2019/08/20

宗教心理学の時に「わからない」と言えるようになって、何が一番楽になったかというと、人間関係だった。

 

それまでは、正しい英語で正しいことを話さなければいけない、と心のどこかで思っていたのかもしれない。

 

間違ったことを言うと、親から殴られ、友達からは「ダメ人間」と囃し立てられて泣かされていたから。

「間違っちゃいけない!」と常に思っていたのかもしれない。

 

だから「正しい英語が出てこない!」そして「自分の思っている正しいことが英語でうまく表現できない!」ということで「うまく喋れない!」となってヘラヘラしているアジア人、になっていた。

 

私がよく思っていたのは「あー!白人に生まれたかった!」と。

白人に生まれていたら、こんなに英語で苦労しないで自分の思ったことを表現できるし、みんなと仲良くなって楽しく過ごせるんだろうな、と夢見てしまう。

いや、本当に「いい加減にしろよ!」と思うぐらい、しょっちゅうそんな夢を見ていた。

まるで自分に別人生があったかのように。

 

でも、現実は、英語がへたっぴなアジア人で、シャワーを浴びるときだけ「おまえ!白人よりもケツが白いな!」と言われるぐらい。

 

自分でも非常に興味深かったのは「おい!日本ではみんなと同じ日本人だけど、お前はイケていたのかい?」と自分に問いかけた時に「全然イケてなーい!」という答えが自分の中からすぐに返ってくる。

 

みんなが会話をしていて自分が喋ると「会話がしらける」という自覚がすごくあったから「ジョーク集」という本をたくさん読んでいた。たくさんジョーク集を買って読んでいたのだが、それが全て「ユダヤ人のジョーク集」だったから「日本人が全然理解できない!」となってアメリカでも「はい?」という感じになって「自分には笑いのセンスがない!」と落ち込む。

よくよく考えたら「日本人にユダヤ人のジョークは文化が違うから通じないか!」とちょっと考えたらわかることなのに、なぜかそんなアホな選択をしてしまっていた。

 

だから「あいつは変わっている!」と思われてしまって、人から距離を置かれてしまう。

距離を置かれてしまうと「私が気持ち悪い存在だから人から嫌われる」と私は解釈してしまって、自分の殻に閉じこもる。

 

臭い、汚い、人から忌み嫌われる存在なんだ、と子供の頃から思っていたことが現実になっている、と私の中では思ってしまって苦しんでいた。

 

それが「わからない!」と自分の中でも人に対しても言えるようになったら「あれ?人間関係って楽じゃん!」と思えるようになったのは不思議。

 

「わからない!」から人の話をよく聞くようになる。

私は「わからない!あなたはどう思ってるの?」と質問をすると、相手は内面を丁寧に話してくれる。

 

それまでは、自分は相手のことを見ただけで相手の気持ちも考えていることも「わかっている!」と思っていた。

でも「わからない!」で人の話を聞いてみると「あれ?私って全然人の気持ちがわかっていなかったかも!」ということが見えてきてしまった。

 

みんなイケていて、友達と楽しそうに過ごしている、と思っていたら、「わからない!」と相手の話をよく聞いてみると「え〜?みんなそんなに孤独なんだ!」ということがわかってくる。

 

どんなに仲良くしていても、それが表面的であることを、外見では「イケている」と見える連中は知っていた。

あんなに仲良く楽しそうに見えて「羨ましい」とずっと思っていたのに、彼らの内面を見てみたら「孤独」そのもの。まるでブラックホールをのぞいているような感覚になってしまう。

 

え?あんなにかっこいい顔をしていて、女の子から声をかけられたりしてバラ色の人生に見えるのに!中身は孤独。

 

金髪のかっこいい子たちが「親友」に見えても、「わからない!」と彼らの話を聞いてみると「そこには中身がないし、続かないことを知っている」という虚しさをちゃんと感じていた。

 

白人になりたいと思っていたが、「わからない!」で彼らの気持ちを聞いてみると、そこには孤独というブラックホールが広がっていて、私にはそのブラックホールが耐えられそうにもない。

 

もしかしたら、うちの学校だけがおかしな子が集まっているのかもしれない、と思って、外で話を聞いてみるのだが「やっぱり虚しい」というのが答えだった。

 

「わからない!」で、私はとんでもないことを知ってしまったぞ、とちょっと怖くなる。

 

以前、物理の教授から「日本人は団体になると能力は欧米人よりも高いが、個人になると欧米人の方がはるかに高い」と言われたことを思い出した。

 

欧米人はこの「孤独」があるから集中力が増して個人能力が上がるのかな?とアホなことを考えてたりしていた。

 

私は、日本で嫌われて、気持ち悪がられて、そしてバカにされてきた、と思っていたので、私ほど孤独を感じている人間はいない、と思っていた。でも「わからない!」で聞いてみたら「おい!おい!たくさんいるじゃん!」とショックを受ける。

むしろ、この人たちは、私よりも孤独なのかもしれない、と思えるのは、話を聞いてると、本当に真っ暗な宇宙空間を漂っているような感覚になるから。

 

これが個人主義というものなんだ、と衝撃を受けた。

 

自分は白人と同じように英語が喋れるようになれば、この孤独から解放されるだろう、と思っていたのだが、それは間違っていたみたい。

 

喋れるようになればなるほど、表面的な付き合いが増す。

表面的な優しさで心の触れ合いがないことから孤独が自分の中でどんどん膨らんでいく。

孤独だから、カウンセリングが必要な社会なんだろうな、ということを実感した。

 

私が日本で感じていた「孤独」とは明らかに違う孤独がそこにあった。

 

(つづく)

 

 

 

 

 



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