2017/05/19

「神様はサイコロを振る必要がない」というのと“算数障害”と“万能感”の関係を考えてみると面白くなってきました!

 

アインシュタインが言ってた意味とはちょっと違ってきてしまうかもしれませんが、もし“万能の神様”だったら「サイコロを振ったって結果が分かっているから意味がない!」となってしまいます。

 

サイコロを転がす前から神様は「5!」とか「2!」とかわかっちゃうから「意味なくね!」となるわけです。

 

“誇大妄想”と“算数障害”で考えた時に、誇大妄想って「私はすごい人だとわかっています!」とどんなに他人が「そんなこと言ったってあんた!何もこれまで成し遂げてないでしょ!」と説得したって「いいえ!あなたは私のことがわかっていないのです!」となってしまいます。

 

普通の人だったら「学歴は?」とか「年収は?」や「どんな賞を取ったことがあるの?」そして「誰から賞賛されたことがある?」という一つ一つが数値化されていて「まるまる大学だったら4点!」とか「年収は〇〇円だから5点!」そして「〇〇賞を取ったから6点!」なんてことの計算を自動的にしていて「4➕5➕6の合計15点!ってすげ〜!」という具合になります(15点はすごいのか?)。

 

“万能感”の元になっている“算数障害”がある場合は「私は250点ですけど何か?」と途中の計算をすっ飛ばしてしまって、合計だけが叩き出されてしまいます。

 

逆に言ってしまうと“万能感”で“合計”が先にわかってしまうので、途中計算が必要ないから「算数が必要ない!」となり「計算するのが面倒くさい〜!」と「算数障害のいっちょあがり!」となっている、と考えられるんです。

 

「神〜!」になってしまっていて、結果が先にわかっているから「計算なんてなん必要ない!」となっていると考えてみると面白いんです。

 

でも、これは意識的なものじゃなくて遺伝子的なものだから、自動的にその思考になってしまいます。

 

自動的に「神〜!」になってしまうから、算数のテストが返ってきた時に「なんであんたは計算を見直さないの!」と怒られても、同じことを繰り返しちゃうんです。

 

計算や答えを見直さないのは“万能感”があって「先に答えがわかっている!」と自動的になってしまうから、と思うと興味深い現象なんです。

 

だから、算数が苦手!という私は「数字を計算するのが苦手なんだ!」と思っていたのですが、それは違っていて「答えが先にわかっちゃう!」と自動的になってしまうから「計算する意味がわからない!」となっていて「計算は面倒くさい!」となっていた、と考えるとものすごく納得できるんです。

 

そう考えたら笑えるかも〜!

 

(つづく)

 

 

 

 

 


2017/11/22


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