2018/07/14

アマゾンのレビューを書いてくださってありがとうございます。

 

書いてくださった物語(スクリプト)がこの本全体の仕組みを表現してしまっていますね(どんだけ〜!)。

 

ついうっかり書いてしまいました。あはは!

 

私がアメリカにいた時は、日本の本を読むってありえませんでしたからね。

 

あのときキンドルがあったら日本語で理解できるからどんなに試験が楽だったんだろう?と思うんですね。

 

未だに、大学時代で勉強したのって英語だから「日本語だとわかりましぇん!」と私の中では英語の知識は隔離されちゃっていて、日本語でうまく表現できないんですよね。それが私の変な文章の言い訳になっているんですけどね。

 

私が子供の時に親がこの本を読んでくれていたら、とフッと思った時があったのですが、すでに、過去の幼い私が一生懸命に「〇〇に生まれ変わる」を唱えてくれていたので、なんだかその必要も感じなくなっているのが不思議ですねー。

 

過去が変わると家族も変わるみたい。そりゃそうだ!

あの唱えるキーワードって結局今ブログの原稿に書かせていただいている「発作を止める」という究極の方法ですからね。

発作が伝染して増幅してしまうあの悪循環を止めちゃうから「家族が変わる」という現象が起きるんです。それに気がついていらっしゃるから怖いな〜。

 

こうして書いてくださるみなさんに感謝!!

 

みなさんのギフテッドパートの私は「すごいな〜!」とみなさんを見つめております。

 

感謝!!

 

大嶋 信頼

 

 


2018/07/14

私の場合「人から拒絶される」という不安を感じてしまうと、涙目になる、目が泳ぐ(目がキョロキョロする)、言葉がアワアワしちゃう、指先に力が入らない、足がガクガクする、胸がざわざわする、などなどの症状が出ます。

 

一般的には「動揺する」なんて言いますよね。

動揺は、気持ちが落ち着かず不安な状態になること、平静さを失ってしまうことです。

その「動揺」を脳的に考えると「発作」を起こして、眼球や指先、足などの運動をコントロールをする脳の部位に過剰な電気が流れてしまって「ビビビッ!」って感電した状態になると普段とは違ったおかしな動きになってしまうんです。

 

その脳に過剰な電流を流してしまうきっかけとなるのが「孤独」になります。

 

私の場合「楽しみにしていた約束を突然キャンセルされてしまった!」という時に「ビビビッ!」って発作が起きます。人によってはキャンセルされても「孤独」とは結びつかないで発作は起きないのですが、私の場合は「私は拒絶された」となって、そこから発作が起きて自動的に「みんなから拒絶される」と「孤独」が広がって「ビビビッ!」と脳内に過剰な電流が流れて発作を起こして動揺してしまいます。

 

すると発作で体が思うように動かせなくなりますから「物を落とす」、「歩き方がおかしい」、「目つきがおかしくなる」などになります。さらに発作で「お先真っ暗だ!」と絶望的な思考しかできなくなる、とか「どうやってあいつに復習してやろうか!」と破壊的な思考にとりつかれる、となってしまいます。

 

さらには発作で記憶の部位が刺激されてしまうと「過去の嫌なことが芋づる式に出てくる!」や「肝心な記憶が抜けちゃって忘れ物をしちゃう!」という具合になってしまいます。

 

こうして書いてみると私は発作で「ポンコツ人間」になってしまうわけです。

 

発作を起こしてしまうきっかけって「約束を破られた」、「相手から断られた」、「注意されてしまった」などがあります。これって「自分が醜い人から拒絶される人間だから、そんなことをされた!これからみんなから拒絶されて孤独になる!」が私の中にあって、それが相手の反応に結びついて「誰からも拒絶される孤独」となって「ビビビッ!」と脳内に過剰な電気が流れてしまう。

 

「相手から無視をされた」、「目をそらされた」、そして「話をちゃんと聞いてもらっていない」という時でも発作が起きます。「自分は価値がない人間だから誰からも見向きもされない孤独」というのが根底にあるから。ちょっとした相手の仕草などで「孤独」を感じて「ビビビッ!」と発作を起こして「目が泳いじゃう!」とか「涙目になる!」となります。そのような身体症状が出れば出るほど「周りからおかしな人って見られてみんなから拒絶される!」となるから「ますます発作がひどくなる!」となっていました。

 

もう一つ厄介な「発作のきっかけ」は、相手が発作を起こしていると「どんどん発作がひどくなる!」です。

 

脳のネットワークは、相手に注目を向けた時に自動的に繋がってしまいます。

ですから、発作を起こしている相手を見た時、いや、それだけじゃなくて思い出した時でも「脳のネットワークで相手の発作がうつっちゃう!」となってしまいます。すると「あの人から拒絶されているんじゃないか?」とか「あの人から嫌われている」と不安になってしまうのは「ビビビッ!」と脳が刺激されて悲観的な思考になってしまうから。

 

一般的には「脳のネットワークなんかない!」と思われていますから、発作を起こした相手を見た時に「あの人ふてくされた態度を取っている!」となります。発作を起こしてしまうと表情筋や眼球をうまく動かすことができなくなるから「ふてくされた態度」になってしまいます。能面のような顔に眼球がうまく動かないから「目が据わっている!」という感じ。

そして、発作の電気が記憶の部位などを刺激すると「記憶が幼児に戻ってしまった」となるから、余計に態度が子供じみた感じになってしまって面倒くさい感じになります。

 

それを見たら「私を嫌っているからこの人はこんな失礼な態度を取るんだ!」となってしまいますよね。すると「私は嫌われるような存在で孤独」になって発作を起こしちゃうから「ビビビッ!」で「何よこの人!」となりながらも「どうして私はこんな人にバカにされる惨めな存在なの!」ということで「孤独」が余計にひどくなって「ビビビッ!」が止まらなくなります。

 

その人を思い出すだけで「孤独」が刺激されるから「ビビビッ!」となって「ムカつく〜!」となり「眠れない!』となりますね。脳の睡眠パターンを整える部位が電気ショックを受けて「睡眠パターンが崩れまくり!」となるわけです。

 

睡眠がとれていないと発作が起きやすくなる、となって「発作の無限ループだ〜!」となっていたのが私でした。

 

頭の中を洗いたい感じ、というのは「発作が止まらない感じ」なんですね。

 

多くの人が「ポワしたい!」と思う時ってこの状態で「この電気ショックを止めたい!」ということで「暴走したコンピューターを正常に使うために、再起動を願います!」という感じ。

 

今回は、この発作の止め方!になります。

 

「見ない!」でも発作を鎮めることが可能なのですが、他の「発作を止めちゃお!」という方法になります。

 

方法は簡単。

 

頭に注目を向けます。

 

そして、頭に空気が触れている感覚を確かめます。

 

すると「孤独」が打ち消されていき、やがて脳内の電気発作が治まって「静か〜!」になります。

 

この仕組みは「寂しい時って頭を優しく撫ぜてもらったら安心して落ち着くでしょ!」(あまり経験がありませんが、どうやらそうらしい)。

 

「一人じゃないんだよ!」とゆっくりと優しく撫ぜられるあの安心感。

 

 

そう、私たちって「空気」を吸っていきています。

 

ある意味で言ったらその空気で生かされている。

 

その空気が優しく「一人じゃないんだよ」と撫ぜてくれている。

 

「そのままでいいんだよ」って。

 

常に、絶えず、いつも。

 

みんな同じ空気を吸っている。

 

そして、その空気が優しく頭を撫ぜてくれている。

 

それに私たちは気がついていないだけだから、それを感じてみると「孤独」は打ち消されていく。

 

だからお坊さまとかザビエルさまは頭の毛を剃っていたのかな?

 

常に優しい手がその頭で感じられるから。

 

でも、髪の毛があっても感じられるよ!

 

そんなことを考えて見たら、ちょっと夢が膨らむ。

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2018/07/13

「自己肯定感」が低いあなたが、すぐに変わる方法(PHP研究所)のレビューを書いてくださってありがとうございます。

 

私は、こうしてみなさんの脳と繋がって、文章を書いています。

 

その中でどんどん新しい手法が生まれて来て「これはすごい!」となります。

 

みなさんの脳が編み出した、この本の中の手法はすごいですね。

 

読んでくださっている皆さんと繋がって、さらに未来の自由になった脳とつながりながら、私もどんどん自由になっているみたいです。

 

自分では気がつかないんですよね。

 

でも、私を以前から知っている人から「全然違う」と教えていただいて「へ〜!」と思っています。

 

確かに、不快な思考に飲み込まれないで「見ない!」ができるようになっていますからね。

 

そして、何よりも皆さんと繋がってこうして書き続けるのが楽しくて仕方がありません。「

 

どんどん自由になっていく皆さんとともに。

 

嬉しいです!!

 

自由になって来た次の本が「嫉妬」って面白いです。

 

本当に流れってあるんですね。

 

感謝!!

 

大嶋 信頼


2018/07/13

私が会社で働いていた時に、夏の炎天下のなかで歩いて、他の会社に営業に行っていました。

 

アスファルトの道路からゆらゆらと陽炎が立ち込める中で、汗を垂らして歩いてやっとの事で目的の会社にたどり着きます。

 

そして、中に入ったら、エアコンの涼しい部屋の中で、みんなが忙しそうに仕事をしています。

 

ワイワイ、ガヤガヤとグループになって打ち合わせをしていたり、頼まれたコピーを嬉しそうに運んでいたり、そんな活気のある職場の入り口で私はポツンと立っていて固まってしまいます。

 

ちょっと涙目みたいになってしまって「誰に声をかけたらいいのか?」と目がキョロキョロ動いて声をかけられる人を探そうとするのですが「みんな忙しそうでダメだ!」となってその場から立ち去りたくなります。

 

せっかく暑い中、わざわざきたのに、こんな入り口に立って「みんな忙しそうにしていたから声をかけられませんでした」といって尻尾を巻いて会社に帰るのも「最悪だ」と思って、勇気を振り絞って近くに来た人に「すみません!」と声をかけて見ます。

 

すると忙しそうに動いていた人が「なんでしょうか?」と言われて「営業で伺った〇〇という会社のものなんですけど」ととっさに言ってしまった。

 

すると、せっかく足を止めた人だったのに「あ!営業はうちは断っているから!」ときっぱりと言われて、その場から立ち去ろうとされてしまいます。

 

私の中では、この展開ははっきりイメージしていて「営業と言ったら断られる!」とわかっていたのに「言っちゃった!」と「ここからどうやって挽回したらいいんだ?」と訳がわからなくなります。

 

「あの、〇〇さんと今日アポイントメントが取れていて伺ったんですけど!」と伝えたてみた。

 

実際に電話をしてこの会社の担当の方と話をする約束があったからわざわざ暑い中でも電車に乗って駅から遠い道のりを歩いて来た。

 

すると、対応してくれた人は「〇〇さんは今日はいないから、また出直してくれる」と確認もしないで、私に言い放ちます。

 

「え?暑い中わざわざ歩いて来たんですけど!」と口から出かかったが「この人にそんなことを言ってもしょうがない」と思ったからそれを留めて「〇〇さんは、いつ頃お戻りになりますでしょうか?」と尋ねて見た。すると、つっけんどんに「あとで、電話してちゃんとアポを取って来て」と言われてしまった。

 

私は「え?〇〇さんとこの時間に電話でお約束をさせていただいたからここに来たんですけど」と伝えても、吐き捨てるように「だから、ここには〇〇さんはいないから!」と去ってしまいました。

 

ポツンと入り口に立っている自分は涙目になって「なんで自分がこんな目に合わなければいけないんだ!」という惨めな気持ちと「どうしてちゃんと電話で約束をしたのに!なんていう会社だ!」と怒りでいっぱいになってしまいます。

 

こんな状態になっては誰に声をかけても同じだ、と思ったので、誰も自分を見てくれない状態で、私は働いている皆さんにお辞儀をしてドアからその部屋を出て行きます。

 

そして、炎天下の中を何も成果が得られなかった、という状態で歩いていると惨めな気持ちがどんどん膨らんで涙が溢れて来ます。

 

電話をして約束を取り付けたのに、と裏切られた気持ちで「人が信用できない」という怒りが私の中を汚していきます。

 

同時に、約束を守らないような人を見抜けなかった自分のバカさ加減に腹が立って仕方がなくなって「バカ!バカ!」と自分の頭を殴りたい気持ちになります。

 

何も成果が得られず手ぶらで会社に帰ると、そんなことを報告していないのに、あのアウェイの会社のように「誰からも自分は相手にされていない」という感覚になります。みんなが「仕事のできないダメなやつ」と相手にされていなくて無視されているような気分になって、誰にも話しかけられず黙って机に座って何も書くことのできない報告書を目の前にしています。

 

このまま仕事ができないまま、この仕事を辞めさせられて、自分があの炎天下の中で作業着を着て汗まみれになって働かなければいけない未来が見えて来てしまいます。

 

そこから抜け出したくて、この仕事を選んだのに、やっぱり自分はあそこに戻るしか選択肢が残されていない。そして、あそこに戻っても、ちっともうだつが上がらずに何もできずに一生が終わっていく、という絶望感が襲って来ます。

 

この先、自分の未来はどうすることもできない、という感覚に陥って、いつのまにか真っ暗な世界から抜け出すことができなくなっていたのでした。

 

これが「孤独」をきっかけに発作を起こしてしまうと起きるんだ、ということがわかったら現実が変わって来ます。

 

ちなみに「発作」は脳内の電気の異常なので、脱水症状や脳に栄養が足りない低血糖状態でも起きやすくなります。

 

脱水だと脳内の血流の塩分濃度が高くなって「電気が流れやすい!」という状態が作られてしまうから「ビビビッ!」と発作を起こしちゃう、という感じになります。

 

お腹が空いた状態だと「イライラする!」とか「余計なものを買っちゃう!」と自分がコントロールできなくなるのは発作が起きやすくなっている証拠。

 

さらに睡眠不足なんかをしてしまうと、発作が簡単に起きやすくなる。

 

でも、一番の発作の引き金は「孤独」なんです。

 

私は「孤独」をきっかけに発作を起こす、ということを知ってしまったら「あれ?全然展開が違うんですけど!」と現実が変わって来ます。

 

営業の電話をしている時に、相手と話をしていて「相手に拒絶されて電話を切られてしまうかも?」という瞬間に私は「拒絶」で「孤独」を感じて発作を起こしていたんです。

 

私が「孤独で発作」を起こせば、私の発作が相手に発作を起こさせちゃいます。

すると「相手がどんどん横暴な態度になる〜!」となるのは発作を起こさせちゃったから。

 

「言葉遣いの問題」とか「相手の気持ちを読んでいないから」と反省して来ました。でも、いくら反省しても「変わらない!」というのは、発作が相手に伝わって、相手に発作を起こさせてしまうから「どんどん横暴になっていく!」となるわけです。

 

発作で怯えたような状態になっても、イライラしても「相手も発作を起こす!」となってしまう。

 

相手が発作を起こしてしまうから、発作の電気が相手の記憶を整理する脳の部位を刺激しちゃって「約束の日時の記憶が抜けちゃった!」ということが起きちゃう。

 

ここで「みんな私のせいだったの〜?」というのは「すべて私が悪い」から「孤独」に繋がり「発作がひどくなる〜!」が起きちゃうから「孤独」が発作の引き金、ということだけに留めておく。

 

こうして「孤独で発作」を知ってしまったら、電話のやりとりが全く変わってします。

 

以前だったら「拒絶されたくない」と下手に出ていたのがなくなります。

 

「拒絶」を意識しただけで「孤独」を感じて発作が起きてしまうから。

 

「発作」を起こさなければ、話の展開が全然違っていきます。

 

「ぜひ!うちの会社に一度足を運んでくださって、見学なさってください!」と強気な発言をしている自分がいた。

 

そう、あの炎天下を歩くのは嫌だから。

 

そして、炎天下の中を歩いて来た、相手がアウェイである会社の入り口に立った時に、私は、涼しいオフィスの中から満面の笑顔でその人を迎え入れます。

 

そして、冷たお麦茶でもてなすのでした。

 

一体感を感じるために。

 

(つづく)

 

 

 


2018/07/12

「自己肯定感」が低いあなたが、すぐに変わる方法(PHP研究所)のレビューを書いてくださってありがとうございます。

 

レビューを書いてくださって、それを読まさせていただくことで「一体感」を感じながら、私の直感力はバリバリみなさんの脳とつながって自由への道が見えてきています。すごいっす!!

 

一歩、一歩、着々とみなさんと一緒に自由へと近づいています。

 

本当に私はギフテッドパートナーなんだな、と実感します。

 

レビューを読んでいて、あ!この方の脳にあることを今現在書いているんだな、と感じますもの。

 

私が書いているんじゃなくて、みなさんの脳にあるものを私が伝説として書き記させていただいております。

 

丁寧に書いていただいたレビューの中にも、短い文章の中にもつながりを感じます。

 

そうなんですよね。

 

「空」で全てがつながって「一体感」が得られるんですよね。

 

だから、何もいらない。

 

何もなくても、みなさんとのつながりを感じ続けることができるこの喜びよ!

 

感謝!!

 

P.S

 

アマゾンから弾かれちゃったのはすごいですね!

 

引き裂かれれば引き裂かれるほどつながりは強くなる気がします。

 

なんだか嬉しいです。

 

大嶋 信頼

 

 

 

 


2018/07/12


素敵なお花をいただきました!ありがとうございます。うつくしい!

スポーツの試合などを見ていると「いいプレーをするなー!」という時は「地元の人たちがたくさん応援してくれている!」という時だったりします。

 

試合だとしたらホームでやるのとアウェイでやるのでしたら、選手たちは格段に力の発揮の仕方が違ってきます。

 

私もセミナーなどで人前で話をする機会があるのですが「ホームとアウェイでは話しやすさが格段に違う!」ということがはっきりわかります。

 

私の場合のホームは「応援してくださる方でいっぱいだ!」という時は「直感力がバリバリ働いて、次から次へと面白い発想が出てくる!」となります。

 

学会などのアウェイの場合は「うわ〜!悪夢が現実になった!」と期待以上のことは起きた試しがあまりありませんでした。

 

応援してくださる方と「一体感」を感じている時は、私の脳は「安心」しているから、脳の直感力の部位である尾状核が「静か〜!」になっているから「バリバリ直感力が働いて、美味しい未来の自分の脳とアクセスして、未来の自分の知識を先取りじゃ〜!」ということができちゃいます。

 

アウェイだと「あ〜!批判されるかも?」とか「全然わかってもらえていないよ!」ということで尾状核が「ビビビッ!」と発作状態になっているから「未来の失敗した自分の脳にしかアクセスできない!」となってしまって「ダメだ〜!」となってしまうんですね。

 

ホームが「一体感」であったら、アウェイは「孤独」になります。

 

そう考えると「孤独」で直感力の尾状核は発作を起こして「直感力がうまく使えない!」となってしまうんですね。

 

これまで他の本でも「嫉妬の発作」ということを書いてきました(まだ出版されていない本にたくさん書いています)。

 

この嫉妬の発作を起こした時に、その人の脳は「破壊的な人格」に変身してしまって「相手に対してものすごい嫌味を言ってしまっている!」となったりします。これって「発作」なので本人は「相手に精神的なダメージを与えている」という自覚は一切ありません。精神的なダメージを与える酷いことを言っているのに「私は正しいことをやっている」と信じて疑いません。

 

炉端会議的にわかりやすいのが嫁姑の嫉妬の発作です。

 

単純に「息子の愛をこんな小娘に奪われた」というのが潜在的にあって、ちょっとでも嫁が「あ!わからない!」とか弱者を演じた時に姑は「ビビビッ!」と嫉妬の発作を起こしてしまいます。そして、嫁に対して破壊的な言動をしてしまうのですが「発作」を起こしているので「嫁のために言ってあげている」となるわけですね。でも、言われた嫁は「精神的にダメージを受けて立ち直れない!」となって「あの姑には2度と近づきたくない!」となってしまうんです。

 

嫁から姑への嫉妬の発作もあるのですが、発作を起こすと「破壊的な人格」になる、というのがポイント。

 

「そんなこと言ったら嫁姑の関係が悪くなる!」という言動をしてしまうのですから「直感力が働いていない!」となるわけです。

 

その嫉妬の発作も「息子の愛がこの嫁に奪われた」という発想の底にある「孤独」が引き金になっています。

 

嫉妬の発作とは別の発作もあります。

 

「食べるのが止まらない!」と過剰に食べてしまう過食発作も「孤独」が引き金になります。

 

「買い物をするのが止まらない!」と浪費の発作も「孤独」が引き金。

 

「電車の中で倒れてパニックになるかも!」というパニックの発作も「ここで倒れて恥をかいてしまったら」という「みんなと違う存在になってしまうかも」という不安には「孤独」が隠れています。

 

どの発作も「孤独」が引き金になって「破壊的な人格」に変身してしまうから「嫁から嫌われた」となって「息子からも嫌われるかも?」という「孤独」が増幅してしまいますよね。

 

それでますます発作がひどくなり「嫁に対する怒りが止まらない!」となります。

 

過食発作でも「こんな姿を見られてしまったら嫌われる」となれば「孤独」はますます強くなり、発作が連続して「食べ過ぎるのが止まらない!」となります。そして「こんな体型でみんなから蔑まれている」と不安になれば「ますます孤独で発作が止まらなくなる!」という連続発作状態になってしまうんです。

 

電車でのパニックも「恥をかいたかもしれない」と不安になればなるほど「人から蔑まれて見られる孤独」が膨らんでしまって「発作がひどくなる!」という状態。

 

ですから「発作」で「孤独がどんどん強くなり、発作が止まらなくなる!」という悪循環になってしまうんですね。

 

ですから「不安」なことを一生懸命に一人で考えて「未来のために対策を立てる!」ということをやっていると「一人でやっている」という孤独から発作が起きてしまって「直感力が使えない!」となる。

 

知らず知らずのうちに発作を起こしていて破壊的な人格に変身してしまって、自分や周りに身体的や精神的なダメージを与えて「ますます孤独になるやろ〜!」という環境を作り出してしまうんです。

 

「見ない!」というのは「一人じゃない!」と孤独を打ち消す魔法の言葉。

 

不安になった時に「見ない!」と言ったときに、未来の自分にその失敗の時間軸を任せてしまう。

 

未来の失敗した自分は現在の自分に対して「お前はうまくやれよ!」と応援してくれています。

 

「見ない!」を連発すればするほど「たくさんの未来の自分が味方になってくれている!」という感じで「孤独」から解放されて、直感力の部位である脳の尾状核が凪になり「ピ〜ン!」と直感力を働かせてくれる。

 

そして、孤独とは逆の幸せな世界へと導いてくれる。

 

その直感力が使えるイエスセットに至っては「孤独を打ち消す特効薬」になるから、使えば使うほど「直感力が働いて無敵になる〜!」という感覚が得られる。

 

そう!催眠療法って本当は単純なんです。

 

(つづく)

 

 

 

 

 


2018/07/11

「自己肯定感」が低いあなたが、すぐに変わる方法(PHP研究所)のレビューを書いてくださってありがとうございます。

 

素晴らしいです!!

 

あの「過去を変える」という方法は本当にすごいですよね。皆さんのレビューを読んで改めて「すごいな〜!」と思うのですが、何より私がそれを一番実感しているのかもしれません。

 

いや、本当に怖がりで、ちょっとしたことでもビビっていた私がいたんです。

 

その「ビビリ!」の感覚に注目した時に「お腹にぽっかりと黒い穴が空いた感覚があるかも?」とドーンという感じを感じます。

 

その「お腹のどーんという感覚は何歳の自分とつながっているの?」と私が頭の中で思ってみると「5歳の自分」とでてきます。

 

その5歳の自分をイメージしてみると「真っ黒かも!」という感じ。なんだかうまくイメージできない。

 

でも、その自分に「豊かな〇〇」とか色々唱えてもらったけど「変わらないな!」と思っていたのですが「〇〇に生まれ変わる」と7回唱えて、とお願いしたら「あ〜!子供の自分が見えてきた!」となったから自分でもびっくり。

あの黒い感じって、不快なものにまみれていたからあんな感じだったのね、と幼い自分に唱えてもらった後にわかります。

 

あの幼い私が「〇〇に生まれ変わる!」と一生懸命に唱えている姿を見た時に私の目から涙が溢れてきます。

 

なんか嫌なことがあるたびに、私は何もしなくてもあの子がしっかりと「〇〇に生まれ変わる!」と唱えてくれている。

そして、私の過去が変わっていきます。

 

あの感覚は本当に不思議。

私の中の自信のような感覚が、どんどん揺るぎないものになっていったのは「あの子が一生懸命に唱えてくれた!」から。

 

5歳から成長してもあの真面目な子は唱え続けてくれて、私の過去は変わり続けていきます。

 

レビューを書いてくださる皆さんはちゃんと気がついてくださているから怖いんですけど、そう、あの言葉って、あのバラの詩人が手渡した一輪のバラなんですよね。

 

皆さんの脳につながっていると素敵な体験ができちゃいます。

 

感謝!!

 

大嶋 信頼

 

 


2018/07/11

私は「不快に注目する」という癖がありました。

 

ニュースでも、不快な事件に注目を向けて「自分がこうなってしまったらどうしよう?」と頭の中でぐるぐる考えちゃいます。

真面目に一生懸命に考えて、将来大変な目に遭わないように頭の中で努力をしていました。

 

自分が真面目に正しく生きるために、不快なことに注目を向けて自分を正しい道に向ける。

 

そうして街を歩いていると「あ!あのおじさん道にゴミを捨てた!」とか、歩道を塞いで歩いている女性が目に入ってしまいます。いつも目につくことは「嫌なことばかり!」で頭の中が常に嫌なことでグルグルしちゃっていました。

 

でも、そんなことは外見からはわかりません。

外から見たら、何も考えずにお気楽に生きているように見えるのですが、中身はぐちゃぐちゃでいつも不快なことで頭がいっぱい!という状態。こんな私の頭の中を見られてしまったら、私は嫌われてしまう、といつも怯えていたんです。

 

確かに、いつも不快なことに注目をしていて、最悪を想定していれば「最悪なことは起きない」ということで「不快なことに目を向けることは無駄じゃなかった!」ということになります。

 

この「最悪なことが起きない」って私の普段からの努力の積み重ねになります。だから、常に最悪なことを想像して、不快なことに注目をして、そちらの方に行かないように努力し続けなければなりませんでした。

そうなると、頭の中は常に不快なことでいっぱいで「楽しくな〜い!」となるわけですね。

 

さらにこの問題点としては「一生懸命に不快なことに注目を向けて考える」ということで最悪な状況を避けることができるのですが「だいたい想定内のことしか起きない!」となってしまうんです。

 

時々「ラッキー!」ということは起きるんですが「想定内」のことだから「そんなに嬉しくない」と喜べません。まあ、普段から不快なことばかりに注目を向けて、最悪を想定しているわけですから、何が起きても楽しくないんですよね。

 

そこで「自分で努力をしないで直感力に任せちゃう!」ということをしちゃいます。

 

ある意味で言ったら、私にとって逆の生き方になります。

 

常に「不快」に注目を向けていたのが、その「不快を見ない」として、自分の頭で考えて最悪を避けるのではなくて、様々な失敗から学習して自動的に「快(楽しい〜!)」を選択してくれる直感力に任せちゃうわけです。

 

自分でもこれをやっていて面白かったのが「不快なことに注目を向ける」ということをやっていた時って「直感力があまり働かない!」となっていました。ところが「見ない!」と不快なことが浮かんできた時に片っ端から打ち消していると「あれ?脳の直感力の部位が使えるようになってきた!」となります。

 

何が起きるかというと、人と会話をしている時に、例えば「今日の弁当は何を食べたいですか?」と相手に質問をするとします。頭の中で「今日は中華弁当が食べたいですか?」、「今日はさっぱりしたフォー(ベトナムの米麺です。小麦が食べられないので)が食べたいですか?」、それとも「ガッツリと焼肉定食が食べたいですか?」と様々なメニューの質問を頭の中で相手とやりとりをします(一瞬で)。すると「さっぱりしたもの」で「いい感触かも!」というのが直感力でわかるようになります(なんとなくでいいんですよ!)。

 

そしたら、相手に「今日はベトナムのフォーのようなさっぱりしたものが食べたいですよね!」というと「え?なんでわかったの?」とびっくりされます。

 

「こんな暑い日が続いた時には、あっさりしたものが食べたくなりますよね」というので「イエス」と相手から返答が返ってくると嬉しくなります。

 

さらに「あのつるつるとしたフォーの喉越しがたまらないですよね!」というと、相手は「いいね〜!あのつるつる感!」という感じになります。

 

不快に注目を向けていた時って、常に戦っていなければいけない感じがあるのだけど「見ない!」と直感力に任せた時って「自分一人じゃないんだ!」って思えるんですよね。

 

「一人じゃない」って、未来の別時間軸にいる失敗しちゃった自分が応援してくれている。

 

その失敗した別時間軸にいる私が導いてくれる方向って「一人じゃないんだよ!」という優しい感覚。

 

自分一人で頑張って守らなければいけない、と思っていたけど、直感力に身を任せていたら、それが必要なくって、イエスセットを使ってどんどん周りの人も自分の味方になってもらっていいんだ!と思えるようになってくる。

 

そう!直感力に導かれて、イエスセットを使っていくと、イエスセットは相手も催眠に入れていくけど、自分もいつのまにか相手との間に安心感を感じられるようになっていて、孤独から解放されていく。

 

そんな時に「あ!催眠って孤独から解放されることなのかも!」という不思議な感覚が感じられるようになるんです。

 

イエスセットが作り出す催眠状態って面白い。

 

(つづく)

 

 

 

 


2018/07/10

レビューを書いてくださった皆さんの内容がすごくて涙が止まりません。

 

本当は、ひとつひとつのレビューに感謝の気持ちを書きたいのですが「嫉妬のメカニズム」がわかってしまったので「私が嫉妬を引き受ける」という意味で直接的に書けないのが悔しいです(嫉妬は全部請け負いまっせ!)。

 

でも、ブログの内容は全て、みなさんへの感謝を込めたもの(それが青山の原稿になるからちょっとすごい。ラブレターを本にするような感覚でちょっと恥ずかしい。この場合はラブレターなので編集で削られるのがちょっと悔しいが、ブログの中で読んでいただいているのでいいか、と思っています。本当に高橋社長がこれを本にしてくださるのでしたら。内容的にはちょっと飛んでますけどね)。

 

みなさんの脳とつながって、レビューを書いてくださるみなさんのギフテッドパートナーとしてみなさんとつながってみなさんの伝記をブログに書き記させていただいております。

 

バラの花を受け取った時の、それぞれの受け取り方が全く違うのは、あのバラの詩人も感じていたことなんでしょうね。

 

ひとつのバラの詩が、読む人によって捉え方が違うように、この本の内容もみなさんのこれまでの歩んできた人生に合わせて色が違って見えてきます。

 

でも、大切なことは、一輪のバラを受け取ってくださったということ。

 

一輪のバラを橋のたもとに座っていた老婆に渡したバラの詩人。

 

そして、再びそこに行った時に、あの老婆がいなくなっていたのを見た時の詩人の気持ちを考えてみると胸がキュンとします。

 

こんな風に私の自己肯定感が上がったのも、みなさんとつながってきたから。

 

みなさんがこうしてつながってくださるおかげで、今の私がこうして書き続けることができています。

 

こうして、みなさんのレビューを読むたびに、あ!つながっている!と感じます。

そして、今書いている原稿がまさに、みなさんの脳を使って書いているんだ、ということを実感します。

 

どんどんパズルのピースがはまっていって、ひとつの絵が見えてきました。

 

これからが楽しみです。

 

みなさんと一緒に。

 

感謝!!

 

大嶋 信頼


2018/07/10

ある程度、私たちは自分の未来がなんとなく見えています。

 

事故や災害に見舞われた時に、それまで見えていた未来は多少、修正されることもあります。でも時が経つと「基本的には同じ未来」が私たちには見えています。

 

性格特徴や才能も年齢がある程度になると決まってしまいます。

 

ですから、何か大きな事件でも起きない限りは「変わらない」と思うのは「未来」がちゃんと見えているから。

 

脳のネットワークで未来の自分とつながってしまっているので「何にも変わらない!」という自分が未来に存在しているから「今も、将来もあまり変わらない!」と思ってしまう。

 

でも、これって「未来の自分と脳のネットワークでつながれる」という知識がないから「自分が変わらないと思い込んでいるから変わらないだけ!」となっています。

 

このまま不安や緊張に満ち満ちていて、そこから抜け出す努力はしてみるものの、ちょっとは変わったような気がするけど、すぐにもとの不安と緊張の自分に戻ってしまう、って。

 

そこで「見ない!」を使ってみると、未来の失敗からどんどん学習されていきます。

 

自分が失敗しなくても、未来の自分がたくさん失敗してくれて「見ない!」で私は学習していくから「どんどん未来が変わっていく!」となります。

 

でも、問題は、未来が変わっても「見ない!」で直感力が生かされていることが実感するのが難しい。

 

そこで「見ない!」で直感力が生かされるようになっているのかを確かめるために「イエスセット」を人とのコミュニケーションで使っています。

 

イエスセットは相手に「イエス」を三回連続で言わせるテクニックになります。

 

これを使っていると、相手も自分も催眠状態に入ることができて「これまでと違った人間関係になったぞ!」ということが実感できる面白いテクニックです。

 

直感力で未来から学習ができるようになっていたら、相手が「イエス」と答えられる質問ができるようになります。

 

例えば、近所の女性から「ちゃんとゴミ出しをやってくださいね!」と注意をされた時に、これまでの自分だったら「あ〜!注意されて目をつけられたからここで暮らすのが面倒くさくなる!」という未来が見えるわけです。

 

近所の人から監視されているような感覚になって「みんな敵じゃ〜!」と被害妄想的になって「家から出るのも億劫になる〜!」となる自分が見えてしまいます。

 

そんなイメージが浮かんだから、それは未来からのメッセージがから「見ない!」で学習しちゃいます。

 

「見ない!」で学習をすると「イエスセットを使いたい!」となるわけです。

 

近所の注意をしてくる女性に対して「ゴミの分別って大切ですよね!」と伝えると「そうよ!」と勝ち誇ったようなイエスが返ってきます。

 

そして「ちゃんと注意深くゴミ出しをやっているとだんだん慣れてきますよね!」というので「そうなのよ!ちゃんと注意してやれば」と女性の緊張がだんだん下がっていくのがわかります。

 

さらに「ちゃんと分別してゴミ出しをした方が気持ちがいいですよね!」と伝えると「そうなのよ」と女性から3回目の「イエス」返答が返ってきたときに、不思議と「ゴミの分別は面倒臭い!」という感覚が消えていて「分別をするのが楽しいかも!」と思えている自分がいてびっくりします。

 

それから、その女性と顔を朝せるたびに「仲間!」という感覚で笑顔になります。

 

次にあの女性と会った時も「イエスセットを使いたい!」と思うのは直感力が働いているから。

 

「素敵なお洋服ですね!」というので「あはは!私のお気に入りなの!」と女性から笑顔が返ってきます。

 

そこで「服のセンスがいいかも!」というと「服のコーディネートが好きなの!」と嬉しそうに答えてくれます。

 

さらに「いつまでも美しいっていいですね!」と口から出てきた時には、その女性が本当に美しく見えているから不思議である。以前はあんなに悪魔のような顔に見えていたのに、今では女神のように見えくる。

 

「おべっかを使っている!」と他人が聞いたら思われてしまうのだが、未来の情報から学習している直感力が「これしか女性から3連続でイエスが引き出せませんでした」というピンポイントがこれになります。

 

普段から「見ない!」で未来の失敗から学習して「やったー!」という直感力を鍛えていると「イエス!」と相手に言わせるピンポイントがちゃん見えてきます。

 

それをすることで、相手の緊張はどんどん低くなり、やがて不思議な信頼感が女性との間に芽生えます。

 

さらに、自分の中でも相手の印象が変わっていき、自分の人生の邪魔をする存在から、サポートをしてくださるキャラクターとして書き換えられてしまいます。

 

さらに「あの女性と近づき過ぎたらあの女性から裏切られて近所に変な噂を流されるのでは?」と不安になったら「見ない!」とその未来を学習していくと、不思議と毎回、女性と会うたびに「イエスセット」が口から出てきて、自動的に自分を守ってくれるんです。

 

「見ない!」や「イエスセット」は普通の人には必要ないのかもしれません。

 

なぜなら、決められた未来が一番安心するから。

 

自分が知っている未来を歩むのが一番安全で安心と感じられるから。

 

みんな淡々と人生を歩みながら、数々の失敗から静かに学習しながら生き続けています。

 

私は欲張りだから「見ない!」を連発して未来の自分から学習して、楽しい人生を歩みたくなるんですよね。

 

これまでに十分に苦しんできたから。

 

「イエスセット」を使って人間関係を楽しんで見たいんですよね。

 

なぜなら、これまで十分に人間関係の修行を積んできたから。

 

「もう、楽に生きたい!」という時は「見ない!」で未来から学習しちゃいます。

 

そして、直感力が使えるようになって「イエスセット」で人間関係が楽しめるようになるんです。

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 



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