2017/12/01

「あの北海道の俳優さんっていいな〜!」と思ったら「あんな風になってみたいな〜!」と私自身思っているのかもしれませんね。

 

私生活のことは知りませんが、バラエティー番組のやり取りのあの受け答えがすごい!

 

「たいしたもんだ!」

 

自分があの状況になったらできないだろうな〜!と経験者は語ります。

 

どっかの本にも書いたけど、一度、駆け出しの頃にテレビに出て「あちゃー!」という感じになったことがあったんですよね。

 

「だから、あの俳優さんのようになるのは無理!」というのは意識的な判断でちっとも面白くないんです。

 

「いいな〜!」と思った人がいたら、多分、人は二通りのことを頭の中で自動的にやっています。

 

それは「あの人と私はここが違う!」ってことを探してしまう。

 

それと「あの人と私は、ここが似ている!」と共通点を探す。

 

昨日、あの俳優さんのことを書いていて「あ!自分はあのような人にはなれない!」と思っていたのですが「自分とあの俳優さんはここが似ているかもしれない!」と思った時に「もしかしたらなれるのかも!近づけるのかも!」って思えるから不思議〜!

 

「器が小さい!」

 

「自分が中心じゃなきゃ嫌だ!」

 

「肝っ玉が小さくて断ることができない!」

 

なりたい相手に注目を向けて、共通点を見つければ見つけるほど、ミラーニューロンが活性化されて「相手の脳とつながっちゃう〜!」となります。

 

すると「あ!私との大きな違いは、私はこれらの特徴が“恥”と思っているのに、あの俳優さんは“美味しい!(笑いのネタになる!)”と思っているんだ!」ということが見えてきます。

 

多分、専門家だったら「育った環境で自分の弱点を“恥”と感じないようになった」という分析をするんでしょうね。

 

でも、私は「これってただの言葉なんじゃないの?」と思うんです。

 

「器が小さいからダメだ!」という言葉を使ってしまうのが私。

 

「器が小さい、って面白いでしょ!」というのがあの俳優さん。

 

ということは「器が小さいって、面白いでしょ!」という言葉を使っていると、それが定着して「あれ?恥ずかしいんじゃなくて、美味しいのかも!」と思えるようになるから”言葉”って面白んですよね。

 

「肝っ玉が小さいって、面白いでしょ!」という感じになると「笑える〜!」となぜかなってきます。

 

昨日も「先生は肝っ玉が小さくて断ることができないから、無理難題をお願いしちゃいます!」と言われて「確かに、これって好きだな〜!」と思っている自分がいました。

 

昨日の番組であの北海道の俳優さんのお父さんは「食べ物を無駄にするな!」という厳しい教えがあって「腐っているかも!」という残り物もお父さんが一度食べて「腐っている!」とちゃんと確認してからじゃなければ捨てられなかった、というエピソードがありました。

それを受けて、あの俳優さんも2週間前のポテトチップスが移動車に残っていて、それがいくら湿気っていても「無駄にしない」と食べていた、というのを見て「なるほど!」となるんですよね。

 

一言で言ってみれば「貧乏性」です(あの俳優さんの場合はお父さんの家系がそれを体験したのだと思います)。

 

極貧生活を体験したら「捨てられない!」となるから「断れない!」というのがちゃんと身について「チャンスを逃さない!」というのがあるんでしょうね。

 

どんな申し出でも「ありがたい!」と言って受けてしまうって、面白い!

 

本当に、人間って言葉でできているんだな、と思うんです。

 

言葉によって、それが恥ずかしいものになって、人から蔑まれる存在にもなりますし、その言葉一つでそれがみんなを楽しませるもので、自分のチャンスを広げるものにも変わるんだ!

 

いつかユングおじさんとこんな話がして見たいな〜!


2017/12/16


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