2018/04/17

「一体感」を唱えていると睡眠時無呼吸症候群(寝ている時に知らず知らずのうちに呼吸が止まる!です)の症状が治まって、注意欠陥多動性障害(忘れ物が多い!変なところで失敗しちゃう!ケアレスミスの天才!衝動買いをしちゃう!片付けができない!などの症状です)が変わったらすごいですよね。

 

唱えていたら、脳の神経が「活発に働きすぎて発作を起こしてまうやろ!」というのが治まって「あ!変なものを食べなくなった!」とか「衝動買いが治まった!」となって「痩せたじゃない!」となります。

でも、この体重がコントロールできないって、睡眠時無呼吸症候群で「血糖値の乱高下がすごい!」となるから。食べる量がそれほどでもなくても「寝ている時に呼吸が止まって苦しい!」となってしまうと「おりゃ〜!生きなきゃ!」となるから、生きるために血糖値を極端に調整するようになって「食べてないのに痩せない!」という状態になってしまうんですよね。

 

以前は、甲状腺機能の問題がなかなか痩せない問題に関係しているんだ、という仮説を立てていたのですが、睡眠時無呼吸症候群が改善したら痩せて来たケースがたくさんあったので「あれ?睡眠時無呼吸症候群の問題なんだ!」ということが考えられちゃいます。

 

でも、これが解決しても「え?まだ私お金持ちになっていないんですけど!」という問題が出て来ます。

 

「他の人はみんないい感じになっているのに、私だけお金がない!」という貧乏脳の特徴が出てしまって「孤独」から脳の背側縫線核が活発になってしまって「寝ている時に呼吸がうまくいかないやんけ!」という感じで、注意欠陥多動性障害の問題が再発しちゃう人が出て来ます。

 

そうじゃないケースもたくさんあるのですが「なんで?」ということになります。

 

最近「発達障害」の分類が変わりました(発達障害って、生来の発達の道筋の乱れのことです)。

 

4つの分類になり、第一が古典的発達障害で、知的発達障害や肢体不自由になります。

 

         第二が自閉症症候群で以前でしたら「人とコミュニケーションがうまく取れない」というアスペルガー障害なんかもここに入るようになりました。

 

      そして第三が軽度発達障害で最近私のブームである注意欠陥多動性障害(ADHD)のや学習障害になります。

 

      そして第四が虐待されてしまったことで、反応性愛着障害(大人に頼ったり甘えたりすることができない)と解離(自分の殻に閉じこもっちゃう。ちょっと説明を端折っています)を背後に持つ多動性行動障害(ADHDみたいな感じになる)になったケースがここに入ります。

 

心の傷の治療(トラウマ治療)は第四の発達障害を治療するものでした。

でも「体型が変わらない!」とか「仕事でミスばかりしちゃう!」とか「衝動が抑えられない!」という諸問題が起きて、第三の発達障害に注目が向きます。

 

要するに貧乏性の脳はもしかして第二の発達障害である「自閉症症候群が関係しているのかも?」ということになるんです。

 

この自閉症症候群には「人と親密なコミュニケーションを取るのが難しい」というざっくりとした特徴があります。

 

この「コミュニケーションがうまく取れない」というのが虐待から来た第四の発達障害である反応性愛着障害(頼ったり甘えたりすることができない)なのか、それとも自閉症症候群なのか?それが問題なんです。

 

自閉症症候群の遺伝的な特徴があると確かに「一体感」を唱えて周りが変わると「自分が損をした感じになる!」というのは何となくわかるような気がします。

 

多分、一般の人だったら「みんなが幸せになればいいじゃない!」と能天気なことを言います。

 

ですから、第二の発達障害の特徴を持っている人が「みんなばっかり」と言っているのを見て「人と喜びを共有する共感能力が欠けているんじゃないの?」という見方をします。

あるいは、「みんなが幸せになったら、その幸せが巡りにめぐって自分も幸せになるんだから!それがわからないのは思考の柔軟性が欠けている」と思うんです(思考の柔軟性が無い、とは頭が固いかな?)。

 

多分、もうすぐ発売される青山ライフの本に、人とのコミュニケーションを取るのが難しい発達障害のお子さんのケースが最後に書いてあると思います。

 

その方も多分、第二の発達障害に入るのだと思いますが、その方の脳を真似た時に「何じゃこりゃ!」という体験をしました。

 

自分の身体から触手がどんどん伸びて行って「ウォ〜!ありとあらゆる人とつながってしまう〜!」と私の好きな人、苦手な人も関わらず、全世界に広がって「みんな一緒!」という感覚になったんです。

 

周りの人たちは、その方を見て「コミュニケーション能力が足りない!」と勘違いしてしまいます。なぜなら、言葉でコミュニケーションを取らないから。でも、実際は、言葉を必要としていないコミュニケーション能力が存在していて、それが広がって世界全体と繋がり続けることができる、となっているかもしれない、と思ったんです。

 

この体験は非常に衝撃的で「なんだったんだ!あれは!」という感じで調べ続けていました。

 

するとある時に「シナプスの刈り込みなんだよね!」という言葉が頭に浮かんできて「確かに!」とどこかで勉強したような気がしていて、検索を掛けてみたら「あ!あった!」と見つけることができました。

 

シナプスって脳のシグナル伝達など神経活動に関わる接合部位とその構造のこと。まあ、難しいから脳の神経ネットワークを作っている配線のようなもの、とここはいい加減に表現しちゃいましょ!

 

植木って枝が伸びてきたら「剪定」というものをしてあげる必要がありますよね。

生まれてから実は、過剰に神経の枝が伸びてしまうやろ!となります。

そして、その伸びてくる神経のシナプスが環境や経験に応じて、必要なシナプスは残って、不要なシナプスは除去されるんです。

植木の枝を剪定するような感じでシナプスが刈り込まれるんですね。

 

これを「シナプスの刈込」と言います。

 

東京大学大学院医学系研究科神経生理学分野の「生後発達期の小脳におけるシナプス刈り込みのメカニズム」渡邊、上坂、狩野先生らの研究が凄いです。

 

シナプスが沢山できる〜!とシナプスの密度が上がって生後8か月ぐらいで「シナプスの刈り込み」が10歳ぐらいまで起きます。

そして、成人になった時のを見ると「自閉症酢ペクトラム症の人の方が健常者に比べてシナプスの刈り込みが少ない!」となっていました(ちなみに統合失調症の患者さんは健常者よりも刈り込みされすぎている特徴があります)。

 

私が体験した「自分から触手が伸びて!」っていうあの発達障害の方の感覚って、シナプスが刈り込みされていないから、ありとあらゆるものにつながれちゃう!となっていたかも?という感覚はもしかしたら当たっていたのかも!と思うんです。

 

そう考えると「貧乏脳」をもった私もシナプスがうまく刈り込みをされていないから「余計なことを感じちゃったり、考えちゃうから、お金がない!」となってしまうのかも!と考えるんです。

 

私も感覚はかなり過敏で子供の頃から裸足で歩くのが苦手でした(う〜!ぞわぞわぞわ!っとする!)。

 

感覚のシナプスが刈り込まれていないから「敏感すぎる!」となっていて、ほかの子と同じようにはだしで走り回れない!となっていた感覚があるんです。

 

このシナプスをうまく刈り込むことができたら、もしかしたら第二の発達障害の問題をクリアできるかも?と考えているんです。

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 


2018/04/16

「一体感」と唱えていると不思議と周りがうまくいくようになります。

 

パートナーの仕事がうまくいくようになったり、家族の精神状態が落ち着いたり、職場のチームワークが高まって、どんどん良いチームになっていく!という感じ。

 

「一体感」と唱えていた人は「あ!私が唱えていたからかも!」と思うのですが、誰からも感謝されないし「みんなのために私がなんで唱えなきゃいけないの!」と思って「一体感」を止めたくなってしまう。

これが「貧乏性の脳」の特徴なんですね。

 

「わーい!私が唱えているだけでみんなと一緒に楽しくなってきた!」という人は「一体感」を唱え続ければ「睡眠も整ってきたし!楽になってきた!」となるんですね。

 

でも「貧乏性の脳」だと周りの人の変化ばかり気になってしまって「なんでみんなは変わって楽しくなっているのに私は変わらないんだ!」となってしまうんです。

 

単純に考えたら「周りの人の変化に対する嫉妬」がこの「貧乏性の脳」の特徴になるのかもしれません。

 

この「貧乏性の脳」って掘り下げていくと、本当に面白い(現在、お金持ちになるための本を執筆中です)。

 

商売をやっている方から「最近、新規のお客さんが少なくて!」という相談を受けます。

 

まあ、普通だったら「チラシをちゃんと撒いている?」とか「広告戦略はどのようにやっている?」ということを考えますでしょ。

 

お客さんのニーズにあった、魅力的なものを提供しているのかどうか?

ちゃんと提供しているのだったら、お客さんが来るはずだから、何かが違うのかも?と反省しちゃって、色々考えちゃうわけなんです。普通だったら。

 

でも、これらのお話って、一般的な常識で「常識的に考えて努力をしてもちっともうまくいかない!」というのが世の常。

努力してちょっとうまく行ったって「続かない!」となってしまいます。

 

常識的な考えが「意識的な世界」だったら、それでうまくいかない場合は「無意識さんに頼る!」ということをしちゃいます。

 

方法は簡単で「心よ!お客さんはどうやったら私のところに来るの?」と質問をしちゃえば良い!(心と自分との間にある邪魔を排除してからね!)。

 

すると、心は「温泉に行け!」と答えたではないですか。

 

ひえ〜!常識をはるかに超えている〜!

 

そして、温泉に何度か通っていると「あ!新規のお客さんがたくさん来るようになった!」とびっくりします。

その数も「常識を超えているかも!」ということで私もびっくり(ありえな〜い!)。

 

そして、しばらく「仕事が忙しくなって嬉しい〜!」となっていて、温泉に通うのをやめてしまうと「あれ?また新規のお客さんの数が減った!」となるからびっくりですね。

 

でも、これって「お金持ちになる」ためのとっても大切なことを教えてくれているような気がするんです。

 

不満、不安、怒り、嫉妬、緊張、恐怖、などが頭に渦巻いている時って「脳に電気が帯電している!」という状態になります。

 

「お客さんが来なくてこの先どうなっちゃうんだろう?」という不安があると脳に「ビビビッ!」と電気が帯電しちゃうわけです。

 

不満や怒り、そして不安などで脳に電気が帯電していると「新規のお客さんからの問い合わせがない!」ということは、やっぱり脳のネットワークって存在している、ということになります。

 

温泉に行って「ふ〜う〜!」と一息ついて、ゆったりとした気分になります。

多分、貧乏的な脳を持った方だったら「せっかくお金を払って温泉まで来たんだから、元を取らなきゃ!」と長時間、温泉に浸かったり、身体を洗ったりと無駄にならないように努力するんだと思うんです。

 

他のものだったら「お金を払ったぶんだけ元を取らなきゃ!」と意地になっていたら「余計にストレスが溜まる〜!」となるはずなのですが、温泉の場合は、長時間利用すればするほど「癒される〜!」というのは、脳の電気がなんらかの形で放電されるから。

 

頭がすっきりした!というのは、帯電したものが放電されるから。まあ、脳に溜まった電気が温泉に浸かって放電される仕組みは万と考えられるのですが「脳の電気が放電された途端に、新規のお客さんからの問い合わせが急増した!」というのは面白いですよね。

 

不満や不安によって脳に帯電している時は、お金の循環が滞るのですが、放電した途端に「あ〜!お金の流れが良くなって来た〜!」となります。

 

以前も、この話をここで書いて「あ!私も真似してみよう!」という方から「やっぱり温泉に行った後だとお客さんの数が増える!」という報告を聞いて「へ〜!」となるわけなんです。

 

インターネットで「お金持ちの脳の特徴」と調べてみると、あー!いろんな人がいろんなことを言っているのね!というのがわかります。確かに、ポイントを的確についていて「脳に帯電しないタイプがお金持ち!」となり「不満や不安、そして嫉妬などで脳に帯電しちゃう人が貧乏性の脳」となっていました。

 

いろんな人が言っているように、お金持ちの人の言動を真似ていれば「脳に帯電しなくなる!」となるわけですから「どんどんお金持ちになるかも!」という現象は起こせます。

 

でも、私が知りたいのは脳の仕組みなんですよね。

 

注意欠陥多動性障害(片付けができない!集中ができない!頭の中が落ち着かない!)がもしかしたら、睡眠時無呼吸症候群が原因かも?と考えて、さらにそれを探求していたら「孤独」で脳の背側縫線核の細胞が影響していた、というのが見えて来ます。

 

もちろん、この背側縫線核は、呼吸や睡眠リズム、歩行などの運動機能の他にも、注意・報酬などの情動にも関わるから「人のためにやりたくない」というケチにも関わっている可能性があります。

 

でも、ポイントは「一体感」を唱えても、その「ケチ」が消えない場合がある、ということ。

ケースを見ていると「あ!ケチの症状が”一体感”という言葉で消えた!」というケースもあるのですが、そうじゃないケースもあるからそこを探求したくなるんです。

 

どうして「一体感」で「ケチ」の症状が消える場合とそうじゃないケースがあるの?って気になってしまうんです。

 

ケチが消えたら「どんどん豊かになる!」というのが待っているはずなのですが「どうしてケチの症状が消えないんだろう?」と悩んでいます。

 

いろんな心理学のセオリーでは、このケチの症状についての様々な仮説が立てられるのですが、やっぱり原因となっているのは脳の神経ネットワークのシステムなんですよね。

それをうまく変えることができたら、と思うんです。

そのメカニズムをしてって「言葉」でそれをうまく変えられるような気がしているんです。

 

そんなことをちょっと皆さんと一緒に探求していきます。

 

(つづく)

 


2018/04/14

「一体感」という言葉で「もしかしたら睡眠が整うかも!」という感じ。

 

「え?睡眠が整ったってしょうがないじゃない!」と思われるかもしれませんが、睡眠パターンがちゃんと整うことで注意欠陥多動性障害の症状が変化する!という奇跡が起きます。

 

ラットなどの動物を使った実験では、一度、脳が壊れちゃったら元に戻らない!となります。

 

ラットと人間の大きな違いって「言葉が使えるかも!」ということ。

 

言葉で脳の神経細胞の活動を活発にしたり、静にしたりすることができるかも!と考えるわけですね。

 

言葉というのは非常に複雑だから、脳の神経細胞の活動を長期的に静にするのって難しいかも!ということに気がついて「呼吸に注目しよう!」と優秀な臨床家がたどり着いたのが「マインドフルネス」だったりするのかもしれませんね。

 

昨日の話の続きからすると「背側縫線核」は孤独を感じると」活発になる、とありました。

 

そして「縫線核」は、睡眠パターンや呼吸に関係している、ということから「呼吸に注目したら縫線核の活動が静になるかも!」という感じになるんですよね。

 

呼吸に注目して縫線核の活動が静になれば「孤独」を感じることがなくなり「精神的にパニックになったり、発作を起こすことが少なくなった!」というメリットになります。

 

「一体感」という言葉でも「呼吸に注目する」と同じような効果があると考えます。

 

でも、実際にいろんな場面で「一体感」を唱えていただくと、面白いことが起きます。

 

それは「あれ?周りの人たちが変わっていく!」となること。

 

お子さんがいたら、お子さんの適応が上がったり、一緒に働いている人たちの「働き方が変わって楽しそうに生き生きしている!」と感じるようになった、という報告があります。

 

周囲の人たちのパフォーマンスがどんどん上がって「すごいかも!」と思えるように変化してくるんです。

 

でも、誰もそれが「一体感」と唱えている方のおかげだって気がつかない。

 

子供だって、本当は「私が“一体感”と唱えていたから、どんどん明るく元気になった!」というのに、そんなことは子供は気がつかないから「自分が読んだ漫画の影響で精神的に明るくなることができた!」と理由づけるから面白い。

 

周りの人たちの仕事の効率がものすごく上がっても「これまで仕事を真面目にこなしてきたから、みんなの技術が上がった!」と理由づけちゃうんですよね(それだったらとっくの昔に上がってなきゃおかしいやろ!と突っ込みたくなりますよね!)。

 

自分では、なんとなく「もしかしたら”一体感”と唱え続けていたからみんなが変わったの?」とちょっと自信がないけど「それ以外考えられないよね!」と思うのです。

 

でも、誰も感謝もしてくれないし、わかってくれないから「え〜い!ムカつくからこいつらの前で唱えるのをやめちゃろ!」と思うことがあるんですよね。

 

天国と地獄の笑い話があります。

 

地獄って、目の前にすごいご馳走があるんですけど、それをめちゃくちゃ長い箸で食べなくっちゃいけなくて「せっかく美味しいものが目の前あるのに箸が長すぎて食べられない!」となっている、というんです。

 

天国はというと、同じ料理で同じ長い箸があって、地獄と同じようにみんなが向かい合って座っているのですが、長い箸を使って相手の皿から美味しいものをつまんで、そして相手に食べさせてあげます。そして、相手も長い箸を使って私に食べさせてくれる、という面白い循環。

 

「一体感」という言葉を唱えていると「あれ?自分のために唱えていたはずなのに周りにものすごく影響が」となった時に「嫌〜!私のためなのに〜!」と唱えるのをやめたくなるからちょっと面白い。

 

ですから「一体感」を唱えていたら、周りのみんながどんどん変化していって、自分もそれとともに一体感が感じられるようになって、そして自由になった!となればOKなんですよね。

 

でも「せっかく私が唱えているのになんであんた達が変わっているのよ!」という「ケチ」な精神が出てきちゃったら次のステージが必要となるんです。

 

それは、お金持ちになるための脳に変える、というステージです。

 

つづく

 


2018/04/13

カウンセリングの中で睡眠時無呼吸症候群の治療をしてから「あ!痩せてきた!」というのはびっくりします。

 

それまでなかなか体重を落とすことができなかった方が「ちゃんと食事のコントロールができるようになって、体重がちゃんと本来の自分に戻った!」と。

 

これって睡眠時無呼吸症候群のせいで「脳の神経ネットワークの暴走が止まらない!」となるから。

死ぬような目にあった時って「これまでの人生が走馬灯のようにザーッと見えた!」というのがありますでしょ(私は交通事故の時にこれを体験しました)。ホルモン関係がドバーッと分泌されて、そして、脳の神経ネットワークがビビビッ!となるから、その瞬間にありとあらゆる記憶が想起されちゃって、ということが起きちゃう。

 

寝ている時に「苦しい〜!」となって大変だ!となると、それと同じように神経ネットワークがビビビッ!と暴走しちゃって「いろんな余計なことを考えちゃう!」という脳の状態になってしまう。それが注意欠陥多動性障害の元なんじゃないのかな?と考えるわけなんです(注意欠陥多動性障害は、集中力がない、忘れっぽい、気が散りやすい、じっとしていることが苦手、落ち着かない、思いついた行動について考える前に行動しちゃう、などの特徴があります)。

 

もちろん睡眠時無呼吸症候群の影響で血糖値のコントロールがうまくいかない、というのがあるから「食事のコントロールができない」という状態になるんですけど、それ以上に注意欠陥多動性障害の影響は「余計なものを食べちゃう!」というのに影響しているような気がするんです。

 

お医者さんって「ちゃんと食事のコントロールをしてください」とだけいうのですが、注意欠陥多動性障害の特徴があったら食事のコントロールなんって無理ですから!となるわけですね。さらに睡眠時無呼吸症候群があったらなおさら食事のコントロールなんかできないんです。

 

だから「つい余計なものを食べちゃう!」となり「なかなか痩せられない!」という具合になります。

 

すなわち「自分が自分のことをコントロールできない!」という状態になっている元には注意欠陥多動性障害があって、その裏には睡眠時無呼吸症候群が隠れているかもしれない!という大胆な仮説(まあ、9歳のお師匠様から教えていただいたんですけどね)。

 

実際に「これまでどんなことをやっても体重が落ちなかった!」という方が「睡眠が整ってきたら体重が落ちた!」となるから「もしかしてこの仮説は採用かも!」と希望が持てるんです(いや、この問題についてはずっと悩んできましたから)。

 

そして、睡眠時無呼吸症候群は「顎が細いから!」とか「体重がオーバーしているから!」という理由で起きる、とこれまで考えられてきました。

 

でも、9歳のお師匠様から「死の恐怖」などで「孤独」を感じた時に呼吸がうまくできなくなる、という現象を教えていただいた時に「あ!孤独で睡眠時無呼吸症候群が起きるのかも!」ということを気がつかせていただきました。

 

アルコール依存症の「酒を飲んじゃるぞ〜!」という連続飲酒発作は「見捨てられ不安」という“孤独”をきっかけに起きます。「ここで倒れたら大変!」という「パニック発作」なども「大勢の人に見られることの恥ずかしさの中で感じる孤独」が鍵になっているように思うんです。

 

「孤独」という文字自体のイメージは「静」のように感じられて、脳の機能が低下しているような感覚になります。でも、実際は「孤独」で脳の神経ネットワークが過活動を起こしちゃって電気信号の異常で「発作を起こしてまうやろ〜!」となります。

 

ですから「嫉妬」も自分の注目が相手に奪われて「孤独」になることの予測から「ビビビッ!」と発作を起こしちゃいます。

 

ですから昼間に体験した「孤独」が、寝ている時に夢の中で再上演をした時に「ビビビッ!」と発作を起こして「呼吸が止まってまうやろ!」となる、と考えます。

 

なんで「孤独」で「ビビビッ!」と発作を起こすと呼吸が止まるかというと、この仕組みが面白い。

 

2016年2月11日にマサチューセッツ工科大学の論文で「孤独の感情に関係する脳の部位」が発表された。

 

それはなんと背側縫線核(DRN)でした(このマサチューセッツ工科大学でやっているラットの実験がすごく面白いです!!)。

 

ちなみにこの縫線核という脳の部位の機能は「睡眠覚醒リズムや歩行・呼吸、さらに注意・報酬やストレス反応などの情動や認知機能にも関連する」とあります(ウィキペディアの縫線核から)。

 

ラットの実験だとこの孤独を感じる脳の部位が集団で飼育されたマウスでは背側縫線核(DRN)の細胞が不活発なのですが、孤立した状態になると活発になっている!となるわけですね。マウスを集団から隔離して一人にしちゃってから、また集団に戻すとDRNの神経活動は急増しちゃった!となったみたいですね。

 

お〜!だから引きこもっていて、突然集団の中に入ると「余計に孤独感を感じるやんけ!」となるわけです。

 

もう一つ面白い実験は「社会的地位」が高いマウスもDRNの神経活動が高い、ということです。

だからこの時期から始まる「出世うつ病」というのが起きちゃうんですね〜!

 

「やったー!出世した!」となってしばらくしたら「う〜!気分が沈む〜!」となるのは、縫線核の神経活動が活発になり、睡眠が乱れる呼吸がうまくできなくなるから、と考えられるんですね。

 

社長さんは睡眠時無呼吸症候群の人が多いのかも!わ〜い!(って遊ぶな!)。

 

もしかして、9歳のお師匠様から教えていただいた仮説は本当にあっているのかも!!

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2018/04/12

「一体感」というのは「人と仲良くやらなきゃいけないの?」と単純だった子供の頃の私だったら、そう質問をしたかもしれません。

 

「人と仲良くしなきゃ、一体感は得られないの?」と困惑するのは、それができなくて悩んでいたから。

 

私は、そんな混乱している小さな私に優しく「いいえ、違うんだよ!」と伝えてあげます。

 

「一体感」という言葉だけで何も努力する必要がないんだよ!と。

 

幼い真面目な私は「言葉を頭の中で唱えるって変な宗教みたいじゃん!」と反発してきます。

 

確かに、お経だってチャントだって「無」という言葉や「空」という言葉が入っているから、唱えるだけで意味があるのかも?と考えられます。だから、とっても意味があることなのかもしれませんが、幼い私は「宗教」というのに敏感に反応します。

 

幼い私に「怒られたり、嫌なことがあって泣いてしまって涙が止まらなかったり、しゃっくりを止めようとして止まらない時があるでしょ!」と伝えます。そんな時って、脳が「大変だ〜!」って活発に動いていてパニックになって、コントロールができなくなってしまっている状態なんだ。

 

それとか「いじめられて嫌なことをされたことが思い出されて嫌な気分が止まらない!」という感じの時があるでしょ!あれも脳の中で過剰に電流が流れちゃっていて、コントロールができなくなっているんだ、と幼い私に伝えるんです。

 

幼い私は「ふ〜ん、脳って電気で動いているんだ!」とちょっと興味津々。

 

嫌なことが繰り返し頭の中に浮かんできちゃって、嫌なことだらけ、そして、父親の車の後ろの座席に乗っていても「将来自分はどんな大変なことになるんだろう?」と不安なことばかり考えてしまっていて「頭を取り替えたい!」とずっと思っていたんです。

 

ピアノの練習もできなくて、漢字の書き取りの勉強も全く手がつけられず、ただぼーっとしていて嫌なことばかり考えてあっという間に時間が過ぎてしまっていたあの頃。

 

だから、その頭の中の状態ってね、電気信号が過剰に働いちゃっていて「止まらない!」となっているんだ!と幼い自分に優しく伝えます。

 

すると幼い自分は「でも、電気信号が止まったら、考えることができなくなるんじゃないの?」と鋭い質問をします。

 

そうだよね!そんなふうに考えるよね!

 

動物は生きている限りは、神経ネットワークに常に電流が流れていて、それは止まることがないんだ。

「嫌なことを考えちゃう!」とか「不快な気持ちから抜け出すことができない!」となっているときは、電流の乱れがあるとき。

 

その電流が乱れている時に、不快なことを考えちゃうから、その電流を整えてあげる必要があるのかもしれないね。

 

そして、これまでのたくさんのケースの家族を観察していて「嫉妬の発作」や「パニックの発作」などから「あ!孤独がきっかけで脳内の電流の乱れが起きているのかも!」ということが見えてきたんだ。

 

だから「孤独」の対極にある「一体感」という言葉がもしかしたら、脳の電流の乱れを整える効果があるのかもしれない!と考えたんだ。

 

幼い私は「“一体感”というのが目に見えないものだから、言葉だけでそれを人間が作り出せるって考えたの?」と鋭い質問をします。

 

そうなんだ!「神は自分の形に人を創造された」とあるように、本来は「言葉」で人は神と同じようになんでも作り出せる力を持っているはずなのだけど、目の前にものがある時に「私にはできない」と判断してしまう「意識」が働いてしまうから、その力を使うことができないんだ。

 

幼い私は、難しい話なのに、わかっているかのように「うん!うん!」とうなづいている。

 

目に見えない「一体感」のようなものだったら、意識が働きにくいから「言葉」の力で生み出すことができて「孤独」という現実を打ち消した時に、脳の電気活動が変わり、脳の電流が整うって考えているんだ、と伝えます。

 

「へ〜!」と言葉を発したら、キャッハッハ!と私の周りをはしゃぎ回る幼い私。

 

ほらね!「一体感」という言葉で、本来のあなたの姿に戻ることができたでしょ!

 

幼い私は、無邪気に一人で走り回りながら「うん!」とうなづいてくれた。

 

そんな幼い私を見た時に、私の中から熱いものがこみ上げてきたが、やがて泡のようにその感情が弾けて消えていった。

 

私の過去が変わる淡い瞬間。

 

幼い私は「一体感」という最強のアイテムを手に入れて私の過去を塗り替え始めた。

 

(つづく)

 

 

 

 


2018/04/11

PRESIDENT(プレジデント)2018年4/30号の職場の心理学のコーナーで「頼みづらいことをさらっと頼むには」の記事を載せていただきました(プレジデントは会社員時代に愛読していた雑誌です。「これを読んでいれば、優秀なお金持ちの脳につながる〜!」という感じだったから。軽すぎやろ!)。

 

子供の頃に「お母さん、ハンカチはどこにあるの?」と尋ねると「自分で探しなさい!なんでも人に頼って!あんたは依存的なんだから!」と怒られていました。

 

「僕は人に対して依存的なんだ〜!」と悩んだ時期があったんです。

「なんでも人に頼って、自分でやろうとしないダメ人間」と。

 

仕事をするようになって「〇〇さん、あの資料はどこにあるの?」という私の性質は母親の「あんたは依存的」という暗示のおかげで変わりませんでした。

 

でも、人に仕事を「お願い!助けて!」と仕事を振り分けるので「職場のチームワークが良くなった!」という現象が起きます(具体的な仕事の話は「ミラーニューロン」の本に書いてありました)。

 

いろんな職種がありますが、仕事を一人で抱えてしまう人、そして、人に頼って振り分けながら仕事をする人、がいます。

 

私がいた職場の場合「人に仕事を頼むことができない」という人の場合「一生懸命に仕事をやってるのに評価されない!」という現象が起きます。

 

単純に言ってしまえば「あの人が私の仕事を奪って!ずるい!」と周囲が嫉妬の発作を起こすから。

 

周りの人の嫉妬の発作って、目には見えないけど「電気ショック!」みたいな感じで飛んできます。

 

それに「ビビビッ!」と感電してしまうと「朝起きられない!」となったり「体調が悪くて会社に行きたくない!」や「仕事の効率が悪くなって全然終わらない!」という現象が起きます。

 

みんなこれを「仕事を抱えて仕事のし過ぎでこんな状態になってしまっている!」と認識するのですが「それって本当は周りの人たちの嫉妬の発作で感電しているだけですから〜!」なんです。

 

周りのみんなは「あの人すごいね!あんなに仕事頑張って!」とニコニコしながら、脳の中では「ビビビッ!」と電気発作を起こしていて「感電させちゃろ!」となるんですね(もちろん意識的に感電させているわけではありません!嫉妬はあくまでも動物的な発作なので、自動的に起こってしまうんです)。

 

「義人はいない、一人もいない」(みんな動物だから、どんなに立派そうな人、優しそうな人でも脳内では発作を起こしている可能性がありますよ!という意味です)。

 

「お願い!」と頼んで仕事を分け合っていると「チーム内での嫉妬の発作が起きにくくなる!」という面白い現象が。

すると「みんなの仕事の効率がめちゃくちゃ良くなって、仕事が楽しくなる!」というのが一体感の感覚なんですよね。

 

逆に考えると、嫉妬は発作だから、その嫉妬から解放されることで、脳の電気がフラットな状態になると、自動的に「一体感」が感じられる。フラットな状態であると「本来の自分の能力をバリバリ発揮できる!」と他の人の嫉妬の発作で自分の脳を乱されることなく楽しく能力が使えちゃう、という自由な世界がそこにあります。

 

だから、仕事を人に頼む、というのはとっても大切なことなんですね。

 

ここでちょっと昨日の話に戻って行きます。

 

「一体感」という言葉だけでいい!というお話。

 

ここで読んでくださっている方の要望で「一体感」を簡単に得られる方法を教えろ!に答えてのこの方法。

 

ちっとも家の仕事をしないパートナーを見た時に「ムカつく!」という口癖がでちゃいますよね。

 

それを「一体感」にすげ替えちゃう、という面白い技。

 

なぜなら「パートナーが家のことを一切しない」というときは「嫉妬の発作で脳内の電気は嵐じゃ〜!」となっている可能性が。

 

え?あの人がなんで私に嫉妬なんかするの?と皆さんは疑問に思うんです。

 

一番ポピュラーなのは、年齢が上、経験が上、年収が上、学歴が上、などです。

 

みんなが見逃してしまうのは、美しさ、理解力、寛容さ、共感能力(人の気持ちを察する力のことです)、行動力、コミュニケーション能力、などなどです。

 

「え?あんなにブッサイクで汚い旦那が私の美しさに嫉妬するの?」と思うでしょ。

 

あるんですよ!

 

人には「優劣の錯覚」というのがあって「自分は平均よりも上!」と勘違いしちゃうんです。

 

最近、このメカニズムがわかってきました。

 

例えば、奥さんが旦那さんよりも綺麗だったりするじゃないですか。嫉妬の火が燃える条件って「自分よりも相手の方が下の立場なのに、自分よりも優れたものを持っている」という条件で一番燃えやすくなります(も〜えろよ!もえろ〜よ!嫉妬よ!も〜え〜ろ〜!は洒落にならんか!)。

 

ほとんどのケースって、奥さんが自信なさそうな態度をとったり、謙虚だったりすると、ブッサイクな旦那の脳で「ビビビッ!」と嫉妬の発作となるわけですね(ブッサイクはわかりやすくするために書いています。決して事実ではありません)。

 

嫉妬の発作を起こしてるときは、脳の中の電気が乱れて「認知が歪む〜!」という現象が起きます(認知って、見たり、聞いたり、感じたりして判断したり、解釈することです)。

 

するとブッサイクな旦那は「俺って結構イケてるかも!」と鏡を見て思ってしまうんですね〜!(認知が歪んでる〜!)。

 

本人の中では「僕はブラッド・ピット!」となるからおもしろい。

そして、認知が歪んだブラット・ピットのまま、外に行くと「浮気してまうやろ!」となるからすごいですよね〜!

 

恋愛って、本当に外見じゃなくて認知がどれだけ歪んで勘違いしたままいけるかなんですよね、本当は。

嫉妬の発作は確実に認知の歪みを作り出して「優劣の錯覚」を生み出しちゃうんです。

 

嫉妬の発作ってある意味で「あのすごい人よりも自分の方が優れている!」という優越感という酔いに浸れるから、けっこうやってしまうんでしょうね。

 

確かに酒を飲んだ時も、発作の遺伝子を持っている人は「俺は強いんじゃ!」と認知の歪みを呈して変身しちゃいますよね。

他の薬物などでも、発作を誘発するものであれば「私はすごいんじゃ〜!」と勘違いを起こして、突き進み、そして「あ!これまでできなかったことができた!」という現象が起きるから「やめられない!止まらない!」となるんですね。

 

そんな陶酔感を相手に与えないために「一体感」に変えちゃいます(う!いじわる!)。

 

「一体感」と頭の中で繰り返す時に、次第に相手の脳の発作が打ち消されていって「あれ?」という状態になって行きます。

 

魔法のように一発で相手の発作の電気を打ち消すのではなくて、相手の目を見ながらコツコツとカウンター(カウンターは相手の攻撃に対して「一体感」という言葉を何度も入れるイメージのことです)を入れながら打ちながら消して行くイメージが一番いいかもしれません(魔法使いになったら嫉妬されてしまうかも!というリスクがあります)。

 

「一体感」の言葉を頭の中で相手に対して繰り返し唱えることで、次第に相手の脳内の発作が治まってきて、優劣の錯覚から正気に戻った時に「いやん!恥ずかしい!」となったりするから面白いんです。

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2018/04/10

PHPの雑誌(2018年05月号)で「言葉の力で思考を変える」という記事を載せていただきました(スーパーのレジのところに置いてある雑誌でいつも「気になるな〜!」と思っていたやつです)。

 

夜の電車の中で酔っ払ったサラリーマンが喧嘩をし始めたら、催眠のお師匠さんが「ボソボソ」と声を掛けただけで「あれ?二人とも落ち着いちゃって、周りも平和な雰囲気になった〜!」という感じになります(よい子は決して真似をしないでね!)。

 

「言葉の力ってすごい!」と感動するんです。

 

お酒が入っていると、脳内の電気発作が起きやすくなっていて、ちょっとしたきっかけで「おりゃ〜!」と破壊的人格に変身しちゃって「破壊してまうぞ!」といろんなものを壊してしまいます。

 

発作を起こしている相手に「まあ、まあ、そんなに怒らなくても!」と言っても「全く効かない!」となります。

 

実は「そんなに怒らなくても!」という言葉に「発作を大きくしちゃうぞ!」というエッセンスが含まれているんですね。

 

催眠のお師匠さんはそれを知っているから、違う言葉を使って怒りの発作を起こしているサラリーマンの脳を一瞬にして凪にしてしまった(凪って嵐だったのがピタッと治まって静かな湖面になるイメージ)。

 

もちろん「悲しい!」とか「苦しい!」という方々に「楽になった〜!」という状態になっていただくために言葉を使った心理療法というものがあるから、たくさんの心理療法家は「言葉」について研究しています。

 

でも、カウンセリング以外の日常会話においてでも「言葉」をあれほど巧みに使いこなす方は、そして、言葉を大切にされる方は、それまで出会ったことがありませんでした。

 

そんなお師匠さんの技とともにこれまで私はカウンセリングを続けてきて「お〜!ちょっとお師匠さんが見ていた世界が見えてきたかも!」と思える瞬間がやってきます。

 

私は、それまで「言葉の意味」を一生懸命に理解しようと努力をしていました。

でも、ある時から「あ!言葉の意味を考えれば考えるほど意識が働いて脳の発作が酷くなる!」ということに気がついたんです。

 

言葉の意味を考えるとは、

 

まるで「私がなんのために存在しているのか?」

           や

   「私の存在する意味ななんなんだろう?」

 

              と考えるようなもの。

 

言葉って、いろんな言葉の配列で意味が全く違ってきます。

 

人間もまた然りで、誰と一緒にいるかで全くその存在意義の感じ方って変わってくるんですよね。

 

「私は 人間 です」という言葉の配列があります。

 

これを擬人化してみると「イチロー君 翔平君 そして私」みたいな感じで人物が並んでいる、と想像してみると面白いです。

 

「私は人間です」という言葉を聞いた時に「何を当たり前のことを言っているの?」と多くの人はバカにします。

 

でも、これが、いじめられっ子がいじめっ子に対して「私は人間です」と言っていたら?いじめっ子はどのように捉えるでしょうか?

 

いじめっ子は脳内の発作がひどくなって「お前!生意気!」と破壊的人格に変身して「ヒエ〜!」となりますよね(いじめられっ子はよく知っている)。

 

「イチロー君 翔平君 そして私」とただ人間の名前を並べているだけなのに「おまえ!大活躍をしている大リーグの人と名前を並べるなんて!なんて思い上がっているんだ!」と発作を起こしちゃう人がいるんです。

 

言葉って並べ方でいろんな捉え方ができちゃうし、それを受け取る側の状態によっても発作のスイッチにもなっちゃう。

 

言葉の意味とかを考えて、いろんな言葉を並び替えてしまうと「全然違う効果になってしまう!」という面白い現象が起きます。

 

「晋三くん、太郎くん、聖子ちゃん、陽子ちゃん」みたいな感じ(ナンノコッチャ?なんだかこのラインナップは余計に発作がひどくなるんですけど!)。

 

言葉、それぞれの役割や意図を考えていたら「時間がいくらあっても足りない!」となり「発作はいつまでたっても治らない!」となる。

 

そこで、脳の発作を打ち消し、頭の中を凪にできるシンプルな言葉を探求します。

 

そこで出てきたのが「翔平くん!」じゃなくて「一体感」なんですよね(翔平くんは大リーグで大活躍していて、単体ですげ〜!という方ですね。観ている日本人の心に一体感をもたらしてくれる活躍ですね!それと同じぐらいの力がある「一体感」です)。

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2018/04/09

藤の花が咲き始めていました。

かすかに藤の花の香りが漂ってきます。

白鳥さんが優雅にお堀を移動しています。

その姿が美しいです。

 

こうして文章を書いていると、読んでくださっている脳のネットワークとつながっていろんなことが見えてきます。

 

「脳のネットワークって?」

 

脳は無線LANのように自動的にネットワークにつながって、情報を共有しています。

 

「そんなことあるわけないじゃん!」というのが意識になります。意識、というのは常識的な判断をするものです。

 

意識では「自分の考えは自分だけのもの」という判断が働きますから「頭に浮かんできたものは全て自分自身の考え」というように考えます。

 

催眠療法では催眠状態にして「無意識」というものを使います。

 

この「無意識」は、その人の意識が知らない情報を知っていたり、触れたこともないことを体験した記憶がそこにあったり、と意識的な常識では考えられない情報がそこにあります。

 

私自身は、これを超自然的な現象、というようには考えていなくて、学生時代から「脳のネットワークは存在する」というような仮説を立ててきていました。

 

1996年に、イタリアの科学者が「ミラーニューロン」を発見して「相手を観察している時に脳は、相手の脳と同じ部位が活動している」ということがわかるようになりました。

 

「やっと、脳のネットワークについての研究が進むのかな?」と思っていたら「あれ?全く進まない!」とちょっとがっかり。

 

遺伝子の研究とかはあれだけ進んでいるのに、認知症とか脳関係の研究については「え?研究を撤退しちゃうの?」という感じで大変みたいで「ちっとも進まない!」という感じになっています。

 

脳のネットワークのことがもっと科学的に実証できれば、認知症や精神的な治療方法がこれまでと全然違ってくるような気がするんですけど。その研究をしてくれる人がいないのよね。

 

本当に優秀なお医者様たちに期待をしていたのですが、気がついたら「私の残された時間は少ない!」ということになっていました。

 

優秀なお医者様や科学者様が脳のネットワークを証明して、苦しんでいる方々のために有効な治療方法を発見してくれるだろう、と思っていたら時間があっという間に経ってしまって「やばい!」となっているので、現在、一生懸命に本を書いています。

 

ある意味で、私がこの本を書くこと自体が脳のネットワークの証明なのかもしれません。

 

ここでつながってくださるみなさんの脳とつながって、私がこれまでわからなかったこと、見えなかったことをどんどん発見していくという過程。

 

これまで本を書いてみてわかってきたことは、本の一つ一つがパズルのピースみたいになっていて「お〜!だんだん全体像が見えてきた!」となっていること。

 

みなさんの脳につながっているから、これからどんどん面白いことになっていく予感が。

 

カウンセリングの中でも、みなさんがどんどん自由になって美しくなっていく姿を見る時に「あ〜!書いてよかった!」と思えるんですよね。

 

なんで脳のネットワークの話を書いたかというと、脳のネットワークでみなさんから「早く一体感の本質を書け!」というのが伝わってきているから。

 

「孤独」で嫉妬されて芸術的な才能が開花される、とかいうのはどうでもいいから「早く一体感のことを書け!」と言われるんですよね。

 

まあ、そりゃそうですよね。

 

知りたいことは「一体感」でしょう。

 

みなさんの脳もネットワークに繋がっているから「一体感が一番面白そう!」というのは感じていらっしゃる。

 

でも、長年、周囲からの「嫉妬」に阻まれて「一体感なんか自分には無理!」となっているから、苦しんでいる、というのはなんとなくわかっていらっしゃる。

 

こうして、これを読みながら、私の脳のネットワークに繋がっているわけですから、一体感を得られる方法ももうネットワークを通じて伝わっているはず。

 

方法は簡単で「一体感」と思うだけ。

 

どんな時でも「一体感」と頭の中で思うだけでOKです。

 

これが一体感を得られる方法。

 

ある雑誌の取材を受けていて「口癖を変える」という話をしていました。

この取材の人がかなり優秀で「あ!なんでこの口癖に変えるの?って意味を考えないで言えばいいんですね!」と数分で理解した。

 

そうなんです。

 

「孤独」という言葉が“個人”を作り出す独特の脳の周波数を作り出しています。

その脳の波形が最も乱れて自分自身をコントロールできなくなっている状態が「発作」となります。

 

この脳の波形の乱れを整えるために「瞑想」とか「呼吸法」や「マインドフルネス」なんかの手法がたくさん編み出されています。

 

でも「孤独」を感じると再び発作が起きて、という具合に「個人の特徴」を作っている独特の周波数に戻ってしまうんです。

 

「一体感」がその独特の周波数を打ち消して本来私たちが持っているフラットな状態にしてくれるんです。

 

フラットとは「ピー」というやつで、無敵なんですよね。その状態が。

 

「一体感」という言葉自体で、その無敵なフラットな状態を作り出すことができる。

 

あはは〜!

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 


2018/04/07

昨日の春風は、すごかったんです。

 

強い風に大きな木がゆらゆらと揺れて、暖かい季節に芽吹いた青々とした葉っぱたちが「サーッ」という心地よい音を立てて一斉に同じ方向を向きます。

 

これまでだったら、その葉っぱたちが立てる音は、風の冷たさを感じさせる音だったのですが、同じ音のはずなのに、私はその音が全く違って聞こえているように感じていました。

 

そうなんです。

 

春に吹く風って、他の季節に吹く風とどこか違っていて、まるで優しい色がついているように見えたりしていました。

 

まるで柔らかい、優しい色がその風についていて、私を優しく包み込むような不思議な感覚が私の中にあったんです。

 

初めて学校に登校するとき、一緒に登校するお姉さんとお兄さんの列の真ん中に私は姿勢を正して並びながら、その風を感じていました。

 

前にあるお姉さんの大きな赤いランドセルと、後ろにいるお兄さんの黒いランドセルにその風が遮られたときに、私の耳には脇を通る車の音が聞こえてきます。

 

自分のランドセルの心地よい重さを感じながら。

 

歩きと共に上下に揺れるランドセルの中の教科書を背中で感じ、その教科書の内容を自分がどんな風にこれから勉強するのか、などを想像しながら、私はみんなと一緒に道を歩いていました。

 

そんなことを考えていると、いつのまにか地面を見ながら歩いている自分がそこにいる時に、春風がサーッと吹いて、木々の葉を大きく揺らします。

 

すると、木漏れ日がキラキラと私を照らすので、いつのまにか私はその光の方を見上げるようになります。

 

そうしていると、その葉っぱの向こうに広がる青空を感じながら、その空から降り注ぐ爽やかな空気を胸いっぱいに吸い込み、そして私の中からゆっくりとその空気を私に手を振ってくれている優しい葉っぱたちに返していくんです。

 

さわやかな葉っぱがこすれる音を聞きながら、私は、み空色(みそらいろ、と読みます。薄い青のことです)の空から降り注ぐ空気を胸いっぱいに吸い込み、青々とした葉っぱたちに返していきます。

 

そんな時に、私はフッと家族がこの同じ道を歩いた時に、私と同じことを感じるのだろうか?と想像したくなりました。

 

このゴツゴツした道を歩きながら、後ろの子供のランドセルについているキーホールダーの金属の音が耳に入ってくる中で。

 

時折、強く吹く春風が「その鞄いいね!」というような感じで鞄をユラっと揺らす感覚を体で感じた時に。

 

これまでいろんな思いをしてきた家族たちは、何を感じるのかな?と歩きながら、考えたくなっていました。

 

今、振り返ってみれば、そんなに長い道のりではなかったはずなのに、その当時の私には延々と続く道のような感覚があり、その道すがらで家族が歩んできた人生を振り返りたくなることもあったのかもしれません。

 

それとも、今、私が春風に吹かれて、その風が見せてくれるキラキラとした木漏れ日の光と、その向こうに広がる青空から降り注ぐ爽やかな空気を胸いっぱいに満たした時のこの感覚を、長い道のりを歩んできた家族と一緒に感じたかったのかもしれません。

 

そして、胸いっぱいにした空気を木々の葉に返した時に、木々の葉が喜んで手を振ってくれているなんてことを教えてあげたい、という優しい気持ちに春風がしてくれたのかも、と今となっては振り返るんです。

 

さらに私はその当時の自分に戻って、そして、ランドセルに詰め込まれた教科書が心地よく上下に揺れる感覚を感じながら、みんなと歩調を合わすために時折小走りになり、フッと春風に揺られる木々を眺めていたあの頃に聞いていたあの木々の音を思い出したくなっていました。

 

他の季節の風に吹かれて木々が立てる音とはどこが違っていたのだろう?って。

 

やがて、小さな歩幅で歩いていたのに、いつのまにか私たちは目的地に到着するんです。

 

目的地に到着したとたんに、一緒に歩いてきたお兄さんもお姉さんも一斉に友達のところに翔って行ってしまいます。

 

目の前を遮るものが無くなり、そして後ろ盾も無くなったその時に、私は何を感じていたのか。

 

初めての場所で「自分はこれからどうしたらいいんだろう?」って顔をしかめたくなったのかもしれません。

 

そんなしかめっ面をしたくなった私を春風が優しく吹いてフッと私のランドセルを押してくれたんです。

 

幼くて軽かった私は、その風に押されて「トットット!」という感じで大きな校舎の方へと歩いてしまいます。

 

「なんでこのタイミングで?」とその時の幼い自分は思ったのか思わなかったのか。

 

そんなことを思い出している今の自分は、あ!そういえば!いつも、あのタイミングで優しい春風が私の背中を押してくれていたよな、と懐かしい感覚がよみがえってきます。

 

もしかして、あの時も、って。

 

そう、大きな校舎を目の前にあんなにしかめっ面になりそうだった私が、春風に背中を優しく押されて歩いた時に、

 

思わず笑顔になって

 

「ありがとう!」って

 

優しく私の背中を押してくれた春風に言いたくなったあの頃の私を私はいつのまにか私の中で感じていたのかもしれません。

 

そんなことを感じながら、私は優しく吹く春風を肌で感じています。

 

そして、私の耳に心地よく当たる春風からのメッセージが何かあるのかな?と耳を澄ましたくなるんです。

 

すると、私は、この時期に広がるみ空色の空が私の中にも広がっていく、いつの間にか、そんな感覚を感じているのかもしれません。

 

優しい春風とともに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2018/04/06

今月、青山ライフから出版される本の中で「もしかしたら、発達障害で他の人と同じようにコミュニケーションが取れないお子さんは究極の一体感を感じているのかも?」という疑いを持つ場面があります。

 

そして、その方の真似をして、その方が感じている一体感を体験したら「すごい!!!」ということが私の中で起きたんです。

 

あの時の体験って、私の中の何かを大きく変えたような気がするんです。

 

以前の私は、大谷選手とは真逆のような感じで「みんなから無視!」とかされたら「発作を起こしてまうやろ!」となります。あの場面だったら、脳が発作を起こして、固まって能面のような顔になってしまってテレビの前で恥をかいて、そして「それ以来ホームランが打てない!」というスランプに落ちてしまうような子でした。

 

あの発達障害の特徴を持った方が感じていらっしゃるであろう一体感を一度真似てそれを体験しただけで、私の中にがっちりと地に根を張った感じで揺るぎない何かがあるような、そんな感覚が今はあるんです。

 

私に貴重な体験をさせてくださったその一体感のお師匠様が、学校を卒業して作業所に通うようになります。

 

するとちょっと時間が経ってから「あれ?夜中に寝られなくなっている!」という状態になってしまいました。

 

私にとっては一体感の師匠になる方が「何で?」とちょっと私も訳がわからなくなります。

 

「蛍光灯の光で脳が発作を起こして興奮しちゃうから眠れなくなるのかな?」とか。

 

「家や環境が変わったストレスで眠れなくなるのかな?」なんていろいろ考えてみました。

 

そして、いろいろ探っていったら「あ!作業所のスタッフが発作の引き金になっている!」ということを見つけます。

 

AさんというスタッフとBさんというスタッフの名前をあげた時に「AとBでは明らかに反応が違う!」となりました。

Aさんというスタッフの名前を出した時に「あ!師匠の脳が発作を起こして脳の興奮が!」と師匠が反応なされたんです。

 

ご両親から聞いてみると、そのAさんというスタッフは誰もが憧れる大学を卒業しています。

みんなから羨ましがられる頭脳を持っていらっしゃるんです。

 

あ!そうか!とその時私の中で腑に落ちたんです。

 

「作業所のスタッフのAさんが、私の一体感のお師匠さんに嫉妬しているんだ!」ということ。

 

まあ、それぐらいの頭脳があれば、一体感のお師匠様の本質を見抜いて嫉妬するよな、と思ったんです(お主!なかなかできるな!)。

 

そこで、Aさんの嫉妬の発作をスルーできるように治療します。

 

するとAさんの名前を出しても「あ!興奮しなくなった!」となります。

でも、Bさんという名前を出すと、満面の笑みで椅子の上で飛び跳ねています。

 

ものすごく嬉しそう!

 

そうなんです。

 

Bさんは、ものすごく可愛らしくて、綺麗な方で一体感のお師匠さんはその方が大好きみたい。

 

名前を聞くだけで、あんなに笑顔になれて「ヒャッホ〜!」って幸せそうに飛び跳ねることができる。

 

そんな一体感のお師匠様をみる時に「あ!やっぱり美しいものだけに目を向けてるだけでいいんだな!」と確信が持てたんです。

 

だって、あんなにハッピーになれるんですから。

 

嫉妬を「醜いもの」として「醜いものを避けよう!」としてしまうと、常に「醜いものが視界に入ってくる!」という興味深い現象が起きます。

 

「嫉妬の発作を起こしている人を避けよう」とした時点で、相手に注目を向けることになるから、脳は自動的に相手の発作を起こしている脳を真似ちゃって「私がいつのまにか発作を起こしていることになっているやろ〜!」という感じになってしまいます(も〜!脳のバカ!)。

 

「あの人は…」とか「この人は…」と「醜い」と判断して注目を向けてしまえば、脳はその脳のネットワークに繋がって、自動的に相手の真似をして「脳が発作を起こしてしまう!」となって自分の行動をコントロールできない、となるんですね。

 

美しいものだけに目を向ける。

 

そんな時に、脳の発作が治まって、それまで全て醜く見えていた現実世界が変わって見えてきます。

 

するとますます脳は凪の状態になっていき、究極の一体感が見えてくるんですね。

 

美しいものに目を向けるって素敵かも。

 

(つづく)

 

 

 

 

 



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