、と言う趣旨なのでは?」と疑問になります。

 

検証する前から、それを言っちゃうんですね!さすが!日本一の天才が集まる学校です!

科学が全て理解できちゃう素晴らしい頭脳!

 

よ!日本一!

 

お母さんも先生から個別で説教をされていて「天才だって勘違いさせているだけだから!」と言うようなことを言われちゃって「ちゃんとみんなと同じように勉強できなきゃダメだから!」と怒られちゃいました。

 

トップの大学がこれだから、日本の科学はこれから安泰です!!

 

ちゃんと論理的な研究ができて、バリバリ新しい発見ができるんでしょうね!

 

嬉しい限りです。

 

これは、後から、お師匠様のお母様から聞かされたことでした。

 

その前の8歳のお師匠さんとの面接では「先生!まだ、ちゃんと体型が整っていないからリーキーガットの遺伝子を合わせてください!」と私が怒られていました。前回のリーキーガットの遺伝子じゃ、ちょっと違っていたみたい。

リーキーガットの問題が、体型に関係していて、食欲とも関連している、と8歳のお師匠さんが教えてくるんです。

 

遺伝子を選択して8歳の師匠が唱えている時に「あ!この遺伝子の裏に説明書きがありますね!」とおっしゃいます。

 

「リーキーガットは腸に穴が開いちゃうのではなくて、栄養を吸収する腸の溝から栄養が漏滲(しんろう=もれる)して、体内に毒素が回ったり栄養吸収の問題が生じて、栄養方が生じてしまう問題である」とここの説明に書いてあります、と言われて私は「ギク!」とする。

 

「穴が開いちゃうんじゃないんですね!」と8歳の師匠から怒られて「すみません、リーキーガットの説明が面倒くさかったので“穴”と言ってしまって」と師匠に謝罪します。

 

8歳の師匠は、実際の本を読むことはなされません。

 

ミラーニューロンを通じて、本を借りてきて、それを読んで頭の中で研究をして、このような事実を確認して検証しているみたいなんです。

 

私は、お母さんから某大学での話を聞いて、もう一度、8歳のお師匠さんに面接室に入ってきていただき「師匠は、科学者たちに認めてもらうために、大学に行って研究とかなさりたくないんですか?」と聞いてみました。

 

8歳の師匠は「将来、研究のためにアメリカの大学に行くつもりはない!」とはっきりおっしゃいました。

そして「自分は頭の中で十分に研究ができるから、これでいい!」と。

 

以前だったら8歳の師匠は「自分を犠牲にしてでも苦しんでいる人を救いたい!」というのがあったんですが「あ!それがなくなっている!」とちょっと嬉しくなります。

以前唱えていただいた遺伝子のコードで“自己犠牲の精神”が変わっているから興味深い。

 

お師匠さんは、純粋に「今を生きる!」となっていたんです。

 

「科学的じゃない!」と断言される立派な科学者の方々は、もちろん「科学的ではない証明をするための検証」をたくさんなさっています。その検証をしなければ「科学」じゃなくなってしまいますから。

 

その立派な科学者達に検証を任せて、8歳のお師匠様は「自分がどんどん自由に楽になれる研究」をされています。

 

私もお師匠様の研究のメンバーに加えていただいて、どんどん自由になっていきます。

 

自由になればなるほど「科学的検証」に対する興味が湧いてきて、研究者たちのその素晴らしい論文を読むことが楽しみで仕方なくなってくるんです。

 

本当の意味で人を自由にする科学的な研究論文を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2017/09/19

日曜日の講演会にあんな雨の中でもいらっしゃってくださって、本当にありがとうございました!!

みなさんとお会いできて嬉しかったです。

テレビに取材とか来ていて、周囲が緊張していたので、私も緊張してしまいました。

でも、お話をしていて楽しかったです。

 

ありがとうございました。

 

お花をいただきました。


素敵なお花を見て「癒される〜!」となっていました。

 

昨日は1日中「ボケー!」っとしていて何もできなかったので、今朝は久しぶりにジョギングに出かけました。

私の大好きな彼岸花が咲いていて、思わず「パシャ!」写真を撮ってしまいます。

5月から4冊の本を同時に書くことをスタートして、やっとラスト一本が「あとがき」を残して完成しました〜!

「わ〜い!」

 

この1ヶ月、精神的に全く余裕のない状態になっていました。

 

なぜなら「本当に終わらせられるのかな?」ってゴールが見えなかったから。

 

でも、みなさんのおかげでやっとラスト一本を終わらせることができて「ほっ!」としています。

 

現在は脳の中が抜け殻のような状態になっております!!

 

「もう、頭の中には空っぽで何にも残ってね〜!」って感じです。

 

まあ、最初から何にも入っていないんですけどね!

 

「何も入っていない!」というのは本当の話で、今回、講演の前に「いつも誰かに振り回される」が一瞬で変わる方法(すばる舎)のテレビ取材が入ります〜!と言われて「やばい!内容をちゃんと予習しなきゃ!」と思って、読んで見たら「お〜!何この本!いいじゃん!」とびっくりします。

「林副編集長いい仕事しているな〜!」なんて感心しながら、会場までの電車の中で全てを読み終えて、気分が「すっきり!」。

 

こうして「林副編集長いい仕事しているな〜!すごいじゃん!」なんて書いてしまうと、林編集長から「それを言うのをやめてください!ゴーストライター疑惑が浮上しちゃいますから!」と怒られてしまいます。

 

他の出版社の方がいらっしゃった時も「え〜?本当に先生が書いているんですか?」と疑われてしまいました。

 

「取材!」とか言われて緊張して焦っちゃっていたけど「いつも誰かに振り回される」が一瞬で変わる方法(すばる舎)を読んでいたら「あ!”取材”とかに振り回されなくて、自分のままでいいんだ!」と読んでいるうちに思えちゃうから面白い。

懐かしい「浮き輪モード!」とか「本音モード!」なんかも書いてあって「あ〜!やってたな!最近はそれが定着しちゃったな!」自分を振り返って見て、なんだか全然緊張しなくなってくる。

 

よく「大嶋さんの本を読んでいると眠くなるんです!」と言われて、普通の人がこれを聞いたら「内容が退屈だから眠くなるんだろ!なんて失礼なことを言うんだ!」となります。でも、私の本の場合は、催眠的な要素が散りばめてあるから、無意識さんにアプローチして「眠くなる〜!」となるんです。

 

そして、本の中に散りばめられている催眠の目的は「みなさんの夢が現実になる〜!」という暗示。

 

自分でもびっくりしたのが「取材って緊張する〜!」と失敗しちゃった時のことを思い出していました(この失敗した時のことは、10月に新しく出版される本の中に詳細が書いてあります)。

 

「過去の失敗を思い出して、今回の失敗を防ぐ」という目的で思い出しているのだと思うのですが、それは逆効果で思い出せば出すほど「緊張する!頭が真っ白になる〜!」という感じで最悪な精神状態になっていました。

 

「緊張しないで、あのちょいワル編集者のようになれたらいいな〜!」と思いながら、あの本を電車の一時間で読み終えたら、ぼーっとしてきて「あれ?ちっとも緊張してない!』となっている。

 

催眠じゃ〜!これ〜!

 

楽しく取材を受けていて、終わっても「後悔が一切ない!」というのがびっくり!!

 

お師匠さんの催眠というのは、自分が努力をしなくても夢が現実になる、という便利な代物。

 

私の場合、お師匠さんに催眠にかけていただき、後になって「あれ?いつのまにか夢が現実になってる!」と実感できるんです。

 

その場では「なんだか寝ちゃってたかも?」と失礼なことを言っていたのに、後になって、芽が出て花がちゃんと咲いて、収穫までできちゃいます。

 

そんなお師匠さんの催眠で書いた本には、やっぱりお師匠さんの催眠が散りばめられている。

 

そんなことを今回は実感できちゃいました。

 

いつも応援してくださってありがとうございます。

 

感謝!!

 

 

 

 


2017/09/16

私が以前、悩んでいたのは「人とうまく話ができない」でした。

 

人の中に入って話をすると「ち〜ん!」と沈黙になってしまって「やっぱり私は話すのが下手なんだ!」と落ち込む。

 

「わかってもらえない!」と思えば思うほど焦っちゃって、そして思っていることと出てくる言葉が繋がらないんです。

 

うまく伝えられない、このもどかしさ。

 

自分では「頭が悪いから喋りが下手」とか「場の空気がうまく読めないからうまく喋れないんだ」や「真面目すぎるから話が面白くなくて相手にされない」というような原因を考えて自分を責めちゃいます。

 

「話が下手!」という場面を思い浮かべると、後頭部がモヤモヤしちゃいます。

 

簡単に「“この話が下手”って何歳の時から?」と思った時にパッと頭に浮かんだのが「5歳」というのを信じちゃいます。

 

自問自答だけど「何歳の時からかな?」と問いかけてみると、なんらかしらの数字や、その当時の自分が浮かんできたりするんです。

 

例えば「5歳」と浮かんだ時に、催眠のお師匠さんだったら「5歳の自分が感じている感覚」や「5歳の自分が見ている風景」や「5歳の自分が聞いている音」などを確かめてみましょう!なんて催眠的な誘導をするんです。

 

これは、ちょっと前に説明した「目の前に見えていないものを見る!」というテクニックで、それをした時に催眠状態に入ることができちゃいます。

 

視覚、聴覚、触運動覚(身体感覚のこと)の大きく分けて3つがって、人によって「場面や人をイメージするのが得意!」とか「音を想像するのが得意!」や「その時の体の感覚を思い出すのが得意!」って得意分野があったりします。

もちろん3つともできる人もいます。

 

私の場合「5歳の自分」と思った時に、ワナワナと怯えて震えている感覚があって「あ〜!この感覚懐かしい!」となりました。

 

居ても立っても居られない落ち着かない感じ。

焦っているような、この場にいちゃいけないようなこの感覚。

いつも「落ち着きがない!」と幼稚園の先生から怒られていたあの頃。

いつも鼻水を垂らしていて「自分は汚い子」というあの感覚。

 

「そんな自分と一緒に「すぐに不安になってしまう」が一瞬で消える方法(すばる舎)の呪文を探してみましょ!」ということをやります。

 

上に書いたような呪いの症状を解く呪文を5歳の自分とともに唱えて確かめてみます(「5歳の自分とともに唱える」ということを思うだけで催眠状態になれます!簡単!)。

 

「うまく人の輪に入っていけない時の呪文」を5歳の自分と一緒に唱えます。

この「一緒に唱える」というのは催眠的な意味があり、実際は自分自身が唱えていても構いません。人によっては、5歳の自分を目の前にイメージできて、その自分と会話をして唱えてもらう、ということもできます。「5歳の自分と一緒に唱える」というのがあれば、どんな形でも大丈夫です。

 

「う〜ん、これとは違うな」というのがわかります。

 

人の気持ちを想像しすぎちゃって不安になってしまうのを解消する呪文を一緒に唱えてみます。

 

「これだと、怒りが爆発しそう!」となります。

 

自己愛(ナルシズム)の呪文を一緒に唱えて見ると「あ!頭が痛くなってきたから違うかも!」となります。

 

一緒に唱えながら確かめていくと「あ!やっぱりリミットレスのコードなんだ!」と唱えた時に頭がスッキリします。

 

モヤモヤした感覚が抜けるのですが「ちょっと待てよ!5歳の君!これを唱えられるのか?」と不安になります。

 

そこで5歳の自分がこの呪文を覚えられるまで一緒に唱えて、覚えてもらいます。

 

優しく、わかりやすく、ゆっくりと、一緒に唱えていくと、今の自分の中で「あ!喋るの苦手じゃなくなってきたかも!」と思えるのは自分の過去が変わっていくから、と考えると面白くなっていくでしょ!

 

ちゃんと5歳の子に親切丁寧に呪文を教えて「いつも唱えるように心がけてね!」と丁寧にお願いすると「お〜!今の私が変わってくる!」という感覚になるから面白い。

 

こうしてブログで文章を書いている時に、コンピュータのバックグラウンドで違う作業をさせて、いつのまにか違う作品がちゃんと自動的に完成している!という感覚。

 

今の自分が「過去は変わらない!だから今の自分の話し下手も基本的には変わらないんだ!」と思っちゃっている。

 

5歳の自分が唱えることで、この現実をぶち壊しちゃいましょ!という面白い試みをしちゃいます。

 

5歳の自分はかなり真面目に唱えてくれたみたいで「あ!話だけじゃなくて勉強もできちゃうかもしれない!」と集中力がアップしているのを感じるんです。

 

こうして過去の自分を変えることによって「ネットワーク全体を変えてしまう」という現象が起きるんじゃないか?と思っているんです(ちょっと難しい話だからはしょりますね)。

 

「あの時の自分がこの呪文を知っていたら!」と思ったら、それがチャンスなんです!

 

(つづく)

 

 

 

 


2017/09/15

(事務方より)

お待たせいたしました!!

今年度のFAP療法セミナー上級コースのお申込みを本日より受け付けます。

<FAP 上級コース>Ver.α 

開催日時:平成29年11月25日(土)午後3時〜午後7時

             26日(日)午前10時〜午後4時

 

今回より、2日目を2つのグループに分け、分科会とします。

上級リピーターの方のみ分科会AかBをお選びいただけます。

(初級からの方は、分科会A)

 

詳細は弊社HPにてご確認ください。(セミナーちらしに講座内容の詳しい説明があります)

みなさまのお申込みをお待ちしております!

どうぞ宜しくお願い致しますちゅん


2017/09/15

多分、ここで読んでいる人は、なんで「すぐに不安になってしまう」が一瞬で消える方法(すばる舎)に書いてある呪文を唱えるだけじゃダメなの?と疑問に思っているかもしれません。

 

「あの中の呪文を唱えて入れば十分変わるでしょ!」と言われて「なんで過去の自分とかブラックホールとか余計なことを書くの?」と怒られてしまいます。

 

まあ、そう言われればそうですよね〜!

 

まあ、私がこの呪文たちを実践して「すげ〜!」と変わってきた時に「お!引き戻される!」という面白い現象に出会ったから。

 

自由になって楽しくなっていけばいくほど、突然襲ってくる不快感で「現実に引き戻される〜!」となるから。

 

私の現実は「貧しくて惨めで罪深くて、それが絶対に変わらない」という現実。

 

「お〜!楽しく変化してきた〜!」と思ったら、不快感が襲ってきて、目の前が灰色になって、狭苦しくて埃だらけの汚い部屋という“現実”が目に入ってきます。その部屋を片付けようとしない怠惰でだらしない自分がいて、さらに「子供の頃からダメダメがちっとも変わっていない!」という現実が突きつけられるんです(ど〜ん!)。

 

私がこの目で見ているこの部屋が現実であれば「私はちっとも変わっていない!」というのも現実になります。

 

でも、多分、周囲で私を見ている人にこんなことを言ったら「何をこの人はおかしなことを言っているの?」と思われてしまいます。運動も適度にしているし、趣味だって始めているし、そして文章だって毎日書いていて、原稿だって〆切をちゃんと守っているじゃないですか!(〆切は微妙かも?)。その人の視点で見たら、私の世界は灰色じゃなくて薔薇色に見えていたりします。

 

そして、ある人から見たら「あいつ、本当は惨めな野郎なのに、最近いい気になって!調子に乗って!お金儲け主義に走って!馬鹿みたいに講演なんかやっちゃって!」と私の世界は欲にまみれたどす黒いものに見えちゃいます。

 

私の過去を知る人たちは「あんな偉そうなことを言ったって、あの子は子供の頃からいじめられっ子ですから!」と私の世界を茶色で見ちゃいます。

 

私の世界をピンクで見る人は羨望、そして、茶色と黒が嫉妬になります(絵の具か!)。

 

脳のネットワークでそれらの色が入り混じってどす黒い色となり、私の脳に流されてきます(絵の具の色を混ぜているイメージ ピンク+黒+茶色=?)。

 

私が変われば変わるほど、周囲では“嫉妬の発作”が起きちゃって、どす黒いものが流されてきて「現実に戻される〜!」というのは、元の「怒りのはけ口(汚物処理場)」に戻される!ということなんです。

 

単純にいじめられっ子は、周りの人たちの溜まったストレスのはけ口になります。

帯電したストレスをぶつけられて身動きが取れなくなって、自分の人生が生きられなくなる、という役割。

 

“嫉妬”って「あいつはストレス請け負って、汚物まみれになる役割なのにそこから抜けやがってずるい!」という本能的な発作。

 

あいつが抜けちゃったら、自分が損な役回りを負わされちゃう!ということで嫉妬の発作を起こして攻撃して、元の汚物処理係へと戻そうとされるんです。

 

以前の職場のボスに「そんなの酷いじゃないですか!どうしてそんなことがまかり通るんですか!」と怒ったら、ボスから「それが世の中の仕組みだから!」と鼻で笑われてしまいました。

 

多くの人たちは脳のネットワークを「そんなの妄想だ!」と否定します。

だって、ねー!“処理させる人”にとったら知られたら都合が悪いことだから。

 

負わされている人たちだけがわかる不条理な世界。

 

「人のせいにして!」とか「言い訳ばかりして!」と言われてきました。

 

本を読んでくださって呪文を唱えて「あ!ちょっと変わったかも!」と思っていたら「ドーン!」ときて「やっぱり何も変わらないじゃない!」という私のような方のために、脳のネットワークが作り出している“現実”を変えちゃう面白い方法書いています。

 

仲間だから。

 

 

 

 

 

 


2017/09/14

モーガン・フリーマンが主演している映画で「最高の人生のはじめ方」を観ていて「お〜!すごい!」と思ったんです。

 

奥さんを6年前に亡くして、執筆意欲がなくなった作家が酒に溺れている時に、隣の家の両親が離婚したばかりの女の子が「どうしたら物語をあんなに上手に書けるようになるの?」と聞いてきて「お小遣いを全部あげるから教えて!」と言ってきます。

 

作家は車椅子で少女と一緒に田舎の道路に出て、真っ直ぐに伸びる道を眺めながら「今、何が見えている?」と聞きます。

 

ただの舗装された道路と、両脇に生えている木、そして、上に広がっている青空と雲ぐらいしか見えないので、少女は「何にも」と答えます。

 

すると、作家は「目の前に見えていないものを見るんだよ!」と言います。

 

少女は「見えていないものをどうやって見るの?」と聞きます。

 

ガンマンのヒーローが出てくるウエスタンの小説を書いていた作家には、その道を馬に乗って颯爽と走っているあのガンマンの姿が見えていたんです。

 

そんな時少女も「あ!自分も普段から見えないものを想像していた!」ということに気がついて、あの作家が書く小説のコツをつかんだような気がしたんです(多分こんな流れだったと思います。記憶って面白いですよね)。

 

単純に書いちゃえば「想像力を働かせろ!」なんですよね。

 

何もない道が広がっていても、そこに「ガンマンがいる!そしてちょんまげを結った武士と一緒に馬に乗ってこちらに向かってくる!」なんて想像したら、頭の中でその情景が広がっていきます。

 

目の前に見えている何もない道が“普段の意識状態”になり、そこに見えていないものを浮かべるときに“非日常の意識状態”となり「それが催眠状態!」となります。

 

治療者が家族面接の時に”花”を見て「これがあなたの長男です」と言って、そこに見えないはずの長男を見てお別れを言っている場面がまさに“非日常の意識状態”となり催眠状態へと誘っていきます。催眠状態では無意識さんが働き、それまで見えなかったものが見え、分からなかったことがわかるようになり、苦しみから解放してくれます。

 

小説を書けるようになりたかった少女は「見えないものを見る」と言われた時に、“非日常の意識状態”になり、無意識さんが働き、何もないはずの道路に様々な物語を見いだすことができるようになるんです。

 

ここでみなさんはわかったと思いますが「それって誰でもやっている簡単なこと!」なんです。

 

本を読んでいる時も、目の前には活字しかないのに、頭の中には青空が広がっていたり、人が歩いていたり、ということを想像しているでしょ!

目の前の活字を見ているのが“日常の意識”で、活字を見ているのに、頭の中では風景が浮かんでいるのが“非日常の意識状態”だから「催眠状態なんだ!」となるんです。

 

電車の中で、目の前に座っている人を見ているのが”意識”になり、そして、会社であった出来事を思い出しているのが“催眠状態”になります。なぜなら、実際に目の前にある情景とは違ったことを頭の中では想像しているから。

 

家に帰って、テレビを見ている時は意識状態で、テレビを見ながら、会社で失敗してしまった場面が浮かんできちゃって、一人反省会をしている時は”非日常の意識状態”なので「催眠状態じゃん!」となるんです。

 

目の前に現実的にものを見たり、聞いたりしている時は意識的な状態であり、「見えないものを見る!」という時が“催眠状態”と考えると面白い(これはあくまでも私の催眠の捉え方です)。

 

「催眠って、いつでも誰でもやっている簡単なことじゃないですか!」とよく言われます。

 

「目の前に見えないものを見る」って無意識のうちに私たちはやってしまっていて、いつのまにか催眠状態に入って「片付けられない!」とか「ちゃんと思ったように行動できない!」なんていう”暗示”を入れられちゃいます。

 

暗示が入っちゃうと「本当に片付けができなくて困っちゃう!」となったり「夢はあるのにちっとも行動できない!」なんてことにもなる。

 

催眠療法では「目の前に見えないものを見る」ということを意識的に使って暗示を解く。

 

そして、それは自分自身でも簡単にできちゃう!という面白さ。

 

さあ!やっと戻ってこれた!

 

今、ここにある不安感に注目を向けます。

「不安感に注目を向ける」ということ自体が催眠の誘導になります。なぜなら、目の前の風景や実際に聞こえている音とは関係ないところに注目を向けているから。言ってみれば「目の前に見えないものを見ている」ということになります。

「これが催眠状態である」という認識がないと「不安に飲み込まれちゃう〜!」というのは「暗示が入りまくって苦しくなる〜!」という現象。

 

「目の前に見えないものを見る」をしている時は催眠状態、という認識を持った時に「無意識さ〜ん!」が共にいてくれ私たちをガイドしてくれます。

 

催眠状態は無意識の状態で、そこには必ず無意識さんが働いて私たちを助けてくれます。

 

不安感に注目を向けた時に「あ!16歳の頃にこんな不安感を感じたことがある!」と思い出すんです。

 

16歳の時の自分を思い出して見ると、あのダサい制服を着て冴えない顔をした自分が浮かんできます(自分にダメ出ししすぎやろ〜!かわいそうやろ〜!)。

 

16歳の自分に注目を向けた時に、その時の自分の感覚を思い出すことができます。

これをしている時は完全に催眠状態、と思って見ると面白いです。

 

16歳の自分は「誰からも相手にされないし、認められない、そしてわかってもらえない!」と思っています。

自分のどこかで「自分は素晴らしいものを持っていて、それが誰かに認められるはず!」と思っているからこそ、それがこれから先も絶対に起こらない!という絶望感がそこにはあったんです。

 

16歳の自分に「お前も大変だったね!」というと「今も大変だから!」と言われて、私は泣きそうになります(催眠状態ですね)。

確かに、あの頃の自分って、すぐそこが崖でちょっとしたことで奈落の底に落ちてしまうかも?という不安で歩いていました。「地獄に落ちる」という感覚ですかね。一瞬先は闇!という感じ。

 

まあ、言葉では正直、慰めようのない状態。だって、常に四面楚歌で救いがないんですから。

 

でも、便利なのは、この絶望という暗示をとく呪文がたくさんあるってこと。

 

「すぐに不安になってしまう」が一瞬で消える方法(すばる舎)に書いてあった、呪文を16歳の自分と一緒に唱えてみるんです。

 

「え〜?なんでそんな怪しいことをしなきゃいけないの?」と猜疑心が強い自分。

 

「君はこのままでいいの?」と厳しい言葉を浴びせて渋々唱えさせる私。

 

「誰かの気持ちを想像して疑心暗鬼になっちゃう!」という呪文でも「ちっとも楽にならねえ!」とふてくされる私。

 

「不安で眠れない時の呪文!」を唱えさせても「本当にこんなの効くの?」とわがままな私。

 

ことごとく不安が解消されなくて「まさか、お金持ちの呪文なんて16歳の私には関係ないよね!」と思いながら、唱えさせたら、今現在の私の不安がす~っと消えて「あれ?これなんだ!」とわかります。

 

その時に、パズルのピースがはまります。

高校に入る前後の時が、父親の会社が大変だった時で、経済的に常に困窮をしていた時期だったと思います(あまりよかった時がなかったんです)。

もしかして、この頃の「奈落の底に落ちるような不安」って、父親や母親の「経済的に破綻する!」という不安を私がもらっていたから、ということにお金持ちの呪文を唱えていたら気がついちゃったんです。

 

だって、これから将来がある高校生があれだけの絶望感と不安感で苦しむって、おかしいんですから。

 

高校生の自分がお金持ちの呪文を唱えて楽になるなんて。

 

あ!16歳の自分にお金持ちの呪文を唱えさせたから、この頃から父親の会社が少し安定したのかも?と面白い考えが浮かびます。

 

「目の前に見えないものを見る」ということをして意図的に催眠状態に入って、無意識さんの助けを借りていくと、今の自分が”暗示”から解放されるだけじゃなくて、私の未来が変わっていくような気がしているんです。

 

素敵な呪文とともに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2017/09/13

ある時、ある治療者の家族面接の陪席をさせていただけることになりました。

 

最近、息子さんを亡くされたご両親は、残された弟も引きこもり状態になって「この先、残された息子に何かあったらどうしよう」という不安でいっぱいなのですが、それを表現できずにいたんです。

 

残された弟は、兄がいなくなったことに対しての罪悪感があったのか、それとも両親の愛が兄が亡くなることで奪われてしまった、と思ったのか、面接室の椅子に座りながらずっと下をうつむいていて、何も語らないでいました。

 

両親の「この先、息子に何かがあったらどうしよう?」という不安からくる緊張感と「自分のことを放っておいてくれよ!」という息子の怒りの緊張感が入り混じったものすごい空気が面接室に漂っていて、それを受けた私は、まるで催眠状態に陥ったように体が硬直をして息がうまく吸えなくなり苦しくなっていました。

 

「この先、この家族面接を続けて何が変わるのだろう?」と完全に行き詰まった状態に見えたその時「この花をあのなくなった息子さんに見立てて、お別れを言って見ましょう」と治療者が口を開いた。

 

治療者は、亡くなる前まで、その息子さんの面接をしていて「君に出会えて本当に良かった」と言った瞬間に、目の前にあった小さな植木鉢に植わっている白い花を見ながらポロリと涙を流されて、そしてその涙をハンカチで拭った。

 

次の瞬間に、家族の緊張感が「サーッ!」と治療者の涙とともに解け落ちていく感じがあって、家族はそれぞれ、その花に向かってお別れの言葉を述べながら涙を流した。流れる涙とともに、自分を責める気持ち、そして、相手を責める気持ちも洗い流されて行ったような印象を私は受けていた。

 

私は、ずっと記録を取るためにノートに向かっていたが、ふっと顔を上げて見ると、ずっとうつむいていた次男が天井を見上げて涙をこらえていた。

 

その涙をこらえて上を見上げている姿は、これからの彼の将来を「見守ってくれ!」と誰かに言っているように私には見えていて、この家族の将来がものすごく楽しみのように感じられたんです。

 

 

この手法ってゲシュタルト療法の「エンプティー・チアー」の応用なのですが、私は「あれってやっぱり催眠療法だ!」と気がつきます。

 

催眠って「暗示を受けやすい、普通の意識状態とは違う意識状態」になります。

 

学生時代に寮で寝ていた時に、朝方に、友達が入ってきて「今日のシャワー室の掃除の当番代わってくれないかな?代わってくれたら助かるよ!」と寝起きに言われて「あ!いいよ!」と言ってしまいます。

 

起きてから「あ!なんであんなに簡単に承諾しちゃったんだろう!」となるのは、寝起きは普通の意識状態じゃなくて、相手の暗示が入りやすい状態だから(よい子は真似をしないように!)。

 

家族療法をしていて、普通の意識状態だったら、弟に「自分のことを責めなくていいよ!もう自分の人生を生きて大丈夫だよ!」と伝えても“暗示”は入り難いから「責めてないっすけど!」とか「自分の好きなことをやってますけど!なにか?」となってしまうんです。

 

治療者が目の前にある花を見ている時は「目の前に実際に見えているもの」で普段の意識になります。その花が長男です!と言われて「目に見えていないものがそこにいる」という体(てい)で話しかけることで日常以外の意識状態を簡単に作り出し「催眠状態」に誘うことができちゃったんです。

 

催眠状態の中で次男の中の「自分が悪いんだ」という”暗示”が解かれていきます。

 

そして「自由に生きちゃいけないんだ!」という”暗示”からも解放されて自由になっていきます。

 

目の前の白い花しか見えていなかった普通の意識の時は、自分が暗示にかかっていることすら気がつかなかったのに、そこに見えていないはずの何かを見た時に、日常とは違う意識状態である催眠状態に入って、無意識さんが”暗示”を解いてくれたんです。

 

無意識さん登場!!

 

(つづく)

 

 

 


2017/09/12

ある方から「先生!なんでサーフィンを始めたんですか?」と聞かれて、タバコ依存のクライアントさんが「サーフィンとタバコはセットだからやめられね〜んだ!」と困っている奥さんの前で豪語しちゃっていたから「タバコを吸わずにサーフィンをやっちゃろうじゃねえか!」と啖呵を切ってしまったからです(あえて今回はタバコにしてあります)とお伝えしました。

 

すると翌週に「先生は気持ち悪いです!私、先生の話を聞いていて”最低な人”と思っちゃって吐き気がしました!」と言われます。

 

「え?」

 

「だって、先生はサーファー仲間と一緒に薬物をやっていて、そんなんでカウンセラーなんかやっているんでしょ!」と責められました。

 

「お〜!これだ〜!記憶のシャッフルが起きている〜!」と感動します。

 

“嫉妬の発作”などの脳内の過剰な電気活動で、脳の記憶の部分が刺激されて「記憶がシャッフルされちゃうぞ〜!」になります(シャッフルとはごちゃ混ぜになってしまうことです)。

 

その方は「だから私は録音をして、後で確認をしているんです!」とおっしゃったが、録音をしても「都合のいいところしか聞かないやろ〜!」になってしまうから同じなんです。

 

この文章だって「先生はサーファー仲間と一緒に薬物をやって」という部分だけ読んで、その前後を読み飛ばしてしまったら「ぎゃ〜!」となるでしょ。

 

人の印象が「酷い人!」となったら、その証拠となる部分しか意識って選択できなくなって、そのほかの部位を飛ばしちゃうんです。

行ってみれば、その人のイメージ通りの情報しか選択できなくなる、という現象です。

 

世界的なトラウマの権威の先生と暑い夏の道を歩いているときに、先生は第二次世界大戦時に日本軍の捕虜になった祖父の話をしてくださった。その祖父は日本人に対して「憎っくき日本人」という印象でいたけど、時とともに記憶が美化され、やがて「良き戦友」に変わって行った、と話してくださった。

 

時とともに美しくなる記憶があり、また、時とともに醜くなってしまう記憶もあるんです。

 

「自分ってダメなやつだ〜!」となっている場合は「記憶のシャッフルが起きちゃって醜い部分でストーリーが作り上げられちゃっている!」となっている可能性がある。

 

一般人もそれはなんとなくわかっていて、醜い真っ黒な話をしている方に向かって「そんなことはないでしょ!」と真っ向から否定してしまいます。するとそれを言われた方は「わかってもらえない!」とますます発作を誘発させちゃうから、脳の記憶がますます醜いまま固着しちゃいます。

 

だから、催眠のお師匠さんは、安心できる感覚と手を取り合って、過去のその場面をもう一度観察しに行くんです。

 

無意識の中で、安心できる感覚とともに過去に遡って見ると「あ〜!こんなことになっていたんだ!」と不思議と記憶のシャッフルが解けて自分のイメージが変わって行く。

 

そうなんです!いつのまにか「戦友!」に変わっていきます。

 

あんなに惨めで可哀想だった自分が、いつのまにか美しく羽ばたいて行く、ということを催眠療法を使ってお師匠さんはやっていらっしゃった。

 

ここで「催眠って何よ!」という話になります。

 

「ちょっと!催眠って言われちゃうとハードルが高いんですけど!」というのも全て記憶の選択の問題なんです。

 

美しい催眠療法のイメージに触れていくと、催眠の認識が変わって「なんだ!簡単!誰でもやっていることなんだ!」ということが見えてくるんです。

 

(つづく)

 

 


2017/09/11

催眠のお師匠さんが「退行催眠(過去に戻る催眠)」という形でやってらっしゃるのを見たことはありませんでした。

 

一時期、テレビで“退行催眠”というのが流行って、テレビで催眠療法の人が催眠をかけて「私の前世は蟹だった!」とカニ歩きをしている人を見て「おもしろ!」と思っていました。

 

お師匠さんが「安心できる感覚」を“今ここ”にしっかりつかまって、催眠で過去の苦しかった状態の記憶に遡って行く、ということをやっていらっしゃるのを見たことがあります。

 

私の場合の「安心できる感覚」は、あの当時から“海辺”でした。

 

燦々と照る太陽の下で砂浜に寝そべって、砂浜に打ち寄せる心地よい水の音を聞いている、そんな場面です。

 

人間って便利で、目を閉じてその場面を思い出してみると、本当にそこに行ったような感覚になり「癒される〜!」となったりするんです。太陽の光が顔に当たって温かくなっている感覚が感じられて、そして波の音が聞こえてくるような感覚になり、ストレスレベルが下がります。

 

その感覚に十分に浸ったときに、右手を握りしめて条件づける(右手を握りしめている時は、この安心感がある、というテイです)。

 

右手を握りしめて、その安心できる感覚と共に、催眠のお師匠さんの誘導で「過去の辛かった場面」を見に行きます。

 

“安心できる感覚”と共に、過去のいじめの場面なんかを見ていると、自分の記憶の中では「一方的にやられていて、誰も味方がいなかった!」となっていますが「あれ?結構自分もやり返していたじゃない!」とか「何人かはちゃんと味方になってくれていた!」なんてことが見えて来て「びっくり!」。

 

暗黒の記憶に光が差し込めて来て、そして記憶が正しい方向に修正されることで、現在の自分に影響がおよび「うつ気分が楽になったかも!」となることがあるんです。

 

催眠のお師匠さんのその技を見ながら「お〜!すごい!」と感動していました。

 

当時のボスにこの感動を話したら「それをアレンジして集団で催眠療法ができるようにしろ!」と言われて「御意!」となります。

 

そして、過去の辛かった自分を抱きしめて、その自分の辛さを受け止めてあげて癒してあげる“インナーチャイルドワーク”とお師匠さんの催眠療法を混ぜたような感じで、グループでも治療ができる方法を使うようになりました。

 

「お〜!これってすごい効果があるかも!お師匠さんってすげ〜!」とちょっと感動。

 

軽い催眠状態に入っていただき、そして、目の前に鏡に映った自分は幼い傷ついた自分だった、という流れになります。

 

その傷ついた自分を鏡から引き出してあげて、そして、話を聞いてあげて、抱きしめて温めてあげるという方法でした。

 

それをすることで暗黒の記憶が、不思議と修正されていって「あ!ちょっと光が見えて来た!」となるんです。

 

お師匠さんの目的は「記憶の修正」だったと思います。

確かに、心の傷を負ってしまうと「記憶がバラバラになっちゃってホラーになっちゃう!」という現象が起きます(これはそのうち詳しく説明を書きます)。それを催眠で安心できる感覚と共に過去にさかのぼると「お〜!今までの記憶とはちょっと違っているぞ!」となる感じ。

 

でも、脳のネットワークということを考えたときに、脳のネットワークは時空を超える、という仮説が正しかった場合、それをすることで過去の自分が変わるから、現在の自分が変わる、という可能性が見えて来ます。

 

今回の「過去の自分に呪文を唱えさせる」というのは今まで使って来た手法の美味しいとこ取りしている感じ。

 

方法と仕組みを詳しく書いちゃいます。

 

(つづく)

 

 


2017/09/09

朝起きてみたら「あれ?なんだか不安感が!」。

 

漠然とした不安感で、自分が「頼るものが何もない」という宙ぶらりんの感覚になっていた。

 

この不安感に注目して「この頼るべきものがない不安感はいつから始まったのだろう?」と探ってみると8歳の自分が浮かんできます。

 

「お〜!なんで8歳なんだ?」と思っていると、嵐の日の暗い教室で周りの生徒と馴染めず四面楚歌になっている自分が悲しそうな顔で立っていました。

 

すると8歳の自分が「昨日、人の話を真に受けない!の呪文を唱えさせたから“猪突猛進”ができなくなって、僕が出てきたんだよ!」と悲しそうな顔をして言った。

 

8歳の君よ!意味がわからないんだけど?

 

すると頭の中に8歳の君からの解説が浮かんでくる。

 

世の中のルールや自分の目標だけを忠実に守っている時は、自分の“心”に注目を向ける必要がなかったでしょ!

 

でも「人の話を真に受けない!」という呪文を唱えたら“世の中”とか“人が自分のことをどう思うか”などの基準で考えなくなるよね!

そしたら、自分の心に注目が向くでしょ!「これまで、自分の外にばかり注目を向けていて、自分の心が未成熟だから頼りない不安感を感じているんだと思うよ!」と説明してくれた。

 

その時に、8歳の自分が夜眠れなかったんだ!ということを思い出します。

 

学校であった嫌なこと、親に叱られたこと、などが次から次へと浮かんできて「眠れない!」となっていて「どうしよう?」とパニックになりそうになっていたんです(週の半分ぐらいは親に殴られて泣き寝入りをしていたから、この心配はなかったんですけどね)。

そんな時に「あ!象さんを思い浮かべればいいんだ!」と象の大きな姿を思い浮かべていました。

 

象の大きな姿を想像して、布団の横にある土壁のひんやりした感触に触れた時に、私は不思議と眠りに落ちていきます。

 

「あ〜!あの頃から“頼るべきもののない不安”を私は感じていたんだ!」

 

「何を唱えてもらったら、この不安が消えるんだろう?」と考え始めます。

 

でも、欲張りな私は「この頃から、リミットレス(能力の限界を超える)の呪文を唱えさせたら勉強に集中できるようになって、成績が上がってこの不安がなくなるかも?」と邪(よこしま)なことを考えます(よこしま=心が正しくないこと=悪いこと)。

 

8歳の自分にリミットレスの呪文を唱えてもらおうとすると8歳の私は「巾着袋と接着剤?」と言います。

 

「おい!違うでしょ!」とちゃんとした呪文を教えるのですが「ちっちゃい冷麺と春夏秋冬?」と返ってきて「おい!ドリフのコントじゃないんだから!」と怒りたくなります(ドリフのコントを知らない人もいますよね!)。

 

あ!そうか!失読症の問題があるから、小学校の時にみんなの前で教科書を読んだ時に間違えて文章を読んでバカにされたんだっけ。

 

失読症があるから難しい単語は覚えられないのよね!と理解します。

 

失読症の問題はそのうちにやるとして、とりあえずは「すぐに不安になってしまう」が一瞬で消える方法(すばる舎)の「不安で眠れない時の呪文」を教えてあげて「寝る時の象さんもいいけど、これを寝る時に唱えてもらえると今の私が楽になるからお願い!」と素直にお願いします。

 

いい子なんですよね!8歳の自分は。

自分のために、ということは何ひとつまともにできないのですが「人を助けるために」と言われると忠実にこなしてくれるんです。

 

みるみる私の心は軽くなっていきます。

 

そして8歳の自分がちょいワルになっているのを感じます。

 

「真面目で正しくなければ愛されない」ってずっと思ってきたもんね!

 

「それが必要ない!って感じられたんだ!」と私は8歳の自分を見つめながら嬉しくなります。

 

そう!「どんな自分でも愛されている」って自由に駆け回っている姿を見つめながら、私はとっても豊かな気持ちになっていたんです。

 

 

 



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