2019/02/04

ある小学生のお子さんが、他の子供と話しをしていて「え?なんでそんなこともわからないの?」という言い方をしてしまった。

すると、相手の子が「なんだ!バカにするな!」と怒った。

それを見ていた先生が「ダメじゃないか!そんな言い方をしちゃ!」と「なんでそんなこともわからないの?」と伝えた小学生をたしなめた。

そして、先生はその子の親に「この子はイキっている」と報告したんです(イキっているは、「調子に乗っている」とか「粋がっている」という意味で関西地方で使われる言葉です)。

 

学校では「みんな平等」って教えられるわけですね。

だから「自分が理解できるんだったら、他の子も自分と同じように理解できるはず」と思ったから「え?なんで理解できないの?」となったわけですね。

 

理解できなかった子供は、それを言われて「理解できないことをバカにされた」と勘違いした。

小学生のお子様は、全くバカにしたつもりはなくて「自分に理解できるものだから、あなたにもできるでしょ」と本気で思っただけ。

 

理解力に差があることを教わっていないから、こんなことが起きちゃう。

 

そして、先生の解釈がとっても面白い。

「この子は他の子よりも勉強ができるから調子に乗っている」という解釈。

 

どうして、先生がその小学生に対して、そんな反応をするのか?

その答えはみなさんはわかりますよね。

 

私が小学生の時は「みんな自分よりも勉強ができてすごい!」と思っていましたね。

勉強ができなくてみんなからバカにされていて、そしていじめられていた。

「悔しい!」と思って「勉強して見返してやる!」と思ったけど、実際に机の前に座ると全く集中できずに時間だけがただ無駄に過ぎてしまう。両親から成績が悪いことで叱られて「自分の人生は真っ暗だ!」となっていた。

 

あの小学生の時に私は自分の人生が見えていた。

高校受験も失敗して、そして大学も行けず、両親から絶望されて真っ暗な人生を歩むって、あの当時ははっきりとわかっていた。

 

あの真っ暗な小学校の頃に住んでいた環境は、標高87mでした。

高校は標高4mの所に通って、そして、大学は標高298mの寮に住むことになります。

現在住んでいるアパートが標高3.7mの所に建っています。

 

お師匠さんのオフィスがあった高田馬場駅は標高22.5mでしたね。お師匠さんのオフィスは坂を上ったところだったので標高が24mでした。

私は標高3mのアルコール依存症のクリニックからお師匠さんのところに通っていました。

その当時住んでいたアパートが標高35mでしたね。

 

ちなみに、私が初めて室長を務めさせていただいた原宿相談室の標高は21.1mでしたね。

 

こうやって高低差を書いてみると「なるほどな!」と自分では納得するんです。

どこが一番自分にとって心地が良かったか、ということ。

 

この標高の数字で私の中に立体的なジオラマを作り出してくれる。

そして、小学生の頃の私が見えなかった未来が見えてくる。

 

だから、心に数字を聞いて、周りの人たちの立ち位置と、自分の立ち位置を客観的に見れるようになると面白いことが起きちゃいます。

 

小学校の頃にこれを知っていたら、私の人生はどうなっていたんだろう?と想像しちゃいます。

 

「あ!これって嫉妬なんだ!」と起きている自然現象が客観的に見て取れる。

 

それに怯える必要がなくて、むしろそれが起こらない標高まで自分が到達すればいい、ということを無意識にやるようになる。

 

そうなんです。

ただ、心に数字を聞いて、データを収集するだけで、自動運転になって、本来の自分に戻るための行動をするようになる。

 

知能の補完と私は呼んでいる作業が必要になるんです(補完とは、蔑まれて潰されてしまった能力を取り戻して完全にすることです)。

 

(つづく)

 

 

 



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