2017/02/06

アルコール依存症になってしまうと「俺は自分の力でお酒の量をコントロールできるぜ!」と万能感に憑りつかれてしまいます。

 

でも、この万能感は「私が何とかしなければ!」と依存症者の病気を愛の力で変えることができる!と思っている家族や治療者の万能感に依存症本人が憑依されちゃうから、「家族に隠れてバリバリ飲むぞ〜!」と酒にも万能感にも酔ってしまって自由が奪われてしまいます。

 

「自由が奪われるって?」とここで疑問になります。

酒を好きなだけ飲むことが本人にとっての自由なんじゃないの?と一般の人は考えます。

ゲームだって、好きなだけやり続けることが自由じゃないの?

インターネットの動画だっていつだって好きなだけ見るのが「自由だ〜!」なのでは?

 

でも、面白い現象があるんです。

 

アルコール依存症さんが集まってそれぞれがお話をするミーティングというのがあります。

「自分は飲んで家族を傷つけてしまって、今では後悔しているんです〜!」なんて話が出てくる場です。

 

そのミーティングである方が必ず自分の話をする順番が回ってくると「何も変わりありません!」と仰います。

毎回、毎回「何も変わりありません!」と仰るんです。

その方の「何も変わりありません!」と聞いた瞬間に、私はイラッとします。

 

その時に「お〜!患者さんを裁く万能感だ〜!」となるのですが、この万能感は憑依されている可能性があるんです。

そこで「心よ!この苛立ちって私の?」と聞いてみます。すると「違うよ!」と教えてくれます。

「心よ!誰の?」と聞いてみると「あの患者さんの〜!」と教えてくれて「ホッ!」とします。

 

「変わらない!」という”言葉”で変わらない現実を作り出しているだけ、と”心”は教えてくれます。

「???」とわけがわからなくなります。

 

「心よ!どういうこと?」とざっくり質問してみると、頭の中に「神は「光あれ」と言われた。すると光があった」というあの有名な本の言葉が浮かんできました。

 

なに?「心よ!神が光を言葉だけで作ったように、あの人も神的な力で「何も変わらない」という言葉で現実を本当に作り出してしまっている、というの?」と聞いてみた。

 

すると”心”は「そうです!」と仰った(ヒエ〜!)。

 

万能感に憑依されている時に「何も変わらない!」と思ってしまったり、言ってしまったら、本当にそれが実現する、という話(キャ〜!)。

 

万能感に憑依されているときって、周囲に対する裁きの怒りもバリバリになります。

「何であの人だけうまくいって、自分は〜!」とか「なんで、みんな自分勝手に生きているんだ!」などの怒りでいっぱいになっているから、ろくな思考が出てこない。

そんな思考で発した言葉が「現実になる〜!恐ろし〜!」って思って、「心よ!なんとかできないの?」と聞いてみた。

 

すると「So be it! 」と浮かんできた(日本語では、それはそのままでいい、とか、好きにさせればいい!かな?)。

 

そっか!「自分が何とかしてあげなければ」と思うのも、あの方に注目を向けているから私があの方の万能感に憑依されてのことなんだ!

 

万能感に憑依されることによって、”変化する自由”が奪われちゃうんだ!とその時、心が気付かせてくれたんです。

 

万能感だから「神的〜!」になってしまいます。

神は、完璧だから変化する必要は全くありません。

「変わりたい!」と思っていても、万能感に憑依されていると「変わらない!」と断定します。

 

人が生きていて、日々変わらなかったら奇跡ですよね。

私のシャツを見ていて思います。

あんなに好きだったシャツが、毎日着ていることで「あ〜!生地が薄くなってる!」って。

いつまでも同じシャツが着られる、と思っていたのに、それは違っていました。

 

でも、神的な「変わらない!」とすると、それが現実になります。

 

ある意味で本当に「変わる自由って万能感で奪われてしまうんだ〜!」って興味深くなってきます。

 

でも So be it!

 

万能感と対極にある心は、クールだな〜!

 

よ!カッコイイ!!

 

心をおだててどうするねん!

 


2017/03/23


著書のご紹介

新着記事

カレンダー

<< March 2017 >>
SunMonTueWedThuFriSat
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 

アーカイブ

プロフィール

検索

mobile

qrcode

others

PR