2018/04/23

よく人から「カウンセラーの仕事って疲れませんか?」と質問をされます。

 

あれ?そういえば「疲れる」という感覚があまりないな、と思ったことがあります。

 

確かに、トラウマ治療をする時って「クライアントさんのトラウマを全身で受け取る!」というのがありますから、身体的には疲れます(トラウマ治療をやっているところに付き添いの人がいた場合は、たいていその人は、真っ青な顔になって、そして次の回までには円形脱毛症になっています)。

 

でも、クライアントさんのお話を聞いていて「疲れる」と思ったことはあまりないな、と思っていました。

むしろ、お話を聞かせていただければ、聞かせていただいただけ、私の中がスッキリしていく感覚があります。

 

「なんで?」と思っていたら「あ!そうか!」と気がつきます。

 

いつも「御意!」をクライアントさんに使っているから、私の脳の中のシナプスが刈り込まれて「スッキリする〜!」となるんだ!

 

クライアントさんが「若返らせてほしい!」と言ったら「え〜?ここはカウンセリングルームなのに〜!」とか言わないで、私の中では「御意!」と叫んでいて「その方法は?」と必死に考えます。

 

「御意!」でシナプスが適度に刈り込まれるから「どんどん太陽が見えてくる〜!」となり、夜になると「満天の星空が空一面に広がっている〜!」という感じで様々な可能性が見えてきちゃうんです。

 

子供の頃は、完全な発達障害の状態で「でも!」とか「だって!」で「素直に相手の話を聞いたことがない!」という感じでした。

 

「だって!自動的にそれが口から出てきてしまうんですもの!」という感じ。

 

だから、シナプスの刈り込みがなされずに、いつも頭の中には不安がいっぱいで、友達から言われた嫌なこととか、両親から怒られたことばかりがぐるぐると頭を巡っていて「もう嫌じゃ〜!」となっていたんですね。

 

でも、厳しい家で育ったから「自分は素直で従順だ!」と思っていました。

 

考えてみたら、素直で従順だったら、もっと勉強ができていたはず。

友達だって、たくさんいて、仲良く楽しく遊べていたはず。

両親からもあんなにひどく怒られることはなかったはず。

 

そっか!頭の中では常に「でも!」とか「だって!」で相手の言っていることと逆のことを考えたり、違う意見を言ってしまっていた。

 

それって「自己主張をしている」と思っていたけど、もしかして間違っていて、ただシナプスが刈り込まれていなくて、頭の中に雷雲が立ち込めているから「自動的に他の人が言ったことの逆のことを考えちゃう!」というだけだった。

 

自閉症スペクトラムの子に「これをやっちゃダメだよ!」と注意したら「ど〜ん!」とやっちゃダメなことをやってしまいます。

 

「反抗しているのかな?」とか「舐められているのかな?」と思うのですが、それは違っていて、シナプスの刈り込みがなされていなくて脳の中が雷雲状態になっていると「やっちゃダメ!」ということを言われると逆をやってしまう!という現象が起きちゃうだけなんです。

 

相手が怒っていて「ビビビッ!と感電させちゃうぞ!」となっていればなおさらのこと「相手が意図していることの逆をやる!」ということになってしまうんですね。

 

アパートの人と鉢合わせて一緒に階段を降りていて「今日はいい天気ですね」と声をかけてくれたら「そうですね!いい天気ですね!」と返せば会話が続くはずなのに、私は「でも、また曇ってくるみたいですよ!」と言ってしまうのは、シナプスの刈り込みがされていないから。

 

シナプスが刈り込まれていないから、他の人と同じような思考にはならず次の瞬間に「チ〜ン!」という沈黙が訪れて「なんかまずいことを言っちゃったかな?」と後悔しちゃって「不安!」となるのも、頭の中に雷雲があって、この会話でさらに帯電しちゃったから。

 

私の雷雲は「嫌われちゃったかな?」とか「おかしな人と思われたかな?」とぐるぐる考えちゃって、その時間と思考力を無駄に使ってしまうから「う!貧乏!」となるわけですね。

 

「また、近所の人なんか全然自分とは関係ないのに、その人のことを気にしちゃって、無駄な時間を使っちゃった!」と後悔をして、再び過去の同じような体験を引っ張り出して「時間の無駄!」をしちゃうのも雷雲のおかげです(これは雷雲に対しての嫌味です。こいつのせいで大変な目にあってきたぞ!モ〜!)。

 

頭の中で「御意!」と言って、実際に実行をしていると「シナプスがどんどん刈り込まれていく!」となって「頭の中がなんかスッキリしてきたぞ!」となります。

 

「御意!」でシナプスが刈り込まれていくと、人と会話をする前に「あれ?余計なことを考えなくなっている!」となっていました。

 

以前だったら「声をかけて無視されたらどうしょう?」とか「相手が突然怒り出したら!」なんてことを考えちゃって「そんな時はああ言って!」とか「こう言って!」なんてことをぐるぐる一人で考えちゃって、ということをしていたのはシナプスが密になっていて雷雲が頭の中に立ち込めていたから。

 

シナプスが刈り込まれていくと「あ!会話って考えないでできるものなんだ!」という不思議な体験をします。

 

そして、会話をした後に「あんなことを言わなきゃよかった!」とか「なんであんなことを言っちゃったんだろう?」という不快な感覚が残らないんですよね。

 

剪定されたシナプスの間から太陽の光が差してきて、私の本質的な部分がどんどん成長して太くなっていきます。

 

そして、満天の夜空に広がる星を目指して、ぐいぐいと神経のネットワークを伸ばして、無数に広がるアイディアを掴み取っていくんです。

 

「御意!」でシナプスを刈り込むって、こんなに素敵なことなんだ、とちょっと感動します。

 

いつもシナプスの密度が高くて、常に雷雲が立ち込めていた時って「夢も希望もない!」となっていました。

目先のアイディアは「ビビビッ!」と閃くのですが、長期的な展望がちっとも持てなくて「一寸先は闇」でしたね。

 

刈り込まれていくと、手を伸ばせばそこに無限のアイディアが散りばめられているのを感じ取ることができるようになります。

 

「これがお金持ちの感覚なのか!」とちょっと面白くなってきます。

 

お金持ちの脳って、本当に余計なことを考えないんですね。

 

お金持ちの脳は、その場でひらめくんでしょうね(ここでの“ひらめく”は楽しくなる方法で、それが結果的にお金につながります)。

 

お金につながる方法が。

 

(つづく)

 

 


2018/09/18


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