2019/07/13

どこかの本に書いたことがあるのですが、期末テストの勉強を図書館でしている時に「本を読みながら立ったまま寝てしまった」という体験をしたことがあります。

試験は1週間続き、テスト範囲がものすごく広いので「眠る時間がない!」となって、だいたい試験週間の後半になると、みんな寮の廊下に座って勉強をして、明け方になると、たくさんの生徒が廊下で力尽きて倒れている。

 

私の場合「人がいると気が散る」となるので、試験週間は朝まで開いている図書館で立ったまま試験に出てくる西洋文学を読んでいました。そしたら、気がついたら「あ!寝てしまった!」となっていたのですが、寝ている間に「へー!この本ってこんな風になっているんだ!」と楽しく夢の中で勉強をしています。「そうか!この文章はこんな意味があるんだ!」と気づきがいっぱいあって「うわー!西洋文学って面白い!」となっていて「はっ!」と気がついたら私は立ったまま寝ていて、本のページは全く進んでいなかった。

 

慌てて、試験会場に行って、試験を受けたら「あー!夢の中で勉強をしていた内容が書いてある〜!」とびっくり。「楽勝じゃん!」というのが夢でないことを祈りつつ、試験問題を解いていた。

そしたら、あの夢の中で「そうか!」と気づいた問題がそこにあって「びっくり!」。

「これってすごいぞ!」という展開。そして、テストが返ってきた時には「これまで取ったことがない点数だ!」と喜んだのですが、他のテストの点数がひどかったので「あーあ!あの夢の中の学習が使えたらな〜!」と思って興味を持ったのが「催眠」だったんです。

 

でも、学校には「催眠」という題名の本は一冊も置いてありませんでした。

先輩に尋ねたところ「悪用する奴がいるからじゃない?」と言っていた。

 

宗教心理学の時間に「宗教団体は心理学を使ってもいいのか?」という課題で議論をしたことがあり「人を催眠とかにかけて宗教に誘導するのは間違っている!」というのが大多数で、私は少数派で「心理学の何が悪い!」という立場を取っていました。

 

みんなのイメージとしては「催眠などは、誘導して人に暗示を入れるが、宗教は素晴らしい!と思わせるのは違うのでは?」という感じであったのだと思います。私の立場は「心理学でこれまで様々な思い込みから解放されたら”真実”が見えるのでは?」という立場でした。

 

誘導するのではなくて、解放するのが心理学のはず。

それは、あの図書館での体験がものすごく大きく影響していました。

なぜなら、私には「いくら勉強を頑張っても成績を上げられない!」という思い込みがあったから。

立ったまま寝てしまったあの時に、私はその思い込みから解放されて自由になれた気がした。

 

そして、意識的な限界を超えて、その思い込みから解放された時に、私の中にある不思議な力が使えたような気がしたから。

 

それって誰かから暗示を入れられたわけでもなく、自分で思い込もうとしたわけではなかった。

 

ただ「一生懸命に勉強をしなきゃ」という自分の意識の限界を超えてしまって、眠りの中で意識の向こう側にある真実に触れられた気がしただけ。

 

実際に精神科のクリニックで働くようになって「自分の勉強してきた心理学の限界」を感じることになりました。

 

「相手の話を親身になって聞けば、相手が心を開いてくれて、お互いに変わることができる!」という考えがあったのですが「ちっとも相手の悩みが変わらないぞ!」という壁にぶち当たります。

 

真摯に話を受け止めて聞き続ければ、苦しんでいる人は、その苦しみから解放されるはず!と思っていたのですが「なんで?」という感じで私は苦しみ始めます。

 

そんな時に、私があの図書館で体験した時のことを思い出して「あ!あれって催眠状態だったのでは?」と気がつきます。

 

それだったら「催眠療法を勉強してみよう!」と思って池袋の本屋さんに行って、一番最初に手に取った本が「現代催眠入門」でした。

 

あの本を読んだ時に「あれ?これって宗教心理学の時のディスカッションで言っていたような、誘導とか暗示を入れて人を操作している感じがない!」とびっくりします。

 

あの本を読んで、私は何かから解放されて、「あ!あの図書館の時の体験をしているみたい!」という感じで、何かの思い込みから解放されて自由になっていく感覚が私にはあったんです。

 

そう、寝ている間に何かがなされていく感じ。

 

そして、幾つもの夜を体験していくうちに「あれ?自分が変わってきた」という不思議な感覚があの催眠の効果でした。

 

催眠のお師匠さんのところで、ムニャムニャと物語のような話を聞かされているうちに、いつの間にか深い眠りのような状態に入ってしまって、そして起きた時に「何も変わっていないじゃないか!」となるんです。

 

でも、一晩寝て、二晩寝ている間に、あの図書館での体験のように、私の記憶にはないところで、私は私の思い込みから解放されていき、いつのまにか自由になっていました。

 

そして、それまで私は精神科のクリニックで仕事をしていて「相手の問題」ということしか見えなかったのが、いつのまにか「その苦しみの向こうにある才能」というものが見えてくるようになります。

 

人の気持ちばかり考えて苦しんでいる人の中には「想像する才能」が見えてきます。

 

「え?私にはそんな才能はありません!」と否定されるのですが、人の気持ちから自分の心の中に注目をシフトした時に「あ!結構、創造性があるじゃん!」と見えてきます。

 

心配性で「お腹がイタタ!」になってしまう方が「期待させる才能」があることが見えてきたりします。

 

「そんな期待させるだけで自分には中身がないじゃないですか!」と不満に思われるかもしれませんが、相手の期待に応えようとしないで、中身を空っぽにすればするほど、どんどん人の期待で満たされて「どんどん高みへと登っていく!」という状態になります。

 

「催眠は誘導するもの?」

 

少なくともお師匠さんの催眠は違っていて、私が図書館で体験したような感じ。

意識的な思い込みから解放してくれて、無意識の力が使えるようになり、それまで見えなかったものが見えるようになり、わからなかったものが、分かるようになってきます。

 

意識では「私には見えません!」とか「私にはちっともわかりません!」と思うんです。

 

でも、その意識の裏に働いている、無意識は「見えるでしょ、ほら、心の目で見てごらんなさい」と優しく囁いてくれます。

 

そうなんです、幾つもの夜を経て、その浅い眠りと深い眠りの中で様々なことを体験していて、それまで見えなかったものが見えるようになっていて、わからなかったものが分かるように変わっていくのが、私にとっての催眠療法なのかな?と思っているんです。

 

これまで私が書いてきたどの本にも催眠的なアプローチが入っているのは、あの図書館での体験が私にとってとても大切なものだったから。

 

そして「催眠ガール」ではそんな私の催眠のイメージを小説にしたためました。

 

催眠って決して特別な方法じゃなくて、誰でも簡単にそして安全に使えちゃう。

 

その催眠は相手を変える為のものではなくて、相手と自分がお互いに自由になるもの。

 

「催眠ガール」の主人公が私の中に働いて、私の様々な思い込みから解放し、自由にしてくれました。

 

「催眠ガール」を書き終えて、幾つもの夜を経て、いまだにあの主人公は私を束縛から解放してくれて自由にしてくれている。

 

そして、その主人公はみなさんの心へと旅立とうとしています。

 

 

いつも、応援してくださってありがとうございます。

 

大嶋 信頼

 

見ない、聞かない、反省しないーなぜかうまくいく人の秘密(SIBAA BOOKS)のアマゾンのレビューを書いてくださってありがとうございます。

 

井伏鱒二の「山椒魚」を思い出しました、と書いてくださってありがとうございます。ここで「山椒魚」を持ってきますか!すごい!びっくり!孤独から発作を起こして破壊的な人格に変身。そして、孤独での一体感のこの流れは美しい。書いてくださったカエルの最後の一言が泣けてくる。山椒魚って醜い姿の生き物の象徴のような感じがしていて、自分とすごく重ねやすい。自分はカエルなんか閉じ込める意地悪なことはするわけがない、と読む前は思うのだが、閉じ込められて、外の世界を見て孤独を感じる山椒魚の心理的な描写を読んでみると「自分もこんな状態だったらやってしまうかも」と共感する。また、小物の象徴のような生物であるカエルにも自分を重ねて、生意気だったあの頃の自分が浮かんでくる。そして、最後に孤独の一体感を疑似体験してくれる素晴らしい一冊ですね。井伏鱒二さんは、あの当時からこの孤独と嫉妬の仕組みを知っていたのでしょうね。無意識の力って本当に面白いです。物語を作り出している時って、無意識が働くから、真実が見えてくるのかもしれません。しかし、すごい。

 

感謝!!

 

大嶋 信頼

 

 

 



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