2019/02/01

暗示から解かれた私。

 

昨日もある人と話をしていて、催眠のお師匠さんの話が出てきて。

「あ!お師匠さんって”あと4年で50歳になったら小笠原に移住する”とおっしゃっていたな」と思い出していました。

私は心の中で「いや!師匠が引退しちゃダメでしょ!」と思いながら、口では「いいですね〜!」と言っていた(恐ろしい〜!)。

 

私がもしかしたらお師匠さんが小笠原に移住するのを邪魔してしまったのかもしれない、とちょっと申し訳ない気持ちになっていた。

あんなに昔の話なのに。

でも、それも時にかなってすべて美しい。

キラキラとした小笠原の海辺でお師匠さんが戯れている。

 

知能のジオラマの話の続きです。

 

この「知能指数のジオラマ」を作る、という方法は「これってダメでしょ!」と思う人がたくさんいるかもしれません。

 

だって「みんな平等!」である必要があって「人に上下をつけてはいけません」というのが最近の流れですから。

 

でも、親や教員などの大人たちから暗示を入れられてしまって、劣等感を感じている子供たちは平等?

 

今朝、たまたまテレビをつけてしまったらニュースで10歳の子が「父親からぎゃくたいされています、助けてください」と書いたアンケートを教育委員会が父親に見せてしまった、と言っていた。もちろんニュースになるのだから、その女の子はすでに旅立たってしまっていた。教育委員会は、児童相談所に子供が保護されたことに納得がいかない父親に脅され、恐怖感から開示してしまった、と説明している。

 

このニュースを聞いた時に、なぜか涙があふれてきた。

 

私は小学校低学年の頃に、日曜日の教会学校のメガネをかけた賢そうな先生に優しく接してもらっていた。

私はその先生を尊敬していました。

 

ところが、ある時に、いきなり寝ていた私を両親が叩き起こして「お前!あの先生があの子は頭がおかしいって言ってたぞ!」と言われてショックを受けます。なんだか悔しくて涙が溢れてきたら「なんで泣くんだ!」と父親からひっぱたかれます。「お前が落ち着きがないからだ!」とさらにひっぱたかれて、と私の記憶はそこから消えている。

 

みんな平等。

 

みんな一緒。

 

他の人はみんなそうかもしれないけど、自分は誰よりも頭が悪くて、誰よりも醜いし、汚い、と思っていました。

 

人間には「恒常性」という厄介な機能があって「真ん中に戻す」という力が必ず働く。

 

だから「誰よりも頭が悪い」と思えば思うほど、その反対の「すごい才能が隠れているのかも?」と思ってしまう自分がいてそれがものすごく恥ずかしい。「自分は醜いし汚い」と思えば思うほど、その逆の「隠れた美しさがある」というのが自分にあるのがものすごい惨め。現実との開きを感じるから、自分が思っていることがただの妄想であることを感じるようになる。

すると、自分はどんどん本当に頭がおかしい人になっていく。

 

こうして自分のイメージが歪めば歪むほど、私は「信じちゃいけない人を信用してしまう」となっていました。

一番は「いじめっ子について行ってしまう」でした。

 

信じて裏切られて、泣き続けるのですが、また、同じことを繰り返して裏切られる。

「そんなの信用するあんたが悪い!」と大人から言われる。

「だまされるあなたが悪い!」って。

 

そこで登場するのが「知能のジオラマ」ですね。

 

「心よ!私と心の間に邪魔がある?」と聞くのは「劣等感」という意識的な思い込みをまず排除する必要があるから。

 

「ない!」と返ってこない限りは「あり!」なので「心よ!誰が邪魔をしているの?」と問いかける。

 

そして、私の中でフッと母親の顔が浮かんだから「心よ!母親からの邪魔を排除して!」とお願いする。

 

この「心よ!」というのは「思い込み」から解放されるため。

 

「思い込み」というのは「意識」で脳の神経活動が過多になっている状態。

 

その神経活動を沈めて自問自答するために「心よ!」を使う必要があるんです(脳を落ち着かせて聞く、という効果です)。

 

「あんたは醜い」とか「あんたは頭が悪い」と暗示をかけてくれた人の邪魔を排除、とは、その人たちのフィルターを排除してから現実の世界を見る、ということです(フィルターというのは脳が興奮する種みたいなもの)。

 

そして「心よ!私の知能指数を教えて!」と聞きます。

 

これが「自分の位置を確認する」という作業になる。

 

そして、自分の周りの人たちの知能を確認してみます。

 

そうすると頭の中に自分の周りの地形がマッピングされていきます。

ここでの「マッピング」とは地形を立体的に頭の中で作り出す、ですね。

 

すると平面上の地図では見えなかった「落とし穴」がはっきりわかる。

 

立体的にしてみると、意外と平坦に見えて、そこに落とし穴がちゃんと存在していることが感じられるから「あ!あそこには近づいちゃいけないんだ!」と近づかない。

 

そびえ立つ大きな壁があるように思えていたけど「あれ?なだらかな斜面だった」という感じで、いつのまにかそこに登りたくなって、そこから見える景色をいつのまにか眺めて「こんな風景なんだ!あんなに高いと思っていたけど」という感じになる。

 

発達心理学の実験で、生まれてしばらくしてハイハイをするようになった赤ちゃんが立体的に表現された机の上をハイハイしていて崖のように描写がされたところにたどり着くと「あ!ちゃんとそこで止まるんだ!」となる。

 

ちゃんと立体的に表現されていれば「危ない!」とちゃんと自分で止まることができちゃうんですよね。

 

そして、高いところに登りたくなるのがあの赤ちゃんなんです。

 

平面の底辺で這いつくばって生きているような感覚が私にはありました。

 

このまま私の人生は絶対に変わらないって。

 

その反対に浮かんでくる夢見る夢子ちゃんのような感覚がさらに自分を惨めな気持ちにしていた。

 

催眠のお師匠さんの催眠的な物語を聞かされているうちに、いつのまにか私の中にジオラマができていたんです。

 

とっても素敵な風景の。

 

そう!それは平面的なジオラマじゃなくて、ちゃんと立体的なジオラマで丘があって、山もあって、そして側道を流れる排水溝まで見ることができる。昔の排水溝にはドジョウが泳いでいた。

 

メガネをかけているから、そしてあんなお仕事をしているから、というのは全く関係ありませんね。

ちゃんと、知能のジオラマを作っていけば「近づいちゃダメなんだ!」ということがあの赤ちゃんのように感じられるんですね。

 

あの人たちが作った「みんな平等」というルールで生きるのもありです。

 

でも、あの子はどう思うんだろう?今は、と涙が溢れてきます。

 

ボレロで踊る一人の少女の姿が浮かぶ。

 

(つづく)

 

 

 

 

 



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