2018/10/06

心よ!私の知能指数を教えて!は面白いです。

 

そして「心よ!パートナーの知能指数を教えて!」とお願いして、それを聞いた時に「ゲッ!」となることがあります(ゲッ!はお下品でしょ!)。

 

「潜在的な知能が高い人ほどパートナーには低い知能の人を選んでしまう!」という面白い現象が。

 

相手が立派な職業についていても「心よ!あの人の知能指数を教えて!」と聞いてみると「ゲッ!」となります。

 

え〜?学歴は立派なのに〜!はこの場合は関係なかったりするんですね。

 

なんで低い人を選んでしまうのか?どうして知能が高いはずなのに「この人は低い!」と見極めることができないのか?という理由が興味深いんですね。

 

前にも書きましたが松竹梅で「梅」は90以下で「竹」は90以上120以下になります(これはフィクションです)。

 

松の人がどうして梅と竹に引っかかるか?

 

梅に引っかかる場合は「この人から嫉妬の電流が飛んでこない!」もしかしたら私は愛されているのかも!と思ってしまうから。

 

梅の場合は「松」の凄さや深さを全く理解できません(「ボケ〜!」)。

 

動物的な勘で「なんかこの人はいいぞ!」という感じで近づいてきてあまり言葉を発さずにそばにいます。

 

そのボケーっとした姿を見て松の人は「この人は私の本質を理解してくれているんじゃないだろうか!」と勝手に解釈してしまう現象を心理学では「投影」と呼んでいます(確か投影だったと思います)。

 

あまり多くを語らないその竹の人は「なんもわからねえ!」なんですが、本人がもしそれを言葉にしても「あえて、私を傷つけないように何も言わないでいてくれる!」と松の人は解釈しちゃって「この人は人間的に深い!」と勘違いしてしまうんですね(あ〜れ〜!)。

 

私はこの現象をいつもカウンセリングの中で目撃する時に、竹の人は「深い井戸」だなと思うんです。

 

ほとんど水が入っていない空っぽな井戸。

 

深い底に少し水が溜まっているのですが、それを松の人は「そこから無限の泉が湧いているのでは?」と勘違いしちゃうんですね。

 

井戸の中を覗くとは「相手の心を予測する」と言うことの比喩なんですが、結局、井戸を覗き込んで底に見えるキラキラと輝いているものって暗黒の井戸に映し出されたあなたの姿ですから〜!残念!という感じ。

 

底に降りていって、立ってみると「雨水しか溜まっていない!」となっていて、底をさらってみると「あ!三輪車が捨ててあった!」という感じでお宝も泉なんかもありゃしない。

 

でも、空っぽな井戸を上から覗いた時にキラキラと輝いて見えるんで「いや!この人の中には美しいものがあるはず!」と松の人は考えることこそ可能性を捨てない「知能の深み」なんでしょうね。

 

最近は、スマートフォンでも「写真を撮っただけでものの長さが計れる!」という便利な機能が。

 

昔はいちいち巻き尺を伸ばして図らなければいけなかったものが、今は「パシャ!」と写真を撮っただけで「ここからここは何センチ」と示してくれます。

 

それと同じような感じで「心よ!この人の知能はいくつ?」と聞くだけで「83」とか出してくれるから「あ!この人の底はたいして深くないんだ!」と松の人は梅の底を憶測する必要がなくなったんですね。便利になったもんだ(って!いつからやねん!)。

 

もう一つの松の人が竹に引っかかっちゃう、というのは「恋愛ホルモン」に書いていた現象です。

 

松の人は「知能差がある両親の嫉妬で潰されている」というケースが多いんです(本当にまずいことを書いているな〜!あはは〜!)。

 

本当は知能が120ぐらいあっても、その頭角を現した時に、両親から「ビビビッ!」とショットの電気ショックを受けちゃうから、その知能が叩き潰されてコンパクトになって「私は93です!」と両親の知能に近づけようとします。

 

知能をコンパクトにして嫉妬の電流を避けようとするわけですね。

それを繰り返しているうちに「コンパクトにしてくれることが愛!」という洗脳が成立してしまうわけです。

 

だから竹の人に会って「ビビビッ!」と嫉妬してくれた時に「あ!私のことを大切に思ってくれているだ〜!」という条件付けが成立しちゃいます。

 

それって竹の人があなたのことを大切に思っているわけじゃなくて「自分よりも下のくせに優れたものを持ってずるい!」と嫉妬の発作を起こして破壊的な人格に変身しちゃっているだけですから〜!ということは「ビビビッ!」の電流を受けちゃって頭が真っ白になっているから気がつかない。

 

この嫉妬の電流を受けて頭が真っ白になっている状態を「私って恋しているかも!」という勘違いを起こしてしまうわけです。

 

「恋愛ホルモン」の本では「それでも大丈夫ですよ!」とビビビッ!の発作で「恋をしているかも!」と思っても知能差を超えた美しい世界をスクリプトで作り出しています。

 

イエスの12弟子の中にも「ペテロ」という短絡的にものを考えてしまう、という「竹の人」がいました(ペテロは発作を起こして何度も面白い言動をしています)。

 

ブッダの十大弟子も「みんな知能が高い」というわけではなかったような気がするんですよね。十大弟子の一人だった阿那律(アナリツ)なんかは確か釈迦の説法中に寝ちゃって怒られて「もう眠りましぇん!」と誓いを立てて眠らずに「目が不自由になっちゃった!」となった方である(竹よりも梅の人の予感が)。

 

それでも釈迦の「無」のスクリプトで見事に阿那律もすごいことになった。

 

だから、パートナーの知能が高くなければ人生が活かされない、ということではない、と「恋愛ホルモン」の本の中では、そのスクリプトが認めてある(認めて=したためて、と読みます)。

 

「自己肯定感」の本では「過去を変える」というテクニックを使っています。

 

「ビビビッ!」であるはずだった「知能」が自分から欠けちゃっていたものを「過去を変える」で補完しちゃおう!という面白い方法。

 

私が高校を卒業して、そして、しばらくして日本に帰ってきて普通の知能テストを受けたら「あ!日本語の知識の点数が低い!」となっていました。

 

そこだけ極端にグラフに穴が空いている感じになっていて「あーあ!穴が空いちゃっているぞ!」となって全体の知能指数を引っ張っていました。

 

普通の知能テストのテスターは「留学期間に日本語を勉強していなかったから、日本語のところだけ高校生の基準で計算してあげるね!」と優しいことは言ってくれません。

 

「わーい!低いんだ〜!」と言われて終わり。

 

しょうがないから、自分で「日本語の知識の基準を高校生に合わせたら!ほら!やっぱり!そんなもんでしょ!」と自分でもある程度納得できる数字が出てきます。

 

「過去を変える」はそれと同じように「知能のぽっかり穴が空いた部分を埋める!」というような効果があるのかも?と自分でも確かめることができちゃいます。

 

「自分がしたいこと!」を思ってみます。

でも「それがしたくてもできない!」となっているときは「松」の能力が生かされていないとき。

「自分がしたいこと!」を思って「過去を変える」の手順を踏むと「幼い自分が呪文を唱え続けてくれる!」となって過去が変わり、くぼんでいた知能が補完されて「あれ?やりたいことが簡単にできるかも!」となって自己肯定感が上がります。

 

これって「心」が教えてくれた潜在的な知能(本来の自分)に戻ってきた、というだけ。

 

するとパートナーを「梅なんだ!」とちゃんと見ることができる。

 

「梅」と理解するとストレスがなくなり「ビビビッ!」で足を引っ張られなくなるのはなぜ?

 

本来の自分に戻ってきている皆さんだったら、もうわかりますよね。

 

アハハ〜!

 

こわ〜い!みなさんの脳がどんどんヴァージョンアップされて、私がそれに動かされてどんどん危ないことを書いてしまう。

 

危ないことを書くのが止まらな〜い!

 

(つづく)

 

「やる気が出ない」が一瞬で消える方法(幻冬舎新書)のアマゾンのレビューを書いてくださってありがとうございます。

本当にみなさんのバージョンアップのおかげで大変なことになっています。脳の繋がりって本当に怖いです。本当は原稿を書かなければいけないのに「ブログを書くのが止まらない!」と取り憑かれたように書いてしまっている私がここにいます。やる気が起こりまくりで嬉しいです!!おー!「恋愛ホルモン」のスクリプトが出てきて「あ!今日そのことについて書いた!」とちょっとビビっています。本当につながっている〜!

バグのない愉快な世界を見るために生きる喜び!というタイトルが深い!「快or不快」の感覚がわからないときは、テレビドラマの「ドクターX」の大門先生のように相手の気持ちを一切考えないで「いたしません!」と断って見ると面白いかも。「不快」を切らなきゃ「快」の感覚がわからないんですが「相手がどう思うだろう?」と考えてしまうと「不快」が切れずに「感覚がわからない!」となってしまうんですね。「いたしません!」と清水の舞台から飛び降りる感じで言ってしまって、その後から追いかけてくる罪悪感を「嫉妬をエネルギーに変える」で切っていくと「あ!自分のしたい快がわかるかも!」となるんですね。不快を避けて「快」を洗濯していくと、本当に「私」のために用意されている美しい世界があるんですね。

月9が楽しめない、というのは「動作性知能」が関係していて「今を生きる!」ができていない可能性があるから「沈着冷静VS学習性無力症」でバッチリだと思います。嬉しいな〜!「今を生きる」って「今」をどんなことでも「そのとき」を楽しめるようになるんですよね。知能が元に戻ってきている〜!嬉しいな!

この本の違いをわかってくださっていて嬉しいです。「お母さま」という言葉をお使いになったのはすごいですね〜!そこからの嫉妬の呪縛でバリバリ縛り付けられていて、手紙によってそれが解放された時に自由に動けるようになる、という巧みな風景が描かれていて美しいです。本当に嫉妬の呪縛はあるんですね。お金持ち!お金持ち!トークショーではやっぱりそこでしょ!話そうと思っていたことを修正しちゃいます!国民総生産はGNPで瘡蓋はGHRL(ってナンノコッチャ!)。

確かにおっしゃるように120以上は6.8%なのですが、それは表面だけ、というお話なんでしょうね。嫉妬という電気でこの統計が変わらないように世の中ではセットされているのですが「それをぶち壊しちゃろ!」と真面目に真剣に考えているんですね。才能を殺して埋めておいたはずが「蘇ってきた〜!ゾンビじゃ〜!」というファンタジックなストーリー。ちょっと前にそんなゾンビのドラマが流行りましたよね(ほんまかいな!)。フェニックス(不死鳥)ですかね!しかしスカイツリーは素敵なスクリプトですね。これから先が楽しみですね。松竹梅。

 

消したくても消せない嫉妬・劣等感を一瞬で消す方法(すばる舎)のアマゾンのレビューを書いてくださってありがとうございます。

「嫉妬は誰でもしている」というのは本当に救いですよね。私もずっと「なんで私ばっかり?」と思っていましたからね。動物的な発作!発作!忘れちゃう、というのは、そこから抜けられたら困る人が「ビビビッ!」と「そこから抜けた未来の姿!」に嫉妬をして脳のネットワークで電流を流してくれるから、と考えると面白くなります。もし、自分が抵抗しているとしたら「嫉妬されるのが怖い」から。やっぱり電流って痛いから。でも、そこから抜けちゃうと「自由!」なんですよね。そこからこの本は簡単に抜けさせてくれる方法が書いてあるような気がします(あなたが書いたんでしょ!本当かな?あはは〜!記憶が抜けてる!)。

即効性がある、と書いてくださってありがとうございます。どんなことを自分の中で発見されたのかものすごく興味があります。私の場合何か追求しようとすると「ビビビッ!」とやられるので全て中途半端で深めることができない、とずっと思っていました。大学で宗教のゼミでは、英語がほとんど喋れない私が「ビビビッ!」とやられてしまって「宗教は無理!」と思って諦めて、心理学の世界に入ってきて今に至っている、というのが面白いですよね。宗教の世界だから温かく受け入れてくれることを望んでいたのに、興味深いです。

 

感謝!!

 

大嶋 信頼

 

 

 

 

 

 



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