2017/12/16

「ずるい人」の編集者さんが「恋愛本」の打ち合わせに来てくださっていました。

 

「お!編集者さん綺麗になっている!」と以前から、スタッフが言っていて、実際に目の前にしたら「お〜!確かに輝いている!」とびっくり。

 

社内で「恋愛の本」の企画の話があって、その打ち合わせをした頃から「あれ?以前は全然恋愛に興味がなかったのに、男性にときめいている!」となったらしく、恋に落ちちゃったみたいなんです(ヒャ〜!)。

 

今度、恋愛の本を書かなきゃいけないから「どうして恋に興味が持てるようになったのかな?」と興味津々で聞いていたら「ずるい人が周りからいなくなったから!」ということが見えて来ました。

 

一見、親切そうに見えて、大切なアドバイスをくれているような人が「実はずるい人だった!」ということが見えてきます。

 

あの本に書いてある「関係の更新」をしたら、途端にそんな「ずるい人」が周りから去っていきます。

 

去ったら、自由になって「あれ?ときめいているかも!」とちゃんと自分の感覚がわかるようになるんですね〜!すごい!

 

あの編集者さんも本を身を持って実践してくださっているから嬉しいです。

 

ちなみに「本TUBE」で「ずるい人」のインタビューが公開されています。

 

私が「ずるい人」の本の紹介をしているのはこちらになります(めちゃめちゃ恥ずかしかったです!)。

 

ちょっと話が変わりますが。最近になってお孫さんが生まれた女性がカウンセリングにいらっしゃってくださって、以前は「あ!お孫さんがいらっしゃるんだな」という感じがあったんです。

 

ところが、昨日見たら、全然お孫さんがいるように見えなくて「もしかして独身女性ですか?」というぐらいに綺麗になっていました!!

 

「若返っている〜!!」

 

「ずるい人」の編集者さんのこともあったから「恋をしているのかな?」と仮説を立てて見たのですが、どうやらお仕事と勉強が忙しいみたいでそんな時間は一切ないみたい。

 

もしかして、と思って聞いてみたら「若返りの遺伝子しか唱えていない!」とわかって「遺伝子ってすげ〜!」と思ってしまいました(そんなことを今更、お前が言うな〜!)。

 

早速、帰る道すがら、必死に若返りの遺伝子を唱えている単純な私がそこにいました。

 

あはは〜!

 

 

「リソース」の続きになります。

 

「人とうまくやることができないんです!人前で緊張しちゃうんです!」という方のリソースはなんでしょう?というお題でした。

 

このリソースのポイントは「うまくやること」なんです。

 

私がインタビューを受けた時に「緊張しちゃってうまくやれなかった!」というときは「決められた台本通りにスムーズにできなかった」というのがあります。

 

台本がなくて、フリートークであれば、多分自然に話ができて、緊張することはなかったはず。

ある程度、台本が決まっていて「できたらこの通りに話をしてください!」と言われた場合「うまくできなかったらどうしよう?」という意識が働き「あれ〜!緊張してまうやろ〜!」となってしまったんです。

 

ということは「人とうまくやることができない」という方は、みんなを幸せにするスクリプトを生み出す才能がある方、になります。

 

周りの人を幸せにするスクリプト(台本)を生み出すことができて「台本通りにできなかったらまずいだろ!」となるから「緊張する〜!」となっている。

 

自分がどう言葉を発して、どのようなストーリーを紡ぎ出せば自分も相手も幸せになれるのか、というスクリプトがその方の中にいとも簡単に作り出すことができちゃうんです。

 

これまで、たくさんの本を読んで来た中で、この幸せのスクリプトを生み出す技術を身につけたのかも知れません。

 

または、家の中でたくさんの大変な葛藤を見て来たからこそ、幸せのスクリプトをたくさん作る、ということが好きになったのかも知れないんです。

 

その方は、その能力から、人のことを思い浮かべるたびに幾重ものスクリプトを紡ぎ出していきます(幾重とは何層ものストーリーを考えていること)。

 

そのスクリプトの中には「緊張しいのおどおどした子」のストーリーがあって、その子を周りの人たちが見るだけで感じる”ある感覚”のことが記されているのかも知れません。

 

その子の緊張感やおどおど感が一つのメタファーとなり、周りの人たちの無意識に語りかける一つのストーリー(メタファーって暗喩のことで「緊張」だったら、その言葉そのものじゃなくて、その裏に隠された「リスペクト」などを無意識に伝えるものです)。

 

そのスクリプトを紡ぎ出すリソースを使って、いくらでもスクリプトは自分のために書き直せることをその方は知っているのですが、いつでもそれができるので、いつも周りの人を幸せにするスクリプトを紡ぎ出すことをしているのかも知れません。

 

いつでも、自分を幸せにするスクリプトは紡ぎ出すことができるから。

 

「人とうまくいかない」という方のリソースは「スクリプトを作りだす」というのがあるのかもしれないんです。

 

(つづく)

 

アマゾンの「無意識さんに任せればうまくいく」(PHP文庫)のレビューを書いてくださってありがとうございます。

 

「繰り返し読んでます」と書いてくださってありがとうございます。「私もで〜す!」って書いているのはおかしな話なのですが、あの本は、まさに私にとって「Time Travelers」なんです。時空を超えて、お師匠さんとつながって書いて、そして無意識の世界へと導いてくれる(ヤバい!泣けてくる)。無意識さんの世界って本当にいいですよね。前のほんとの突っ込みの違いを見つけられるのは凄いですね。私なんて読んでいて、まったく新しい本を読んでいる感じになっているから本当にアホなんです。ブログも楽しみにしてくださってありがとうございます。この応援で励まされて書き続けることができています。本当に感謝です。

 

いつもありがとうございます。

 

感謝!!

 

大嶋 信頼

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2017/12/15

サラ・オレインが歌う「The Final Time Traveler」をちらっと聞いて「お〜!いい歌〜!」と思って最近、携帯電話に入れて歩きながら聞いています。

 

歌詞の中に「目を閉じると、私がどこにいてもあなたの声が私を訪れてくれる」というところで「泣けてくる〜!」となっていました。

 

まさに「Time Traveler」は時の旅人って訳すのか。

 

目を閉じればいつでもあの人に会うことができる。

 

実は、あのすごい男性スケート選手がこの曲で滑っていて「震災にあった方々へのレクイエム」的な感じで流れていたんです。

 

これは不思議なんですが、スケートのバックミュージックでかかってしまうと、歌詞が全く頭に入ってこないから、選手の滑走する様を見て「あ〜!このスローなテンポの曲はあなたには合わないかも〜!」といらないツッコミを入れていたんです。

 

でも、曲だけ聞いて、その歌詞の意味がわかった時に「あ!震災にあった方へ」と思ったら、なんだか涙が出てきてしまいました。

 

そう!目を閉じればあの人にいつでもつながれる。

 

時空を超えて。

 

いつでも、どんな時でも。

 

 

そんな声に導かれて、リソースのことを書いています。

 

この「リソース」は催眠のお師匠さんから教わったものなのですが、これまで私はこうして書くことはありませんでした。

 

なぜ、この「リソース」のことを私はこれまで書かなかったのか。

 

そして、なぜ、今ここで「リソースのことを書け」と声が聞こえてきたのか、それは後にわかると思います。

 

「やらなければいけないことはわかっているのに、いつまでもやることができない!」という方のリソースはなんでしょう?

 

一つは「時とものを大切にする」というのがあるのかも知れません。

 

私は、食事をしている時、子供の頃から大好きなものは一番最後に食べるのが楽しみでした。

 

だって、最初に食べちゃったら「楽しみがなくなっちゃう!」という感覚があるから、いつまでも楽しみにとっておく、という感覚。

 

ある時、私が食事をしているのを、ある子供が見ていて「その残しているのは嫌いなの?」と聞かれて「違うよ!一番好きだからとってあるんだよ!」と言ったら、その子は「私は、一番好きなのは一番最初に食べる〜!だって最後まで取っておいたらお腹がいっぱいになっちゃうから!」と言われて「なるほど!」と思ったことがありました。

 

物と時間を大切にする、というのは、そのものの価値を知ること。

 

そのものの価値が低すぎたら「自分がやるに値しない虚しいもの」になります、そのものの価値が高すぎたら「もったいなくて手がつけられない」となります。

 

多分、普通の人は、自分がやるべきことの価値などは考えることをしないのかも知れません。

 

でも「やることができない!」という方は、その「やるべきこと」の価値について深く、さらに深く知ることで「人は何のために生きるのか?」という答えを探り出そうとしています。

 

その答えを導き出す時に「全て虚しい」というところに至り「すべての物事にやる価値などどこにも無い!」という究極の答えがその人の中にはすでに見出せているんです。

 

空の空、空の空、いっさいは空である。

 

日の下で人が労するすべての労苦は、その身になんの益があるのか。

 

日はいで、日は没し、その出た所に急ぎゆく。

 

風は南に吹き、また転じて、北に向かい、めぐりにめぐって、またそのめぐるところに帰る。

 

川はみな、海に流れ入る、しかし海は満ちることがない。川はその出てきたところにまた帰って行く。

 

すべてのことは人をうみ疲れさせる(倦み疲れさせる=疲れてうんざりすること)。人はこれを言いつくすことができない。目は見ることに飽きることがなく、耳は聞くことに満足することがない。

 

という有名な言葉が浮かんできます。

 

「やることができない!」という方は、その奥深くを感じているからこそ「そこに意味を感じない」となって入るのは、英知(wisdom)に満ち溢れて入るから(英知というのは、最も優れた知恵のことです)。

 

そうなんです。物事の本質を見極める英知を兼ね備えているからこそ「すべて虚しい」ということを知っています。

 

それでいて、その英知により「俗世間が何を求めているのか?」もわかってしまうからこそ、深い悩みを抱えることになるんです。

 

「やらなきゃいけないことがわかっているけど、いつまでもできない」という方は英知を兼ね備えています。

 

その英知が俗世間との兼ね合いから見出そうとする葛藤が、深い悩みを醸しだすんです。

 

英知といえば、映画のインディアナジョーンズの三作目を思い出します。

 

インディーが金やきらびやかな杯がたくさん並ぶ中で、一番地味な木で作られた杯を選んだ時に、それを杯を長年守ってきた騎士が言った「He chose wisely」というセリフが印象的でした。あのWiseって英知の賢さの表現だと思うんです(確かそんなセリフだったかも?)。

 

なんだかリソースの大切さがちょっと見えてきました。

 

さあ!今度は「人とうまくやることができないんです!人前で緊張しちゃうんです!」という方のリソースはなんでしょう?

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2017/12/14

クリスマスのお花をいただきました!!

昔は、クリスマスが苦手だったのですが、最近、皆さんのおかげで好きになってきたんです。

なんか、クリスマスもいいものだな〜!って。

 

私の中の何かが変わっていきます。

 

 

 

寝起きに「リソースのことを書け!」と指令をいただき、書いていると結構これが面白い。

 

「人の悪口が止まらないんです!そして、人との関係を壊してしまうんです!」という方のリソースは?というのが昨日のお題でした。

 

この方のリソースは「善悪を判断する力!」なのかも知れませんね。

 

間違ったもの、不純なもの、不条理なものを的確に見つけて、それに対して「間違っている!」と自信を持って言える力。

 

もしかしたら、それは「世の中の浄化作用」の役割を担っているかも知れません。

 

そう考えると、この「悪口が止まらない!」というのは、脳のネットワークで繋がって、いろんな人の思いを吸収してあげて、それを「代弁」という形で吐き出している。

 

そう考えると「悪口が止まらない」という方は、脳のネットワークの感度が高い人なのかも知れません。

 

脳のネットワークは「共感能力(相手の気持ちを受け取る力)」なんです。

そのネットワークの感度が良ければ良いほど、相手の中にある本質を見抜くことができます。

 

そうなんです。

相手の中にある本質を見抜いた時に「こんなに素晴らしい本質を持っているのにどうしてそれをちゃんと使わないの!」と怒って悪口が止まらないのは、本当に相手のことを思っているから。

 

そう!相手の本質を知っているから、それをまともに出さない相手に怒りを感じてしまう。

怒りをぶつけて、相手の本質を引き出してあげたくなる、その優しさがその人の中にあります。

 

「怒りが止まらない!」というのは、相手の中にある本質をちゃんと見抜いていて、他の人が期待しないような素晴らしいことを相手に期待しているから。

 

「相手に対しての怒りが止まらない!批判が止まらない!」というのは、他の人が諦めて捨ててしまっても、いつまでも諦めない「期待」と「希望」があるから。

 

そうなんです。

 

相手に期待しなければ、まるで空気のような存在で「スル〜」してしまうはずなんです。

そこでちゃんと引っかかってあげて、そして、相手へのダメ出しが出てくるのは、ちゃんと相手の本質の中に素晴らしい資質を見抜いているから。

 

誰も見抜けない資質を見抜いて、そこに期待する力。

 

そして、いつまでも諦めないで相手を「信じ続ける力」があるから、それが止まらないだけなのかも知れませんね。

 

リソースって本当に素晴らしいんです。

 

それではさらなるお題で「やらなきゃいけないことはわかっているのに、いつまでもやることができない!」という方のリソースはなんでしょう?

 

こうしてみていくとだんだんコツがつかめてくるような感じがありますでしょ!

 

お師匠さんは、人のリソースをいつもちゃんとみていたから、あんなに温かい人だったのかも知れませんね。

 

あの本を読み返しながら、そんなことを思っていました。

 

(つづく)

 

 

 

 


2017/12/13


ジョギングをしていたら「お!日比谷公園でこんなことをやるんだ!」とちょっと得した気分。

今週の金曜日(15日)からだそうです。

この塔は結構高いかも。

写真を撮りながら走っていたら、朝日が昇ってきてしまいました。

 

昨日、嬉しいお知らせをいただきました。

 

吃音があるお子さんを持つお母さんが「吃音の遺伝子」とおっしゃったので、吃音の遺伝子コードをお母さんにお渡ししていたんです。

幼いお子さんなんで「子供に唱えさせるのは難しいな」とお母さんが判断をして、お子さんが寝静まった後に、お母さんがお子さんの枕元で、コードを唱えてくださったみたいなんです。

 

そしたら、なんと!!お子さんの吃音の問題がなくなった!!という報告をいただきました(ひゃ〜!)。

 

この話がすごいのは、お子さんが「吃音の問題を治してもらう」という意識を一切持たずに、知らないうちに「あ!治っている!」となったこと。

 

「もしかしたら、遺伝子コードって暗示じゃないのかも知れない!」という可能性が。

 

この話って、とっても興味深くて、もし「お母さんが唱えることで変わったから、それが子供に影響をした」ということだったら、お母さんの脳の状態が確実に子供に伝わる、というミラーニューロンの証明、ということになるかも知れませんよね。

 

そうじゃなかったら、遺伝子コードって唱えるだけで、そして、それを聞くだけで「効果が出るのかも?」という興味深い可能性。

 

1ヶ月の間でお子さんの問題を感じなくなってしまったので、お母さんが唱えるのを忘れてしまうぐらいになっているようです。

 

すごいです!!嬉しいです!!

 

 

ここで昨日の「リソース」の続きです。

 

「過去の嫌なことがぐるぐる頭を回っちゃって、先に進むことができない」という方のリソースは何?というお題がありました。

 

みなさんも色々考えてくださったと思います。

 

この方のリソース(素晴らしい資源や才能)は、普通に考えたら「記憶力の良さ」なのかも知れませんね。

 

そして「いつまでも、あきらめない粘り強さ」というのが続きます。

 

さらに「過去は変えられるかも知れない」という斬新奇抜な発想の持ち主なのかも知れません。

 

普通の人だったら「過去なんか振り返ったって変えられないでしょ!」と常識的に考えてしまいます。

 

常識人にとって「過去を振り返る」というのは「過去から学ぶ」という意図を持っている時にやるもの。

 

それ以外でやったってしょうがないでしょ!後悔したって何も変わらないんだから!!

 

もし、脳のネットワークというものが存在していたら。

そのネットワークが光よりも早くて、時間軸を超えて過去の自分と繋がることができたら。

 

「もしかして過去って変わるのかも!」となるんです。

 

今現在、過去の失敗からたくさん学んだ自分自身が、過去の自分にアドバイスをすることで「過去が変わるかも〜!」という大胆な発想を持っているのかも?

 

アルファでありオメガである。

1日は千年のようであり、千年は1日のようである。

なんていう興味深い言葉が私の中にずっと残っていました。

 

最近になって「あ!もしかして!本当に時空を超えて脳は繋がることができるのかも?そして、過去を変えることができるのかも?」と思えるようになってきました。

 

そうなると「過去の嫌なことがぐるぐる頭を回っちゃって、先に進むことができない!」という方は「時代の最先端をいっている」人で「最も真実に近い方なのかも知れない」と思うんです。

 

普通の人は、真実を見極める力がないから「そんな過去のことを考えてもしょうがないでしょ!」となるんですが、ぐるぐるしちゃう方は、真実を見極める力があるから、過去の体験から真実を探し続けることができちゃうんですね。

 

「そんなの簡単すぎる!」という方のために、新しいお題を。

 

「人の悪口が止まらないんです!そして、人との関係を壊し続けてしまうんです!」という方のリソースはなんでしょう?

 

リソース探しはとっても楽しいです。

 

お師匠さんとこんなやり取りをやっていました。

 

懐かしい〜!

 

(つづく)

 

 

 


2017/12/12

朝、目覚ましで起きた時に、いきなり頭の中で「リソース」という言葉が浮かんできた。

 

「なんやねん!朝から〜!」となっていたが「え?これって催眠のお師匠さんから教えていただいていた大切な言葉じゃないか!」と思い出す。

 

リソース(resource)を直訳しちゃうと「資源」となりますが、お師匠さんが「リソース」という言葉を使う時は「その人が持っている才能なんだけど、その人がその才能に気がついていないもの」となっていた気がします。

 

例えば、ある人が「人間関係でいつも緊張しちゃって、そして自分の思っていることが相手に伝えられないんです!」ということに悩んでいたとします。

 

この人のリソースは何?というお題がお師匠さんから出されるんです。

 

ここで出てくるのが「沈黙は金、雄弁は銀」ということわざです。

 

ペラペラ喋っちゃうと人間関係にどっぷり巻き込まれてしまいますが「思っていることを伝えない」ということで相手の動きを見定めて、相手との適切な距離を緊張することによって測っている、ということになります。

 

この方は「緊張して喋れない!」と思っているけど、それがその人の隠れたリソースで「危ない人に巻き込まれないように適切な距離を緊張によって保っている」ということ。

 

まさに「沈黙は金」なんですね。でも、ベラベラ喋っている銀の方が魅力的に見えちゃったりするんです。

だから「自分はダメだ〜!」なんて思っているのですが、その方が自分のリソースの「金」に気がついて見ると、意外と周りの人から一目置かれていたりするんですよね。

 

自分ではオドオド、ビクビクしているつもりが、周りの人からは全然違った風に見られていたことがわかってきます。

「え〜?周りの人って全然私が思っている自分像とは違う風に見てたんだ!」ということが明かされていくんです。

 

「人前で緊張して喋れない」という方のリソースをもうちょっと深く掘り下げて見ると、孫子の「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」という言葉が出てきます。

 

この方の場合は「自分のことをよく知っているから、ベラベラ喋らない」というのがリソースとなります。

「己を知る」というのは、自分の存在の小ささを知っていればいるほど「本当の意味での賢さを持っている」ということになります。

ですから、この「人前で緊張して喋れない」という方のリソースは「思慮深さ、賢さ」だったりするんですね。

 

「思慮深さ、賢さ」というリソースに気づくことで、その方の全然違った側面が見えてくるんです。

 

さあ!ここでお題です。

 

「過去の嫌なことがぐるぐる頭を回っちゃって、先に進むことができない!」という方のリソースはなんでしょう?

 

意外とリソース探して簡単かも?

 

(つづく)

 

 

 


2017/12/11

最近、仕事に追われていて、全然走ることができませんでした

久しぶりに走ったら「気持ちがいい〜!」でした。


昨日の海もものすごく気持ちがよくって「サーフィン始めてよかった!」と思っていました。

二年前に始めて、波に乗れない時は「なんでこんなことをしなきゃいけないかね!」と思いながらやっていたのですが、ちょっとずつ乗れるようになってくると、「やっててよかった〜!」となるのは不思議。


走るのだって、最初は「走らなきゃ病気になる!」と義務のように走っていました。

でも、しばらく走っていなかったら「走りたい!」と思っている自分がいてびっくり。

 

10kmの走りから帰ってきたら「気持ちがよかった!」と爽やかな気分になっている自分がいてさらにびっくり。

 

以前だったらこんな自分はありえなかった。

 

ちゃんと自分の感覚が感じられるようになっている。

 

だんだん人間らしくなってきたかも。

 

アマゾンの「無意識さんに任せればうまくいく」(PHP文庫)のレビューを書いてくださってありがとうございます。

 

「無意識さんと生きる喜び」と書いてくださってありがとうございます。青山ライフで「無意識さん」を出したのって三年前だったんですね。「あの本の単なる文庫本ではない」と書いてくださってありがとうございます。実際、私が読んでびっくりしてしまいましたもんね。「誰がこれを書いたんじゃ〜!」って。編集の力ってすごいです。

最近、雑誌の編集者から「孤独について書いてください」と言われて「書きたい!」とものすごく思ったんです。なぜなら、この本をきっかけに、私は「人は時空を超えて繋がれる」ということを実感できたから。私の中に思い出としてお師匠さんが存在しているのではなくて、生のお師匠さんと繋がっている感覚を感じられたんですよね。以前から「その人のことを思い浮かべれば繋がれる」と思っていました。二十年ぶりに再会した友人がいても、まるで昨日会ったかのように思えるのは、相手も私のことを思い出して繋がって、そして、私も相手のことを時折思い出して、繋がって助け合っているから。

こうして書いてくださる方とも私は繋がっていただいて、常に助けられています。私は、一人じゃない。

この喜び。

私の命が尽きた時に、お師匠さんと再会するのを楽しみにするのではなく、今、ここで、お師匠さんのことを思い浮かべるだけで常にそこにいてくださる安心感が私の中にあります。

書いてくださってありがとうございます。感謝!!

 

大嶋 信頼

 


2017/12/09

私が大学時代に一時期、寮から出てアパートでルームメイトと暮らすことになりました。

 

日本にいた頃は「部屋がぐちゃぐちゃで片付けられない!」という悩みを抱えていました。

 

「捨てられない!」とか「整理できない!」でカバンの中もテスト用紙とかがぐちゃぐちゃ。

 

引き出しの中もいらない物がいっぱい詰まっている、という感じで「片付けよう!」と思うのですが、いつのまにか引き出しにあった爪切りに目がいってしまって「爪を切らなきゃ!」となってしまいます。

 

爪を切っていると、机の溝が気になってしまって、そこをほじくり返すことに集中してしまって「いつまでも片付けられないじゃん!」となっていたんです。

 

ルームメイトとアパートを借りた時に「部屋を綺麗にして勉強ができる環境を整えなきゃ!」と思っている時は「片付けられない!」となって、本当に部屋が汚かったんです。

 

ところが「女の子を部屋に誘うために部屋を綺麗にする」ということをチラッとルームメイトに言った時に「あれ?」ということが起きました。

 

私は「女の子を部屋に誘う」なんていうのはとんでもない!という真面目な青年でした。

清く、正しく、美しく、が私の心情(心の中で思っていること)でしたから、女の子を部屋に誘うなんて「チャラ男みたいなことは私はできない!」と思っていたんです。

 

まあ、そういう軟派な男性を軽蔑して「汚い」という扱いを自分の心の中でしていたのですが、実際に汚かったのは私の部屋と私の心でした。いつも、女の子と仲良くイチャイチャしているイケメンを見ては「羨ましい」と思いながらも「不潔です!」と思っていたところがあったんですね〜!

 

「清く、正しく、美しく」ですから。

 

でも、実際の私の心は「ドロドロ、ボロボロ、醜い〜!」だったんです。

 

この矛盾が非常に嫌だったんです。

 

それを努力で変えようとしていたのですが、一時は「よし!やるぞ!」となるのですが「続かないじゃないか!やっぱり!」となっていたのは興味深いんです。

 

その時は、授業が大変でちっともクラスのみんなに追いつかなくて「トイレの中まで教科書を手放せない!」という状態で「女の子なんかに声をかけるなんてとんでもない!」という状態でした(大体その勇気もありませんでしたけど)。

 

そんな私がルームメイトに「女の子を部屋に誘うために綺麗にする」と言った途端に、私の心についていた足枷のようなものが「パカ!」っと外れて「あれ!掃除が楽にできる〜!」となります。

 

「自分が勉強する環境を整える」と思っていた時はちっともできなかった掃除機かけもできるようになり、「あれ?絨毯の埃を吸って鼻水が止まらなかったのに、止まった!」となってびっくり。

 

それで勉強に集中できるようになるから「お〜!」となります。

 

部屋に帰ってきてから「いつ女の子が来るかわからないから!」と考えると「掃除機をかけよう!」ととりあえず掃除機をかけ始めて、そして、机の上にあったいらないものを捨ててしまいます。

 

まあ、普通の精神医学的に考えれば「女の子を部屋に誘う」ということで性腺刺激ホルモンが分泌されて、そしてそれに伴ってアドレナリンの値も上がるので万年うつ状態が一時的に解消されて、思うように行動できるようになった、という仮説も立てられます。

 

思考パターンを使って、性腺刺激ホルモンをうまい具合に条件づけることで「掃除ができるような意欲が出てきた」ということ。

 

確かにそれもあるのかもしれません。

 

でも、私の中では、あの私の「清く、正しく、美しく」というものが「思うように動けない」ということに大いに関係していたような気がするんです。

 

最近書いた「行動できない」自分からの脱出法!では「清く、正しく、美しく」ということをすればするほど「除菌状態」だから自己免疫が暴走して「自分に対するダメ出しが酷くなる!」となります。自己免疫が暴走していると、自分の正常細胞を攻撃しちゃって「なんでちゃんとお片づけをしないの!」とか「なんで整理整頓ができないの!」と自分に片っ端からダメ出しをしちゃって、自分自身を壊しちゃう。自己免疫が暴走して「皮膚が痒くなってボロボロになっちゃう!」みたいな感じ。

 

あの本は、催眠的なスクリプトで書いてあります。

 

自己免疫の暴走の暗喩で「自分で自分を攻撃しちゃうから動けなくなる」は、本当は、脳のネットワークを通じて嫉妬の発作を誘発して、その嫉妬の発作を受けることで、脳の電力的な異常が起きて「体が思うように動かせなくなる」という状態になっている、と考えた方が通じるような気がしているんです。

 

ほら!

 

ここでも私は非常に矛盾していることをやっているんですよね。

 

それは「真面目に書く」ということです。

 

この「真面目」が「清く、正しく、美しく」と共通していて「嫉妬の発作を誘発してまうやろ〜!」となるのを知っているんです。

 

だから(つっこみ)を連発して嫉妬の発作をできるだけ避ける対策とかをこれまで多用してきたんですよね。

 

「真面目さ」を避けるために。

 

でも「やりたいことができない!」とか「お金持になりたい!」という方の本当に求めていることを追求していくと、どうしても真面目にメカニズムを解明して、それに対しての対応策を真面目に書いてしまうアホな私がいるんですね。

 

嫉妬の発作を避けて、一般の人向けに文章を書くか。

 

それとも、真実を追求して、真面目に書き続けてしまうのか。

 

私自身がものすごくいいサンプルなんですよね。

 

非常に興味深いです。

 

(つづく)


2017/12/08

(事務方より)

朝日カルチャーセンター様主催の新しい講座のお知らせです・・・・

題して「幸せな物語の作り方」

   無意識に任せる自由な生き方

    講師:大嶋信頼

 

開催日時:2018/2/16(金)19:00〜20:30 朝日カルチャーセンター新宿教室

1回完結の講座です。お早目のお申込をおすすめします。

申込方法等詳細については以下ホームページをご覧ください。

https://www.asahiculture.jp/shinjuku/course/6eaefcb3-dbfb-4b57-e571-59ee90f6e4f1

 

*こちらの講座は、朝日カルチャーセンター 朝日JTB・交流文化塾の主催です。

講座に関するご質問やお申込みにつきましては、新宿校03-3344-1941および上記ホームページからお願い致します。

 

 

 


2017/12/08

短期間で「スラスラ」と勉強ができるようになった高校生を見て「なんでこんなに短期間で変わったのだろう?」と考えます。

 

そこで思いついたのは「脳のネットワークで未来の自分とつながっている」という可能性なんです(また、アホなことを言っているぞ〜!)。

 

以心伝心(言葉を使わずに、互いの心から心に伝えること)や虫の知らせ(人の体内に住む虫が近しい人の死や災害などのニュースを教えてくれるというもの)などが昔からあります。何年も会っていないクライアントさんのことを思い出したら、そのクライアントさんから次の日に電話がかかってきた、なんてことがしょっちゅうあります。

 

これはインターネットの無線LANのように脳と脳が現代の科学で測れない周波数でつながっており、ネットワークが作られているのでは?ということを考えます。

 

そして「現代の科学で測れない」ということは「もしかしたらそのネットワークのスピードは光よりも早くて時空を超えるのでは?」と考えます。要するに「過去の人」でも「未来の人」にも相手に注目を向けることで繋がることができちゃう。

 

私たちが過去を振り返る時って「記憶」を多々辿っているだけ、と思っていますが、実際は「過去の自分の脳とつながっている」という可能性。

 

ここでも何度か書いていますが、高校の英語の成績が2だった私が留学して、全寮制の大学に入って、キャンパスを「大丈夫かな?勉強なんかできないぞ!」と思って歩いていると、頭の中で「大丈夫だよ!ちゃんと卒業できるから!」と優しい言葉が聞こえてきて「お!神の声か!」と感動したことがありました。

でも、卒業式の時に、同じ場所を歩いていた時に「あ!そういえば入学式の時にめちゃくちゃ不安になっていた自分がいたんだっけ!」とその当時の自分を思い出して「大丈夫だよ!ちゃんと卒業できるから!」と心の中で声をかけてあげた時に「あ!あの時聞こえたのって自分の声だったんだ!」ということに気がつきます。

 

このような体験をされてきているクライアントさんをこれまでたくさん見てきました。

 

入学式の自分は脳のネットワークを通じて時間を超えて“未来”の自分につながっていた、ということ。

 

高校生の話に戻しますと、真面目に「自分の内面を見つめて真実を極めるために勉強します」という“目標”を掲げていた時に、ご本人は「ちっとも勉強をする気になれないや!」となっていたのは「未来の自分」につながっているから。

 

その高尚な目標を掲げた時に、周囲からは“嫉妬”の攻撃をされちゃいます。

友達からは「何をバカなことを言っているの?友達もろくすっぽ作れないのに、真実なんか極められるわけがないじゃん!」と否定されて、除け者にされちゃいます。

教授からは「お前は現実がわかっていない!」と否定されて、どんなに内容が素晴らしい論文を書いても「根拠が薄いから却下!」となってしまうんです。他の子達が出している論文なんて内容は薄っぺらくてほとんど何もないのに「なんで?」と悔しい思いをして、どんどん落ちていきます。

 

人から蔑まれて、踏みにじられ、という経験をしている未来の自分。

そんな自分が「真面目に勉強なんかしないで、その時、その時を楽しめばよかったのに!」と後悔をした時に、それが過去の自分の脳とつながって「勉強なんかしても意味ないぞ!」となります。

 

要するに未来の自分が勉強をして受けた精神的負荷を現在の自分が請け負ってしまった時に「うつ状態で勉強なんかできやしないぞ!」となるわけなんです。

 

ここで「嫉妬されない目標に変えちゃいましょう!」ということで「真っ赤なフェラーリに乗りたいから勉強をします!」にします。

 

すると、未来の彼は、友達にこれを言った時に「いいね〜!あんた真面目そうなのに面白いね!」と話が広がります。

 

教授に「なんで勉強をしたいんだ!」と聞かれた時に、それを答えたら「お〜!そうか!」と教授からも嫉妬の攻撃を受けずに論文もすんなり通って「精神的な負荷が少ないかも!」という未来の自分。

 

未来の自分からの精神的負荷が伝わってこなくて、むしろ「勉強ってみんなから認められるツールとして楽しいかも!」となって行って「勉強がスラスラできるかも!」という感じに変わっていく、というふうに考えられるんです(これを書いている時にサラ・オレインの「The Final Time Traveler」がずっと頭の中に流れています)。

 

だから「やりたいことができない!」ということになっている時は「それを達成しようとしている時の、周りからの嫉妬の攻撃により未来の自分の脳の負荷がものすごい!」となっている可能性が。

 

「え?私のやりたいことって掃除だけなんですけど!」

 

もし、未来の自分が「美しく、綺麗に生きたい!」という目標から、掃除を完璧にやって、部屋をピカピカにしてしまったら〜!

お母さんの脳とつながって「ずるい!私なんかあんた達のせいで忙しくて掃除も綺麗にする時間もなかったのに!」と嫉妬されて「ビビビッ!」の電気ショックを受けて精神的負荷がかかり「これだったら部屋を綺麗にしていない方が楽だった〜!」となるから。

 

これを「部屋を綺麗にして男を誘い込むために掃除をするんじゃ!」としてみると「あれ?精神的負荷がない!」となるから面白いです。高尚なものにしか嫉妬は発生しないので「男を誘い込むために」なんて下世話なことにしておけば、母親の脳につながっても「お主も悪よの〜!」となり「いい加減にしておきなさいよ〜!」というぐらいで去って行きます。

 

ここで「目標を半分に折り曲げる」という話につながってくるんです。

 

目標が高ければ高いほど、未来の自分が受ける嫉妬の負荷がかかります。

 

だから「長続きしない!」とか「すぐに諦めちゃう!」という現象が起きると思ってみると興味深くなります。

 

「目標を半分に折って」というのは「嫉妬の発作を誘発しないで、精神的負荷がかからないレベルまで下げる」という意図があるんです。

 

もう一つの方法は「求めているものを下世話なものに変換して嫉妬されないものにしてしまう」です。

 

「真っ赤なフェラーリ!」とか「男を誘い込むあり地獄を作ってやるんじゃ〜!」など。

 

下世話な目標集は結構面白いです。

 

(つづく)

 

 


2017/12/07

「真っ赤なフェラーリ」の高校生がどんどん勉強ができるようになった!とびっくりします。

 

いちばん最初にお会いしたときは「引きこもりの少年!」という感じでした。

 

でも、どんどん変わっていって「お〜!イケメンの青年に変わったかも!」とびっくりします。

 

容姿が変わったんですよ!めちゃくちゃいい男に!!すご〜い!

 

それまで、漫画、ゲームばかりやっていて「ちっとも勉強ができない!」となっていました。

 

毎回、お父さんからは「息子の状況レポート」と称して4000字ぐらいの「息子がいかに生活パターンが乱れていて、受験生としての自覚なく、勉強をしていないか!」というのが私に送られてきて「ひえ〜!すみませ〜ん!」となります。

 

「息子は夕方まで寝ていて、そしてキルケゴールの「死に至る病」をずっと読んでいて、全く勉強をせず」なんてことが書いてあって「うわ〜!大変だな!」という感じになっていました。

 

ここで「大変!」というのは、普通の専門家だったら「親が過干渉すぎるから大変!」ということになります。

 

そんなに観察されていたら、もし脳のネットワークが存在しているのだったら、お父さんの息子さんに対する「お前なんで勉強しないんだよ!」というダメ出しが常に響いていることになる。そのダメ出しの連続から息子さんは「ストレスが多すぎ!」となって脳の負荷がかかりすぎているから、勉強なんて手につけられないはず、という解釈ができます。

 

私も正直な話「親の過干渉から逃れなければ、この状況は打開できないかも?」という仮説を立てていたので「全寮制の塾に行こうか!」いうことを勧めていました。

 

でも、この高校生の頭はものすごいシャープだから、これまで見えなかったことが見えてきたんですよね。

 

彼は「勉強することに意味を感じない!」とおっしゃっていました。

 

これって「確かにそうだよな!」と思うところはあります。

だって、知識って、本を読むだけでも十分にできるし、学校の勉強ができたところで「何になるの?」という疑問もあるし、どちらかというと学校って「社会に適応するための“社会性”」を身につけにいくところ、という認識があります。

 

でも、今って、SNSなどでいろんな人と繋がることができるし、これからの“社会性”ってSNSがコミュニケーションの主流になることで大きく変わるはずだから「学校での勉強って確かに意味がないのかも?」と思ったりするんですよね。

 

ここら辺の私の考えが後になって「浅はかだったかも?」ということがわかります(浅はか、とは“思慮の足りないさま”のことです)。

 

この高校生に「なんのために勉強をするの?」と質問をした時に「勉強によって自分の内面を見つめて真実を極めるため」とおっしゃいました。

 

これに対して、昭和初期の学生だったら「うん!うん!わかる!」といって他の学生から共感してもらえたかもしれません。

 

現代の学生がこれを聞いたら「何この子〜!変じゃない!キモいんですけど〜!」となってしまいます。

 

時代が変わって、価値観が変わってしまって、真実に近いもの、高尚なもの、礼儀正しくて高貴なものが「キモい!」と攻撃されてしまいます。

 

「なんでそうなってしまったのか?」ということをちゃんと書いてみたいのですが、そんなこと真面目に書いちゃったら「この人本当にキモいんですけど!」と総攻撃を受けちゃいますから、ここは「なんでそうなったのかよくわからな〜い!」としておきます。

 

最近では「謙虚」に振る舞うと、相手は「自分よりも下の立場」と認識して攻撃対象になってしまいます。

そして、謙虚に振る舞った人を土足で踏みにじるようなことをするんですよね(いい世の中だ〜!)。

 

(つづく)



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