2017/01/28

“万能感”って「自分は何でもできる〜!」と思ってしまうこと。

 

「それの何が悪いんじゃ!」と怒られるのですが、もっとちゃんと言ってしまうと「何でもできる!」というのは「神のごとく何でもできる!」になります。

 

道を歩いていて貧困妄想(貧乏になる〜!)という感覚は、脳のネットワークで祖母から入れられたもの、ということを”心”が教えてくれました。

 

それは、脳のネットワークで祖母が「お前は貧乏になる〜!」という呪いを入れている、というように聞こえます。祖母が「この子は無駄遣いばかりするから将来お金に困る」という無言の”暗示”が起動して、私を苦しめている、というように見えます。

 

でも、ポイントは祖母の万能感にあります。

万能感は、神のように何でもできる、という感覚です。

 

イエスが出てくる興味深いエピソードの中で、律法学者やお堅い人たちが姦淫(浮気?)をしちゃった女性を連れてくる場面があります。

イエスがいた国では、そんなことをした女性はみんなに石を投げられて死刑にされてしまいます。

 

律法学者などの偉い人たちは、もしイエスがこの女性を許してあげなさい、と言ったら、「法律を破った無法者!」として訴えて陥れ、もしイエスが石を投げたら「人殺し!」として訴えて陥れる予定にしていたと思われます。

 

そんな時にイエスは地面に何かを書きながら「あなた方の中で罪のないものが、まずこの女に石を投げつけるがよい」と言いました。

 

イエスは地面に絵をかいて、しばらくして顔を上げたら、その女性を裁く人は誰もいなくなっていました(すげ〜!)。

 

罪が無い人のみが人を裁ける、ということだったら「神しか人を裁けないじゃん!」となります。

 

その流れていくと「人を裁くことをしているというのは神を演じていること」になります。

 

「この子は無駄遣いをしている駄目な子で、将来、貧乏という罰が与えられる!」という裁きを下しているのは神を演じていることになるから、まさに”万能感”になります。

 

その祖母の万能感を受けて、私は「自分の不幸な将来を予知できる」”万能感”に憑りつかれてしまいます。

 

未来のことなんて、まさに「神のみぞ知る(神様だけが知っている)」なんですけど、まるでそれが自分も手に取るようにわかる、っていうすごい感覚に憑りつかれているんです。

 

そして、こんな最悪な状況に陥れた”神”に怒り文句を垂れます(プン!プン!)。

神に文句を垂れるって、どれだけ万能感〜!ってなるんです。

 

そう!最悪な状況を嘆くって、結局、直接的にも間接的にも神にいちゃもんをつけていることになるので「どんだけ〜!万能感〜!」となっているのに、それに気が付かないんです。

 

万能だから。

 

万能感に憑依されて「自分の感覚がすべて正しい」になってしまうから(ひえ〜!)。

 

「でも、安心してください!履いていますから!」

 

じゃなくて!!

 

「安心してください!心に聞けますから!」

 

(つづく)

 

 

 

 


2017/03/23


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