2019/01/07

今年もよろしくお願いいたします。

 

年末年始はサーフィンと原稿ざんまいでした。

朝、サーフィンに行って、そして原稿を書く、というスケジュールでおかげさまでやっと昨日2冊目が終了しました。

 

興味深かったのは「催眠ガール」を書いていた時は「あれ?全然、筋トレをする気になれない」とそれまでやっていた筋トレが全くできなくて「へー!」となっていました。

そして、書き終わった途端に「あー!逆さ腹筋がしたい!」と100回を3セットやり始めていて自分でもびっくり。

 

「催眠ガール」を書いていたら、多分胸囲が15cmぐらい縮みましたかね。

完全に主人公になりきっていた感じでした。

 

サーフィンの方は写真に写っているサーフボードの真ん中に穴が〜!

一度、自分で修理したのですが、また穴が大きくなってしまって「ヒェ〜!」とショックを受けてしまいました。

ものすごい波が大きな時があって「怖くて一回も波に乗れない」というビビっていた時にどうやら穴が。

また、自分で修理して乗ろう、と思っています。ボードの中に水が入っちゃったから乾くまで修理できないんですよね。

 

そんなこんなで年末年始はほぼ誰とも会話をすることがなくここまできてしまいました。

 

誰とも会話をしていないのに、原稿を書いていて「やっぱりみなさんとつながっているな〜」と嬉しくなっていました。

自分一人で原稿を書き上げるのはやっぱり無理。

みなさんの脳とつながっていて私一人じゃないから書ける。

 

その体験が私にとってとっても貴重でした。やっぱり脳のネットワークってあるんです。

原稿を書きながらみなさんの脳につながって様々な発見が。

 

私は本当に空っぽで、みなさんの脳の知識を使って書いている。

 

催眠のお師匠さんが、ズボンのポケットに手を突っ込んで「何をするのかな?なんかポケットからコインでも出すのかな?」と思っていたら「何もない!」とおっしゃって、ポケットの裏生地を出された時は衝撃でした。

 

そして、何も入っていなことを証明するために出された裏生地を戻して「なにも入っていないようで入っている!そして入っているようで、なにも入っていない!」と言いながら「パン!パン!パン!アホセラピー!」と踊られた。

 

あの時に私は楽しくて一緒にお師匠さんと踊っていたけど、本当の意味がわかっていなかった。

 

でも、今はなんかわかるような気がするんです。

「私にはなにもない」。

でも、みなさんの中に全てがある。

そのみなさんの知識を私は使わせていただいでいるだけ。

 

ここで書かせていただいていることって、脳のネットワークでつながってくださっているみなさんのもの。

原稿を書かせていただいているときも同じく、私のものはなにもなかった。

 

「催眠ガール」は学校と催眠のお師匠さんのカウンセリングルーム、そして電車の中が主な舞台なのですが、繋がってくださるみなさんがそこに登場してきてくださった。

 

そして、ここで繋がってくださる方が物語の主人公で、このつながりの中心なんだろうな、とその輝きから感じたんです。

 

その輝きがこの日本を変えていく。

 

日本がどんどん元気になっていく。

 

そんな予感がしているんです。

 

これからがとっても楽しみです。

 

今年も何卒よろしくお願いいたします。

 

大嶋 信頼

 

 

 


2018/12/29

あっという間に年末になってしまった感じがあります。

 

いや〜!今年もみなさんのおかげでいろんなことが見えてきたな〜!

 

このブログもこれを読んでくださっているみなさんの脳のネットワークにつながって書いているから「どんどん面白い展開になっている!」といろんな発見があります。

 

ある有名な先生が「私たちが意識してやっていることはほとんどない!」とおっしゃっていて、私は「そんなわけないでしょ!」と否定していました。

なぜなら、自分はいつも考えて行動しているわけだし、何かを選択する時だって”自分の意思”で決定している、と思っていました。

 

でも、私が交通事故を起こしてしまった後に「あ!車のハンドルが握れない!」と意思の力で自分のことがコントロールできない状態に直面して「おー!」となります。

 

その直後に飛行機に乗って、飛行機内の照明が暗くなった時に「おー!自分の呼吸がコントロールできなくなった!」となっていて「もしかしたら本当に意思の力で自分は動いていないのかも!」ということに気がついたんです。

 

会社に入ってエレベーターに乗ろうとすると「う!めまいが!」となって、エレベーターのボタンを押す手が震えてしまう。

「こんなはずじゃなかったのに〜!」と私はエレベーターを諦めて階段で15回まで登ります。

 

本当はエレベーターに乗りたいのに乗れない自分がそこにいて「情けない!」と思うのですが、自分の意思の力でそれをコントロールできないもどかしさが。

 

でも、振り返ってみたら「あ!子供の頃から”勉強がしたい”と思っても勉強ができなかった!」と思い出す。

勉強して、いい成績をとってみんなから尊敬される人になろう!と思っていても「ちっとも集中できない!」と立ったり座ったりして、消しゴムのカスや、机に落ちているフケの数を数えて時間が過ぎてしまって「全く勉強ができなかった!」となっていた。

 

この私をみてみんな「頭が悪い子!」、「勉強ができない子!」そして「意思が弱い子!」と思われていて、バカにされて蔑まれていました。

 

留学をして、しばらくしてから「おー!勉強に集中するようになった!」となったけど「あれって自分の意思の力じゃなかった!」と気がつきます。

 

ずっと「自分がダメだから!」と自分を責めてきたけど、意思の力じゃな〜い!と最近はちゃんとわかるようになってきました。

 

ちょっと話は変わりますが、最近ある方から「なんで、東南アジアの人たちはあんなに明るくてオープンなのに、日本に帰ってくると“日本人って了見が狭い!”となるんでしょうか?」と質問されました。

 

そこで私は「菌の量の差」と答えました。

 

食堂なんかに行って「あ!ネズミさんが歩いている!」となっていてもちっとも気にしない国では「おおらか〜!」となります。

 

「菌の玉手箱や〜!」という感じになるんですね。

 

菌に敏感な国、または少ない国では「あんたそれは間違っている!」と了見が狭くなってしまう、と考えます。

 

摂取する菌によって性格特徴が変わってくるって面白いですよね。

 

自分の意志の力で心の狭い人になっているわけじゃなくて、保有する菌の量でそれが変わってきてしまうから「自分ではどうにもならない!」となってしまう。

 

意志の力でコントロールできることって限られている、って奥が深いんですね。

 

(つづく)


2018/12/28

ある方が一ヶ月ぶりにカウンセリングにきてくださって、部屋に入った瞬間に「あ!前回よりも肌がめちゃくちゃ綺麗になっている!」とちょっとびっくり。

 

その方が「まぶたが二重だったのが腫れぼったくなってしまって”兄と同じじゃ〜!嫌じゃ〜!”となっていたけどいつの間にか治った!」と話してくださった。

 

もしかして「モ・・・ト・・・モ・・・ト・・モ・・・・ト・・・モ・・・・ト・・・・・モ」を唱えていました?と質問をしたら「しょっちゅう唱えていました!」とおっしゃっていただいて、思わず「やった〜!」と喜んでしまいました。

 

自己免疫が暴走しちゃうと「自分や他人へのダメ出しが止まらない!」となって「体の正常な細胞も攻撃しちゃってダメージを与えちゃう!」となる。

 

だから「肌が乾燥してボロボロになる!」という症状や「まぶたが腫れぼったくなって下がってくる!」などが起きちゃって「鏡を見るのが嫌〜!」となるんですね。

 

僕らの専門は「心の傷!(トラウマ)」です。

心の傷があると「自分や他人を責めるのがやめられない!」という症状が出てしまって「人間関係が大変」となります。

トラウマの治療をして「不快な感覚が突然襲ってくる」というフラッシュバックの症状が消えても「あれ?自分を責めるのがまだ止まらない」というケースがあるんですね。

 

そんな時に「もしかして自己免疫が暴走してしまっているかも?」ということが考えられちゃう。

 

自己免疫の暴走の問題は、難病指定になっているぐらいだから「お医者さんでも治すのは大変!」となっています。

でも、日本では三人に一人の割合で花粉症やアトピーのアレルギー疾患や、自己免疫疾患があります。

 

この自己免疫が精神的なものに影響する、というのはあまりお医者さんは注目はしないんですよね。

まあ、正直な話、治すことが難しいから。

 

あの「ラクダの涙」では、子供ラクダを愛せなくなって、お乳をあげられなくなってしまった母ラクダは「出産をした時の苦しみのトラウマ」という考え方もできます。

もう一つの考え方が「自己免疫の暴走」から精神的に子供を愛せない状態になってしまった。

 

もし、まあ、トラウマでも喉笛を聞かせたらラクダが涙を流して「おー!お乳をあげられるようになった!」という感動的なストーリーになるのですが、自己免疫が暴走していたのが鎮静するのだったらもっと面白い。

 

その自己免疫に喉笛の代わりに挑戦しているのが「リズム(ῥυθμός)」です。

 

「モ・・・ト・・・モ・・・ト・・モ・・・・ト・・・モ・・・・ト・・・・・モ」

 

これですね。

 

私は、覚えるのはちょっと難しいので、メモをしてやってみています。

 

不思議なのはこれをやると「あ!頭が静かになった!」となるから不思議。

 

私の場合、花粉症と関係があるIGE抗体の問題が確実にあります(他の種類もたくさん揃ってる〜!)。

 

この抗体が暴走していると自分の頭の中の落ち着きの無さと関係している可能性が。

 

このリズムを使うと頭の中が静かになる。

 

冒頭にも書いた「肌の状態が変わった!」とか「まぶたが二重に戻った!」となるということは「もしかして、私の仮説は当たっているのかもしれない!」とちょっとドキドキするんですよね。

 

よく人とうまく接触できなくなってしまった方が「私は親のせいでこうなった!」と怒りが止まらなくなってしまっていることがあります。

これを一般の人が聞いたら「人のせいばかりにしているから変わらないんだ!」と全くその方のことを理解しないで決めつけちゃったりします(まあ、この脳のネットワークを通じた他者からの責めも自己免疫の暴走の引き金となっている気がしているんですけどね)。

 

実際、私たちがカウンセリングをしていくと「あ!見えない虐待がたくさんあった!」とわかったりします。

子供の方が能力が上、となると親も動物ですから「ビビビッ!」と発作を起こしてしまい、知らないうちに感電させていて学習性無力の状態にさせていた、というケースがたくさんあります。

 

その心の傷から解放されると「自由に動けるようになった!」となることがあります。

 

でも、それでも「親のせいでこうなった!」というのが消えない場合は、親から受け継いだ自己免疫抗体の問題が〜!という可能性も考えられるんですね。

 

自己免疫がメンタルに影響を与えているのですが、その影響ってものすごいんですね。

そのことを「無意識は全部知っている!」なんです。

 

あんた!親のせいにしたって何も変わらないじゃない!というけど、本人の無意識ではちゃんと親から受け継いだものを知っているから「そんなことを言っているんじゃない!」とパズルのピースがちゃんとハマるまでぐるぐるしちゃうんです。

 

自己免疫ってストレスで活性化するから「喉が苦しい〜!」となったり、心臓がばくばくする、そして、人や自分に対するダメ出しが止まらない、なんっていう症状が出ちゃいます。

 

そんな時に

 

「モ・・・ト・・・モ・・・ト・・モ・・・・ト・・・モ・・・・ト・・・・・モ」

 

を試してみると興味深いんです。

 

もしかしたらいろんなことが見えてくるかもしれません。

 

(つづく)

 

 

 


2018/12/27

「人の気持ちを考えてしまって不安になる〜!」と私は苦しんでいます。

 

「あの人は自分のことを悪く思っているんじゃないか?」とか「あの人は私に失望しちゃって、もう関わりたくない、と思っているんじゃないか?」などと考えてしまうと、頭の中がそれでいっぱいで元気が無くなる〜!となってしまう。

 

これを普通の人に話すと「そんなことは考えなきゃいいの!」とか「人の気持ちなんかわからないだから、気にしない!」とアドバイスをしてくれます。

そして、アドバイスをしてもらったら「そうだよね!私の取り越し苦労だよね!」とちょっと安心したりするのだけど、また「自分だけ他のみんなと扱いが違うような気がする!」というようなことがあると「やっぱり私がおかしいからみんなから嫌われちゃう!」とか「みんなから蔑まれちゃう!」とグルグルと考えるようになる。

 

私がこうなってしまう理由はいくつかこれまでも書いてきました。

 

一つが「自己免疫仮説」なんですね。

花粉症と一緒で、別に害がないのに、それを吸い込んだだけで「くしゃみ鼻水が止まらない!」のと同じ状態になってしまう。

そんな人から軽蔑されたり嫌われたって「命には関わりがないでしょ!」と思うのですが、それを感じさせるちょっとした相手の言動で「自分の中のダメ出しが止まらなくなる!」となってしまう。相手の気持ちを考えることが止められなくなる、というのは、花粉症で鼻水が止まらなくて常に鼻を「チ〜ン!」とかんでいる状態と一緒。花粉症で苦しんでいる時って「どうしてこんなに次から次へと鼻水が出てくるんだろう?」と不思議に思ったけど、人の気持ちを考えている時も「どうしてこんなに次から次へと相手に対する不安が湧き出てくるんだろう?」と思ってしまうんですね。

 

花粉症の場合は「IGE抗体」が関係しているのですが、人の気持ちを考えちゃう、というのは「hCG抗体」というものが関係しているのでは?と疑っています。私の体内の抗体が反応しちゃって「考えるのが止められない!」となるんですね。

 

二つ目が「脳のネットワークで嫉妬されている仮説」になります。私が自由にのびのびと生きられるかも!と希望が持てた時に、脳のネットワークでそれが周りの人たちに伝わって「ずるい!あんただけ抜けるなんて!」と嫉妬の発作が起きて「ビビビッ!」という電流が流されてくる、というもの。その嫉妬の電流が「私はみんなに対して悪いことをしている気がする」という不安になって、考えれば考えるほど、私は「弱者!」となるから「どんどん電流が流れ込んで感電しちゃう!」となって「チ〜ン!」と夢も希望も持てない状態になる、という繰り返し。「努力をしても一切報われない!」という絶望感に満ち満ちちゃうのは、脳のネットワークで足を引っ張られているから。

 

「脳のネットワークなんて妄想でしょ!」と一般の人は言うんですね〜!でも、本当にあるんですよ〜!長年カウンセリングの仕事をやっているとそれがものすごくわかります。「お〜!自由になってきた〜!」となったら「え?家族が病気になった!」と必ずすごいことが起きる。まあ、世の中全体がバランスを取っている、ということも考えられるのですが、明らかに足を引っ張られている、と感じます。これは書けないな〜!

 

ある方から「テレビによく出演しているデヴィ夫人が嫉妬は化粧水、とおっしゃっていた」という話を聞いて「へ〜!」と思った。

デヴィ夫人は洗顔後に手のひらで100回顔を叩いて肌に適度な刺激を与える、とインタビューに答えていた。私は、ちょっと前に42度の熱いお湯に顔を浸す、ということをやって顔の皮膚に刺激を加えると「お肌が活性化する!」となったので「面白い!」と思っていました。嫉妬の電気ショックでお肌の刺激で美しくなる、ってあるのかも!とデヴィ夫人の発言にちょっと感動。

 

そして3つ目の「人の気持ちを考えるのが止まらない」というのが「脳の孤独を感じる部位が活発に活動して止まらないから!」という理由ですね。

脳の背側縫線核が「孤立」を体験すると活発に活動するようになる。すると「社会性」という「人の気持ちを考える」という行動が顕著に出現するようになる。そして人の気持ちを考えて行動すればするほど「背側縫線核がますます活発に活動しちゃう!」となるからどんどん孤独感が増して「人のことを考えずにはいられない!」という状態になってしまうんですね。

 

多分、優秀な精神科の研究者たちが脳画像で研究をしているから、脳血流を図るSPECTなどで「あ!前帯状回が活発に活動しているから自己免疫の人だ!」とか「側頭葉が活発に活動をしているから嫉妬の電気ショックを浴びている人だ!」というように判別できちゃって、的確に対応できるようになるんでしょうね。ちなみに「孤独の部位」は感情を司る辺縁系システムですね。背側縫線核はかなり深部。

 

なんでこんなことを書いているのか?というと、どちらにしても「自分を責めない!」ということが大切だから。

自分のせいじゃなくて「自己免疫の暴走のせい」だから、とすれば「人の気持ちを考えちゃうのは自分のせいじゃないんだ!」と自分を責めなくなる。自分を責めなければ、自己免疫は「あれ?」という具合に静かになる。

 

それは嫉妬の電気ショックも同じ。自分を責めれば「弱者」になるから「ますます電気ショックがひどくなる!」となってしまう。

 

背側縫線核の孤独についても「孤独を打ち消すために人の気持ちを考えるとどんどん神経細胞が活発に活動する!」という現象があるから、メカニズムを知る、というだけでもかなり違ってくる。

孤独のシステムは本当に面白いです。

 

そう、自分を責めない、自分を変えようすることを止めることで無意識さんが働いて、私たちを自由で豊かな方向へと導いてくれる。

 

(つづく)


2018/12/26

素敵なお花をいただきました!

 

人のお話を聞いて「分かる!その気持ち〜!」と言ってもらえると嬉しくなりますよね。

 

お話をよく聞いてもらって、自分の辛さとかを相手にわかってもらって「私も同じような体験があった!」となるとちょっと安心します。

 

そして、自分の話をさらによく聞いてもらうと「自由になれるような気がする!」となるんです。

 

この仕組みって「一緒に同じ感覚になる」ということで“共感”と言われています。

 

この仕組みを単純に考えてしまうと、人は「孤独」で発作を起こしてしまうから、目の前に起こっていることがちゃんと見えてない、さらに自分がどうしたらいいのか、判断する思考が働かない!となっています。

 

私がある仕事を手伝っていて、そこで働いていたおじさんから「あんた!そのやり方は間違っているよ!」とみんなの前できつい口調で注意されます。

 

すると私は涙目になってしまって、アワワと言葉が出てこなくなり、頭が真っ白になって、手が震えてきちゃったりして「まともに仕事ができない!」という状態になります。

 

「みんなの中で自分だけが間違っていて、自分だけが注意された!」ということで”孤独”を刺激されて、脳内で発作が起きちゃって「自分のことがコントロールできなくなる〜!」となってしまいました。

 

思考力、集中力、判断力、コミュニケーション能力、などの様々の機能が発作によって一気に低下してしまいます。

 

私の場合は「なんで僕だけ注意されなきゃいけないんだよ!もう仕事なんかしてやるもんか!」と発作によって年齢的にも子供に戻ってしまうですね。

 

こんな時に、こんな私の話を聞いてくださって、そして本当の意味で「分かる!その気持ち!」と相手の方が思ってくださった時に「孤独じゃない!」となるから「発作が消えた!」となります。

 

催眠療法で有名なミルトン・エリクソン博士は、このアプローチを違った角度から見て「無意識を使う方法」と称して“逆説”と呼んでいらっしゃった。

 

エリクソン博士の子供の頃に、牧場で働く大人たちが、大きな牛をトラックに積むのに苦戦をしていた。

 

屈強な大人が何人もいてトラックに乗せられないのを子供が見て「僕だったら簡単に乗せられるよ!」と言ってしまった。

 

大人たちは「お前になんか無理だよ!」とバカにする。

 

じゃあやってみる!ということになって、幼いエリクソン博士は、トラックの反対側の方に向かって、牛の尻尾を引っ張った。

 

牛は「後ろに引っ張られまい!」と一生懸命に抵抗している。

 

その力が強くなった時に、エリクソン博士は尻尾を離して「今だ!」と大人たちに牛につけた綱を引っ張らせ、牛は「ドタドタドタ!」とトラックの中に走って入っていった。

 

ポイントは進んで欲しい方向の逆に引っ張る、ということで「逆説」となります。

 

これを「話を聞く」に置き換えてみると「相手の大変な状況の話を聞く」ということが、普通だったら「そんな、大変な話を引き出しちゃったら苦しくなるじゃない!」と心配しちゃいますね。

 

でも、大変な状況の詳しい話を聞いて「それは大変!」というのが、エリクソン博士の「後ろに引っ張る!」という力になります。

 

すると、無意識の力である「前に進む!」という力がどんどん強くなって、手を離した時に「すごーい!」ということが起きちゃう。

 

だから、エリクソン博士は安易なアドバイスなんか一切しないで「逆説」という感じで、相手の状況を的確に理解していく。

 

それって、相手の中にある無意識の力を信じているからできる技。

 

この相手の無意識の力を信じることができたら、変なアドバイスなんか必要なくなって「相手の無意識さんはどんなことをするんだろう!ワクワク!」という感じになります。

 

話を聞いてもらって、自分の状況の大変さが実感できれば「無意識さんが活発になった!」となる。

 

そして、手を離した時に「おー!無意識ってすごい!」と感動することができる。

 

それがとっても興味深い。

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2018/12/25

意識には限界があるけど無意識にはない。

 

意識的には「無理〜!」となってしまうけど、無意識では「いくらでも可能性がある〜!」となる。

 

この無意識の使い方がとっても面白いんです。

 

ある方が「アルバイト先で足を引っ張られまくりで、このまま続けるのは無理〜!」となっていました。

 

そこで「無意識を使えばいいじゃない!」と優しい人が「無意識には限界がないんですよ!」と困っている人に伝えます。

 

そう!

 

「アルバイトを辞めて次のを探したっていい!」

 

「足を引っ張る人を無視だってできる!」

 

「自分の仕事にだけ集中して他のことに一切注目しない!」という方法だってある。

 

「頭の中で音楽を鳴らして踊りながら仕事をやったっていい!」

 

「仕事を今の労力の三分の一に減らしてやったらいい!」

 

「頼まれた仕事はいい加減にやって、人から頼まれないようにしたらいい!」

 

などなど、意識が作り出す常識を切り離したら「いろんなアイディアが浮かんでくる!」という感じになるんですね。

 

でも、意識的な人に、この「無意識には限界がない!」というアドバイスは効かない。

 

「アルバイトを辞めちゃって、次のところはもっと最悪だったら今度は職を転々とすることになって、今よりもたいへんなことになる」

 

「足を引っ張る人を無視したって、仕事をしているから無視は続けられない」

 

「集中力がないから仕事に集中し続けられない」

 

「頭の中で音楽の鳴らし方がわからないし、だいたい音楽にのって仕事なんかできない」

 

「今もちゃんと仕事ができないのに、仕事を三分の一の労力でやったら怒られちゃう」

 

「頼まれた仕事をいい加減にやることができないから困っている」

 

などなど、意識的な人は全てのアドバイスを打ち消すことができちゃう。

 

だから「無意識ってすごいですよ!そして無意識を使えばどんどん自由になれますよ!」と説得したって「無理〜!」となる。

 

でも、相手の無意識の力を使うことなんて簡単!とミルトン・エリクソン博士はおっしゃっていたんですね。

 

それが「話を聞く!」なんです。

 

「話を聞く」とは自分の頭の中に、相手の状況をジオラマで再現するような感じ。

 

まず、足を引っ張られちゃう職場とは?

 

「コンビニエンスストアなんです!」とおっしゃる。

 

そして、そのコンビニはどこの場所にあるの?と訪ねてみると「ソフトバンクのビルの中」というので店舗のイメージが湧いてきます。

 

そして足を引っ張られる場面とは?と聞いてみると「お昼時間に自分のレジの前に三十人もの列ができてる時!」ということで「なるほど!」となります。

 

足を引っ張ってくるのは?日本語が拙い外国人労働者の方、と言うのを聞いて「ほっほー!」とだんだんジオラマが完成してきます。

 

忙しい時間にレジをしていると、外国人労働者の方がミスをしてしまって、固まってしまい、後ろに並んでいるお客さんがイライラしてしまう、となる。それを感じ取って、助けに行ってあげたいけど、行ったら、自分の列のお客さんがイライラする、というのがわかる。店長を探すのだけど、忙しい時間になると店長は商品の補給と言って、バックに消えてしまい、レジを手伝おうとしない。

 

自分の列のお客さんに「ちょっとすみません」と謝って、同僚を助けて戻ってくると、イライラバチバチが飛んできて「苦しい!」となってしまう。

 

どんな風に苦しいの?と聞いてみると「胃がキリキリしてしまって、苦しくなる。でも、ジャンクフードをバリバリ食べるのが止まらなくって余計に気持ち悪くなって吐き気がしちゃう!」と仰る。

 

この時点で「なるほど!こりゃどうにもならないよね!」というのがわかる。

 

自分が仕事を投げ出しちゃったら、同僚が困ることがわかってしまう。

 

店長に何度説明しても、店長は状況を改善させようとしないから、自分がないがしろにされている感覚がどんどん強くなっていく。

 

「こりゃ本当に大変だ!」と頭の中でちゃんとジオラマを作っていくと「相手の気持ちが分かる〜!」となるんですね。

 

その時に「無意識」が働き「おー!」という奇跡が起きちゃう。

 

どうして無意識がちゃんと働くようになるかというと、相手の状況を理解していくと「本当にこの人も孤独なんだ」ということが感じられて、自分の孤独と相手の孤独で「一体感」となり「発作が消えた!」となった状態が無意識の状態になります。

 

無意識の状態になったら「おー!そんな方法があったんだ!」とその方はものすごい打開策をやってのけてしまう。

 

それがとっても美しい。

 

無意識が働くもう一つの理由は「逆説」なんですね。

 

これがミルトン・エリクソン博士が使っていた簡単に無意識を使う方法なんです。

 

(つづく)

 

 

 

 


2018/12/22

「人の気持ちはわからない、自分の気持ちすらわからないのだから」とある本に書いてありました。

 

だったら「人の話を聞く」とか「イエスセット」は人の気持ちを考えちゃうから矛盾しているんじゃないの?と思われるかもしれません。

 

「人の気持ちを考える」というのはなんでしないほうがいいの?

 

それは「あの人は私のことを悪く思っているかもしれない!」とか「私の言ったことで気を悪くしたかもしれない!」など、自分の「孤独」を刺激してしまうから。

 

「孤独」が刺激されちゃうと発作が起こって「嫌なことを考えることが止まらない!」となったりします。

 

発作で「頭がざわざわして眠れない!」とか「食べるのが止まらない!」となる人もいます。

 

発作で買い物が止まらなくなったり、自分がしたくないことをしてしまう、ということもあるんですね。

 

発作で性的妄想にふけってしまうのも根底には「孤独」があるから。

 

自分が自分でコントロールできなくなるのが「発作」で、それは相手の気持ちを考えた時に「孤独」を刺激されるから起きちゃう。

 

では、昨日の「人の話を聞く」と「相手の気持ちを考えない」はどこが違うのか?

 

人の話を聞くと相手の気持ちを考えちゃうから発作が起きちゃうんじゃないの?鋭い人は考えてしまいます。

 

実は、ここで昨日の謎かけの答えが出てきます。

 

相手の気持ちを考える必要がな〜い!

 

なぜならば「みんな孤独!」だから。

 

嫉妬の本の最後のスクリプトがそれです。

 

そして、アメリカのロックバンドであるジェネシスが歌った、あの曲に出てくる女性は「見えない手で孤独に触れる」なんですね(嫉妬の本とジェネシスのコラボでそんな面白い意味付けができる)。

 

「義人はいない、一人もいない」という言葉が好きなのですが、ある意味で発作を起こさない人はいないんですね(ブッダとイエス以外は)。

 

発作は「孤独」によって引き起こされます。

 

ちなみに「私はお腹が空くと発作を起こします!」という方がいらっしゃいます。

それは「赤ちゃんの時に、お母さんから愛情を持って抱きしめてもらえなかった!」となると「空腹」に「孤独」がちゃんと条件づけられちゃうんです。

 

ですから、嫉妬で発作を起こしている人は「孤独の権化」なんですね(この場合の「権化」は孤独の塊みたいな意味合いです)。

 

相手の話を聞いていたり、接触した時に「不快!」とか「なんか違う!」と感じる時って、相手が発作を起こしていることになります。

 

その中心には「孤独」があります。

 

そこに手を伸ばしてみて、孤独に触れた時に「一体感」が得られるわけなんですね。

 

まあ「一体感なんか必要ない!面倒臭い!」という人もたくさんいるかもしれません。

それは「一体感」を求めて電気ショックを受け続けてきたから「一体感」に電気ショックが条件づけられちゃっている(特に親との関係で)。

でも、私たちって、周りの人たちの嫉妬の発作で足を引っ張られちゃうから、そこから自由になるために、自由に生きるために、という方法の一つなんです。

 

なんで私だけそんな面倒臭いことをしなきゃいけないの!と思うかもしれません。

でも、真実は「私だけ」じゃなくて「みんな孤独!」なんです。

 

ブッダのところに「子供を蘇らせてくれ」と子供の亡骸を持ってきた女性は「私だけ」と思って「孤独」で発作を起こして、精神症状を起こしていたんですね。でも、ブッダに言われた通りにその村のドアをノックした時に「孤独なのは私だけじゃない!」となった。そして、その女性は発作から解放され、さらには全てから解放されて自由になったんですね。

 

今回の「話を聞く」という技術にはそれが練りこまれています。

 

昨日の男性は「自分だけ、相手に対する思いやりや気遣い、そして誠実さを誰もわかってくれない」という“孤独”が発作を起こさせていて、「わかってくれない」という人に受動攻撃をしちゃう、となっていたわけです。

 

まあ「そんな相手の孤独はわからない!」となりますよね。

だから、話を聞いて相手の孤独に手を伸ばすんですね。

 

孤独に触れた時に、奇跡が起きます。

 

この触れた時に奇跡が起きる、というのは私の好きなフレーズです。

 

この前の講演に参加してくださった方からたくさんの感想のお手紙をいただきました。

 

そのいただいた手紙の中に「触れた時に」というのが書かれていて、私は、イエスのあのエピソードを思い出して鳥肌がたったんですね(ルカ8:48)。

 

私の中には何もありません(なんせアホセラピーですからね)。

 

でも、何もないからこそ無意識さんが働いてくれて、不思議な現象を見せてくれるんです。

 

みなさんと一緒に。

 

感謝!!

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 


2018/12/21

ある女性が職場の男性から「先週、提出しなきゃいけない書類をまだ書けていないんですよ!」と話しかけられた。

 

女性は「うわー!まただ!」と嫌な顔になるんですよね。

 

なぜなら、その男性はいつもそうで、仕事を安易に引き受けては、いつまでたっても手をつけないで放置しておいて、そして仕事を依頼した側は「イライラする〜!」となるわけです。

その周りの人からのイライラとか焦っている感覚が伝わってくるから「もー!さっさとやればいいじゃん!」と言いたくなってしまうんですね。

 

そこで女性は「あんた!責任感っていうものが無いの?」と男性に言ってしまいます。

 

男性は「はぁ」ととぼけた顔をして「わかっているんですけど、なかなか手をつけられないんですよね!」と言います。

 

そこで女性は「仕事を頼んでいる人の立場になって考えたことがあるの?」といってしまいます。

 

男性は「そうですよね!相手の気持ちを考えたら、さっさと終わらせなきゃいけませんよね!」と言います。

 

女性は「それがわかったんだったらさっさとやれば!」とちょっと自分がいい仕事をした感じになります。

 

それから一週間たって「え?!まだ、あの書類を提出していないの?」ということを男性から聞いて、女性は「チーン!」となります。

 

この感覚わかりますかね?

自分がせっかくアドバイスをしたのに、それを無下にされているような感覚。

せっかく綺麗にした部屋の中を泥だらけの靴で土足で上がられているようなあの感覚。

 

これが男性からの「受動攻撃」というものになるんですね。

直接的な攻撃って「嫌味を言う!」とか「罵倒をする!」や「悪口を流す!」などがあったりしますね。

 

受動攻撃の場合は「話を聞かない!」とか「アドバイスを無視する!」や「頼まれたことを忘れる!」と言うことで相手にダメージを与えます。

 

直接的な攻撃も受動攻撃もダメージは一緒です。

 

直接的な攻撃の場合は「あ!攻撃されているんだな!」とわかるから「あの攻撃のせいで私はダメージを受けているんだ!」と理解できるのですが、受動攻撃の場合は「わけがわからないけどどんどん気持ちが荒んでいく〜!」となるんです。

 

受動攻撃を受け続けちゃうと簡単にうつ状態になっちゃう。

 

さあ!何が起きているんでしょう!

 

男性が「まだ、あの書類を提出していないんです!」と女性に打ち明けてきた段階で女性は「ビビビッ!」の電流を予測してしまうんですね。

 

だから、さっさとアドバイスをして話を聞かない!としたくなってしまう。

 

子供の頃から父親の愚痴を母親から聞かされてきて、散々、嫌な思いをしてきたから「ビビビッ!」が話を聞くことに条件づけられてしまっているんですね。

 

「相手の気持ちになって話を聞いちゃったら嫌な思いをする!」と言うのが私の中の常識でした。

 

だから、その嫌な感覚を流されないように「的確なアドバイスでビビビッ!を避けよう!」という賢い選択をするんですね。

 

でも、昨日書いたように、嫉妬の発作を避けるためにしていたことが間違っていた!と言う衝撃の事実が!!!

 

いじめられっ子だった私は「目立たない服を着ていたらいじめられないだろ!」と思って、ダサい服を選んじゃいます。

 

すると「あいつダサい!」と見下されて「いじめられちゃう〜!」となっているのにダサい服を着るのがやめられない、となっていた。

あの現象って面白いですね。

ダサい服を着れば「弱者!」になるから嫉妬の電流が流されてくるのだけど、その電流によって学習性無力になるから「服の選択が変えられない!」となってしまう。

 

この女性の場合も「話を聞かないでアドバイスをしたら受動攻撃を受けちゃう」というパターンがあるのに「ビビビッ!」を恐れちゃうから、そのパターンから抜け出せない!となってしまうんですね。

私のダサい服を買うのがやめられない!というのと一緒。

 

でも、そこから抜け出すのは簡単!

 

「私にはわからない!」と相手の話を聞いた時に真っ白なキャンバスにしちゃえばいい。

 

男性から「先週、提出しなきゃいけない書類をまだ書けていないんですよ!」と言われた時に「へー!書けてないんだ!」とまずは「なんで書かないんだよ!」という苛立ちとかむかつきの感情をオフにしちゃって話を聞きます。

 

そして「全く書けてないの?」と質問をすると「いや、ほぼ書き終わっているんですけど、まだ見直せてないんです!」というのを聞いて「おー!危なかった〜!全く書類に手をつけていないのだと思った!」と自分の中のイメージが修正されていきます。

 

そして女性は「そんなに何度も見直す必要があるの?」と聞いてみると「やっぱり相手の方からいい印象を持ってもらいたから完璧にして出したいんです!」と男性は嬉しそうに話をする。

 

ここで「おー!この男性はいい加減だからいつまでたってもやらない!」と思っていたけど違っていた、と言うことがわかって、ギャンバスの絵が違った姿に描かれてきます。

 

女性は「提出期限よりも内容で勝負って感じなんだ!」と聞いてみると男性は「そうですよ!僕に頼んでくるぐらいだからちゃんとしっかりと書類を作成しなくちゃ!」と言います。

 

女性は「え?この人って見た目で“自信がなさげだな”っと思っていたけどバリバリ自信家だったんだ!」と意外な事実が発覚します。

 

そして、自分よりもはるかに自己肯定感が高いことがわかって「なるほどね!だから自己肯定感が低い私がアドバイスをしても聞かなかったんだ!」ということが見えてくるわけです。

 

女性は「しっかり仕事をやっているから、相手の人に喜ばれるわけね!」と嫌味な気持ちなく相手に伝えると「そうなんですよ!」と男性は嬉しそうに答える。

 

自分の思っていた相手の姿とは全く違った姿が「話を聞く」で見えてくる。

 

そして次の日には、男性から「ありがとうございます!あの後にすぐに見直して提出することができました!」となるから面白い。

 

この一連の流れで、鋭い人には見えている「話を聞く」の奥義がある。

 

そう!80年代のアメリカのジェネシスというロックバンドが歌った「Invisible touch(インビジブル・タッチ)」の感じなんですね(おー!懐かしい〜!ってあんたは6歳やったやろ!ほんまかいな〜!)。

 

あの曲と「嫉妬の本」の最後に出てくるスクリプトの中にあるアレが奥義のヒントになります(「奥義」なんて大袈裟やな〜!)。

 

この奥義を使ってしまったら「こわ〜い!」。

 

決して悪用はなされないように!

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 


2018/12/20

ある奥さんが旦那さんに「娘が全然勉強しないからなんとか言ってやって!」とだけ言います。

 

すると旦那は「もー!面倒臭いな!」と思ってしまうのは「話を聞く!」に嫉妬の電流が条件づけられてしまっているから。

 

旦那さんは「娘が勉強をしない」という話を聞いた時に、「それ以上話を聞いたらビビビッ!と感電させられちゃう!」と恐怖の感覚があるから「表情が勝手に嫌な顔になってしまう!」という現象が。

 

苦痛に歪んだ旦那の顔を見て、奥さんは「何よ!私にばっかり子供の面倒を見させて!」という感じで怒りの発作を起こしてしまう。

 

旦那さん側からしたら「やっぱり電流が流されてきた!」と思うのですが、奥さん側からしたら「あんたが嫌な顔をしたからイラついた!」というお話になる。

 

この「話を聞くのが苦痛」となると、多分、皆さんが予測できるように「どんどん発作が酷くなって家族みんなが自由に動けなくなる!」となってしまうんです。

 

この状況を打開するのは簡単!

 

「嫉妬の本」「お金の不安」の本にも書いていましたが、私は「嫉妬が怖い!」と怯えて「目立たないようにしよう」と努力をして「謙虚に振舞おう!」と誰に対しても「謙虚!」にしていた。

 

すると、どんどん私の自己肯定感は低くなってしまって「こんなに謙虚にしているのにみんなから嫌われる!」という現象が起きます。それを誰かに相談すると「あんたが悪い!」と責められて「自分のことばかり考えているからよ!」と軽蔑されちゃいます。

確かに「人から攻撃されたくない!」という思いで謙虚に接しているので「自分を守る」を最優先で考えている。だから、謙虚な態度は自分を守るためで本当の意味で相手のことを敬っていない、という正論になるんですね。

 

確かに!だったら、自己犠牲の精神でやれば人から好かれるの?と思ってやってみると、人からいいように利用されて、バカにされて捨てられてしまいました。

 

言いたいことは「嫉妬を防ぐ常識が間違っていた!」ということです。

 

「話を聞く!」の場合も同じで、相手からの嫉妬の電流を受けたくないために「そんなのわかっている!」という防御をします。

「そんなの知っている!」とか「私はちゃんと状況を理解している」というのは実は、話を聞いてしまって流されてくる電流を防ぐため。

 

実は、この電流を防ぐ常識が、逆に相手の発作を誘発してしまって「どんどん電圧が高くなって肉体的、精神的な負担が大きくなる!」となるんですね。

 

ですから「話を聞く」の常識を変えちゃいます。

 

「私にはわからない!」として、相手を知っているようで知らない、という感じで、まっさらなキャンバスにしてから「一から絵を描いていく」という感じにしちゃいます。

 

「娘が勉強ができない」という情報から、旦那さんの中での「妻が勉強しろ!とうるさくいうから勉強をしなくなってしまった」という思い込みや「娘が漫画ばかり読んでいて勉強に興味が持てなくなっているから勉強をしなくなった」という決めつけも全て「わからない!」にしちゃいます。

 

そして奥さんの話を聞いていきます。

 

「どんな風に勉強ができないの?」と質問していくんですね。

 

すると奥さんは「あの子、あなたに似たのか、直前になってもちっとも勉強をやろうとしないの、まるで他人事のように」と言います。

「あなたに似たのか」という嫌味で「カチーン!」ときそうになりますが「まずは真っ白なキャンバスに絵を描いていく」というイメージで聞くので感情的なことは全て排除してしまいます。

 

そこで旦那さんが「え?勉強机には座っていないの?」と娘がどの位置にいるのかを奥さんの情報から確かめていきます。

 

すると奥さんは「勉強机には座って、勉強をしようとしているんだけど“私バカだからわからない!”と言って宿題や問題集をやることを諦めちゃうの」と言います。

 

旦那さんは「うわ!危ない!てっきり娘が二段ベッドの上で漫画ばかり読んでいて、全く教科書を開いていないんだと思っていた」となるわけです。

 

そして、今度は旦那さんが娘の問題集や教科書にスポットライトを当てて、情報を収集していきます。

 

「バカだから、と娘が言った時って、問題が全く理解できていないの?」と奥さんに質問をしてみます。

 

すると奥さんは「ちょっとでも難しい問題になるとすぐに諦めちゃって”私バカだからわかんない!”と考えようとしなくなる」というんですね。

 

こんな感じで旦那さんが「話を聞く」で情報を収集していくと、無意識さんが起動して「なるほど!」と妻の悩み、そして娘の苦しみが共感できちゃう!という感覚になる。

 

「一体感!」が感じられちゃうんですね。

 

そして、娘さんのところに行って「今日学校で勉強してきたところを一緒に復習してみようか!」と言います。

 

娘は「えー!面倒臭い」というのは「あ!娘は復習して学習を確実なものにする習慣がなかったんだな!」ということが理解できちゃう。

 

娘と一緒に学校の授業の復習をしていると「お!よくわかっているじゃん!」と娘のことを褒めてあげられる。

 

すると娘はにっこりとして「そうでしょ!」と自慢げに答える。

 

復習をしていてわかっていないところにぶつかっても、自分が娘の立場になってわかりやすく教えてあげることができるようになるから面白い。

 

そうなんです!「家族のことはわかっている」と思っていた時って、相手の立場になって、相手の気持ちをわかってあげていなかったんだ、ということに気がつけちゃう。

 

「家族のことはわからない!」とまっさらなキャンバスにパーツを揃えて描いていくと「あれ?娘の気持ちがわかるようになっている!」と娘と不思議な一体感がそこにうまれる。

 

それは奥さんに対しても同じで「わかっている」というときは本当の意味で奥さんの気持ちを理解していなかった衝撃の事実が。

 

「わからない!」として感情を抜きにして奥さんの話をよく話を聞いた時に「おー!奥さんの苦しみが理解できるようになった!」というところから一体感が生まれてくる。

 

感情を抜きにして、頭の中でジオラマを作るように、相手が話す情景を作り出していくとそれまで見えなかったものが見えてきて、感じられなかったことが感じられるようになります。

 

そんな時に「娘の成績がぐんぐん上がっていった!」という奇跡が起こって「おー!無意識って面白い!」と実感できるようになるんですね。

 

「わからない!」は素敵です。

 

(つづく)

 

 


2018/12/19

「人のお話を聞く!」というお題は「面白そう!」という人と「え〜!面倒臭い!」という反応をする人がいます。

 

これまで書いてきたように「面倒臭い!」と感じる場合は「人と会話をする時に嫉妬の発作を受け続けてきたから」ということになります。

 

ずっと母親の愚痴を聞かされてきた、とか。

人の話を聞くと、みんなの嫌な感情を流されて嫌な思いしかしてこなかった!という感じの人たち。

 

これって脳のネットワークで優れた可能性が相手に伝わる。

その未来の可能性に「ビビビッ!」と嫉妬して相手は破壊的な人格に変身する。

そして、口を開けば「否定的な話のオンパレードじゃ〜!」という感じになるから「話を聞くのはいや〜!」という条件づけがなされてしまう。

 

口を開けば「近所の〇〇さんがゴミ出しのことで嫌味を言ってきて、あの人だってちゃんとやっていない!と言ってやったら、今度は他の人にわたしの悪口を回して!」という感じ。

他人がこれを聞くと「あー!不快な気分を解消するために話をしたいんだな!」と思うのですが、これを聞かされている当人は「なんだかどんどん嫌な気分が広がっていく!」となるのは、そこに嫉妬の電流が隠されているから。

 

その嫉妬の電流から逃れようと「そんな近所の人のことを言ってもしょうがないじゃない!」と話を終わらせようとすると、さらに最悪な話が出てくる。

それは嫉妬が発作だから、それを鎮めようと触れば触るほど「どんどん発作がひどくなる〜!」ということになるから。

 

そして、その嫉妬の電流に感電して「もう!いい加減にしてよ!」とこっちが発作を起こしてしまって「あーあ!またやっちゃった!」と最悪な気分になることができちゃう。

 

これを何度もなんども繰り返すことで、この「話を聞く時に嫉妬の電流を受ける」というのが条件づけられてしまう(まあ、学習性無力のことなんですけどね)。

 

人の話を聞く時に「ひや〜!電流が流されてくる〜!」と体が条件づけで固まってしまう。

すると「弱者!」になってしまうから、相手が自動的に嫉妬の発作を起こして、話をしている最中に破壊的な人格に変身しちゃって「ビビビッ!」となるんですね。

 

そうなると「わたしはいつもいいように利用されているだけ!」とか「みんなの感情を垂れ流されているだけ!」という感じになって「人との親密感が感じられない!」ということになる。

 

一般的な言葉に変えると「信頼できる友達がいない」という状態。

 

連絡できる友達はいるけど、いつも連絡をすると不快な感情を流されちゃう、という感じになっちゃう。

連絡をした後に「あ!やっぱりやめとけばよかった」と後悔しちゃう。

 

旅行とか食事とかに誘うのだけど「やっぱりわたしがただ一方的に利用されている感じ!」になってしまうのも条件づけがなされていて、嫉妬を受ける体質に改善されているから。

 

まあ、普通の人がこの話を読んだら「そんな人は滅多にいないでしょ!」と思うのかもしれませんが、それが結構いたりする。

 

「孤独」というのがそのサインだったり。

 

嫉妬の発作から自由になるために、心は「話を聞く」ということを教えてくれていました。

 

催眠療法家のミルトン・エリクソン博士が使っていた、手法は「話を聞くときの嫉妬の条件づけを解くのにいいかも!」と浮かんできました。

 

昨日書いていた「頭の中で相手の家がイメージできるように聞く」がそれですね。

 

これをする時に、エリクソン博士と一般の人との違い、というのがあります。

 

一般の人は「自宅」という話を聞いたときに、多分、自分の実家のイメージや自分が住んでいる家のイメージをしてから、話を聞いているうちに、頭の中でその家を改装して相手の家に合わせる、ということをしています。

 

エリクソン博士ってポリオを患っていたり、様々なハンディーキャップがあったから、目の前に座っている人がいても「わたしとこの人は同じ」と思えなかったんだと考えます。

 

だから、自分の家と重ねて相手の話を聞くんじゃなくて、家の骨組みから頭の中で組み立てていた可能性がある。

 

誰かの体験談を聞く時に「あ!わたしも同じ体験をした!」という感じで、多くの人は自分と相手の体験を重ねてしまう。

 

でも、エリクソン博士は、ハンディーキャップがあったから「相手と自分は違う!」ということから、まっさらな状態から頭の中でその体験を組み立てていた可能性がある。

 

「自分と同じ」ということを念頭に話を聞いてると「なんでそんなこともできないの!」という苛立ちが出てきたりする。それが脳のネットワークで相手に伝わって「ビビビッ!」と発作を起こさせるきっかけとなって「うわ〜!面倒臭い!」という感じになるんですね。

 

「同じ話を聞いたことがある!」と思っても、白紙状態から、その情景を組み立ててみると「おー!無意識が起動して面白い発見がある!」となるんですね。

 

だから、賢者たちは「無」からの「悟り」などと言ったりするのかもしれません。

 

白紙状態から相手の話を聞いて、そして立体的に家を組み立てたり、登場人物を配置したりしていくと「無意識さんが起動!」となって相手との一体感が得られるようになる。

 

「一体感」は別に多くの人には必要ないものですが、嫉妬の電流で閉じ込められている人にとってはとっても大切なこと。

 

そう!そこから解放されて自由になる道がそこに広がっている。

 

そういうのが全て面倒臭い!とかそんなことを考える余力もない、という方は

 

「モ・・・ト・・・モ・・・ト・・モ・・・・ト・・・モ・・・・ト・・・・・モ」

 

のリズムを使ってみましょう!

 

(つづく)

 



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