2020/05/28

およそ2ヶ月ぐらい、ずっと家にいたので「あー、車の運転がしたいな〜」と楽しく運転をしていた時のことを思い出していました。

 

ハンドルを握ってアクセルを踏んで、そして目的地まで外の景色を楽しみながら車で走る。

 

う〜ん!いいな〜。

 

車で走りた〜い!

 

私の車の思い出は、小学校の夏休みに千葉のおじさんのところに泊めてもらった時に乗せてもらった軽トラックですかね。

 

おじさんが、上機嫌で演歌を歌いながら、海水浴場にある海の家にアイスクリームを配達に行く。

 

私は、その助手席に乗せてもらって、窓から入ってくる潮風を胸いっぱいに吸い込みながら、外の風景を眺めていた。

 

軽トラックのエンジンの振動がシートを伝わって身体に響いてきて「あー、車に乗って走っているんだな」という実感を与えてくれていた。

 

いつか、自分も運転ができたら、とおじさんのことを尊敬の眼差しで見ていた。

 

そして、私は、そんなおじさんと一緒に走った道を目指して、ハンドルを握ってアクセルを踏んでいる場面を思い出している。

 

思い出は、思い出すだけで、いつでも素敵な場所に私を連れて行ってくれる。

 

 

ツイッターで「内省」を書き込んでくださって「すごい!」とちょっと感動しちゃいました。

 

本当に「内省」と唱えるだけで「どんどん内省ができるようになってきた」と面白い展開に。

 

私は子供の頃から「人から馬鹿にされる!」と思っていました。

 

いつも、人からナメられて、そしてちょっかいを出されていじめられる。

 

電車で通勤をしている時も、変なお兄ちゃんから「ドン!」と突き飛ばされて、相手は謝らずに私の方を睨みつけてくる。

 

朝のそんな不快な体験がずっと頭から離れないで「ムカつく!なんで私ばかりこんな目に合うんだ!」と怒りが消えない。

 

ある時、原宿の駅を降りたら「あ!背中にお絵かきがしてあるおじさんが真っ黒なスーツを着て歩いている!」と興味を持って観察していた。

 

ものすごく体がデカくて、ガニ股で道の真ん中を歩いて、前から歩いてくる人を突き飛ばしながら、ただひたすら真っ直ぐ歩いていく。

 

当時は自動改札機が無くて、駅員さんが切符を回収していたが、お絵かきのおじさんは、ガニ股で堂々と改札をスルーして、駅員さんは何も言えない(去っていくお絵かきおじさんを振り返りもしませんでした)。

 

すげ〜!

 

絶対に関わりたくないけど、あんな風にしたら人から舐められないよね!

 

駅員さんもお巡りさんもスルーでしたね。

 

あの様子だと、乗る時も切符買ってないよね!

 

ちょっとだけツッコミたかったのは「そんなに偉そうにしているんだったら電車じゃ無くて車を使えよ!」でしたね。

 

多分、あのお絵かきおじさんが、乗客や駅員さん、そしてお巡りさんまでが「あの人とは目を合わせられない」という状態まで極めるには「全てを破壊する怒り」というものが必要になります。

 

そこで、私の怒りとあのお絵かきおじさんの怒りを比べた時に「怒りが足りない!」となるわけです。

 

中途半端に「いい人」を演じていて「全てを破壊したい」とは思い切れないから「半端な怒り」しかなくて、その半端な怒りが周りの人たちの怒りを誘発して「みんな私に失礼な態度を取る!」となっていたわけです。

 

「いい人」を止める努力をしてみたけど「やっぱり人から“悪い人”って見られるのが怖い」と全て中途半端になってしまう。

 

そして、人から馬鹿にされて、搾取されて、盗まれて、そして捨てられる。

 

そして中途半端に怒って、その怒りに相手が反応して、ということの繰り返しで「自分は何も変わらない!」ともがき苦しんでいました。

 

そんな時に「内省」の力を知ります。

 

自分が求めていたお絵かきおじさんの力とは真逆のような気がしていましたが「内省」をしていくと「あれ?怖くない!」と面白いことが起きます。

 

「内省」って自分のダメージをちゃんと受け止めるから「どんどん弱い人間になっちゃうんじゃないの?」と思っていたけど、「内省」をすればするほど「怖くない!」となるから面白い。

 

「内省」をする前って、人の視線を感じたら「私のことを馬鹿にしている!」と自動的に思ってしまって、実際に馬鹿にされて、搾取されてしまう。

 

「内省」をするようになったら「自分の視線の威力を感じられる!」と面白いことが起きます。

 

視線の威力で、相手を威圧して黙らせて、ビビらせることができたら、とあの原宿のお絵かきおじさんを見て思っていたけど、「自分がイメージしていたのと違っていた!」ともっと面白い効果が「内省」をしていくと得られる。

 

戦う必要が全然無くて、エネルギーがどんどん自分の中で増幅していく。

 

相手のエネルギーと自分のエネルギーが融合して、それまでに感じたことがなかったエネルギーを自分の中に感じていくことができる。

 

あの原宿のお絵かきおじさんって、周りの人たちに恐怖を与えて、それを「破壊する怒りのエネルギー」に変えてガニ股で歩いていた(恐怖で孤独が刺激されて発作を起こすから、破壊的な人格になり続けられるということ)。

 

「内省」で、相手の怒りの目の奥にある「弱さ」と自分の弱さが融合して、無限のエネルギーを無意識が生み出すことができるようになる。

 

うん!こんなふうに考えてみると、やっぱり「内省」って環境に優しいエネルギーだけど、ものすごいパワーがある。

 

怒りのエネルギーを使いたくなったら「内省」と唱えるだけで、新しいエネルギーが使えるようになって、人の視線が変わってくる。

 

それがものすごく面白いんです。

 

(つづく)

 

いつも人のことばかり考えて凹んでしまうあなたが「ま、いっか」と思える本(永岡書店)のアマゾンのレビューを書いてくださってありがとうございます。

 

他人の気持ちを考えるのをようやくやめられるかも???と書いてくださってありがとうございます。「心の距離感が近いって目からウロコ」って本当にそうですよね。これは私もびっくり。自分は人との距離は適切に取れている、とマジで思っていたから。カフェの席の話は分かります〜。それと一緒って衝撃的ですよね。人の気持ちを考えてる、って気が付くのは素晴らしい。「内省」を試してくださってうれしいです。主役になったら、わき役に嫌われたところで、どんどん脇役の代わりはいるって、すごい!「私は主役」っていいですね。体と心は素敵につながっています。自分の中心と相手の中心を合わせるは同じです。「内省」に共通して「弱点を自覚する」ですよね。そして内省を極めていけば、本当に細い一本の線になってやがて小さなドットになる。どんどん自由になっていきますね。楽しみ!

 

感謝!!

 

大嶋 信頼

 

 

 

 

 

 

 



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