2019/01/19

「やる気が出ない」の本にも書いてありますけど「やる気が出ない」というのは自分の問題じゃなくて周囲からの嫉妬の電気ショックで学習性無力になっている可能性があります。

 

「でも、私は嫉妬されるものを何にも持っていないのに!」と言う時点で「アウト〜!」なんですね。

 

「何も持っていない!」で”弱者”という嫉妬の条件が整います。

そして、他の人たちと自分を客観的に比較できる知能があるから「自分には嫉妬されるべきものが何もない」ということを冷静に判断できる。この潜在的な知能に周囲の人たちは「ビビビッ!」と嫉妬の発作を起こしてしまう。

 

でも、私はこれがよくわかるんです。

相手の嫉妬を恐れるから「私には何もないです!」と言いたくなってしまう。

知っているのに知らないふりをしてしまう。

人と親密になればなるほど、相手からの嫉妬の発作の電流が痛いから「私はいいです!」と人を避けちゃう。

人と群れていないとますます「弱者」という認識になってしまうから「ビビビッ!」と電流を浴びて「ヒェ〜!」となって「やる気」どころの騒ぎではなくなってしまう。

 

知的で謙虚であればあるほど「やる気」を出すのが大変。

 

そして「自分に何をこれ以上頑張れっていうの?」と怒りが湧いてきてしまう。

 

自分でも側から見ても「何にも生産的なことはしていない」というように見えるのだが、自分の中では「やらなきゃ!」と色々自分ができていないことを思うわけですね。すると、脳内では「ビビビッ!」とやる気を出そうとすればするほど電気ショックが与えられるから「ヒーヒー、ゼーゼー」という感じで「何もやっていないのに疲れる!」という状態になって「もう嫌だ!」となる。

 

ここで「無意識」を使うと「う!便利!」になります。

それは「私じゃなくて無意識がやっていますから〜!」という感じで「ビビビッ!」が私に飛んでこなくなるから。

 

「え?でも、無意識って難しそう!」と思うでしょ。

 

でも、簡単。

 

無意識って「淡々とやる!」でやっていると勝手に起動して「自動運転で成功の方に導いてくれる!」という感じになる。

 

「淡々とやる!」ってどういうこと?

 

淡々とは「感情などの主観を外して客観的に動く」ということ。

 

主観って何?というのは自分の気持ちや周りの人の気持ちなどを考えちゃうこと(主観をものすごいシンプルに書いています)。

 

感情や気持ちを想像するのを一切排除したものが「客観的」になります。

 

考えないで流れ作業を淡々とこなすイメージ。

 

毎日同じ作業を感情抜きに淡々とこなしていきます。

 

すると思考が未来に勝手に飛ばない!だから周囲からの嫉妬の発作が起きない!ということで「ビビビッ!」の電気ショックがないんです。

 

すると、淡々とこなしているだけで、あれ?いつの間にかステップアップしている!となります。

 

それまで見えなかったものが見えるようになり、わからなかったものがわかるようになる。

 

淡々とやっているだけなのに、自動的にステップアップしていくのが無意識さんの力、ということにすることで「ビビビッ!」が避けられる。私の代わりに無意識さんが嫉妬を受けてくれて、無意識さんはそれをエネルギーとして活用してくれる。

 

う!便利!

 

淡々と。

 

感情のジェットコースターは楽しいのですが、あれってあくまでも娯楽ですよね。

 

私たちが本当に求めているものって、淡々とした中に存在する。

 

(つづく)

 

 


2019/01/18

「さあ、勉強しよう!」と思ったら「あれ?力が入らない!」と怠さと疲れをどっと感じるようになって「無理〜!」と全く、勉強ができなかった。

 

「掃除や片付けをしよう!」と気合を入れようとすると「あれ?気力がない!」となってどうでもいい雑誌が気になってしまって、何度も読んでいたページをめくって時間だけが過ぎてしまう。

 

専門家がそんな私を見れば「注意欠陥多動性障害です!」と診断される。

 

一般人が私を見れば「ダメな子」とか「だらしがない子」や「両親から甘やかされた子」などと判断されちゃう。

 

どうでもいいことはできるのだが「勉強や掃除、片付けなどの生産的なことが一切できない」となっている現象が興味深い。

 

こんな状態になってしまう原因ってものすごくたくさん考えられます。

 

その中でもやっぱり「学習性無力」というのが私の場合、ぴったり当てはまる。

 

生産的なことをすれば「貧乏くじを引く生活からはおさらばじゃ!」となるわけです。

 

「貧乏くじ生活から抜ける〜!」というのが脳のネットワークを伝って周囲の人たちに流れてしまう。

 

すると、脳のネットワークにつながっている人たちが嫉妬の発作を起こして「ビビビッ!」と電気ショック!が与えられる。

 

生産的なことをしようとすれば「ビビビッ!」、を繰り返していくと「チ〜ン!」とそのうちに「生産的なことをしようとすると力が入らない!」という感じで脱力状態になってしまう。

 

これが学習性無力。

 

多くの人は「そんな脳のネットワークなんかあるわけない!」とその存在を信じられないのですが「ありまっせ!」。

 

ある娘さんの塾のことでお父さんが塾のマネージャーと奮闘していた。

 

お父さんは娘さんが気に入った塾の講師に変えて欲しかったのだが、マネージャーがどうしても「違う先生でお願いします!」いう感じで説得できなかった。

 

お父さんは別の日にもう一度塾のマネージャーと交渉するために日時を設定して、今度は妻と一緒に行こう、という計画を立てた。

 

しかし、お父さんは当日になって「仕事だからいけない!」と妻に伝えた。

たぶん、敵前逃亡をしたんですね。

 

奥さんは「え〜?」となったが、しょうがないから塾のマネージャーと話をするか!と話をした。

確かに夫が言う通りに「結構粘り強くて厄介なマネージャーだな!」と思ったのだが、奥さんの方がはるかに上手だった。

 

奥さんはマネージャーをやり込めて全て娘さんの希望通りになるように設定してしまった。

 

娘が塾に行っている時に、この夫婦は二人で食事をしながら、妻は塾での話を夫にする。

 

すると、夫は「すげ〜!あなたはやっぱりすごいね!」と感心する。

 

まあ、目がハート状態になったんでしょうね。

 

そして、娘が帰ってきて、そしてお父さんが娘の面倒を見ている時に「パパ!なんであんなママと結婚したの?」と言い出した。

「私だったらあんなきつい性格の女とは絶対に結婚しない!」とお母さんに聞こえるようにしゃべっているわけです。

 

「いじわるだし、優しくないし!あんな人のどこがいいの?」と娘が言ったんです。

 

すると奥さんは「ワナワナワナ」と手が震えてきてしまう(そりゃそうだ!)。

 

「娘の本性を聞いてしまった!」とものすごくショックを受けて鬱状態になったんです。

 

私はなんのために生きてきたんだろう?ってね。

 

ちなみに、お父さんもお母さんも娘には一切、塾での話をしていないし、塾の先生やマネージャーからもお母さんとのやりとりを知り得るわけがないんですね。

 

まあ、感がいい子がお父さんのお母さんに対する眼差しを見て嫉妬をした、という判断もできる。

 

でも、今までそんなことを一切言ったことがない娘がお母さんをあんな風に言うなんて!

それもお母さんが鬱状態に陥るような発言を。

 

これって、お母さんが娘のために生きている、ということで娘にとって「お母さんは私よりも下の立場!」ということになりますね。

 

そんなお母さんがお父さんができなかったことをして、お父さんの愛情を奪った、ということで「ビビビッ!」と嫉妬の発作を起こして破壊的な人格に変身しちゃって破壊的な言動するわけです。

 

破壊的な言動をしちゃうのは嫉妬の発作のおかげです。

 

こんなことを何度も繰り返されちゃうとお母さんは「チーン!」とやらなければいけないことができなくなる、となってしまう(そりゃそうだ!)。

 

これが、言葉を使わずに脳のネットワーク内で「ビビビッ!」と電気ショックで破壊的なものが伝わってくるということ。

 

さらに、脳のネットワークは「時空を超える」という性質があります。

 

だから「生産的なことをやろう」とすると、やる前なのに「生産的なことをやった将来の成功」が相手に伝わってしまうから「ビビビッ!」と発作を起こしてしまう。

 

トランプで最も簡単なゲームが「ババ抜き」かもしれません。

 

あの、憎たらしい顔をした「ジョーカー」が一枚あって、それを最後まで持っていたら負け!。

 

トランプの数が少なくなって、相手のカードの中から「どれを選ぼうかな?」と相手の表情を観察します。

 

相手が「嬉しそうな顔!」になったら「あ!これがジョーカーだ!」となる。

 

そして相手が「悔しそうな顔をした!」となったら「安全なカード」なんですね。

 

だから、あれって「性格が悪い人の方が勝つ!」でした。

 

優しい子って「相手が嬉しそうな顔をした」に反応してジョーカーを引く。

 

「相手が嫌そうな顔をするから」と安全なカードを避ける。

 

だから、女性が「彼が全然、レストランのお金を払ってくれないの!」と友達に相談した時に、友達は心配そうな顔をして「そんな男別れちゃいなよ!」とアドバイスするわけです。

 

でも、アドバイスを受ければ受けるほど「なんでジョーカーを引いてしまうんだ!」とジョーカーを手放せないんです。

 

それは心配そうな顔に「ニヤニヤ!」とした笑顔が隠れているから(こわーい!)。

 

親身に相談に乗ってくれているような感じがあるのですが、脳内では動物的な発作を起こしているから「あれ?全然違うことが伝わってくるぞ!」と混乱して、相談すればするほど「安全なカードを引けない!」となるんです。

 

これってゲームの勝ち負けと同じで、優しい人は「負ける人を作りたくない!」と自分が率先して負けに行く。

 

ちなみにこれが「学習性無力」ですね。

 

勝ってしまったら「ビビビッ!」が流れてくるから「チーン!」と悟りの境地に。

 

だから「いい人」というのは単なる「学習性無力」の人なんですね。

 

動物の場合、学習性無力の状態を解くのは結構大変。

 

人間の場合は「そんなの簡単じゃん!檻から出ちゃえばいいんでしょ!」と思っているけど、基本は動物と一緒だから「あれ?」と思っていることと行動が全く違ってしまう。

 

イメージはできるけど、体が動かないのは動物的な発作が脳内で起きているから(周りの人のね!そこから抜けさせねえ!ってね!)。

 

だったらどうやって「やる気!」を出したらいいのか。

 

(つづく)

 

 


2019/01/17

ある小学生のお子さんを持つお母さんが「うちの子はどうやったら二重丸が取れるようになるんですかね?」と悩んでいらっしゃった。

漢字でも算数でもその子は一生懸命に頑張って点数を取るのだけど、他の子と違ってその子だけ二重丸がもらえない(今の成績表の付け方って変わったんですね。二重丸は優良でしょうね。数字でいう5)。

 

「授業中の態度なの?」と考えますが、その子はものすごくいい子で積極的に授業も参加しています。

「他の子との協調性?」も可能性としてあげられますが「いやー!みんなとちゃんと仲良くできていますよ!」となっていた。

 

そんな時は「お母さんの心に聞いちゃおう!」とお母さんと一緒に心に聞いてみます。

 

「心よ!どうして息子は二重丸が取れないのか教えてくれる?」とお母さんが心に聞いてみると「いいよ!」と答えてくれて「それって先生の嫉妬だから!」と答えてくれます。

 

「え〜!」とお母さんがびっくりします。

 

うちの息子に先生が何を嫉妬するの?という感じ。

 

でも、私には先生の感覚がわかったんですね。

そのお子さんにお会いした時のあの圧倒されるような存在感。

 

すっごく堂々とされていたんです。

小学生とは思えないような感じ。

正直に私の中でも「あ!これはビビビッ!と来るな〜!」とお会いした瞬間に感じたんです。

 

そうなんです。

相手が小学生であろうが、こっちが30歳過ぎた大人であっても、先生という立場であっても、嫉妬って動物的な発作だから「ビビビッ!」と反応しちゃう。

そして、ビビビッ!と嫉妬の発作を起こした先生は破壊的な人格に変身しちゃうから「あれ?二重丸がつけられない!」となるんです。

 

お母さんが心に「この先生の嫉妬に対して何かできることはある?」と聞いたら「何もしなくていい!」と心が教えてくれます。

 

「心よ!なんで?」と聞いてみると「息子は気にしていないから」と教えてくれたんです。

 

確かにあの息子さんだったら気にしないかも。

先生が嫉妬をしている、ということを知っても「あ、そうなんだ」と納得するだけの大物。

 

お母さんがそこで「そういえば、うちの息子、ピアノの練習を全然しないのにピアノ教室をやめようとしないんです!」とおっしゃったので「それも心に聞いてみよう!」という話になった。

普通のカウンセリングだったら、そこから展開していくストーリーは万とあるのだが、心の教えてくれるストーリーは私たちの想像を超えてしまう。

 

「心よ!息子はピアノの練習を全然しないんですけど、辞めさせる必要はないの?」と質問します。

 

すると心は「辞めさせる必要はない!なぜならピアノを弾くことを考えるだけで反応する脳の部位を使う必要があるから」と教えてくれたんですね。

 

その息子さんは、書道、水泳、勉強塾、そしてピアノ教室に通っています。

 

脳外傷で言葉を喋る部位にダメージを受けた方が「音楽を使った言語療法」を使ったら「あ!喋れるようになった!」という文献があって、興味深いな、と思ったことがあったんです。言語野を他の脳の部位が補う、ということができるんですね。

 

ですから、満遍なく脳を動かすためにピアノは必要。

そして、心が教えてくれたのはピアノを練習することを考えるだけでその脳の部位が動くから練習は実際にやる必要はない、ということを教えてくれた。

 

うわ〜!心に聞くが私の小学生時代にあったらな〜!

 

息子さんはそれを無意識で知っていたから練習しなくても「ピアノ教室は辞めたくないんだよな」とおっしゃっていた。

 

それをお母さんが心に聞きながら理解してあげるって美しい。

 

自分も親にそんな子育てをして欲しかったな、と思うんですが「あ!そうか!今自分のために心に聞けばいいんじゃん!」と気がつきます。

 

自分を優しく温かく育てるために心に聞く。

 

心は本当に優しく答えを教えてくれる。

 

そして、それに従って自分に優しくしてあげれば、いつの間にか伸び伸びと育っていく自分がいる。

 

のびのび、すくすく!

 

(つづく)


2019/01/16

トラウマ治療のFAP(Free from Anxiety Program)を開発する前って「過去の嫌な体験が蘇ってくる〜」ということが頻繁に起きていました。

電車に乗っていてもいじめられた体験が「ギャ〜!」と蘇ってきて「悔しい〜」となってしまうんですね。

 

でも、カウンセリングをしている時はこれが便利でした。

クライアントさんのトラウマの話を聞いていて「苦しい!」とか「悔しい!」という感覚になれるから。

 

過去の消せなくなってしまった感情の波を一緒に体験することで「あー!消えていくー」となる。

 

だから、カウンセリング中の過去の恥ずかしい体験などのフラッシュバック(突然襲ってくる不快な感情記憶)が私にとって最大の武器でした。

 

でも、街を歩いていて、とか電車の中では不便でしたね。

親に殴られた感覚や、ものすごく恥ずかしかった体験が突然襲ってくる。

 

FAPというトラウマ治療の方法が開発されたら「ぜんぶトラウマを取っちゃお!」とアパートの廊下に座って「FAP療法をしまくりじゃ〜!」と自分で全部取ってしまったんですね。

 

そしたら「フラッシュバックがない!」と自分でもびっくり。

カウンセリング中も「フラッシュバックが起きない!」となって淡々とお話が聞けるようになって「トラウマは消えるぞ!」となっていたんですね。

 

でも、身体醜形障害というか被害妄想みたいなものってなんで治療しなかったの?と聞かれると「それはですね!お師匠さんの暗示が影響しているんですよ!」アハハ〜。

 

お師匠さんの現代催眠養成講座に参加した時に「無意識さん」の本にも書きましたけどいきなりお師匠さんが他の参加者の前で私のことを全然知らないのに「大嶋さんはね、こう見えて五人の子持ちなんですよ」と真面目に真剣な顔をして紹介しちゃった。

 

私は、その瞬間に「あ!お師匠さんは私がここの女性の参加者と男女関係のトラブルを起こすのをこれで防いだな!」ということがわかって「そうなんです!私は五人の子持ちなんです!」と真面目な顔をして答えた。

 

お師匠さんは面白い方法で私にストッパーをかけたんです。

 

そして、色んな意味で、私の身体醜形障害というのはストッパーになっていたんですね。

常に「弱者」になるわけですから、相手は「ビビビッ!」と発作を起こして「気持ち悪い!」とか「変な人!」という反応をする。

 

これがあったから「さらなる治療法は!」と一生懸命に研究に研究を重ねてこれた気がするんです。

 

それを催眠ガールが勝手に外しちゃった。

 

あーあ!

 

催眠のお師匠さんがストッパーをかけて、そして、催眠ガールがストッパーを外す、ってなんだか面白い。

 

心の傷を治療するのFAP療法を自分で使った時は「心の傷を治すぞ〜!」と意気込んでやっていてたけど、今回は全く予測ができないところで「あれ?しまった!」となるから面白い。

 

ここまで書いていいのかどうかはわからないんですけど「う〜!ネタバレになるか?書きたい〜!」と自分の中で葛藤する。

 

実は「自分は醜い!」と思ってしまう身体醜形障害って、私は前にも書いたあの「らくだの涙」が関係していると思っているです。

 

お母さんが死産とか流産とかをしちゃうと、お母さんの体内で「抗体」ができちゃって「うまく子供が愛せない!」ということになってしまうケースが稀にある(あくまでもナラティブベースのストーリーです)。

 

その抗体が子供に移ってしまうと「自分を愛せない」となってしまう。

 

本当は身体醜形障害って「自己愛」がベースになっている、という仮説が多いのですが、私は「自分の正常細胞を攻撃してしまう抗体が関係している」という仮説を立てているんですね。

 

催眠ガールが…あはは〜。

 

私は「しまった!やってもうた!」とちょっと焦る。

 

勝手にお師匠さんのストッパーを外してしまったじゃないですか!

 

も〜!催眠ガール〜。

 

誰がこんな本を書かせたの〜。

 

朝から、アホなことを書いている私がここにいます。

 

(つづく)

 

 


2019/01/15

「催眠ガール」の中に「読むだけで催眠に入って無意識さんが助けてくれる」という”催眠スクリプト”というのが出てきます。

 

まあ「催眠ガール」の本全体がスクリプトなのですが、催眠ガールが友達の症状に合わせてスクリプトを作って読み上げる、という場面が出てくる。

 

それを年末年始で書き上げて「終わった!」と思って、街に出たら「あ!いつもと違って人の視線があたたかく感じる」と前回書きました。

 

実際に再度、外に出て確かめてみると「やっぱり違う」と自分でもびっくり。

 

以前は、街を歩いていて、ちらっとこちらを見られると「人が私のことを気持ち悪がっている」と思ってしまって、ものすごい気分が悪くなる。

 

そして、自分が相手を見たら「相手が不快な気分になる」とも思っていた。

 

自分はものすごく醜い存在のような気がしていて「自分は相手のことを不快にさせてしまう」という感じ。

 

ここで一般の人は「え〜?人前で話をしたり、セミナーとかも開いているのに?」と信じてもらえません(そりゃそうだ!)。

 

自分だって、そんなことを感じているなんて信じたくないし「それは自分の思い込み!」と思っているのだけど「やっぱり内面にこびりついたものが変わらない!」となっていたんですね。

 

ですから「仕事」というモードの時は大丈夫なのですが、一人で歩いている時は「ものすごく不快な存在に周りから見られている」という感覚があった。

 

でも、実際にそうなんですよ。

いきなり「キッ!」と睨みつけられたり。

ある時は「え?見られている?」と思ってちらっと相手を見たら思いっきり嫌な顔をされて顔を背けられる。

「なんで?」と私は傷つくわけ。

 

専門家にこれを話したら「あ!身体醜形障害ですね!」とか「被害妄想ですね!」などと診断されちゃいます。

 

専門家は遺伝的な要因、そして、いじめの体験などから「まあ、そうなってもおかしくないでしょ!」と分析するわけ。

 

そして「認知行動療法をしましょう!」や「お薬を処方しましょう」という感じで治療してくださる。

 

今回、びっくりしたのが「え?あの症状がないんですけど!」と長年、自分が抱えていた症状がすっかり消え去っているのでびっくりする。

 

もちろん、私も専門家の端くれだから「頭ではわかっている!頭では!」と思っているんですよ。

全て、その「醜い」と思ってしまう仕組みも何もかも。

 

でも、その感覚を自分では払拭することが難しかった。

 

それが「あのスクリプトを読んでからあの感覚がなくなった」となって「もしかして私って自由?」という感覚になったわけです。

 

人の視線が気にならない。

あんなに人の視線に縛られていて、自由を奪われていたのに。

 

人から見られた時に「あ!不快じゃない!」とむしろ視線が心地が良いものになっていて「すげ〜催眠ガール」と主人公に感動。

 

自分では、この「人の視線が不快で自分が人を不快にさせている」という感覚の原因もわかっていて、自分ではその感覚をある程度コントロールできているつもりでした。

 

でも、本当の意味で自由になれた感覚が今回あって、その解放してくれた催眠のスクリプトを分析してみると「なるほど!自分が考えていたところとは違うところに原因があった」と今更ながら気がつく。

 

「人の視線が怖い」という原因は、ものすごくたくさん考えられる。

 

自分の問題を意識的に考えてしまうと自由にならない方に誘導されちゃうことが多いんです。

私の「そんな原因なんてわかっている」というのが意識なんですね。

 

だから、催眠の無意識が必要でした。

 

意識が作り出す偽りの自分の姿じゃなくて、無意識は本来の自分の姿に戻してくれるから。

 

催眠のお師匠さんから教えていただいた催眠スクリプトは見事に無意識さんの力を使うことができちゃう。

 

みなさんの脳につながって書いているとすごい展開になっていきます。

 

そう、私のような意識的な人が、無意識さんの力を使うことができるようになる面白い展開。

 

無意識さんの力でどんどん光の方向へ導かれていく。

 

(つづく)

 

 


2019/01/12

素敵なバラの花束をいただきました。

一輪の薔薇、それは全ての薔薇。

いいなぁ〜

 

「催眠ガール」を書き終えてしまってちょっと寂しい気持ち。

おー!「寂しい気持ち」と書いたら、めちゃくちゃ寂しくなってきてしまった〜。

なんだろう?この切ない気持ち。

 

でも、主人公はみなさんに会えるのを楽しみにしている。

それを私の中でなんとなく感じる。

 

あの本を書いていて、あの主人公が生み出すスクリプト、そして主人公の催眠のお師匠さんが読み上げるスクリプトが私を変えてくれた。

それは、この前街を歩いていて感じたんです。

買い物に行く時に、人から見られるといつも「うわー」と怖い思いをしていたのに「あれ?それがない!」となっていたから不思議。

人の眼差しがこれまでと違ってあたたかく感じられた。

 

催眠のスクリプトってすごく面白いですね。

それを頭の中で読み上げるだけで、自分の中が変わっていく。

自分の世界が何故か変わっていった。

 

多分、この現象を人は「年をとったからでしょ」と解析するんでしょうね。

年をとったから丸くなった、という感じ。

孔子の論語では「三十にして立つ!」ですから、学ぶ時期を終えてそこから立ち上がる年齢となった!

あなたが年齢を重ねてそんな時期が来たからそうなったんだ、という。

 

いや〜、私は違う気がしているんです。

なんか私の中にこびりついたものがあって「ちっとも成長しない」とか「変われない」という何かがあった。

 

それが催眠のスクリプトで「あれ?ないかも?」と街に出た時に違いを知る。

 

「催眠ガール」を書く前と書き終えた後の自分が違っている。

 

みなさんの脳につながりながら書いたスクリプトがすごかった。

 

ちょっと話は変わりますが「大嶋の書く方法がいろいろありすぎてついていけない!」と言われます。

 

それって何故かというと、人の悩みの原因は深いから。

 

深いってどういうこと?というと「悩み」とか「不安」と書くととってもシンプルで「悩まなきゃいいじゃん!」とか「不安にならなきゃいいじゃん!」と一般の人は言う。

 

でも、心の傷を負ってその傷が癒えていない人は「過去の心の傷の痛みが襲ってくる」という感じで突然不安になったり、苦しみ出したりする。

 

そして、同じことを体験しても心の傷になる人とならない人がいて「なんで?」となるわけです。

 

それって脳の血流の特徴が関係していて「遺伝的な要因」が深く関係している、というケースがある。

 

遺伝的な要因は「発達障害の問題ですか?」と言われればそうなんですけど、前にも書いたように発達障害でもたくさん種類があって全然原因が違う!となっている。

 

例えば「落ち着きがない!」とか「集中力がない!」や「片付けができない!」という注意欠陥多動性障害の問題がある人は「え?睡眠時無呼吸症候群が関係していたの?」ということがあってびっくりする。

 

勉強がちっとも頭に入ってこない時期がある!というケースの場合「え?性同一性の問題があったの?」というのがあって、それが改善されたらバリバリ勉強ができる〜!」となるから不思議。

 

「人との会話に入っていけない」とか「場の雰囲気をしらけさせちゃう」という発達障害だって「え?アレルギーなんかに関係する自己免疫の問題があるの?」ということがあったりするんです。

 

あとは、周囲の嫉妬の発作の電気ショックで「どんどん自由に動けなくなる」という学習性無力の問題があったり、と人によって原因って様々。

 

ちなみに「音が気になる」という聴覚過敏の問題には「え?ウイルスが関係していたの!」ということだってある。

 

これまでみなさんと一緒に作ってきた呪文などは、これらのいろんな仮説に当てているものなんですね。

 

私自身は「子供時代の心の傷」があり「アレルギー」の問題もある。そして「感覚過敏」があったり「学習性無力」だってしっかりあった。

 

私の本を読んでくださったり、このブログをフォローしてくださっている方は「あ!大嶋が変わってきた!」という変化を感じていただけると思うんです。

 

どんどん自由になって、どんどん楽しくなっていく。

 

でも、みなさんと一緒で「まだ自由になっていない部分が」というのもちゃんと自分自身でモニターしています。

 

みなさんとつながって「そこの部分が自由になるといいんだけどな〜」というのが本を書くたび、そして、このブログを書くたびに見えてきて、そして自由になっていきます。

 

光の方向へ。

 

そして、みなさんが光り輝いて、この日本に影響を及ぼすことができたら、と思っているんです。

 

私は変わらず「日本を元気にしたい」です。

 

(つづく)

 


2019/01/11

「わーい!朝だ〜!」と起きます。

 

あは!実際はそんなに爽やかじゃなくて「う〜!もうちょっと寝ていたい〜!でも、起きちゃったから今から寝てもなかなか眠れなくて時間の無駄だしな〜」としばらく悩む。

 

そして「う〜ん?しょうがないから走りに行こうかな?それとも筋トレをして原稿を書くか?」と考え始めます。

 

昨日の夜は家に帰ってくるまでめちゃめちゃ寒かったから「あの寒さの中で走るのは嫌じゃ〜」と諦めて筋トレをしてシャワーを浴びて原稿を書くコースへ。

 

早く筋トレを終わらして、原稿を書かなければ、と思うわけです。

 

今は3冊の新しい本の構成案に取り掛からなければならなくて、その他にも2本の原稿を早急に終わらせなければならない。

 

さらに講演が今月中に2回あって「その原稿も用意しなきゃ」となっているから「頭が大変なことになる〜!」と面白いことに。

 

今日1日の11時間のカウンセリングの用意もしなきゃいけないし、同僚の指導も今日あるからどのタイミングで同僚の出してくれた資料を読もうか?などと考えます。

 

この私が抱えているものの風呂敷を広げてみると「うわ〜!考えなきゃいけないこと、やらなきゃいけないことがいっぱいある〜」となります。多分、10年前の私だったらパニックを起こしていた。パニックを起こして「お腹が痛い〜」と倒れていた可能性が(まあ、実際に倒れていたんですけどね)。

 

なんでパニックになる必要があるの?仕事がたくさんあっていいじゃん!と一般の人は疑問に思うわけ。

 

でも、私の頭に浮かんでくるのは「一つ一つの仕事で失敗しちゃったらどうしよう?」という不安でいっぱい。

 

原稿にちゃんと取り組めなくて、編集者の方に迷惑をかけてしまったら、とか、締め切りに間に合わなかったらどうしよう?など。

 

要するに、相手の期待に応えられなくて失望されてみんなから見捨てられちゃって「孤独」になることを予測している。

 

誰からも相手にされない、孤独な自分。

 

そんな過去にタイムスリップする。

寒空の下で自分には何もなくて、道を歩いていても誰も自分のことを気にしてくれない。

まるで自分が道端の石ころかゴミのような存在に感じていたあの頃に自分の感覚に戻っていく。

 

こんなにいっぱい仕事を抱えながら「孤独」を感じるって不思議でしょ。

 

これがMITのラットの実験で孤独の脳の部位の神経細胞が活発になってしまうと「社会性が高くなる」という現象。

 

外から見たら「たくさん仕事があっていいじゃない!」と言われて「あんたなんか絶対に孤独を感じているわけない」と誰も私の孤独に共感してもらえなくてさらに孤独になる。

 

だから「社会性が高くなればなるほど孤独」となっているんです。

 

そして私は「失敗して見捨てられて孤独になるかもしれない!」と思って”孤独”を予期した時に、私の脳は「孤独の発作」を起こしてしまうから「ビビビッ!」と脳の記憶の部位を刺激して「過去の惨めな自分の記憶にタイムスリップ!」となって何も手がつけられなくなる。

 

そんな時に「私の孤独は、みんなの孤独」と自分の中で唱えてみると「シーン」とそれまでパニック状態だった頭が静かになる。

 

「だから何?静かになったら何もやらなくなっちゃうじゃない!」と無意識さんの力を知らない人は思ってしまう。

 

要するに意識的に考えて「なんとかしなきゃ!」と焦ってパニックになった方が仕事の効率が上がる、と考えるんですね。

 

イメージ的には「さっさと仕事をしろ!」と怖い上司がいて「締め切りに間に合わなかったらクビだぞ!」と脅されて「ヒェ〜!」と恐れながら仕事をしている状態。これが意識的な生活の仕方。

 

「私の孤独は、みんなの孤独」と唱えて頭がシーンとなったら、「危機感がないから何もやらないじゃないか!」と勘違いしちゃう。

 

でも唱えてみて頭がシーンとなったら、無意識さんが働いてくれるんですね〜。

 

イメージ的にはAI(人工知能)ですね。

それもものすごいスペックが高いコンピューターを何台も繋いだ状態のAIが音もなく静かに計算している状態(こわ〜い!)。

 

無意識さんが働いて私の静かな頭のバックグラウンドでものすごい演算計算が行われていて、私はあとは自動的に動くだけ。

 

怖い上司に怒鳴られて、脅されて仕事をしている時の仕事量って、AIの1000分の一。

 

頭で一生懸命に「あれをやらなきゃ!これも終わらさなきゃ!」と意識的に考えているときはそれでしたね。

 

まあ、こんなことを書くと「無意識さんの力を使って仕事量をこなせたからって何があるわけじゃないじゃない」と突っ込まれるわけです。

 

確かに!

 

でも、自分の力で動いていないで自動的に動いて次から次へと面白い展開を見せてくれるこの無意識さんの力の美しさに私は魅せられちゃったから。

 

しかし、催眠のお師匠さんはすごいことを考えついたな〜!

 

(つづく)

 

 

 

 

 


2019/01/10

無意識には限りない知恵と力が満ち溢れている。

 

この無意識の知恵と力を使い放題にする方法は「自分の孤独は、みんなの孤独」とシフトすること。

 

どこからシフトするかというと「自分だけが孤独」から「自分の孤独は、みんなの孤独」へと。

 

「自分だけが孤独」でいると、脳のネットワークに帯電しているストレスが「ビビビッ!」と電気ショックで感電させられちゃって「こわ〜い!なにもできない!」となってしまう。「ビビビッ!」と感電させられちゃって学習性無力の状態になる。

 

「自分の孤独は、みんなの孤独」とすることで脳のネットワーク内のエネルギーが「使い放題じゃ〜!」となる。

 

なぜなら、脳のネットワークにアクセスしている脳のミラーニューロンの性質は「相手の真似をすると、より活発に活動して相手の脳の状態を真似する」となるから。

 

相手のモノマネが上手い人、下手な人がいます。

 

上手い人ほど相手が持っている知識や知恵を脳のネットワークを通じて「いただき〜!」と自分のものにすることができちゃう。

下手すると、身体的なエネルギーまで真似することができて「どんどん元気になっていくんですけど!」となって、それまでやったことのない運動までしちゃう人がいる。

 

でも、誰でも簡単に相手の真似をすることができる部分がある。

 

それが「孤独」だった。

 

みんな孤独。

 

自分と同じ孤独である、ということで「相手の孤独」を自分が真似ていることになれば75.3億人の知恵と知識と力が使えちゃう、となる(現在の地球の総人口です。2017年調べ)。ちなみに脳のネットワークは時空を超えますから「現在だけではない!」と過去と未来の人たちとも脳のネットワークでつながれちゃうから「無限!」なんですね。

 

私が感じている「孤独」は無意識の知恵と力の鍵だった!

 

ここで皆さんが感じるのが「え?みんな孤独なんて感じていないんじゃないの?」ということ。

 

「だって、みんな楽しそうにやっているじゃない!私以外は!」と私も思っていました。

 

でも、ちゃんと科学が進んでいて、その謎と矛盾を解明してくださった。

 

それはMITのラットの実験で「孤独」の脳の部位を特定した時に、孤独の脳の部位の細胞が活性化されたラットは「社会性」が増した、となっていました。「孤立」というトラウマ体験をさせることによって「孤独」の脳の部位の細胞が活性化したら「社会性がアップした」というのは興味深い。

 

要するに「人と楽しそうにやっている」というのが社会性が高い人、になりますね。

そんな人が孤独には見えない!でしょ。

でも、あの社会性の高さこそが「脳の孤独の部位が活発に活動している」ということから起きる現象なんです。

 

「え!あの人が孤独なんてありえない!」という人ほど「孤独」だったという現実が見えてきちゃった。

 

人と仲良く楽しそうにやっている人ほど「孤独」の脳の部位が活発だ〜!だから「孤独」で私と一緒でした。

 

多分、私も「孤独」を感じているなんて人が私をパッと見た時にはわからないと思います。

 

女性に道を聞いたら「逃げられちゃった〜!」となるのはナンパと間違えられるから。

 

だから男性に道を聞いたら「無視されちゃった〜!」となるのかなんかの勧誘だと間違えられたから。

 

私の中身はバリバリ孤独で真面目人間なのに、人から見るとそうは見えないらしい。

 

みんな「自分だけが孤独」と意識的に生きている。

 

この使い方は、例えば、電車に乗っていて「チッ!」とか舌打ちされた時に「なにこの人!ムカつく!」となりますね。

 

それか「変な人!私が何をしたっていうの!」となるのは「自分だけが相手から攻撃されている!」とか「自分だからこんなことをされる!」と孤独を刺激されてしまうから。

 

ここで「自分だけが孤独」になってしまうと「怒りが止まらない!」となるのは、脳のネットワークを通じて、周りの人のストレスが流されてくるから。

 

「ビビビッ!」ってね。

 

自分のストレスじゃなくて、周りの人の発作なのにそれを「なんとか治めよう」とすればするほど「発作はどんどん酷くなってしまう!」となり「不快感が全然消えないじゃん!」となる。

 

舌打ちされた時に「不快!」となるのは「相手が孤独の発作を起こしてるから」となるんですね。

 

孤独の発作で電気が発生していて、それを自分のものとしてしまうと感電させられちゃう。

 

そこで「不快」を感じた時に「脳のネットワークの入り口!」とそれを考える。

 

そこから「私の孤独は、みんなの孤独」とシフトしてしまう。

 

舌打ちした孤独の発作を起こしている人と同じ孤独があり、その人につながっている全ての人の孤独にも通じていて、それが無限の孤独のつながりとしてエネルギーを作り出している。

 

「チッ!」という舌打ちをした瞬間の脳の発作の電流は限られているけど、それがネットワークでつながっている莫大な量になった時に「すっごいエネルギーが私の中に満ち満ちていく〜!」となるんです。

 

「孤独」を鍵として、無限の知恵と力の世界へダイブしてみると「あはは〜!」となる。

 

面白いことが起きちゃいます。

 

(つづく)

 

 

 

 

 


2019/01/09

無意識で生きると楽チン。

 

意識で生きていた時は「なんで私ばっかり不幸な目にあうの?」という連続でした。

そして、なにをするにも「ビビビッ!」と感電しちゃって「動けない!」と次の行動ができなくなる。

 

食器を片付けなきゃ!とシンクに溜まった食器を洗おうと思うんだけど「やるのかったるいな!」と意識的に考えてしまったら、そこから芋づる式に「いつも、そうして放置していてどんどん汚いものが溜まっていく!」と浮かんできて「あ!そういえば机の中も汚くなっていたから整理しなきゃ」とか「頼まれた書類もできていないじゃないか」と自分を責めてしまう。

 

すると、そこから「自分の人生はこうしてやらなければいけないことを先延ばしにしてなにも成し遂げていない」というのが浮かんできて絶望的になり「何もかもが嫌になった」という感覚になってしまう。

 

昨日も書いていたが「ビビビッ!」って感電している状態で「痛いのに手が離せない!」のと同じで「不快なのに、その思考が止められない」ということで「ビビビッ!」と感電し続けて固まってしまっている。

 

考えないでさっさと立って食器を洗っちゃえば次の動きができるのに「考えちゃう」という意識状態で感電してしまって「やらなきゃいけないことがちっともできない!」となっていた。

 

これまでの多くの専門家は「考え方の問題」とか「脳の血流の問題」などとこの現象を分析していた。

 

私はこれを「発作」と呼んでいて「自分だけがちゃんとできていない」というところの”自分だけ”で孤独が刺激されてそれで発作が起きてしまって「感電して動けない!」となってしまう、と考える。

 

この対極にあるのが「無意識」になります。

考えないで動けちゃって、次から次へといろんな面白いアイディアが浮かんでくる。

 

私が、この休みの期間に体験した無意識は「これって私の脳だけで動いているんじゃないな!」という感覚だったんです。

 

こうして呼んでくださる皆さんと繋がっていてるから、新しい発見が次から次へと生まれる。

多分、一人の力で書いていたら「どん詰まり〜!」となって何にも新しいものが生まれない、となっていたはず。

 

それが「何かが違う!」と感じたあの感覚。

それが無意識さん。

 

この「自分一人の力じゃない!」と感じたのはやっぱり脳のネットワークが存在している、ということになります。

 

そして、意識的に生きていて「ビビビッ!」の発作を起こしている時も脳のネットワークにつながっているのですが、無意識の時となにが違うのか?という話になります。

 

お!これを書いちゃうのか?!

 

ストレートに書いてしまうと「私だけが孤独の発作を起こしている」というのと「私と一緒にみんなも孤独の発作を起こしている」との差なんです。

 

意識的な「私だけが孤独の発作を起こしている」というのは「なんで私だけが!」という思考パターン。

このタイプの孤独の発作は脳のネットワークを通じて大量の「ビビビッ!」の電流が流されてきて「感電しちゃって動けない!」となる。

 

無意識的な「みんなも一緒に孤独の発作を起こしている」というのは「みんな孤独」という思考パターン。

すると、脳のネットワーク上のみんなが発作を起こして発電している電気を「エネルギーとして使える!」となる。

 

ちょっと話がそれるかもしれませんが、電流ってマイナスの電気を持つ電子が原子から飛び出して移動することで発生します。マイナスの性質を持つ電子は、プラスに引き寄せられるんですが、これが電流になります。

 

これと同じで、人の怒りのエネルギーも「あいつは間違っている」というマイナスから「私が正しい」ということで生み出されます。意識的な判断は「正しい」or「間違っている」が基本になります。電気の仕組みを基準にすると「間違っている!」というのが最初に発生してそこから「私の方が本当は正しいのに!」で怒りのエネルギーが発生する。マイナスが最初でプラスに移動するのが電流。

 

この意識的な「間違っている」or「正しい」で判断していると脳内が「どんどん帯電していく!」となるんですが、脳のネットワークがなければ「自家発電をしてるだけ!」という状態になるだけ。でも、脳のネットワークにつながっていると電圧は水と同じで高いところから低いところに流れるから「どかーん!」とカミナリが落ちるように脳のネットワーク内で帯電していた気が一気に自分のところにビビビッ!と流されてきて「感電しちゃった!」となるわけです。

 

意識的な生活をしていて「間違っている」or「正しい」の判断を繰り返していると脳内でどんどんストレスという電気が溜まってきて、それが脳のネットワークの雷を呼び寄せてしまう、という仕組み。それに感電して「ビビビッ!」で動けなくなる。体がだるくて動かせない、という状態に。「なんか疲れやすいぞ!」と意欲が低下する。「イライラする!」と次から次へとチャンスを破壊させられちゃう。

 

無意識で生きる仕組みとは。

 

(つづく)

 

 

 


2019/01/08

最近、無意識さんの力が楽しく使えるようになってきた。

 

なんだか、意識と無意識のことがなんとなくですけど実感できるようになってきたんです。

まあ、それは原稿書いていて、みなさんの脳につながって気づかせていただいたんですけどね。

 

前にも書かせていただいているんですけど「意識」って発作を起こしている状態で、無意識はその発作から解放された状態なんだな、と実感することができた。

 

子供の頃ですけど、あのコンセントにピンセットを素手で差し込んでみたくなったことはありませんか?

 

私はやってしまったんですね。

 

あの時、ピンセットを差し込んだ途端に「ビビビッ!」とコンセントから電気が流れてきて「ぎゃ〜!」となったけど手が硬直してしまって「コンセントから離せない!」とパニックになったんですね(ほんの一瞬のことなんですけど)。

 

あれって面白い現象ですよね。

漫画とかで感電しちゃって「ぎゃ〜!」って掴んでいるものを離せなくなるってシーンがあって「本当かよ!」と思ったら、本当に一瞬ですけど自分のコントロールが効かなくなってびっくりしちゃった。

 

テレビのバラエティ番組では、静電気を溜める装置を使って、みんなで手を繋いで「バチン!」と電気が流れて「ぎゃ〜!痛い!」となりますね。あれって、電気が流れてくるのが一瞬だからすぐに手を離れる。でも、電気が「ビビビッ!」とずっと流れていると「あー!人って硬直しちゃうんだ!」というのがわかる。

 

だから、上司に「お前はなにをやっているんだ!」とカミナリを落とされた時は「ビビビッ!」と固まっちゃう。

動けなくなってしまうんですね。

 

でも、上司から怒られても、固まる人とそうならない人がいます。

また、同じことをやっても上司が激昂する人と「あれ?なんであの人には怒らないの?」という人がいるんですね。

 

それって脳に電気の「ビビビッ!」の発作が起きちゃう人と起きない人の差。

 

「ビビビッ!」と発作を起こしちゃう人は、上司からの電気ショックで固まっちゃう。

 

さらに「ビビビッ!」の発作を起こす人は「自分だけ怒られるかも?」と不安になると、脳内で雷雲が発生して「ビビビッ!」と脳のネットワークで上司の脳を刺激しちゃうから「オリャ〜!」と上司が破壊的な人格になってしまう。

 

私は、そんな体験をたくさんしてきました。

「なんで他の人にはそんな酷いことを言わないのに私には?」となる不思議な現象。

「自分の態度がおかしいのかな?」と意識すればするほど「どんどん酷い目にあう!」となっていたんですね。

 

あ!これって次の本のネタですけど、まあ、どうせみなさんの脳からのパクリですから書いちゃいましょ。

 

ここが、私が無意識の力を感じるところなんですね。

意識には限界があるけど、無意識にはない。だから、ここでネタを書いてしまって「次に書くネタがない!」という背水の陣の状態になればなるほど無意識が起動して「おー!そんな方法があったのか!」となる。

 

どうやら「孤独」が脳内の電気発作を発生させるみたいなんですね。

MITの実験では「孤立」を体験したラットが脳の孤独の部位の細胞が活性化した、ということでそうでないマウスよりも孤独を感じやすくなった。

 

このラットの「孤立」を体験するのと匹敵するような体験が、みなさんがおっしゃる「トラウマ」になります。

 

脳の孤独の部位の神経細胞が活発に活動していて、ちょっとの刺激で神経ネットワークのサージが起きやすく「けいれんが起きた〜!」となる。

 

このけいれんが起きている状態が「意識的な状態」になります(あくまでもこれはナラティブベースのストーリーです)。

 

私がコンセントに手を入れてしまって、筋肉がけいれんを起こして固まっている時のように「不快から逃げたくても逃げられない!」という状態。

自分の中では「あれをやればいいとわかっている!」でもできない。

「あれをやらなければいけないのはわかっている!」でも思うように集中できない、というのが脳が機能低下を起こしているのではなくて、一部が過剰に活動をしてしまって、けいれん状態になっているから感電しちゃったように動けない。

 

これが意識的な脳の状態で、無意識だと逆に孤独の脳の部位の活発な神経活動を有効に使えちゃう。

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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